特級呪霊との戦いがスタート!
■2023年 8月17日 23時15分
東京、成田〜アメリカ、ワシントンDCまで。
通常の飛行便を使った場合は約13時間のフライト時間を必要とする。
「OK。退避は完了したのね……わかったわ」
スマホに答え、マリー・マクシミリアンは電話を切る。
後に束ねた金髪と、凛とした青の瞳。
「ナショナル・パークを中心に半径5km先まで。特級術師が戦う広さとしては申し分無いけど、これだけ大規模な避難要請をしておいて“何も無かったでは済まされない”」
「厄介な事に巻き込まれたものだな」
FBI所属の特級術師アダマス・J・リードマンは腕時計を確認する。
スキンヘッドに、彫りの深い顔の造形。移民二世の彼が北欧の血を引いているため瞳は灰色をしている。
「もしグランド・ゼロの二の舞になれば、それこそ取り返しがつかないわね」
「いや、ジャパンのことだよ」
「ふぅ……心配してくれてるの? アダは」
「私がサムライを好きなことはキミもよく知っている」
従姉妹の暮らす国に、マリーは何度か足を運んでいる。そしてマリーが同僚のアダマスと、私事ではそれ以上の関係を築くきっかけとなったのもまた、ジャポニズムの為であった。
「式は、サンディエゴで挙げる。ハネムーンは京都に行こう」
「ええ。モモに案内してもらわないと……ただ、それも全てはこれから戦闘にかかっている」
「……マキ・ゼンインか。彼女がカーポートにコンコルドを持っていたとしても今からでは間に合わないが」
「ごめん。電話みたい」
マリーは手で話を遮ると、スーツのポケットからスマホを出した。
「……はい。は? あと3分? 何を…はぁ!?」
「どうした? マリー」
「来る……らしい。23時20分、日本時間なら今は18日の12時20分」
アダマスは婚約者の言葉に天を仰ぐ。
ジョークと受けった男は、夜空に一筋の雲を見た。
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日本の領海に停泊していた米潜水艦から放たれたSLBM。
弾頭部分に僅かに、人ひとりがやっと入ることができるスペースを急ピッチで確保した為か、居住性は最悪だった。
対G用の防護服を着れば尚更。
『タイミング。合わせーーヒトフタマルマル。尚、ワシントン上空を通過後、大気圏外での爆破を行う。以上』
防衛省からの最後の通信を受け、真希は静かに時を待つ。
(日本の人工衛星打ち上げ技術は、まあ信じられるんだろ)
全身に受けるG。
それは、天与呪縛の肉体でなければ、容易に意識を失わせ、そのまま死に追いやるほどの衝撃。
(3、2、1ーー)
「ゼロッ!」
釈魂刀の刃が外壁を切り裂くと同時に、真希は煙る空に躍り出た。
落下するに連れ、地に燦然と輝く街は、暗闇に星を灯す。
(少しはロマンチックだが……邪魔だな)
防護服を素早く脱ぎ去り、普段同様のラフな衣装を真希はさらけ出す。
「あぁああああぁあぁぁッッ!!!!!!」
感情に浸る真希の胸元で、風に煽られる汚い声でパンダが喚く。
「ルッセぇ! 少し黙ってろッ!!」
忘れ得ぬ景色を堪能する暇も無く。
「GPSッ! おいパンダ、どうなってんだ!!」
「ああッッ!! うぁあぁ!! 死ぬううぅ!!!」
「いーち!! 教えろって!」
「うわぁー! すこしーっ! ずれてるぅ!!」
真希は空気を掴み、落下位置を修正する。
天井が開いた野球ドーム。その輝きを目印に。
四肢に風を受け止め、自由に。ただ自由に空を泳ぐ。
「スカイダイビング……結構いいかもなーー」
空を蹴り上げ、真希は速度を落として、スタジアムの真ん中に降り立った。
「時差……23時20分。ハッ、はやぶさ2号は伊達じゃねぇな」
ガラではないG-shockを芝生に落とすと、真希は静かに呟いた。
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「あれは……本当にオレ達と同じ人間なのか?」
「ご、ゴリラでしょ? 霊長類最強の……」
「あのな。ゴリラはねぇだろ」
スタジアムの中心から、観客席のマリーとアダマスに真希は声を上げた。
「この距離でも聞こえるのね」
「なら、象か?」
「耳いいの? 象って」
「さぁ……?」
二人は困惑しながらスタジアムに降り、真希の方へ歩き出す。
「マキ……ゼンインだな。私は」
アダマスが求めた握手を、真希はじっと睨む。
「日本語、話せるんだな」
「だから私たちが選ばれたの。マリー・マクシミリアンよ」
「西宮に聞いてる。顔似てんな」
「警戒されるのは仕方ないわね。初対面での接触は、呪いによるマーキングの危険性がある。呪術師なら当然ね」
「悪いな」
真希は目を閉じてマリーに答えた。
「貴方がパンダ。真希の術式ね」
「お…術……」
(理事長が適当吹いてるからな……外国には)
国際的には特級術師、禪院真希として天与呪縛と…何よりもパンダの秘密を隠すため、呪骸に自らの呪力を縛ることで、肉体を強化する術式『大小熊猫(パンダ・コ・パンダ)』として真希は認知されている。
(何止まってんだよバカっ!)
真希に、小突かれ、パンダはハッとなる。
「おう! オレは真希ちゃんの術式だぜ! パンダだぜ! 笹は食わねぇぜぇ!」
パンダを真希は殴る。
「ふふ。面白いわね。なら」
マリーは自分の指を噛んで血を流す。
「お、おい! マクシミリアン捜査官っ!」
「手の内を見せ合わないと、協力は出来ないでしょ?」
そう言いながら、マリーの指の傷はみるみる内に治癒される。
「反転術式(リバース)。私の家系は代々エクソシストだったから、これがそのまま私の術式。アウトプットも出来るから、呪霊相手は結構いけるわ」
「はぁ……ったく。仕方ないな」
アダムスは頭を掻いた。
「三猿の号(ダーク・モンキーズ)それが私の術式だ。33%の均等な振り分けで、特殊能力を持つ精霊を呼び出す」
アダムスは言って、目線を誘うように手を動かすが、そこには何も“見えない”。
(見えなさすぎる。なるほどな)
「あっちぁ……」
「なんも居ねぇじゃん。嘘つきか? 」
「済まない。3分待ってくれ…一度出すと、これだから」
「いや。いい。居るな……コイツは猿か?」
「ええ? 居ねーじゃん」
「見え無いだけだ。そういう能力なんだろ?」
パンダを下ろして、真希はアダマスに確認する。
「そうだ。三猿、見猿(リアル・モンキー)、聞猿(スピリット・モンキー)、言猿(ハート・モンキー)。基本的にはこの3種類の精霊がランダムに出現する」
「33%ずつなら、足しても99%じゃん! あと1%は?!」
「孫悟空の様にパワフルな超猿(スーパー・モンキー)が出てくる。だが、狙って呼び出せない以上、戦略には組み込めないがね」
「了解した。悪かったよ」
改めて、真希は自分から二人に握手を求める。
「こちらこそ」
マリーとも手を握り、彼女は腰を下ろしてパンダとも。
「よろしくね。キュートなボディガードさん」
「おう! こっちもな!」
「それで? 作戦はどうするつもりだミス・ゼンイン」
「名指しされている以上、テロリスト共の相手は私がする。被害は抑えるつもりだが、正直物量はどうにもならねぇ」
「その時は私たちが援護する。アメリカとしても、建前と本音は使い分ける必要があるけど……」
(建前……アメリカの保有する呪術の力を示したいが、虎の尾は踏みたくない。まあ当然だな)
「4。相手が特級呪霊担当と仮定して、私が相手できる数はそれが限界だ。それ以上の時は、済まねえが援護して貰えると正直言って助かる。その猿、かなり強えみてぇだしな」
「アダマスは単独でコックロードを祓った事もある。実力は折り紙付きよ」
「コック……ああ、黒沐死か。どこにでも湧くな、アレ」
登録済みの特級呪霊を真希は鼻で笑う。
「わかった。4だな。だが、被害が看過できないと判断すればコチラも独自に動かせてもらう」
「その判断は任せる」
真希は再びアダマスと手を握る。
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■2023年8月18日 1時59分 ナショナル・パーク
参戦できるギリギリまで、アメリカの呪詛師が退避したスタジアムの中央で、真希は精神を研ぎ澄ませる。
「アメリカ……特級術師は10人居るんだろ?」
「登録されてる数はな。あのアダマスもその1人だ」
「真希は、やりあって勝てるか?」
「断定はしねぇよ。カラスの音声は切ってもらってるが、どこで聞き耳立てられてるか分からねぇからな」
パンダという最重要機密と同時行動を取る真希は、冥冥に配信の条件として、この戦場の映像には音声を残さないことを縛りとして確約させていた。
「……勝てる。他の猿の能力次第だがな、普通にやったらまず負けない」
「ナルホド、それは良い話を聞きましたよ」
スタジアムの照明の上、蝗の呪霊が静かに影を揺らす。
「なかなか、足りないオツムを使ったようですが……それは全て貴方方が防衛に成功する前提でのお話で、再現性の低さに思わず嗤笑してしまいましたよ」
蝗GUYは人間を見下すように喉を鳴らす。
「テメェ一匹か? 随分と見くびられたもんだな」
「私たちが知らないと思っているのですか? 天与呪縛を……」
真希の眉が、ピクリと動く。
「呪具が無ければ、呪霊に対して無意味な存在で有ることをーー」
蝗が跳躍する。
「蝗GUYっ!! キーック!!」
彗星のような速度で撃ち込まれた蹴りを真希は空手に受け止めきり、足首をクラッチしたまま釈魂刀を手に取った。
「ババㇵっ!!」
起き上がった蝗GUYは、4本の腕を使い、釈魂刀の握る手を潰す。
しかし、すでに手を離していた真希は。落ちる刃をパンダに確保させーー。
「術式発動……猫の社(チシャキャット)」
幼い声と共に、パンダと刀が異空間へと、連れ去られる。
真希の腕を払い除け、蝗GUYはニヤリと歯を剥く。
「これで、貴方には呪霊に対策する手段はなくなった……ツミです」
バッタ呪霊は拍手をして、真希を愚弄する。
「何が目的なんだ? 十二人の共同体って言うクソは」
「簡単です。今は、大国が貪り食う、そんな利権とと富を力によって再分配される世界へと変革させる。人も呪霊も、新世界では力を持たない者は地に這いつくばり、力あるものはより高く楽園を創造する義務を追う……平等な世界とはいきませんが、力による幸福を実現させることは可能なのですよ」
「……何かと思えば、有りがちなルサンチマンかよ。あほくせぇ」
真希は心底ガッカリする。
「周りが気に入らねぇ……んなのん分かってんだよ。ブッ壊しても、結局は堂々巡りだ。けどな……コロンブスの卵はいつ割れるか、誰にも理解できねぇ。クソみたいな世界だったとしても、今を否定すれば利口になれるわけじゃねえんだ」
真希は構える。
「割ってやんよ。最初の卵」
「よろしいでしょう。どちらにしても……アナタは私たち呪霊を、呪を否定する存在。新世界の狼煙として、八つ裂きにすにはピッタリです」
蝗が、飛ぶーー。
高速で。重い一撃が真希に鋭く突き刺さる。
「割れるものなら割ってみなさいッ! そんなものがあればーー」
真希は4本ある蝗GUYの腕の一本に向けて。拳を放つ。
「無駄です! 呪力を持たぬ攻撃は、私には通じない!!」
「有るだろーー呪力は」
腕が押される。天与呪縛の剛力に、防御を超えを貫いて、呪霊として存在する為に垂れ流される呪力が……自らの呪力と衝突する。
「私の……呪力をーー」
腕越しに顔面に与えられた一撃に、蝗GUYはスタジアムの外壁にめり込んだ。
「ハッ! 割れたろ! 卵がよぉ!!」