宿儺との決着までです。
病室に風が吹き込む。
「……寒」
左側が見えない。
(そういや、あの呪霊に変えられたのか)
少女は薄ぼんやりとした視界にこれまでとは違った世界を見る。
飾られた花に、病院の植木に、看護師に……魂を知覚して始めて、自分の術式が叩いていた物を知った。
呪力とは別の力の流れと動きが視える。これは臨死体験から復帰した影響だろうか……。
「生まれ変わった気分ね。ん?」
机に置かれたメモを少女は読んだ。
『起きたら適当に叩いといて』
五条の似顔絵付きのメモを握り潰し、少女はゴミ箱に捨てて金槌を握る。
「何か知らねぇけど……今は手加減できる気がしねぇ……よッーー」
メモと共に置かれていた、札を巻かれた両面宿儺の指を中空に放り投げ、釘崎野薔薇はその魂に向けて共鳴りを叩き込んだ。
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その術式は古来よりある呪いの形。
『龍鱗、反発、番の流星』
「ッ゙ーー」
虎杖に宿儺が解を放つ刹那。芻霊呪法“共鳴り”が宿儺の魂を通じ、激痛をもたらした。
解の斬撃が空を斬る。
虎杖の左腕に呪力が籠もる。
宿儺は両の右手を上げ、虎杖の拳に備える。
呪力を失い再び得る。世界が切り替わる瞬間を肌に感じた虎杖は、最後の覚醒を果たしていた。
拳を開き、虎杖は刀印を宿儺に向ける。
キリトリ線が宿儺の腕と胸に走る。世界を断つ捌と共に、虎杖の左腕は宿儺の腕を切り落とし、心臓を鷲掴みにして握りつぶす。
さらに内蔵を捌で叩き斬る。
潰れた臓腑を掻き分けて、虎杖は宿儺の背骨を掴んだ。
これで反転も関係無い。
虎杖の右手に呪力が輝く。
世界を断つ斬撃…その呪力消費量は領域展開に匹敵する。
この一撃で虎杖の呪力は底を突く。
宿儺は反転で虎杖の左腕を自身に固定する。
交わさず受ける。
最後の黒閃を噛み砕く為に、宿儺はその縛りを自身に課す。
宿儺の呪力が僅かに増幅する。
最後の、最後の、最後の、最後のーーー。
虎杖は想い出す。
これまでの呪いとの闘いを
(なんでオレなんだって思ってる)
それは今も変わらない。呪いを祓う。歯車として生きると決めた決意は揺るがない。
それでもなんでオレがって、自分でも未だに思う。
走って、転んで、消えない痛みを抱いて。
どんなに苦しくても、生き様で後悔したくない。
「……行け」
伏黒の小さな声が聞こえた。
わかってる。オレは呪術師だーー。
呪力が燃える。
虎杖の全てを絞り出し、拳を握り閉める。
千年の呪いをここで祓う。だからーー!!
『後は頼みます』
七海の言葉と共に、虎杖の拳は宿儺の躰を7対3の辺に完全に捉えた。
打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間、空間は歪み、呪力は黒く染まる。
その“威力”は平均、通常の2.5乗。
十劃呪法が強制的に作り出した弱点に放たれた掌打は、呪いの王の存在する空間を歪ませ、その肉体を噛み潰した。
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(負けた……オレがーー)
宿儺は目を見開き、虎杖を見る。
血肉に染まり、臓腑を被り、虎杖は暗く虚ろに佇む。
千年前、宿儺が羂索と交わした縛り。
汎ゆる快を得、喰らいながら気まぐれではあったが、宿儺が二度目の生を得るに足る好奇はたったひとつだけだった。
“もしオレに仔があればソレはどんな呪いになった?”
答えは目の前に有る。
(なるほどな。血と呪いに染まる……オレと変わらぬか)
「流石はオレの仔だ……ケヒ」
崩れ堕ちた宿儺は虎杖を嗤い、息絶えた。
「……は?」
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千年の呪いを祓った虎杖は冬の空の下で、ただの学生として伏黒と他愛の無い会話をしていた。
「そんなに姉ちゃんのこと好きだったのかよ。流石にちょっとキモいぞ」
伏黒と向かい合って、虎杖は言った。
「おい。言い方を考えろ」
「わりぃ。けどさ…あれから考えてて、やっぱ伏黒の考え方って間違ってると思う」
「ああ? なにがだよ」
「最初から自分の事、助からないって諦められたらすっげぇ嫌じゃん。んなこと言ってくる奴も単純にめちゃくちゃ嫌なヤツじゃん。無理かどうかなんて自分が決めたいし、決められなくても選びたいのに」
「言われたら……確かにクソ野郎だな……津美紀に嫌われても…仕方無いか……クソッ」
伏黒は自嘲した。
「それよりお前こそ居ないのか。気になる女の子」
「んー。あんま考えたこと無いな。タイプはあるけど」
「相手の好意に気づく努力をしろ。じゃないとせっかくの気持ちも取り零すぞ」
「そうだな」
「……」
「五条先生なら気にしてねぇよ」
「あの人とは話した。初めて教師らしいって思ったよ。それよりもお前の話だ。本当に居ないのか? 好きな女の子。釘崎は? 真希先輩は?」
「いや二人とも無いだろ。流石に」
「確かに」
しばらく沈黙してから、虎杖は言った。
「小沢。多分初恋だった」
「お前ッ……ふっ、まあいい。そうか……」
さっぱりと伏黒は笑った。
「生き辛い位、嫌な事のほうが多かった。そう思い込んでた。俺は最初から恵まれてたのに気が付かないままで……ガキだった」
「オレも人のこと言えないから。ノーコメント」
「重石ばっかりお前には背負わせた。ごめん」
「いいって。んなこと、ダチだし」
虎杖は笑顔で応えた。
「ありがとう。虎杖、俺を助けてくれて」
「ああ」
「……長生きしろよ」
「おう」
虎杖の答えを聞いた伏黒は、眠るように目を閉じた。
原作では宿儺の回想でいきなり転生要素と、虎杖の出自が明かされましたが本作ではぼかしています。
また宿儺が呪物化した理由は原作ではまだ不明なので、オチをつけるために理由付けを行ってみました。
ストーリー的にも最後はどんどん最初の虎杖に戻る感じにしてみました。
ただのいい奴で、普通の学生に戻って伏黒と最期に話が出来る……という感じです。
次回はエピローグの予定です。