偽言とコイバナ   作:虚人

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ケットウ

 鶫が楽に宣戦布告したその日の放課後。約束通り、二人は校庭に向かい合うようにして立っていた。互いに軽口を交わし合いながら睨みをきかせる二人にギャラリーのヴォルテージも高まっていく。

 鶫への黄色い声援に舞子の賭けを煽る声が更に周囲を盛り上げる。因みに賭けの状況は大半が鶫に入っており、楽にはぽつんと一つだけあった。それが誰なのかはなんとなく楽にもわかった。

 

「こりゃ勝ったらぼろ儲けやな」

 

 舞子の隣に腰をおろし呑気に飴をなめている裕樹が視界に入る。あの宣戦布告の後、どうすればいいか彼に相談したが、返ってきた答えは“男をみせてやれ”という何の解決にもならない言葉だけだった。いったいどういった意図があったのかはわからないが、取り敢えずは偽物とはいえ、恋人というところをこの決闘で示そう、そう楽は思った。

 

「準備はいいか?」

「そっちこそ」

「ふん…、このコインが地面についたら決闘開始だ」

 

 鶫が指で弾き宙にコインが踊る。楽は自身を鼓舞するように拳を握りコインの行方を見る。

 そして、コインが地に落ち、火ぶたが切って落とされた。

 

 

 

「ありゃりゃ…、こりゃあぶないんじゃないん?」

 

 決闘が始まってすぐに校舎に逃げ込んだ楽とそれを追う鶫を裕樹は望遠鏡で眺める。時折聞こえる悲鳴と銃声も含め、だいたいの状況を把握している彼だが、それ以外の者たちはどういった事になっているかわからず、各々時間を潰し始めていた。

 

「ちょっと!いまどうなってんのよ!」

「どうもこうも、なにも変わってへんよ。相変わらず逃げ惑っとるだけや」

「……」

「イライラしたってなんもならんで、姫さん」

「わかってるわよっ!!」

 

 苛立ちを隠せないでいる桐崎に苦笑を浮かべる。

 

「なあ姫さん、黙って男の帰りを待つのが良い女の条件やで?」

「誰がそんなことを決めたのよ?」

「俺や。いい言葉やろ?」

「どこがよ…」

「つれないの~」

「バーカ」

 

 呆れ顔を浮かべた桐崎は先ほどより落ち着きを取り戻し、しっかりした目で校舎を見つめる。その様子に満足し、裕樹も再び双眼鏡を覗く。

 

「ねえ…」

「なんや?」

「アイツは勝つと思う?」

「んん?まあ、いまのままなら厳しいな」

「そう…」

「ただまあ、奴さん頭に血が昇っているようやし、そこに意表に意表を突けばなんとかはなるかもな」

「鶫は特殊訓練を受けた優秀なヒットマンよ?そんな簡単にいくの?」

 

 裕樹はヒットマン発言に怪訝そうに桐崎を見るが当の本人は全く自分の失言に気付いていない様子である。

 

「……まあええわ」

「なにがよ?」

「いんや、別に。上手くいくかやったな…。そないなもんは楽の気合いしだいや。外野の俺らがとやかく考えてもしょうもない話。取り敢えず姫さんはガクを信じて待ちいや、恋人やろ?」

「…え?あ、そうね。恋人だものね…」

「せやせや、まったくガクもこないな別嬪に心配されるなんてほんま隅におけんのお」

 

 カッカッカと笑いながらそんなこという裕樹に今度は別の意味であたふたし始める桐崎。それが面白く笑みを深めるが、不意に悲鳴があがった。

 

「うおおーーー!!?あいつら三階からプールに落ちたぞーー!!」

 

 それにつられるように視線を戻せば水柱が二つ上がっているのが見て取れた。裕樹は柱を視認すると舌打ちをし、飛び立つ。

 

「ほらほら、やってくれたやないの。ほな姫さんはタオルとジャージでも持ってきてくれや」

「え、あ、うん」

 

 「先いくで」と桐崎に言い残し、走り出した裕樹はそのままグングンと加速していきあっという間に校庭を抜け、一足飛びにプールのフェンスを飛び越え、楽の近くに着地した。

 急に空から何かが降ってきたに驚愕する楽だったが、それが裕樹だとわかると安堵の溜め息を吐き、その場にへたり込んだ。

 

「お疲れ様、ガク」

「ああ、ほんと死ぬかと思ったわ」

 

 力なく笑う楽にうんうんと頷き懐からデジカメを取り出した。

 

「なんだそれ?」

「ん?証拠写真や証拠写真。あとでとやかく言うても意味ないようにな」

「そこまでやるか…」

「当たり前やろ」

「いや、でもさ」

「いいからはよしい」

 

 難色を示す楽を横たわる鶫の前に立たせそのまま一枚。どうせならと気絶する鶫の顔を一枚、と撮ったところで鶫が目を覚ました。

 

「私は…」

 

 頭が働いていないのか状況が状況が分からず周囲をみわたす鶫。ついでにその様子も録画しようと考えたが流石にそれは可哀想かと考えやめておいた。

 

「お~い、気ぃしっかりしとるか~?」

「お前は…鳴海、裕樹……?」

「せやで。覚えとるか?」

「私は……。そう、だ…!決闘…!一条楽!!」

 

 鈍った頭がようやく覚醒し、再度辺りを見渡した鶫は、楽を見つけると瞬時に飛びかかった。

 

「一条楽っ!!!!!」

「まぁまちいや」

「へぐっ!?」

 

 楽の首に鶫の腕が絡み付こうとした瞬間、裕樹に襟首をつかまれ変な声を出しながら引き倒された。首を圧迫されゲホゲホと咳き込む鶫を裕樹はしゃがみ覗き込む。

 

「き、貴様…っ!」

「ん?おお、こりゃすまんな。だけどもう決闘は終わりや」

「なんだと!?どういうことだ!!?」

「そのまんまの意味や。決闘は終了、ガクが勝ってお前の負けや」

「私が負けただと?ふざけたことを言うな!!私は---」

 

 あとに続く言葉を紡ごうとしたとき、裕樹が手に持つデジカメが目に入り、言葉が止まる。ニヤニヤとした笑みを浮かべながらこちらに見せてくる画面には、倒れている自分と申し訳なさそうにVサインをする楽。全く記憶がない。つまり自分が気絶しているときに撮ったということになる。返す言葉を失い、カメラを睨む。

 

「い、いやさ。俺は止めといたほうがいいって思ったんだけどさ」

 

 言い訳めいた楽の慰めも鶫にはただの嫌味にしか聞こえず、歯を食いしばる。

 

「まあそういうこと。結果は決まった。証拠もある。これで理解したか?お前さんの負けや」

「くそ!こんなやつらにしてやられるなんて…っ!!」

「こんなやつらって…」

「うるさい!!だいたい、私は貴様がお嬢の恋人など認めない!絶対にだ!!」

「おいおい、お前なあ」

 

 呆れた声を出す裕樹をきっ、と睨みつける鶫。

 

「そもそもこの決闘の主旨である、一条楽がお嬢を守れるという力を示したわけではない!ならばこんな決闘は無効だ!」

「はあ!?お前ふざけんなよ!?」

「ふん!逃げ回っただけで戦おうとしなかった男がいうのか?」

「この野郎……!」

 

 険悪な空気で睨み合う鶫と楽。鶫の言い分もわからなくもない事だが、それでこの戦いが全くの無効というのも極端な話である。

 互いに言い合う二人だったが吹き抜ける風に体を震わせ、言葉を詰まらせたことで終わりのない討論が止まる。

 

「まあ、ええわ面倒臭いで」

「面倒臭いってお前」

「それよかお前ら着替えてきたらどうや?流石にまだ水浴びははやいでな、風邪ひくで?」

「あ、ああそうだな。取り敢えず着替えてくるよ。お前も来いよ、更衣室とか場所知らないだろ?」

「や、私は……」

 

 楽の誘いに言葉を詰まらせ、狼狽える鶫。その様子に楽は怪訝そうな顔を浮かべる。

 

「どうしたんだよ?決闘云々は置いといておいて早く着替えないと風邪ひくぞ」

「そんなことはわかってる。だがな…」

「なんだよ?」

 

 ブレザーの胸元を握りしめ、苦い顔をする鶫とあまりにも察しの悪い楽に溜め息を吐き、助け船を出す。

 

「ガク、先にいっとき」

「なんでだよ?一緒に行った方がよくないか?」

「アホか。こいつはこんな格好してても女やぞ」

「………は?お、女!?」

 

 目を向き鶫を凝視する楽。鶫はその視線に更に体を抱きしめる。

 

「お前は変態か」

「ぎゃっ!」

 

 あまりのデリカシーのない楽の行動に裕樹は呆れながら蹴飛ばす。そしてしっしっ、と手を振り楽をこの場から下がらせる。楽もここで裕樹に噛みつくことをしても意味がないことが分かっているため大人しくその場を後にする。

 楽の後ろ姿を見送っていると、鶫がこちらを見てきていた。

 

「なんや?」

「なぜあのような事を言った?」

「お前男と一緒に着替えたかったのか」

「な!?そんなわけないだろ!!」

「じゃあええやろ」

 

 素っ気無く返す裕樹の顔を見つめる鶫だったが、視線を空へと外し力なく呟き出した。

 

「私は間違っていたのだろうか?」

「……」

「あいつに言われた。お嬢は私が守るだけで収まるようなヤワな存在では無いと…」

「ああ……」

 

 鶫の言葉に裕樹は苦笑いを浮かべる。普段の楽と桐崎のやり取りを思い浮かべ、確かにあれは守られるようなたまじゃないな、そう思っていまった。

 

「“信じて見守る”……。そんなことは今まで考えたことがなかった」

「……そんなん俺に言われても知らんわ」

「……そうだな。すまな---」

「ただな」

「?」

「ただ、お前は新しい可能性を今知った。それでええやろ。これからそれを選択肢として考えればええ。お前らさ互いの近況を知らんのやろ?ならそれを知ったうえで判断を下せや。自分の目で見て、自分の耳で聞いて、それで決めろ。お前は考える頭があるんやろ?なら悩んで自分で答えを出せ。きっと最善な答えにすることが出来るはずや」

 

 言い切った裕樹は立ち上がり、伸びをして鶫に背を向ける。

 

「てか、俺もお前のターゲットやろ?そないな奴に弱音なんて吐くなや」

 

 冷たく突き放すような言葉だが、ちらりと見える口元は不敵な笑みを浮かべており、突き放すことも咎めることもないことは見て取れた。

 

「そう、だな…。今のは忘れてくれ」

「もう忘れたよ。俺は何も聞いちゃいないさ」

 

 振り返り悪戯小僧のような笑みを浮かべる裕樹に、鶫も釣られ微笑みを浮かべる。

 

「なんや、そんな顔もできるんやな」

「え?」

「カカッ。いや、なんでもあらへん。ただそうやって笑ってた方がずっとええで」

 

 裕樹は小走りでこちらに向かってくる桐崎の姿を見つけ、自分もこの場から離れるために歩き出す。鶫はなにか言おうとしたが、同じく桐崎の姿を見つけ、口の中で転がし外に出すことを止めた。

 

「おお、お疲れさん」

「はあはあ…。まったく…。それで、結果はどうなったの?」

「それは本人に聞き」

 

 言葉を交わした後、後ろ手に手を振りながら裕樹は今度こそこの場から去って行った。

 

 

 

 次の日の朝、教室が前日に増しざわめいていた。というのも、昨日華々しく現れた転校生がその日内に女生徒であることが判明し、そして次の日に女子の制服を着て来たのだ。しかもそれがよく似合っており、また美しいものであったため、男どもを中心に色めき立っているのであった。

 顔を赤らめながらこうなった原因たる人物に訴えかける鶫であったが、桐崎は取り合わず、さらには彼女の頭にリボンを着け楽しそうに笑うしまつであった。いよいよもって恥ずかしさに耐え切れなくってきた鶫に楽の「かわいい」の一言でついに耐え切れなくなり教室を飛び出した。

 

「うを!?」

「きゃっ!?」

 

 前を見ずに走った鶫を曲がり角で誰かにぶつかり、弾かれた。そのまま倒れそうになるが、そうなる前に抱きとめら唐突に温もりに包まれた。

 

「おいおい、大丈夫か?」

「え?わああああっ!」

「ぬお!」

 

 至近距離にぶつかった相手---裕樹の顔が現れ、驚きのあまり突き飛ばしてしまった。突き飛ばされた裕樹は持ち前のボディバランスですぐに体勢を立て直し、鶫に咎める視線を向ける。

 

「す、すまない…」

 

 流石に完全に自分が悪かったため素直に謝る鶫。裕樹もあくまで恰好だけであったため、「構へん」と一言で済ませる。

 それに彼にはそれよりも気になることがあった。

 

「それで、お前その恰好は?」

「こ、これはお嬢が着ろというからだ」

「ほうほう」

 

 意味深な笑みを浮かべ鶫の姿を眺め、うんうんと頷く。

 

「なんだ、似合ってないならはっきりそう言えばいいだろ!お嬢には---」

「いいやないか。うん、よう似合っとるぞ。別嬪さんや」

「~~~!!?」

 

 慣れない服装と状況、言葉の応酬。そして裕樹の言葉が決め手となり鶫はついに崩れ落ちた。

 

「おお!?」

 

 そんな鶫にたまらず抱きとめる裕樹だが、目を回して声をかけても反応を示さない彼女に困り果てることとなってしまうのであった。




楽、勝利を保留されるが交際は一応認められる
桐崎、鶫を着せ替え人形にする楽しさを覚える
小野寺、決闘がどうなるかドキドキしながら見ていた
宮本、取り敢えず見学
舞子、鳴海と儲けを山分けに
鶫、実は今までと違う環境にかなり戸惑っていたりする


決闘シーンが無い?楽にスポットライトを当てた作品じゃないので御勘弁を。因みにあくまで鶫の第一目標は楽であるため、鳴海との決闘とかはありません。
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