姉弟対決続き。
虎杖の戦闘。
伏黒と津美紀、姉弟の領域は拮抗し互いを喰い合う。
無限に湧く影絵。
蛙を飲み込む蛇。鹿を喰む虎。兎を啄む鳥。牛を潰す象。喉笛を噛み合う犬。
混沌と黒に包まれた空間を支配するために、影は重なり濃く刻まれる。
レジィとの戦いを経て、伏黒は自分自身の領域の核心を掴んでいた。
嵌合暗翳庭の中心。伏黒はイメージした脊椎骨を起点とし、影を円形に包むように拡大させる。
何にも代えがたい芯を以て、伏黒が心に具象化させた証は領域の完成を意味していた。
それと互角に塗り替えようとする影。
(これが生得領域ーー津美紀の心の中)
そこには何も無い。立つのは津美紀、ただ独り。
「あはっ、あはっはははっ!!」
津美紀は独り笑う。
影絵で遊ぶように。領域に写る影を笑い、楽しそうに。
(誰が見ても善人だった。全てに無関心であるが故に)
孤独な世界が津美紀の全てだった。
伏黒は思い出す。
『おかえりなさい』
ある日の夜、喧嘩をし、深夜に帰った伏黒を迎えた姉の言葉を。
荒み、他人に正義と押し付けてきた物を赦し、帰る場所があるとこれまで思っていた。
今の伏黒には分かった。津美紀は伏黒が帰らない夜を望んでいたのだと。
暗く閉じた世界を望んでいたのだと。
記憶が鮮やかに蘇る。
『いってらっしゃい』
同じ学校に通いながら、津美紀は何時も伏黒と時間をずらしてアパートを出ていた。
(嬉しかった。俺にとってその言葉は)
見送ってくれていると思っていた。
見守ってくれていると思っていた。
自分を棄てた父親とは違う。本当の家族になれた気がして、嬉しかった。
その温もりが優しさだと信じたかった。
(だが違った。心の底から、ずっと前からーー)
学校でも津美紀は友人に囲まれていた。
誰とでも話し、笑う。
羨ましかった。そして誇らしかった。自分には無い輝きが眩しかった。
明るい場所に立つ津美紀は、自分とは違うと伏黒は思っていた。
見てなど居なかった。誰とでも話し、誰にでも優しくする。その影は誰も見ていなかった。誰とも話していかった。誰にも優しくなどなかった。
孤独な虚無が笑う。ずっと前から津美紀は、積木のように壊れていた。
これが呪いなのだと。罰なのだと。
不平等に人を助ける。そう誓うことが、呪いだった。津美紀が呪われたのは、義姉を呪っていたのは……他ならぬ伏黒の存在だったのだと。
「俺はッ! 臆病で、弱虫だッ! 何時も逃げて……見てこなかったッ!」
「あはっ! なら消えてよ私の世界からっ! 何処かの“誰か”さん! あははっ!」
「そうするさ…不平等に、お前を助けた後にな、津美紀ッーー」
影は譲らず絡み合った。
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黒閃が歪めた空間の背後に展開された結界を、虎杖の研ぎ澄まされた感覚は捉えていた。
(伏黒……絶対、終わらせないからなーー)
瓦礫に落ちた虎杖は、宮濔羅を抱えるように巻き込んで蹴り飛ばす。
黒閃の威力は込めた呪力の2.5乗。それを受けて尚、宮濔羅はよろめきながらも立ち上がった。
(確実にコイツも富士山以上だ)
肌に感じる感覚だけで考えれば、あの特級呪霊の倍ほどの呪力を宮濔羅は放っていた。
その実力差を埋めるもの……全ての術師に平等に与えられた幸運に、虎杖は愛されている。
「フゥー」
虎杖の呼吸と共に、宮濔羅は跳躍した。
目で追えば捉えることは不可能な高速移動に、虎杖は反射だけで対応する。
左側。
宮濔羅の拳を避けると、そのまま体を翻し、しゃがむように畳んだ両脚で虎杖は能面を思い切り蹴り上る。
「っ、まじっ」
(掴まれるーー)
振られた手を脚を回して解くと、さらに式神の腹に虎杖は拳を叩きつけた。
分厚い壁を殴るように。打っても全く響いて無い。
ガコン。式神の頭上で法輪が廻る。
僅かでも気を抜けば、即死に直結する。
虎杖は刹那の攻防を式神と繰り広げる。
(直感で動け! 直感で当てろ!)
でなければ間に合わない。
再び法輪が廻る音が響く。間を置いて、3回目の音に、虎杖は違和感を感じ取った。
来る。“判らない”が確実に、何かがーー。
虎杖は地面を殴って、自身の立ち位置を無理やり変えた。
瞬間、それまで自分が立っていた場所が、その背景の建物ごと縦に切断された。
「なっーー」
だが崩れた体勢の代償。無防備な虎杖を式神は蹴り飛ばした。
全身の骨がきしむ。意識が消えそなほど強烈な一撃に、虎杖は吹き飛びながら血を吐いた。
それを追いかけるように駆け出した宮濔羅の法輪がまた廻る。
(不味い。何かまた来る)
倒れかけた道路標識を掴むと軸として回転し、虎杖は中空へと退路を作った。
呪力が広がり、火炎地獄がアスファルトを焼き焦がす。
(間違いない。あの頭のやつが廻るたび、何かやって来る)
それが何かはまだ判断ができないが、規則性も、法則性も無い初見殺しが起こされる事だけは確かなのだろう。
虎杖は距離を保つように、ビルを蹴り、その外壁を飛び回る。
再び法輪が音を立てる。
腕を振り上げた宮濔羅の予備動作は、今度は露骨なほどわかり易かった。
見えないハンマーが振り下ろされるように、ビルが一瞬で砕け散る。
その隙を虎杖は見逃さない。
呪力を研ぎ澄ませ、集中させる。
「う……おぉおおおオオオッ!」
空間が痺れる。黒く迸る閃光と共に、虎杖の拳が黒い火花を散らす。
黒閃。ゾーンへと没入した虎杖の一撃が、式神の胴にヒビを入れる。
(いける、同じ場所に当て続ければーー)
崩れた姿勢の隙を虎杖は見逃さない。
ガコン。
が、拳に纏っていたハズの呪力、その感覚が、フッと消えた。いや、消された。この式神に。
虎杖は直感的に窓ガラスを割って、オフィスに飛び込んだ。
直下。呪力が此方を向いている事に虎杖は気がついた。
光矢がビルを下からぶち抜く。
「コイツ! マジで目茶苦茶だろッ!!」
素人が取って付けたような出鱈目な攻撃に、虎杖は叫んだ。
出鱈目な分、質が悪い。
矢に穿たれた穴から、式神が飛び出してくる。
一貫性の無い能力は別にして、自動迎撃自体は読み易い。
待ち受けた虎杖の一撃が、式神の胴体に2度目の黒閃を叩き込んだ。
オフィスの物品が周囲に散らばる。
空中に投げ出された式神が法輪を廻し、黒閃のゾーンが危険を察知する。
爆発が周辺を巻き込んで炸裂する。
割れたガラスが、天使の羽のように散乱し、音を立てて瓦礫を築き上げる。
ガラガラと降り注ぐ残骸を避けず、虎杖は宮濔羅に構える。
「ッーー」
呪力が地面を這うような感触に、虎杖が飛ぶのと同時に、瓦礫が粉微塵に崩れさった。
その土煙を払って現れた宮濔羅の胴体に、虎杖は蹴りを入れる。
2度の黒閃が与えたダメージが、宮濔羅の身体にヒビを拡げる。
しかしーー。
ガコン。音が響いた瞬間に、これまでの傷は全て消え去っていた。
「まじかよ……」
身体に残るダメージ。虎杖の限界は、すぐそこまで来ていた。
宮濔羅の攻撃を受け止め、虎杖は立体駐車場に戦場を移し替える。
追いかけず、宮濔羅は構えを取った。
(来る。これは……よく知ってるーー)
自身の中に宿る呪いを思い出した虎杖に向けて、斬撃が放たれた。
バラバラになった車のガソリンが引火し、駐車場は火に包まれる。
陽炎に揺らぐベールから、宮濔羅はゆっくりと歩いてくる。
(一周……って事か?)
虎杖は思った。斬撃は津美紀が最後に命じた際の言葉だ。
残る法輪は2回。休憩を挟み、もう一度今の動作を繰り返す。
あたりをつけて虎杖は拳を構える。
ヒュンー。
矢が、宮濔羅の腹に浅く刺さった。
「法輪っ……まさか、マコラ…なのか……」
道路で汗を浮かべる短髪と細目。
御三家、加茂憲紀は輸血パックの血を周囲に展開した。