ここで万の扱いを間違うと作品として自滅するので、当初よりプロットを練りかなり注意しながら書きました。
(……あぁ…腹が減った)
千年前、幼き日の万は常に餓えていた。
捨児が生きる術は盗むか、奪うか。喰うか喰われるか。
犬の様に漁り、木の皮で飢えをしのぐ。虫を喰い。鼠を喰い。
貴人の屋に腐り落ちた柿を拾えば杖で打たれ、馬小屋の飼い葉を盗めば鞭で打たれ。
畜生以下の命を生き、歳の頃5つを数えた時その女は現れた。
名を天元と名乗る。その輩は羂索と名乗り。
万と言う名を与えられ、かの者の屋敷へと。
藤原氏の全盛は影を帯びた時代なれば。二人の呪術師は、呪力を持つものを教え導き、取り立てていた。
万にとっては、貴人の衣など不要だった。
男衆よりも体を鍛え、呪術を研鑽し、呪の世に身を浸してゆくのは生の為ではなく、ひたすらに飢えぬ為だった。
次第に呪術師は派閥に別れ闘争を始める。
その時勢にあっても、万は他者と関せず己の術式……構築術式と向き合い続けた。
構築術式の弱点はその消費にあり。どれほど研鑽を重ねても、万は何時しか同輩に敗れ、罵られ、天元は言わねど何れまた飢えを抱くか病を抱くか。
十五を数えた時。
羂索が一冊の本を私に奨めた。
海を渡る蝶を知る。それは正に天啓であった。
虫は小さく。脆く。しかし生の躍動は人よりも優れる。
観察し、解らねば調べ、探し、その肉の動きを詳らかにし。
その殻を詳らかにし。
己よりも巨大なる物を持ち上げる蟻。
空に静止する蜻蛉。
地を蹴る飛蝗。
十七と成った万は、五虚将を撃退し、宮中へ召し抱えられた。
飢えは尚やまぬまま。
歌など読まぬ。衣など着ぬ。政など興味も無し。
飢え。病。死。三重の苦を呪い、満ち足りぬ生に喘ぐ日々の中、新嘗祭で万は会った。
人生で二度目の天啓にーー。
湯浴みの直後に。その者を見た。
(そう。ひと目で解った。あぁ…彼は私と同じなのだと)
万は駆け寄っていた。
自らの傍らにあるべき者に。呪いの王、両面宿儺に。
『大丈夫よ。貴方は独りではない。私が居る。私の愛が貴方をーー』
宿儺は私を両断した。
その技量。刃の鋭さ。私は刻みつけた。私の魂に。そして愛に。
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東京第一結界。
均しく。正に均しく。刃は降り注ぐ。
(以前の戦いで、魔虚羅の強度は把握している)
伏魔御厨子の刃が魔虚羅を刻む。だが巨人は身を裂かれながらも、まだ動く。
(? なんだ……この感覚は)
自身の呪力出力の低下。予想以下の斬撃に、宿儺は領域を更に狭め、刃を圧縮する。
「まあ、全て思い通りというのも芸が無い」
領域を解き、漸く血煙と化した魔虚羅の法輪が宙に浮く。
それが廻るよりも疾く。
「満象」
宿儺は掌印を結び、巨象を呼び出した。
(領域展開後、焼き切れた御厨子は今は使えぬ……が伏黒恵の術式は別だ)
圧縮する。水を。そして開放する。
区画が水圧で消し飛ばされ、魔虚羅の法輪が砕け散る。
調伏を終え、その式神が影に宿る。
「こんなものであろうーー」
「っだあ!! コラァあああ!!!!」
虫の鎧を砕き、万は叫び声を上げる。
「生きていたのか?」
「ええ。ギリギリだったけど……その式神に気を取られすぎよっ!」
(ふむ。領域を狭めた際に、万は外に逃げたか……)
そういう縛りではあるが……。
「しかし、気に食わぬな。貴様ごときを刻めぬとは」
「必ず最後に愛が勝つッ!!!!」
ぼろぼろになった万は、掌印を結ぶ。
「強者故の孤独……それ故に貴方が知らない“愛”!! 私が教えるッ!!!」
「フッ」
宿儺は嗤う。
「え?」
『まさか……宿儺が? 知っていると? 愛を』とでも言いたげな万の顔に、宿儺は再び嗤う。
「御託はいい。愛など下らぬ」
「ならば知りなさい! 孤独を、飢えを、病を! すべてを包む愛の空間をーー領域展開!!!」
両足をしっかりと地面につけた万の心象風景が、宿儺を包む。
臓腑。脳。
領域展開、三重疾病。
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(これは賭け! 私自身の最終手段ーー)
呪いの王である両面宿儺。領域展開後で無ければ、宿儺を領域に捉える事は自身の技量では不可能であると、万は自覚している。
三輪霞。その肉体の記憶に興味など無い。結果として2度も足元を掬われたが、肉体の持つ“現代の知識”には価値があった。
その中でも万が着目したのは物理学。そして数学。
(私の構築術式をより強固にする事ができる可能性。それは仮想上にのみ存在する完全なる真球の存在!)
接点が0の真球が存在すれば、計算上その圧力は無限になる。
しかしあくまでも“計算上”だ。
物質は触れれば微かに歪む。重力を含め、汎ゆる力に晒される以上、物理的には存在を許されない。
「感謝するわ! 最後の最後に!!!」
三輪霞の実力で刀を振るった所で、羂索は本来であれば受け止める必要さえ無い。
しかし受け止めざるを得なかった。それは彼女の縛りの為。
傷程度は付けられると羂索が判断したからに他ならない。
(宿儺を捉えられるのは……これが生涯最後! もうこんな好機は二度とないと断言できる)
だからこそ。万はこの領域を“最後”と決める。
(もう二度と領域は使わない。もう二度と。絶対に。だから……ここ一回だけ、私の望みを叶えてーー)
宿儺の頭上に小さな玉が生み出される。
「ふ。長々とやったが……これだけーー!?」
それが落ちた瞬間、宿儺の腕が消滅する。
「キタァ!!! できたぁあ!!!!!!!!!!!」
自身への縛りが、万の領域に真球を完成させる。
宿儺でさえ、その意味を理解できぬまま、驚愕の表情を浮かべ、そして嗤う。
「落花の情」
万の領域が消し飛ばした腕を反転で治癒しながら、宿儺の呪力は次々と落とされる真球を迎撃する。
「なる程な。原理は知らぬが、受ければ終わりか?」
「ええ! そうよ!! でも何時までも耐えられない! 何れ貴方は私の前に膝を折る! そして知るのよ! 私の愛を!!!」
宿儺の呪力が生み出した真球を僅かに歪める。
それでも生み出し続ける限り、巨石を水滴で打つように、少しづつだが確実に宿儺の無尽蔵の呪力は削れていく。
(いける……あと少しで…私は……孤独を!!)
今、何を思った?
万が思考した時、いつの間にか宿儺の背後には、先程の式神の法輪が浮かんでいた。
「愛など下らん」
笑み。呪いの王が嗤う。
「布瑠部由良由良」
影が暗転する。そして現れた式神が、万の領域を打ち砕いた。
「なーー」
「魔虚羅は汎ゆる事象適応する。貴様は構築する際に物質を使い慣れた液体金属か虫の殻にする。が、頼りすぎたな」
宿儺は巨人を影に戻すと、万に解を放った。
万の身体が斬撃に裂かれる。
瞬間、万の脳内に溢れ出した『三輪霞の記憶』。
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どうも。三輪霞です。
今、私は私の心の中をノートにまとめています。
なぜかというと……恥ずかしながら、私は今……ある人に恋をしているからです。
名前はーー私のことなので! ナイショにします! だって自分のことだから…私は知っているはずですから!!
その人の事を考えると、胸がドキドキしてしまいます。
授業中も、こうして机とノートに向かっている時も。
彼の笑顔を見ると、私も嬉しくなります!
笑っているのかは……正直自身がないですけど。
とんとん。
拍子をついて今も考えています。
告白するかどうかも。
怖いです。
すごく…怖いです。
だって、もし私の事を、その人が嫌ってたら。気持ち悪いって思われてたら……怖いです。とても勇気が出なくなります。
麻衣さんも、西宮さんも綺麗だし。
私の家は貧乏で、弟も二人います。
きっと振られます。
だから
怖いです。
でも、好きだから。あの人のコトが、私は大好きです。
書きます。
だから
書きます!
勇気は出ないけど。好きな気持ちにウソはないです。
受け入れてくれたら、きっと死んでもいいくらい幸せになります。
ずっとずっと幸せになれます!
だけど振られたら。
苦しくなります。きっときっと。とってもとっても苦しくなります。
でも、思うのです。
それが私なんだって!
彼を好きになった理由は色々あります。
優しいし、可愛いところもあるし。何より…ちょっと子供っぽいし。
そんな全部が大好きだから!私は好きになったんです!
私は私を好きでないかもしれない彼が好きです。
私を好きでなくても、大好きです!
ダイダイダイ好きです!!
だって、私だから。
それが私だから。
うん。
それだけです! それでいいんです。
どうも。三輪霞でした!
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倒れ伏した万は宿儺を見上げる。
「やれやれ。まだ死なぬか」
「ぇえ……とう…ぜん……」
「貴様は俺が愛を知らぬと、俺が強者であるが故に孤独であると。まあ……言わんとせんことは分かるが“知らぬ”とまで言われるのは些か心外ではあるな」
「?」
「俺が強いと云うだけ貴様のような奴が湧いてくる。それを俺は自ら屠ってやっている。挑まれれば応える。面白そうなら遊んでやる。それが愛でなくて何だというのだ?」
宿儺は続ける。
「知って尚俺は断言しているのだ。愛など下らぬと」
「ふ…そう……ね。でも、1つだけ間違えているわ」
「ほう?」
「私が貴方を好きなのは、強いから……最初はそうだけど。貴方は私の孤独を埋めてくれた。そんは……童のような所が、私は好きなのよ」
「馬鹿に漬ける何とやらだな。が、些か珍味ではあったが播磨の阿呆(蘆屋貞綱)や醜女(天使)に比べれば、貴様は幾分マシだ」
「そう。嬉しい」
万は隠し持っていた特級呪物、両面宿儺の指を取り出した。
(感謝するわ。三輪霞)
自身の死を縛りとした、最後の構築術式を指に施す。
(私は理解した。両面宿儺を。そして私自身を)
彼を愛する私を愛する。
それでいい。
もしもう一度、受肉の機会が与えられれば、私は迷わず器を殺す。
何度でも殺し、何度でも宿儺に挑む。
(けれど…もしも……天使のように……器を殺さなければ)
自身の愛に答えをくれた肉体の主を万は笑う。
(恋愛相談くらいは乗ってあげるわよ)
構築を終え、万の命が終わる。三輪霞の肉体と共に。
「これを…貴方に……いらなければ…棄てればいい……でも……使うなら……後生大事にしてね……」
絶命した万の差し出した指を宿儺は拾う。
「やれやれ。元々俺の物であろうが」
しかし《コレ》を構築して魅せた事に関しては、僅かばかり驚きを禁じ得ないのも確かであった。
「味は兎も角、術師としては中々だな」
懐に指をしまった宿儺は、不快な呪力を察知する。
「さて、阿呆はもう一匹残って居たか」
彼方でビルが崩れる。
視界に入った虫の姿に、宿儺は苛立ちを覚えた。
万はキャラとしては悪く無いと思っていたのは、平安時代というバックボーンを上手く描けば、後の展開がかなり楽になるからです。
また三輪ちゃんは万の器としての登場となってしまいましたが、逆説的に恋愛に関しても普通の感性を持っている彼女なら、万の愛へのアンサーを引き出せると思っていました。
千年前も源氏物語等を読めば、恋愛感情なんてものは変わって居ないので。
宿儺の人となりもキャラブレしない程度に上手く機能させる様に気をつけながら書いた部分ですのですが、どうでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
とは言え宿儺も万も屑である事には代わらないので、次回は覚醒した虎杖に一発かまして貰います。