タイトル通りです。
縛りの明確化として万と三輪ちゃんの組み合わせ。
伏黒パート最終局面です。
(ふざけるな! この体……呪術師のクセになんて縛りをーー)
地面に落下した万は、即座に両足を地面につけ、彌虚葛籠を発動させる。
「はぁ…はぁ……危うく消滅するところだった……」
自身への縛りの範囲は術者のイメージに由来する。
三輪霞にとって簡易領域とは結界術自体を連想させており、基本的な原理を同じくする彌虚葛籠も、この縛りに当てはまっていたのだ。
(安直で貧困な発想。呪術の何たるかを考えず、無い物ねだりを縛りに委ねるなんて……愚かさに目眩がするッ!)
万は三輪の記憶を唾棄する。
縛りとは足らない物を補う物ではない。
千年前、構築術式と向き合った万であるからこそ、才能の前借りをするような現代の縛りに対する価値観が許せなかった。
(私は思索した。構築術式の呪力消費を補う方法を……そして汎ゆる研究をして、今の形に辿り着いたのよ!)
研ぎ澄ませた構築は、自らの肉体へ作用させることもできる。
焼かれた体組織を構築し直せば、時間はかかるが反転よりもより呪力消費を抑えながら、体を再生させる事もできる。
天使もまた、それを承知している。
万が意図せぬダメージを負った好機。
彌虚葛籠との引き合いを起こす間にも、万は体を再生させ、今のダメージを完治させるだろう。
《このままでは華の呪力が先に尽きる》
上空に浮かぶ天使の動きから、万は天使たちの焦りを察した。
(ええ。そうよ……このまま引き合いを続ければ勝つのは私。けれど天使なら、この体の阿保な縛りにも気付いたハズ……)
《『反転を使わせ、呪力の消耗を誘う方が、勝機は生まれる』》
万と天使の被害が一致する。
《華! 術を一旦解け。 再度放てるように私が呪詞を唱えるーー》
「わかりましたっ!」
(っ! 術を解いたわね!)
万は彌虚葛籠を解除して、全速力で駆け出した。
「は、疾いッーー」
《肉体の再生はまだ終わっていないはず……縛りかッ!》
(ええそうよ。これは縛り。私自身が結んだ即席の縛りよーー!)
これからジャスト65秒。万は彌虚葛籠を使用できない。その代わりとして、一時的に呪力出力を引き上げた。
自身の再生と、瞬発力の強化。代償として今の無防備な肉体に邪去侮の梯子を受ければ今度こそ万は焼き殺される。
(縛りとは、呪力の根源へ自らを近づけるもの! 自らを縛ることで死へと近付き、その見返りを引き出す!)
自死の縛りが最も強力に働くのはそのためだ。
だが時を経るごとに、呪術の本質を忘れ、より安易な道を辿るための手軽な手段として縛りは変質した。
播磨の阿保(蘆屋貞綱)が広めたシン・影流によって生まれた糞のような風潮。
三輪霞も自動迎撃プログラムを仕込む余裕を持っていたのなら、縛りを結ばず簡易領域を行えるように技術を研鑽するべきだと万は考えた。
(自分自身への縛りを破るのは難しい。上書きするか分散させるか……どちらも非合理的ーー!)
ビルの壁を拳で砕き、万は衣服店を駆け抜ける。
姿が見えなければ、天使も邪去侮の梯子で狙いをつけることは困難になる。
姿をさらすのは一瞬。天使本人ならいざ知らず、器は脆弱さは初見でも明らかだった。
万は小刀を構築し、ビルを駆け上がる。
ガラス越しに天使の口と、万の目が合った。
《華っ!》
遅い。万はガラスを突き破り、華の首を掴むと小刀を振り上げた。
《光よ、全てを浄化し給う光よーー》
天使の呪詞はまるで断末魔だ。
(これから死ぬ。文字通り。あの世へ旅立ちなさい……天使っ!)
「さぁ終わーー」
『のせる!!今までのすべてと……』
(この感覚……嘘でしょ……?)
羂索の姿が見える。そして万自身が結んだ覚えの無い『存在しない縛り』が再び脳に溢れ出す。
『これからの未来をーー』
有り得ない。万には意味が分からなかった。
簡易領域の縛りは、まだ理解の範疇にあった。弱者が搾取されるために、進んで身を削るようにら不平等な呪いを進んで享受する愚かさとして。しかし、これは違う。
無意味を通り越して、意味を考えるが、万にはやはり思い浮かばない。
『もう二度と刀を振るえなくなってもーー』
“二度と刀を振るえなくなっても?”
刀を利用する様になったシン・影流を学ぶ呪術師が、なぜそんな縛りを自身に架す必要があるだろうか? いや無い。
反語表現を頭で思い浮かべた万の手が、肉体に刻まれた縛りに止まる。
動かせない。1ミリも。
《?罪・咎・憂いを消し去りーー》
「クソボディいいいいいいいいィイイイ!!!!」
人生で、しかも2度目の人生を含めて、最も大声で声が裏返った。
ジャスト。65秒が終る。
万は緊急避難的に華を蹴り飛ばし、落下角度を変える。
(構造物では天使に破壊される。なら場所はーー)
ガン! ガンッ!
2度、ビルの壁を蹴って、万は最短に花壇を目指した。
しっかりとした土の上に、靴底に構築したアンカーを打ち付ける。
《彼の者を導きたまえーー》
「これなら文句ないでしょうッ!!!」
「邪去侮の梯子!」
「彌ィイイイ虚ァァ葛ぉおお籠らぁああ!!」
万を覆うように展開された結界が、辛うじて破邪の光から身を護る。
(もう天使は決して邪去侮の梯子を解かない! 私との綱引きを限界まで続ける!)
両足を地面から離せない縛りから、上空の天使に対して上半身の動きのみに制限され、かつ構築術式の速度低下。
精密性も加味すれば、現状では複雑な物を生み出すことも、実質的には不可能だ。
(冷静になれ。冷静に…怒りを呪力に変えろ……)
腸が煮えくり返る思いで万は呪力を生み出す。
(いいわ……もうそれでいきましょう…よく考えたら、どちらにせよ先に力尽きるのは貴女たちなのだからーー)
隙は見せず、隙を作らず。万は天使を睨みつけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
死を覚悟してでも勝たなければならない。
伏黒は鵺を呼び出すと、その足に掴まった。
追いかけるように、津美紀は宮濔羅の手に抱かれ、空へと跳躍する。
「爆ぜろ」
津美紀の言葉に宮濔羅の法輪が廻る。
呪力は起らない。
(構築されていないということは……現象として考えられるのは、大気中のチリの引火による爆発か!)
直感的に津美紀の言葉を捉えた伏黒は、鵺を消し掌印を結ぶ。
「葬虎ッ!」
呼び出した虎が伏黒に襲いかろうとした瞬間、目もくらむような爆発に巻き込まれ、粉々に砕け散る。
爆風に地面が近づく。
「葬虎っ!!」
調伏の感覚が、自身に宿るのを伏黒は知覚しながら、その式神を呼び出した。
葬虎の俊敏な躍動が、伏黒の身体を受け止める。背に跨ったまま、ビルからビルへ伏黒は戦場を広く使う。
「鬱陶しいわね。さっきからーー」
能面の式神が津美紀の影に溶ける。
(消した? なら開示には嘘があったーー)
同時に扱える式神は2体。だが津美紀は先程から、宮濔羅と他の式神を連携させることはしていない。
宮濔羅。その式神は術者と対となる式神なのだ。
いや十種影法術の仕様から考えれば、津美紀自身の影と云うべきか。
ビルに飛び移った伏黒の視界から、津美紀が消える。
(陽動……いや、可能性は1つ。下からだーー)
「葬虎ーー」
津美紀が呼び出した虎葬がビルの下を突き破る。
読み切っていた伏黒は自身の葬虎を消し、満象を召喚する。
虎の爪と牙でも、象の“重み”は受け止めきれない。
ガラガラと崩れる虎と象。着地より早く、葬虎が消える。
「崩せ」
落下地点に立つ津美紀と宮濔羅。
その手が満象に触れる前に、伏黒も影に式神を隠す。
対象を失った宮濔羅は、その手をビルに触れる。
足元から駆け上ってくる呪力の起こりより早く、伏黒は宙へ飛び上がり、掌印を結び直す。
「貫牛!」
ビルに残った牛の式神が、建物と共に崩壊する。
10の影の内、砕かれた物を含め9つの式神が伏黒の影に宿った。
「葬虎!」
伏黒は落下の位置を、調整する様に虎を踏み台にする。
別れた式神と術者。津美紀の目線は、伏黒に向けられる。
予想した通りにーー。
“じゃあ死んで”
津美紀の言葉が嘘ではなく本心と解ったからこそ、伏黒はこの陽動に全てを賭けていた。
宮濔羅の力みは伏黒に向いている。
その横から乱入するように葬虎が能面の天女を抑えつけた。
「貫牛ーー」
呼び出した式神は一直線にしか動けない。
しかし、目標への距離が長ければ長いほど、その威力は高まっていく。
宮濔羅の怪力が、葬虎を破壊する。
しかし、同時にそれは貫牛の助走時間は確保するのに十二分だった。
唯一の勝機。
(頼むーーこれで倒れてくれーー)
貫牛の衝突。その衝撃が街の一角に拡がる。
瓦礫が舞い上がり、土煙が弾け飛んだ。
半身を失った宮濔羅が、ゆっくりと倒れる。微かな期待が伏黒の胸に抱かれた瞬間に、静かに義姉の声が響いた。
「治れ」
呪力の起こりも無く。あるいは、最初からそうであったかのように、能面の式神は形を元通りに癒やす。
(これでも……駄目なのか……)
残る手段はーー唯ひとつ。
汎ゆる事象へ適応する最強の式神。
十種影法術に宿り、相伝された八握剣異戒神将魔虚羅。
その影にかつて挑んだ禪院の術者とは異なり、伏黒には僅かな可能性が目の前の絶望として立っていた。
宮濔羅。汎ゆる事象を引き起こすもう一体の異戒神将。
津美紀が発する言霊に依っては、魔虚羅の調伏も出来る可能性がある。
だが……ソレは可能性に過ぎなかった。
(宮濔羅自身の戦闘能力は……魔虚羅に及ばない)
戦闘し、ハッキリとそれが解ってしまった。
津美紀の実力も、能力も、経験が圧倒的に不足している。
魔虚羅を呼び出した先に待つのは……津美紀と相打ち。
「……なんでだ! 津美紀ッ! なんで…こんな……」
「嫌だからよ。この世界のことが大嫌いなの。恵の事も。本当にそれだけよ」
本心だ。憎しみ合うしか無い。呪うしか無い。
憎悪と嫌悪。津美紀は呪いを振りまく事を望み、死ぬために生きている。
殺さなければ、誰かを殺す。誰かを呪う。しかし、それでと津美紀は、伏黒にとっての“誰か”では無かった。
(それでも……俺には……家族なんだ。たった一人の……)
「なら……俺を、俺だけを憎んでくれ……津美紀っ!」
「嫌よ」
短く。津美紀は言った。
これが終わりかーー。伏黒は思った。
祓う事の出来なかった血の呪いの末路。その結末がこれなら、何も望まなければ良かった。
誰も助けなければ……良かった。
(いや…それすら……もう、いいんだーー)
「伏黒ッ!!!!」
その声に伏黒は顔を上げた。
空間を捻じ曲げる黒い稲妻が迸る。
黒閃。その拳が宮濔羅を吹き飛ばす。
(そうだ……そうだったーー)
『まずは俺を助けろ』
その言葉に応えた虎杖に、伏黒は再び立ち上がった。
伏黒と津美紀を悲しき姉弟対決させるて分かったのですが、余りに虚しすぎて辛くなってきました。
万パート無しだと、キツすぎるので詰め合わせています。
結末は原作に合わせるので、大分病むかもしれないです。