宿儺の回想。
各地に見送り、
先鋒、鹿紫雲開始まで。
時間が過ぎるのは早く。ただ早く。
五条との修行は最終段階を迎えていた。
虎杖はこの27日の間で、殆ど更地となった東京の街を駆ける。
五条の六眼が輝く。無下限による赫。
放散による衝撃は、死滅回遊の原則により身体へのダメージとはならない。
そこで本格的な戦闘のイメージとして、京都校との交流戦の際に使用された呪符と同じ原理が生かされる。
虎杖の制服と、五条の服に編み込まれた布は、お互いの呪力により染まり、自分へのダメージとして表せる。
虎杖が赫に触れる。五条悟によって生み出された力場に、切り取り線が走る。
宿儺の御厨子の刃、捌。その切断をイメージし予告するという縛りを虎杖は設けた。
上昇効果の恩恵を受けるためではなく、虎杖が捌の感覚に馴れ、順応するための早道。対人戦であれば、相手は呪力で捌を受ける事ができる反面、物質に対してであれば、マーキング後何時でも切断が可能となる。
「捌ッ!」
虎杖の斬撃が、赫を切り裂く。
その隙に距離を取った五条に、虎杖は血を凝縮させ閃血を放つ。
五条の前でそれは球状に止まる。呪力を込めた血は、六眼に対してもある程度の目隠し効果を持つ。
視界を一瞬だけでも塞げれば…脚に力を込める。
自身の限界を超えた筋力に、身体が軋む。しかし亡き兄弟が宿した蝕爛腐術。
奇しくも虎杖が生来備える心根の優しさは、蝕爛腐術の順転による『分解』という性質を拒み、術式反転による『再生』を己の身体にもたらしていた。
筋肉が切れると同時に再生し、より強く地を蹴る力となる。そして赤血操術により全身の血管に張り巡らせた呪力の網。
典紀との共闘の記憶。脹相の指導により、極限の集中力を生み出した虎杖の肉体は呪力と衝突し、術式発動の予感を虎杖に与える。
来るーー。が……。
「あっ……」
五条が微かに残した赫の衝撃が、虎杖から超感覚を奪い取った。
「まだまだ甘いね。悠仁」
血のドームごと茈が虎杖を吹き飛ばした。
制服の色が真っ赤になった虎杖の敗北。
「だけど術式の発動率自体は上がってきてるし。後はきっかけさえ掴めば、問題無く実戦レベルで使用できるようになるだろうね」
虎杖を蒼で寄せ、五条は言った。
「けど、それを待つほど暇じゃない。宿儺もね」
虎杖の呪力に、服の色が黒に戻る。
「死ぬ気で追いつけよ。あの時の1回をもう一度オレに魅せてみろ」
この27日の間、100を超えた五条との修行の中で……1度だけ虎杖は五条の服を赤く染めていた。
「そろそろ掴めよ、悠仁」
「ウッスっ!」
もう一度、虎杖は構えから入り直す。何度でも泥臭く。
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愚かな母は飢えていた。
そして俺もーー。
生まれ落ちるより以前。
自我は飢え、己の片割れを取り込むことで俺は生を受けた。
忌み子と言う。
己の呪いか我が身可愛さか。興味など無い母を殺し、喰らったのは何時のことか。
悪鬼と言う。
己は何者かなどどうでもいい。
肉を喰らい。飢えを満たす。唯一の愉悦に介在する他者を屠り、嬲り殺し、その血をすすり肉を喰らう。
呪術と呼ぶソレが己の力の源泉であり、身を縛る物は何一つ無い。
魔物と言う。
殺し続けた己の下に現れた独りの女。己の道を説く不愉快なその女……不死者たる天元を殺すことは叶わずとも、その肉を抉り出す内に、己の呪術は更に磨かれていった。
両面宿儺と言う。
己の名になど興味はない。呪い殺さんと挑んで来る呪術師共を屠る度に、己の名は何時しかそう呼ばれ、貢ぎ、付き人として媚びへつらう者も現れた。
他者に興味など無い。喰らうことさえ出来れば良い。
何もかも。
「宿儺。実は君にお願いがあってね」
顔馴染みとなっていた呪術師が言う。
人肉を持参し、裏梅が捌く間の暇つぶしに己は耳を傾ける。
「死滅回遊……最近どうも天元と反りが合わなくなって来てね。私一人で儀式をしようと思っているんだ。何十年、何百年先になるかわからないけどね」
「呪物化し、時を超えろと俺に言うつもりか?」
「正解だよ。流石だね」
「下らんな」
「時を超えれば、願いが叶うかもしれないよ。私も可能な限り協力は惜しまないつもりだ」
「無い。いや……」
僅かな過り。余興にはなるか。
「いいだろう羂索。貴様の謀りに乗ってやる」
「それはよかった!」
「縛りは2つ。俺の呪力は分けねば呪物化できぬ。20に切り分け、地に縛ること。もう1つはーー」
両面宿儺の提示した2つの条件を羂索は受け入れ時、裏梅が調理を終え膳を出した。
「丁度いい。裏梅も呪物化させろ。その上で貴様と関与するか、その匙は裏梅自身の加減に委ねる」
「判りました。宿儺様」
性根の解らぬ尋ね人が帰る。
己は目を閉じ暫しまどろむ。
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「やはり最後の1本…どうしても発見できませんでした。処罰なら何なりとーー」
裏梅が集めた4本の指を前にして、宿儺はほくそ笑む。
「良い。どうせ最後の1本は五条悟が持っている。小僧を処刑させぬ為に、秘匿しているのだろう」
宿儺は指を取り込んでいく。
「内から抵抗する伏黒恵の魂。少々煩わしいが、ソレも合わせれば完全に蓋をすることは可能だろう」
即身仏と化した生前の肉体を宿儺は抱え、喰らった。
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■12月14日、11時00分
天気晴朗。
清々しいまでに空は青かった。
「それじゃあ。ここからは二手に別れて行動する事になるから……お爺ちゃんにお願いしようかな」
呪術師達はそれぞれの決戦に向け、既に現地に向かった者と、そうでない者がいる。
前者は高専の協力者。後者の生徒と教員は、東京校のグランドに集まっていた。
全員の前に立つ楽巌寺の姿に、虎杖は校長先生のようだと思った。ダッコちゃん人形の様なパンダを除いて……。
「乙骨憂太。狗巻棘。東堂葵。西宮桃」
「「「はい」」」
三者が声を揃える。
「同化呪霊の対処を。結界解放後、同化は何時起きるやもしれぬ。各々備え、日下部の指示に従え。責任を取るのが貴様の役目だ。日下部よ。異論はないな?」
「了解です。理事長……」
顔を青くし日下部は答える。
「秤金次。禪院真希」
「ウッス!」「応」
「宿儺討伐の補佐をせよ」
楽巌寺に2人は頷いた。
「虎杖悠仁」
「ハイッ!」
虎杖は楽巌寺に応えた。
「今日この日、お前が生きてきた意味はココにある。呪いの王、両面宿儺を祓えば、貴様に掛けられた秘匿死刑を正式に取り消そう。五条悟」
「うぃす! お爺ちゃん!」
「宿儺との決戦の全ては貴様に託す。責任の一切も、全て貴様の手に委ねる」
「分かったよ。理事長…悠仁」
五条と虎杖は向かい合い、拳を交わす。
「これは“縛り”だ。オレが死ぬか、任せられると判断するまでお前は宿儺と戦わない。守れるか?」
「ああ……分かった」
「よし。じゃあ、みんなーー」
虎杖は手をパーに広げた。
「先生! 術式邪魔!」
サプライズに驚きながら、五条は術式を解いた。
その背中を虎杖が押し、次々と生徒たちが押していく。
「オイ! テメェ等、なに人が負ける前提で話してんだ!」
「わかってるよ。宿儺と先にやるのは鹿紫雲だ。オレは邪魔をしない」
五条が言って、次に秤。
「あの裏梅とか言う金魚のフンはオレに任せろ。ダチの約束だ。ぜってー邪魔させねぇよ」
「誰がダチだ」
「かっしー…」
「ツナ……」
「鹿紫雲先生っ」
虎杖と、狗巻、西宮がそれぞれ言った。
「かっしーは辞めろ。それにツナでも、先生でもねぇよ」
鹿紫雲は三人とそれぞれ目線を合わせた。
「狗巻、西宮、虎杖。中々テメェ等は筋がいい。これからも励めよ……それから五条!」
「ん?」
「別に俺が殺してもいいんだろ?」
「構わないよ。その時は恵の敵討ち、ボクと虎杖でガチバトルしてやるよ」
鹿紫雲はふっと笑って、稲妻のように駆け出した。
「かっしー…勝てるかな」
「勝てないよ。100%宿儺が勝つし、鹿紫雲は負ける。断言しても構わない。鹿紫雲も分かってるはずだ」
五条は言った。
「負けるって分かってて……なんで戦うんですか?」
西宮は震えながら言った。
「まあ、子供みたいな理由だよ。全力を出して戦いたい。勝敗を度外視しても勝ちたい。自分より強い相手とやってみたい。男の子なら誰だってそうだよ」
五条は気がつけば薄く出来た雲を見た。
「それにボクが負けるって言ったのは、普段のパフォーマンスでの話だ。今の鹿紫雲は生涯最高……400%の気力だよ」
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結界が消えると同時に、新宿の街に雷鳴が轟いた。
「随分と不躾な犬をよこしたな。五条悟め」
宿儺の解がビルを切断する。
稲光は、それを足がかりに跳躍する。
「下郎がーー」
氷を構えた裏梅の手を、唐突にザラついた不愉快な呪力が掴んだ。
「テメェはこっちだ。馬鹿野郎」
宿儺の解が秤の足を斬り落とすが、切断面から即座に再生する。
「フッ、犬の次は蜥蜴か」
「悪ぃが連れてくぜ。金魚のフンーー」
宿儺に言って、秤は裏梅を殴り飛ばした。
「詰らん真似をする。それで? 貴様は多少なりとも味がするのか?」
「んなもん知るかよッ! テメェで確かめろ最強ッ!」
鹿紫雲が宿儺に拳を振り下ろす。
「では暇潰し程度は愉しませてみせろーー」
受け止めた宿儺は、腕に痺れる呪力にニヤリと嗤った。
五条の後は違和感があったという意見が多かったので。
本作では先鋒鹿紫雲。
次回は鹿紫雲イヤーの予定です。