パパ黒スタイルを最後まで貫く。
憂憂と共に、岩手結界に転移した綺羅羅は汗を拭いた。
死ぬかと思った。正直、生きてる気がしなかった。
星間飛行の拡張術式“星輝羅(ドント・ビー・レイト)”。
星座マーキングを正しく移動すれば、星を与えた物には誰でも触れられる。
ただし生物には使えず早いものがち。
宿儺の手に呪具を渡さないよう、飛天を合わせた3つの特級呪具にそれぞれ星座の印を施した。
伏黒と虎杖、そして宿儺の記憶に絶対無い様な星座で、けれど形は単調に。
ろ座。ふうちょう座。コンパス座。
(けど…やった。やりとげたよ……金ちゃん)
最強に応えた。秤金次と同じ様に。綺羅羅は誇らしい気持ちでいっぱいだった。
「作戦は成功した様だな」
くたくたの綺羅羅を労るように日下部は言った。
「えぇ…何とか五条さんに、頼まれた分の呪具は設置した…もう、ひとつは使ったみたいだけど……」
「よくやったと褒めてやりたいが、コッチも時間が無い。お前は理事長と歌姫の護衛を頼む。憂憂は虎杖の元に」
「わかりました」
布に消えた憂憂。
「……金ちゃんは? どうなってるって……」
「連絡はまだないが、あいつなら心配ない。真希もいる」
「そっか……不倫とかしてないかな?」
綺羅羅の言葉を、日下部は一蹴にふした。
「大丈夫だ。絶対に真希が嫌がる」
「……褒めてないでしょ?」
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五条が手にした飛天。
宿儺はその効果をよく知っている。
巻き起こす暴風は対処可能だが、刺突は別だ。
飛天の刃に込められた術式、征嵐。
嵐に等しい暴風を体内で発生されれば、宿儺と云えども反転の暇もなく臓器を破壊される。
(適応の時間は大してかからぬ。が…飛天を破壊する為に呼び出せば五条悟は魔虚羅の破壊に取り掛かるだろう)
呪具を潰す事は後回しにせざるを得ない。
「これが一番困るんだよねッ!!」
飛天の風が、宿儺を巻き上げる。
「蝦蟇」
伸ばした影に蛙を映し、宿儺はその舌に引き寄らせる。
「抱え落ちなんてダセェ真似すんなら、さっさと切ったほうが楽だよ! 切り札はッ」
「必要はない。貴様如きにはな!」
モールから飛びかかった五条に宿儺は無数の解を放ち牽制する。
更に。
「満象」
影から現れた象の水を中空で極限まで圧縮する。九相図(兄)の超新星を更に肥大化し、再現した水の奔流。
そしてーー。
「脱兎」
魔虚羅の法輪を乗せた無数の兎が群れとなり五条に襲いかかる。
(ああ……そうかよ。意地でも適応させたいんだな。ならスリーカウントはウソだろ)
炸裂する水の放射が爆発を起こす刹那。
五条は飛天を振り、兎の群れに隙間を作る。六眼が捉えた無数の脱兎のオリジナルは爆水から逃げるように、ビルの合間を跳ねていた。
(友達に会いたかったんだよな。気持ちは分かるよ。離れて会えない…そういう侘しさ)
夏油傑を五条は思い出す。
面識のないその生徒の気持ちを組み、せめてもの罪滅ぼしを。
星のルートの途中。綺羅羅に配備させていた究極メカ丸、与幸吉の簡易領域が封じられたカプセルを五条は脱兎のオリジナルに向かって投げた。
刺さると同時に発動したシン・影流簡易領域に兎が破壊され、魔虚羅の法輪が五条の周囲から消えて無くなる。
改めて。無下限呪術。
水圧がモールを跡形も無く消し飛ばす。
だが、五条の周囲の水は遅くなり、決して届かない空間にへばりつく。
宿儺が反応するよりも素早く、五条は蒼で次のポイントにワープする。
コンパス座の3点を通り、手にしたのは特級呪具《遊雲》。
何処かの馬鹿が研いで台無しにした二本を外し、残る一本を同じく特級呪具《万里ノ鎖》で繋いで補った。
鎖の根本を隠し持ち、五条はぐるぐると遊雲を回す。
両手は塞がったが、領域が使えない今はさして問題はない。
「僕は特殊な訓練を受けていてね。ムカつくやつと同じ戦い方もできんだよッーー!!」
振り下ろされた遊雲を、宿儺は躱す。
遠心力と五条の膂力が合わさった衝撃波は、容易く新宿の街を揺らした。
「離したなーー」
宿儺は鎖を斬るため解を放つ。
五条は鎖の根本を掌から晒す。実際の万里ノ鎖は、もう2片しか残っていない。晒せば遊雲に引かれる形で本来の長さに戻る。
「残念っ!」
五条は自らの身体を斬撃の盾として、遊雲を手に握り、飛天の刃を宿儺に向ける。
「……ッ満象」
間一髪、掌印を作った宿儺は満象に身代わりとし、飛天の刺突を防ぐ。
荒れ狂う嵐の奔流が、満象を粉々に破壊する。五条のターンは終わらない。
宿儺の頭上に遊雲が舞い上がる。
「嵌合獣、顎吐」
異形の式神が現れ、遊雲を受け止め……きれずに潰れる。
「へぇ……」
しかし顎吐はすぐさま再生し、五条に襲いかかった。
「こいつも即死が条件か」
顎吐は放電しながら爪を振る。
「だが場に釣り合ってねぇんだよッ! 」
遊雲で顎吐を吹き飛ばし、五条は宿儺に目を向ける。
「龍鱗、反発、番の流星」
宿儺は五条が顎吐に手を割いた隙に術を解き、呪詩を唱える。
「解ーー」
強化された斬撃が区画を縦に切り分ける。
さらに再び顎吐が五条に襲い掛かり、宿儺は法輪を自ら背負う。
シン・影流簡易領域。
五条は円の中にまず顎吐を捉え、異形の獣に飛天を突き刺し手を離す。
体内から発生した暴風に顎吐は弾け飛ぶ。再生までのラグ……孤立した宿儺を万里ノ鎖で巻き取ると、五条はすぐさま握りを放す。
鎖が縮み、宿儺と接近する。
さらに術式順展、蒼で宿儺を引き寄せ、拳に呪力を滾らせる。
「グッーー」
宿儺から笑みが消える。
黒い火花が五条の拳に宿る。
現代最強の呪術士、五条悟の黒閃ーー。
「ガハッ……ケヒ」
逃れるべき反動を赫で背後から挟み込む。
宿儺はその場で吐血し、笑む。
「ふるべ…ゆらゆらーー」
宿儺の影から現れた式神が五条の腕を掴む。
「何が3回だよ。嘘つきが」
五条は遊雲で魔虚羅を殴り飛ばし、2体…いや3体。再生した顎吐。
「3対1だ……卑怯等とほざくなよ」
「宇宙人じゃあるまいし……ッ」
その気配に五条と宿儺ですら総毛立った。
「……どうやら来るものが来たようだな」
一億呪霊。その誕生の余波は岩手を通り越し、日本という国全体に禍々しい呪力を放った。
「ケヒ。心配だろう? 大切な生徒とやらが」
「バカ言うなよ」
五条は臨戦態勢を崩さず、宿儺に言い返した。
「他人の式神で遊んでる宿儺様じゃないんだ。勘違いしてるみたいだから言っとくけど、オレがみんなの背中を守ってんじゃない……みんながオレの背中を守ってんだよ」
気力が漲る。
「下らんなぁ。遺言にしては少々味に欠る」
「まだまだカッコつけるよ。生徒に託してるんでねッ!!」
戦闘を再開した五条は、飛天の突風を巻き起こす。
しかしそれに魔虚羅はすでに適応を終えている。
風を払い除け、突撃した魔虚羅が五条の無下限を破り剣を振るう。
それを避け、五条は握った遊雲で魔虚羅を殴り飛ばし、飛天の風に乗る。
最後の呪具はとっておきのとっておき。
故に宿儺に奪われれば致命傷となる。ろ座の星を通り、五条は小さな欠片を広うと、素早く懐に忍ばせた。
「ゲルルル」
「今さら鳴くなよ気色悪い」
飛んで来る顎吐を万里ノ鎖で巻きつける。
魔虚羅に適応された今となっては、術式の制限も必要ない。
空に蒼で浮かび、全体を俯瞰する。
魔虚羅は宿儺の隣。顎吐のみ先行させた。
無量空処と、黒閃のダメージを受け、反転の治癒が鈍った宿儺はディフェンス。
オフェンスは魔虚羅。
ジャンプした式神が、顎吐と共に五条を挟む。
魔虚羅を突いた飛天が砕ける。
(適応が進んだ? 呪具自体が破壊されたか)
魔虚羅の適応にグラデーションが存在する。影が伸びるというよりも、絵の具の様な色彩を持つ。
(そうか…十種影法術の本当の術式はーー)
六眼で全てを見抜いた五条は、万里ノ鎖を縮め、顎吐を引き寄せる。
「オレを忘れるなよ」
宿儺は五条の隙を見、オフェンスに回り、魔虚羅と合わせて五条を攻撃する。
吹き飛ばされながら、五条は遊雲を握る。
追撃に向かう顎吐。
「位相、波羅蜜、光の柱」
呪詩を唱えながら、五条は遊雲で顎吐を叩き潰す。
「術式反転、赫」
再生する式神を力場が粉々に消し飛ばす。
しかし間髪入れずに、赫の放散を受けながら、魔虚羅の刃が振るい下ろされる。
身を躱した刹那。遊雲を握る五条の腕が落ちた。
(当たっては居なかったが。今の起こり……適応が進んだか)
腕を反転で治しながら、五条は魔虚羅から逃れる為に蒼で引く。
宿儺は魔虚羅に寄る。
(流石は史上最強。両面宿儺。油断も隙もあったものじゃない)
詰みは近い。
魔虚羅を一撃で破壊し、かつ宿儺にも致命傷を与えるためには、無制限の虚式より他に手段は無い。
五条は敢えて、宿儺と魔虚羅に向かう。
「位相、黄昏、知慧の瞳……術式順転、蒼!」
「呪詩で適応された出力を補うか……小手先だな」
発生した蒼の力場が宿儺を寄せる。
ソレを防ぐように魔虚羅が立ちふさった魔虚羅を殴り、五条は下がる。
「位相、波羅蜜、光の柱…術式反転、赫ッ!」
更に発生させた赫の力場。
「っ……魔虚羅ッ!」
五条の狙いに気が付いた宿儺は、魔虚羅を五条の元に向かわせる。
遠隔操作された蒼との間に、式神が入り込む。しかしーー力場は消えず、魔虚羅はエネルギーの圧縮の中心に囚われる。
特級呪具《天逆鉾》……汎ゆる術式を無力化するその欠片を、殴る瞬間に五条は魔虚羅に刺していた。
「九網、偏光、烏と声明。表裏の狭間」
適応にラグを生じさせた魔虚羅。
天逆鉾を無力化される直前、遠隔操作した赫を合流させる。
指向性も威力も無制限。その全てを引き出した。
「虚式・茈」
仮想の質量が、新宿の街と共に魔虚羅を吹き飛ばした。
瓦礫が落ちてくる。
初めての自爆。その威力は五条も無傷では済まなかった。
全身に痛みとダメージを負った五条の六眼はソレを見た。
「マジか……」
煙を払ったのは、千年前の史上最強の呪術士、両面宿儺。
「言ったはずだ。貴様は魚だと」
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茈が炸裂する瞬間。魔虚羅に自身を庇わせた宿儺は、指を軸とし、万が絶命の縛りと共に生み出し託した特級呪物《両面宿儺の器》を使用していた。
「やけに簡単に領域受けたと思ったらソレが理由か」
五条は六眼の捉えた事実を受け入れる。
宿儺は呪力こそ、この戦いの分減らしている。
しかし2つの口と、4本の腕は運動機能を損なわず、呪詩と掌印を絶えず結び、120%での呪術運用を可能とする。
そして損傷した脳のダメージも完全に癒えていた。
「やはり馴染むな。自分自身の体と言うものは」
宿儺は掌印を結んだまま、五条と向き直る。
「ふぅ……仕方ないか」
六眼が見せた両面宿儺。その姿はまさに完全無欠であった。
その事実を知って尚、戦意を落とさず、五条は六眼を輝かせる。
(削れるだけ削る。オレは独りじゃない)
後を託せる者達がいる限り、教師として背中を見せ続ける。
「フ……手負いとは云え、貴様を侮るほどオレはお人好しではない」
《龍鱗、反発、番の流星……》
腹部の口が呪詩を唱える。
「選べよ」
ボロボロになりながら“微かに息の残る”伏黒恵を、宿儺は空中へと放り投げた。
「解」
その斬撃の起こりは、間違いなく先ほど魔虚羅が見せたものと同質だった。
距離を超え、世界を断つ斬撃。
(全く……仕方ないな)
伏黒の父と同じ最期。それは何かの因果か。
五条が選んだ色は蒼。
伏黒を足元に引き寄せた五条は真っ二つに両断された。
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いつかの空港のロビー。
そのソファーに腰掛けた五条の隣に、夏油が座る。
「まさかキミがそっちを選ぶとはね。ずいぶん変わったじゃないか」
「仕方ない。なんて言うつもりは無いよ。オレはもう、お前の知るオレじゃない」
学生服のまま、五条は手を組んで一点を見つめる。
「憂太はお前の体を取り戻してくれた。お前を弔うことはオレ独りじゃ出来なかった」
「そうか」
夏油は言う。
「人よりも優れてオレは生まれた。だから周りに居る奴は、花と同じだった。同じ人間には思えなかった。昔はね」
「今は違うのかい?」
「オレに出来る事なんて大した事じゃない。結局さ、ひどい中二病だっただけだよ。変えてくれたのはお前だったけどな」
五条は夏油に言った。
「宿儺にも負けた。悠仁には申し訳なく思っているよ。俺達とは違う結末を、アイツには選ばせてやりたかった。恵にもーー」
「……キミにそこまで言わせるとは」
空港のアナウンスが鳴る。
「さて、そろそろ時間だ。冥さんに昔、言われてね。新しい自分に成りたいなら北へ、昔の自分に戻りたいなら南へ行きなさい。私は南を選んだ。結局はね……悟もどうだい」
夏油の差し伸べた手を、五条は握らなかった。
「バカ言え。北も南も行くつもりはねぇよ。悪いけど、ここには懐かしくて立ち寄っただけだから」
空港の出口に向かって、五条は歩き出した。
青を忘れることも、置き去りにすることも必要など無い。
頑張れよ。と夏油が言ったような気がした。
それでも五条は振り向かなかった。
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(なんだよ今際の際か……)
ずっと…不思議に思っていた。
倒れ、霞む意識の中で、五条は自身の術式を思っていた。
本当に無限を操り、現出される事ができるのなら、蒼はけして届かず、赫はけして減退せず、茈の質量は世界を押しつぶすハズだと。
(でもようやく分かった)
無下限は六眼と結びつくことで能力を引き出せる。
だがそれは術式と呪力が見せる世界に働きかけるだけであり、本当に辿り着くべき無限には決して届いてなどいなかったからだ。
(無限は有った。傑と駆け下りた坂道に、七海と灰原と…天内が居た場所に。憂太が、真希が、パンダが、棘が…金次に綺羅羅が、悠二が、野薔薇が……恵が居るこの世界に)
無下限の領域、無量空処のみ術式の効果が違っていたのは、それが本来の“無下限呪術”だったからだ。
呪術師として最高の才能と能力を与えられるからこそ、呪術の世界しか見えなくなる。
世界を彩る色に気づかず、青と赤とその狭間だけに沈み込んでしまう。
だからこそ誰一人として、無下限を操る者たちは辿り着け無かった。謎掛けの様な滑稽な話ーー。
(オレにはもう必要ない)
五条の瞳から、六眼の空が消える。
呪いを透さず黒い瞳に映る世界は、眩しく、息を呑むほどに美しかった。
風の音も。何もかもが愛おしく。平等になる。ここが世界なんだと教えてくれる。
かつての高揚も無い。無我と解脱。
(世界を断つ斬撃…この目に見せたのがお前のミスだよ。両面宿儺……)
五条は掌印を結ぶ。いや、結ぶというより手を開いた。
施無畏印。
もう二度と見ることのできないこの世界の情報を、無下限が書き換えていく。
無へと至る最後の色。
無下限呪術極丿番、処式『黄』。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
音も、痛みも、起こりさえも無く、宿儺の両左手が崩れていく。
(なんだこれはーー)
「解ッ!!」
咄嗟に宿儺は左手を切り落とした。
それは傷はない。宿儺の存在する世界の情報が書き換えられ、反転による再生も、自然治癒も望めない崩壊。
それを成し遂げた五条悟は、既に事切れていた。
「……僅かな差であった。オレには魔虚羅という手本がいればこそ辿り着けた神技であったが……天晴だ五条悟。オレは生涯貴様を忘れることは無いだろう」
呪術師として初めて他者に抱いた敬意から、宿儺は言った。
その彼方で、一人の少年は下りてくる。
最強の呪術師の敗北を悼む間もなく。
「……貴様に興味など無い。が、五条悟が繋げたのだ。今一度魅せてみろ小僧……貴様に何ができるのかをーー」
虎杖悠仁の瞳が、宿儺と交錯した。
赤青とあって黄色が無いのは六眼の為だったという独自解釈。
六眼なし無下限は極丿番を使うには練度が足りず、六眼ありだと赤と青しか見えなくなってやはり使えない(術式で埋め尽くす領域のみ本来の無下限が若干使える)という解釈。
完全体宿儺にダメージを与えつつ、伏黒を助けて、虎杖に繋ぐ。王道展開で五条の退場としました。
次回は一億呪霊戦の予定です。