ボルフ本人視点は釘崎とのバトルパートと並行して行います。
■2019年7月14日 クリミア半島南部 ☓村
夏に黒い雨は降った。
『Приве́т! Волхвы』
死に絶えた村の中心で、それはボルフ・ボールヌイに優しく話しかける。
風に立ち続ける物は無く……。
ボルフは息絶えた少女の亡骸を抱き締めた。
どれほどの時間が経っただろうか。
咲いたばかりの花が枯れ、染み込んだ雨が乾いた後。
『……почему ты плачешь?』
《どうして泣いているの?》
チェルノボーグは無邪気な声でそう言った。
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■同日
☓村における放射性廃棄物漏出事故について。
ロシア政府、及びクリミア共和国政府は☓村より半径500mの立ち入りを禁止する。以上。
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冥冥は陽の光を浴びながら、レモンスカッシュの氷をストローでカランと混ぜた。
「2014年、ロシアによるクリミア半島の併合と、それを認める住民投票が行われたのは承知しているだろう? 賛成多数と言っても、数字だけの話さ。親露派が多いと言うだけで、反対派も存在しないはずが無いだろう?」
所在なさげにミゲルは聞き耳を立てる。
「併合後、クリミアにおいてロシア治安当局や親露派自警団による拘束、誘拐、暴行・拷問は日常茶飯事だった。登場、ボルフが所属していた隊は、反対派の潜む少数民族の村へ“統制”を目的に非公式で派遣された。と言う話だ」
「それでボルフって奴が何をしたんだ?」
祢宜が尋ねると、冥冥はサングラスを深くかけ直した。
「詳しくは識らないけれど、少なくとも他の部隊と違って、ボルフの居た隊は次第に住人達に受け入れられた……と言う話だ。にわかには信じられない事だけれどね」
「尾ひれはヒレはついているんじゃない?」
疑問を投げかけたラルゥに答えるように、冥冥はパンと手を叩いた。
「はい、姉様!」
憂憂がラルゥに、1枚の写真を渡した。
そこには肩を組んだ男達と、兵士達、そして女性や老人、子供たちが写っていた。
ボルフはその中心で、ひとりの少女と共に花を握っている。
「……信じられないわね」
写真を見たラルゥは憂憂にそれを返した。
「ボルフが生まれたのは、ソビエト崩壊の影響残る1992年6月12日。両親は歯医者、生まれも育ちも…崩壊後の混乱当時にはありふれた少年時代を過ごした。軍に参加したのは成人した2012年。それから7年間後、軍を辞め、現在は聖職者として小さな教会で慎ましく暮らしていた。表向きはこうした情報だね」
「で、裏向きは?」
ミゲルは顔だけを冥冥に向けた。
「当然そうなるね。2019年7月14日、ボルフ達が居た村で“放射性廃棄物漏出事故”が起きた。生存者1名、ボルフ・ボールヌイを除いた派兵部隊、住人の全てが急性放射線障害で死亡。以後、村は立入禁止になった」
「……ナルホドね。その日が術式覚醒のxデーという訳か。ジョークにしてはユーモアにかけるな。それよりもオレが気になるのは、そいつの精神性だ」
ミゲルはビーチベッドに預けた身体を起こして座り直す。
「イカれている、というレベルじゃない。トチ狂って無きゃ可笑しいだろ?」
「それは夏油くんを見て居たから、そう思うのかい?」
冥冥の問いかけに、ミゲルは頭をかいた。
「否定はしない。が、肯定もしない」
「私もそう思う。根底にある物が愛国心なら納得出来なくも無いが、彼はそうしたイデオロギーを持っていない。軍に参加したのも、友人に誘われての事だったらしいし。それに彼は人に好かれる人間だった。今の教会で、ボルフの事を知る人間もみんな彼の事が好きだった」
冥冥は再びストローを吸う。
「私が調べる限りでは彼は好漢である事は疑いようが無い。私のように金で動くような人間では無い、贅沢な暮らしを望む人間でも無い……では彼の人格から考えた最も納得いく理由は?」
「冗談だろ?」
冥冥の言葉から即座に浮かんだ自分の考えを、祢宜は思わず否定した。
察したように冥冥は笑う。
「ウクライナとロシアの戦争を終わらせたい。それが理由なんじゃないかな?」
「確かに……呪霊操術をロシアが得たなら…戦争を終わらせるには十分な存在かも知れないけれど」
ラルゥは口を塞ぎ、冷たい汗を流す。
「自分が…従軍しなかったのは……そういう理由なの?」
核の光という術式では和平交渉の材料としては“危険”すぎる。
ただでさえ、ソビエト連邦の負の遺産をウクライナに残した上では……停戦どころか世界中から報復がなされても不思議では無い。
「自分自身の……無力を呪っていた。だから……終わらせる機会を呪霊操術に見出して……だとすれば……余りに純粋なお馬鹿さん…じゃないのかしら……」
「確かに有り得ざる動機だけど、馬鹿になった人間が何をするのかは、君たちが一番良く知っているんじゃないかな?」
かつて夏油一派と呼ばれた一団は、その言葉に口を閉ざした。
冥冥も、そこから先の言葉は呑み込んだ。
(夏油くんの様な呪詛師なら、少しは理解は出来る)
呪いに向き合い、ソレを終わらせる為に狂わざるを得なかった。
呪術師として、性格と適性から雇用と割り切らなければ冥冥自身、そうした理想を抱いてしまう可能性を否定するには材料が少ないから。
しかしボルフは経歴を調べれば調べるほど……ボルフ・ボールヌイという人間は、他者を呪う狂気など持ち合わせては居ない。
(より苦しい道を選ぶ。単なる誇大妄想狂と言って捨てるには、背負う物が余りに強大すぎる)
ああ、そうか。
冥冥は理解した。
ひとりの人間にで余りあるほど強大な呪いと力を与えられた上で、自分の理想と向き合う事を諦めない。
サングラスを外し、冥冥はプールサイドを歩いた。
似ているんだ。虎杖悠仁に。
呪いの王を終らせた少年を思い出しながら、冥冥はプールに飛び込んだ。
ようやく内面に少し触れらましたがボルフは歯車虎杖 Level100という感じの人です。