津美紀の過去から。
伏黒が絶対に助けられないように描いてみましたが、書いていてしんどすぎたので切りの良い部分まで。
母は私を愛してはいなかった。
私は私の父親が誰なのか、何処で何をしている人なのかさえ知らない。
いつも違う男と居る母にその事の聞くことはなかった。
私は母を愛してはいなかった。
狭いアパートの、小さな部屋が私の世界の全てだった。
天井のシミを数えるのが好きだった。何も欲しいと思うことは無かった。
私には最初から何もなかった。
学校ではクラスメイト合わせて話をする。
悲しそうな時には心配をし、喜んでいる時には同じようにはしゃいで。
給食は残さず食べた。温かな食事は、朝の菓子パンやスーパーの惣菜よりは好きだったのかもしれない。
ある日網戸にトンボが入っていた。その首に裁縫の糸をかけて首を落とした。
頭の無いトンボはそれでも動いていて不思議だったのを覚えている。
そのトンボが動かなくなるまでずっと見ていたことも。
夕方になると母はまた男を連れてきた。
禪院という名前の男と、母は婚姻した。
男の連れ子は、男だった。恵。女の子の様な名前のうろんなソレが私の世界に入り込んだ。
母が居なくなったのは、そのすぐ後だった。
男と共に笑う母と、閉じるドアは何時でも思い出せる。
五条という人が恵に会いに来たのは、それからまたすぐの事だった。
私は、私の世界からソレを追い出したかった。
だから残った。このアパートに。
そして……恵も。
『伏黒くんってカッコいいよね』
友達。そうたぶん周りにはそう見える誰かが私に言う。
『津美紀、紹介して! お願いっ!』
私は津美紀。誰かはそう呼ぶ。
ある日、恵は喧嘩をした。相手を傷つけながら、恵はいつも大した傷を作らなかった。
『どうして。恵はそんな事をするの? 傷ついた人の気持ちを考えたことがあるの?』
私は問いかけた。私が傷ついて欲しかったのは、ソレの方だ。
けれどソレは恵まれていた。私と違って。
『また説教か? こいつ等は年下相手にカツアゲをした。当然の報いだ』
報いと言うなら、私は何をしたというの?
『……悪人だから。悪い人なら傷つけていもいいの? だとしたら恵は一人になるわよ? 悪いことをしていない人なんて居ない。神様はちゃんと見てくれているわ』
『そんなもん、居るわけねぇだろ。呪いはあってもなーー』
ソレを棄てた父親と、私を棄てた母と。鏡のように重ねて。
私を呪っているのは貴方でしょう?
『誰かのことを呪う暇があったら、大切な人のことを考えていたいの』
その時も私は皮肉を呟いた。
何度もそうしたように。中身の無い言葉を投げかける度に、影法師が私の後に着いてくる。
『伏黒はまた問題を起こしたぞ』
『伏黒くんが』
『伏黒は何処だよ!』
『伏黒』
誰のことを言っているの?
『津美紀は立派だよな伏黒と違って』
『津美紀っ! カラオケ行こ!』
『津美紀』
伏黒は私。私の……たった1つだけ残された、私の世界なのにーー。
私は誰なの? 私は何処に居ればいいの? 私が何をしたの?
誰か教えて。誰か教えて。誰でもいいから教えて。
私は、私は、私は、私はーーーー。
誰を呪えばよかったの?
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黒い閃光が瞬いた。
「伏黒ッ!」
その声に津美紀は唇を噛んだ。
(どいつもこいつもーーー)
「宮濔羅ッ!」
津美紀が呼ぶと、土煙の中から宮濔羅は飛び出して来た。
「虎杖ッーー」
宮濔羅の拳を躱し、虎杖は体勢を立て直す。
「悪いっ、遅れた」
「……いや、助かった」
伏黒は本心からそう言った。
「お仲間と合流できたのがそんなに嬉しいの、恵は」
津美紀は憎悪の目を伏黒に向ける。
殺気より悍しい。憎しみの念。呪いそのものをーー虎杖は感じだった。
「何も知ら無い他人を巻き込んで、それで満足? 何も変わってないのね……恵は」
「あぁ…そうだ。俺は変わってない。だから、お前を諦めないッ!!」
「ッ死ねよ!」
宮濔羅に掴まると、津美紀はビルの屋上に飛び上がった。
「……伏黒。俺が口出しすることじゃねぇけど。家族だってこと、絶対に忘れんなよ」
「ああ、当然だ」
伏黒は葬虎を呼び出した。
津美紀が上に飛んだのは、罠を張るためだ。
虎杖と同時に行けば、どちらも宮濔羅の餌食にされる可能性が高い。
言葉、津美紀自身の呪詛を受け止めなければ、決してこの戦いは終わらない。
「俺が行く。必要だろ?」
言ってみせた虎杖に、伏黒は頷いた。
「後で飯奢る」
「いっす! 頼んだぜ」
虎杖は笑って言うと、壁を蹴りビルを登っていく。
「切れッーーー!」
津美紀の声と共に虎杖が感じだったのは、宿儺の斬撃と同じ感覚。
黒閃による集中力が、見えない斬撃を回避させる。
出せるーー。
拳の呪力が、虎杖に確信をもたらした。
黒ー閃ーーーー!!!!
能面の式神を吹き飛ばす一撃が、屋上の空間を黒く歪める。
(わからねぇ事ばかりだーーだが1つだけ分かる)
拳を受けた式神、宮濔羅。虎杖が相対した呪霊、呪詛師、その全てをこの式神は超えている。
(こいつは俺が抑える。それが今の俺の役目だ)
「行け! 伏黒ッ!!」
津美紀から式神を引き離しながら、虎杖は叫ぶ。
同時に葬虎の腕力が、ビルの外壁をよじ登っていく。
「津美紀っ!」
「……ねえ。見える? ここからの景色がーー」
津美紀は笑いながら、くるりと回る。
黒煙に煙ぶ街。散乱した死体。混沌とした呪いが、眼下には広がっていた。
「私が望んだの。私が望んだものが、やっと見れる。この世界が呪われた証が。その証明がやっとできる。因果応報は……やっと……私は報われるの……」
壊れた様に津美紀は笑う。
それが伏黒に初めて晒された、仮面の外れた津美紀本来の素顔だった。
(宮濔羅を虎杖が引きつけてくれた。今なら……これが最後の機会だ)
伏黒は薬師如来印を掌で結ぶ。
(領域の必中効果なら、津美紀が操る式神のコントロールを塗りつぶせる。宮濔羅を消し去れば、後は家族の問題だ)
「領域展開……知っているわ。自分自身の心の中を結界に展開させる……私の中の呪物が教えてくれている……」
津美紀も伏黒と合わせたように印を結ぶ。
「私の世界から、もう消えて? ……恵」
呪いの言葉を合図に、姉弟の声が重なり合った。
「「領域展開」」
嵌合暗翳庭。黒い影が互いを包むために広がっていく。
書いていてしんどかったですが、筆者が読みたかった呪術は空港では無く、こうした展開だったので。
まだ続きますが、虎杖の優しさをカンフル剤に続きも書いていきます。