間隔が開いて申し訳ない!
狗巻と乙骨は自習室に生徒たちを連れて戻り、漸くペンションに落ち着く時間を取ることができた。
「なかなか課題が多いみたいだね」
乙骨は冷蔵庫からスポーツドリンクを2本取り出して狗巻に訊ねながら、そのドアを閉める。
『今回の交流戦は通例通り。前半は団体戦。後半は個人戦で、京都校と調整をさせてもらったけど……』
「釘崎組……釘崎さんが連れてきた例の警備会社の人たちだね」
団体戦をより実践的な形で行うための第三勢力として、京都校、東京校とは別に、武装した釘崎組を配置した結果を印刷されたプリントに乙骨は目を通す。
両校の1〜3年の全校生徒のうち、1年は繁縷輝沙を除き途中退場。
2、3年生も半数が脱落するという結果となっていた。
つまり京都校20人。東京校28人のうち本当の意味で団体戦に参加できたのは……48人中たったの10人。
東京校1年、繁縷輝沙。
京都校2年、相良義武、同2年、八真波。
東京校2年、京羅紳助、同2年、真壁義光、同2年、蒲田一綺羅。
東京校3年、平原翔香、同3年、佐山平造。
京都校3年、芳崎日和、同3年、川嶋信頼。
『予想できていたけど、やっぱり簡易領域が未熟な1年と、2年が銃火器の前では対応の遅さが露呈した形だ……ありがとう』
乙骨からドリンクを受け取って、狗巻は首のチョーカーを外す。
新たに開発されました呪具の一種で、首の振動を利用し、自声を発することなく、会話が可能にする。
喉を潤し、
「ツナ」
「久しぶりに聞いたよ狗巻くんのそれ」
乙骨が笑うと、狗巻はチョーカーを付け直した。
『2日目の個人戦では平原翔香の圧勝だった』
「あの子の蜘蛛糸術は、かなり応用も効く。接近戦も、中近距離戦でも、問題なく戦える。いい術式だよ。次点は佐山くんだったたんだろ?」
『これからの呪術界を牽引する1級術師として理事長も平原と佐山には期待をしている。ただ……』
「浮かない顔だね。何か問題が?」
『憂太には話してもいいと歌姫さんには』
狗巻は窓の外でレクリエーションの為にテントを立てている生徒たちに目を送る。
「……日本の安全保障にも関わるって判断していいのかな?」
『旧基準での特級術師、そう認定される可能性もある生徒が1人……在学中だ。一見でそうと分からないのが良いのか悪いのかなんだけどね』
その言葉に、乙骨は思考を巡らせる。
少なくとも、今、合宿に参加している生徒の術式は把握しているつもりだ。
(その中で京都校の生徒に絞るなら)
「もしかして、吉崎くん?」
他に考えられる生徒もなく、乙骨が声に出すと狗巻は小さく頷いた。
「呪霊操術なら理解できるけど。それ程の脅威には思えないけど……だから一見すると、っていう話になるのか」
『ああ。葬蟲蠱毒は領域内の虫を操る。そして“領域を出た後も”虫は術式の影響を受けたまま行動する』
「?」
乙骨は訝しみ、そして答えに辿り着いた。
「そうか……聞いたことがある。もし蜜蜂が居なくなれば4年で人類は絶滅するっていう話を。アインシュタインだったかな?」
『憂太の想像通り。正確に言うなら、葬蟲蠱毒が操る“虫”は、昆虫以外にも地中のミミズやダニ類、線虫も含まれる』
狗巻は目を伏せて続ける。
『ウンカ、蝗による蝗害を人為的に起こすことも可能。ニ千年前でもそれだけで国を滅ぼすことができたんだ。今は生態系に及ぼす影響を考えるだけでも、一次産業に壊滅的被害を人為的に生み出せる。危険な術式だよ』
(飢餓……いや、もっと考えるなら、食料自給を輸入に頼らざるを得ないようにすることもできるのか……)
それは一国の奴隷化、隷属化を意味する。
術式として見ても、領域対策としての能力は折り紙付きであり……そもそも隠れて虫の操作を行えば、数年でどんな国家であろうと衰弱死させうる術式なのだ。
「……単独で国家転覆が可能な術式。その括りであれば、確かに狗巻くんの言う通り特級術師だ。けど、箭島くんみたいに縛りを加えることは?」
狗巻は首を振る。
『縛りを加えれば、領域を前提とする術式として機能しなくなる。そもそもそれが縛りになっているからね』
「それでも封印するべきだよ。少なくとも、彼の命を保証するためには」
『……呪力に反応する様に、虫を操作することもできる』
あ、と乙骨は呟いた。
『呪霊被害を未然に防げる。防げなくても、被害の拡大を抑制できる。任務の危険度もかなり下げる事が出来るようになる』
狗巻は首のチョーカーをそっと触った。
『父さんと母さんは、僕の為に狗巻の血に流れる呪言を終わらせたいと思ってくれていた。今は、みんなのお陰でこうして憂太と“話す”事もできる』
繋がり。乙骨はそれを考えながら、指輪を撫でる。
『死滅回遊によって変えられた生態系を元に戻したい。それが吉崎の将来の夢だ。できる事なら叶えてやりたい』
狗巻は乙骨に頭を下げた。
「まったく。水臭いよ狗巻“先生”」
乙骨は手を差し出した。
「特級術師として僕も協力する。承認が必要なら、京都、東京校両理事長の説得もしてみるよ」
『ありがとう。憂太』
「まあ、僕のときも五条先生が……僕の為にそうして……くれてたのかなぁ?」
「しゃけ……」
狗巻と乙骨は笑い合った。窓の向こうで生徒たちが手を振る。
それに手を振り返して答える狗巻の横顔を乙骨は見た。
(たしかに先生だ)
それは嬉しいことであり、気恥ずかしくもある。
(大丈夫だ。僕たちだけじゃない。僕たちの跡を継ぐ……この先も)
乙骨は恩師を想い目を閉じた。
どんどんと乱暴にドアがノックされる。
『どうぞ』
「…! ちょうどよかった。乙骨も居たのね」
ドアを開け、険しい表情で歌姫は言った。
『歌姫先生、それに猪野さんも……何かあったんですか』
「あった。何かっつうレベルじゃねぇ事が」
猪野は眉を怒りに歪めながらそう言った。
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天を焼く狼煙は上がった。
我々は我々と呼ぶ者の為に呪を振りまく。
清淨なる地に。
聖炎たる地に。
陰陽なる地に。
隣人よ。我等を祓いたくば至上なる呪にて其れを成してみよ。
我等は待つ。
十二の鐘の音の後に。
十二人の共同体
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日本時間8月17日 16:00
会議室のモニターには、今尚ヨハネスブルグを焼く炎と黒煙が映されていた。
「ヨハネスブルグで起きた呪術テロ。その直後に警視庁へ送られてきたのが、このFAXだ」
パチパチとプリントを叩きながら、東堂は言った。
「十二の鐘……つまり日本時間では18日の深夜2時。この馬鹿騒ぎの続きをやろうってんだな。このバカ共は」
真希はテーブルに紙を投げて呟いた。
「それを含めて俺達の推理を説明する。西宮」
東堂に呼ばれ、西宮はモニターをFAXの物に切り替える。
「さっき禪院真希より指摘があった通り。犯行時刻から12時間後、18日の2時に『十二人の共同体』による呪術テロが再び行われると云うのが、公安の見解です。そして『史上たる呪』。わざわざこの文章を添えて日本に送ったことから、我が国の保有する“特級術師”への挑発と考えるのが妥当だと判断します」
さらにモニターは切り替わる。
「この種のテロリストが犯行予告を出す場合、通常、暗号の様に分かり辛い表現は利用しません。ヨハネスブルグへの犯行予告がそうであったように……て、っちょッー」
西宮から東堂がマイクを取る。ムッとして西宮はその脇腹を膝で小突く。
「清淨なる地は、星条旗。聖炎たる地は、日本語における声援とかけたものだと解釈し、前述の星条旗から英語に直しエール……アイルランドを意味すると解釈した」
米国首都、ワシントン。
アイルランド首都、ダブリン。
東堂は続けて、最後の地を指差す。
「陰陽の地。隣人であり、かつ太極旗を掲げる韓国。その首都、ソウルが最後の地であると云うのが俺達の見解だ!」
はいはいと、西宮の声が小さくマイクに混じる。
「話は分かった。が、これに日本がわざわざ係る理由はあんのか?」
日下部は分かった上であえて反論をする。
「大アリだ。日米安全保障条約の改定を受け久しい。そんな状態で、国際テロを容認したと成れば、日本の立場は危うくなる」
付け加えるなら、と東堂は続ける。
「ヨハネスブルグでの戦闘で、特級に相当する複数の呪霊、もしくは呪詛師が手を組んでいたと報告を受けている。これを打倒しうる戦力を日本が有していると海外に知らせることは、安全保障上極めて重要な意味を持つ」
「なる程な。了解した」
日下部は楽巌寺に視線を送る。
「特級術師の派遣の要請は?」
楽巌寺の言葉に、歌姫は答える。
「既に国連を通じて」
「派遣のリスクは?」
「各国の公安が既に動いています。が、当然ですが奇襲等の危険性は高い。この犯行声明自体がブラフの可能性もあります。そして何より、派遣した呪術師が敗れた場合、日本は国家として立ち直れないほどの大打撃を受ける可能性があります」
東堂はワイズに答える。
「……いいじゃないですか」
「バカ。立つんじゃねぇよ」
乙骨の袖を掴んで、真希は制する。
「この呪の為に、もう大勢の人が亡くなっているんですよ。もう嫌と言うほど知っているはずの僕たちが動かなくてどうするんですかッ!」
「はぁ、ったく。熱くなるなよバカッ! 後で会議の様子見られんだぞ!」
日下部は頭をかきむしり、あっと声を出す。
「……バカはお前だ。日下部。仕方あるまい。もとより受けて立つ覚悟だ」
楽巌寺はヒゲを撫でる手を止める。
「乙骨憂太、秤金次、禪院真希。以上3名の国外派遣を承認する。この十二の呪いを残らず祓え」
「「了解」」
乙骨と真希は同時に答えた。
それを合図に一斉に呪術師たちは席を立つ。
「乙骨はソウルに。真希はワシントンだ。秤はもうダブリンへ向かわせてある」
「あ? 居ねぇと思ったがそれが理由か……乙骨は出来るだけ日本から離せねぇからだろうが……私がワシントンなのは理由があんのか?」
「アメリカと韓国にはカジノがあるッ!」
東堂は真希に力強く答えた。
なるたけ早くバトルに移りたいと思いつつ……土台は整えたい。