簡易領域の論に独自解釈で踏み込む。
・汎ゆる術式を中和する
・結界の必中を無効にして術式は中和しない
・術式効果を薄める
・薄めるという表現は違ったかも
・簡易領域といっても領域でバフがかかる
原作では矛盾した設定としてやり玉に上ることが多い簡易領域ですが、
・必中を無効にする
・バフがかかる
この2点を中心に、原作の矛盾を可能な限り中和することを目指しました。
太陽が僅かに傾き始める。
「粗方片付いたな」
坐殺博徒によって再生させた腕をぐるぐると回して秤は言った。
他者との掌印による領域展開に加え、腕を捨てる縛りを破棄し、復活させる……そこに眠る秤の天賦の才に鹿紫雲は気がついた。
自分に対して行う縛りは、生まれながらに授かる天与呪縛、そして術式の開示と、自死による呪力上限の開放を除けば、支払う対価と帳尻を合わせることは無限のリスクのみを生みだす。
殆どの場合、リスクに対し、リターンは少なく、己の器を超えた無理難題を自らに貸した所で得られるものは何一つ無い。
(だがコイツの坐殺博徒は術式の特性上『賭ける』という行為が既にリスクとリターン兼ね備えている。オレとの戰いで負った縛りが機能すれば、腕の再生は如何なる反転術式の達人であろうと不可能だ)
「あ? どうかしたか?」
それを可能にしたもの……本人すら自覚せずに眠る、秤金次という男の原石は、鹿紫雲の闘争心を再び呼び起こすに足るものであった。
(ふっ、熱くなりすぎか)
が、今はまだ術式の開放をする時ではない。
“幻獣琥珀”自らの生得術式を開放する相手は、史上最強の呪術師、両面宿儺に対してのみであると、鹿紫雲は決めていた。
「宿儺の所へ案内しろ」
鹿紫雲の昂ぶりはパンダから見ても明らかだった。
「おいおい…どうするんだよこれ」
ひそひそとパンダは秤に耳打ちした。
「しゃーねーだろ。約束しちまったんだからよ」
この状況で居心地が最も悪いのはシャルルである。
生き死にが掛かってしまった死滅回遊の原則から察するに、最早自身が生き延びる術は無いのだと、シャルルは覚悟せざるを得なかった。
自身の術式では、今から点を稼ぐことも、そのモチベーションもシャルルには無かった。
ならせめて、最後までペンを握っていたい。眼の前でやいのやいのとする呪術師達を、自分が心を奪われ、愛し、大好きだった漫画として、ネームでも良い。1頁でも残したい。
少年のささやかな夢をーー。
「シン・影流、簡易領域っ……」
背後から現れた壮年の男が、シャルルの背に手を当てる。
致命的な何かが自らを内側から破壊する感覚をシャルルが知覚した時、その半身は既に砕け散っていた。
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蘆屋貞綱。その男はシン・影流の開祖にして、烏鷺が率いていた「日月星進隊」の一員でもあった。
「んだテメェはよォ」
秤の掌の動きを見て、老獪な貞綱は術者達の実力を即座に見抜く。
秤、鹿紫雲、否。強者なり。
掌底は残された呪骸へと伸ばされる。
「シン・影流簡易領域ッ」
結界術が付与する必中効果を無力化する簡易領域。
必中必殺を求められる現在の領域展開とは真逆。弱者の盾として簡易領域は使用され続けた結果、安定性を獲得すると同時に、貞綱の時代には極意として秘匿された必殺能力が損なわれたのだ。
シン・影流簡易領域は、領域と結界の特性も併せ持つ。
排斥効果を保つ結界が、体内へ展開され、爆散を以て死を与える必殺の奥義こそ、真の簡易領域。
「ぁ」
発すると同時にパンダの身体が崩れていく。
それは生みの親である夜蛾の術式が残した“必中”が失われた証。
魂を観測し合う兄と姉はもう居ない。
“剥き出しの呪力”は安定を求め、肥大化し、東京第二結界に貯蔵された“呪力”を取り込み膨れ上がる。
パンダとしての自我が、呪いに飲み込まれる。
形を成す呪力は、第二結界の怨嗟を取り込み呪霊として顕現する。
「ォ゙、ォオオオオオッ」
白と黒の巨獣と化したパンダが雄叫びを上げる。
安定を、さらなる安定を、自らを注ぐべき器を欲する呪力が生み出した物怪。
特級不定形呪霊“大熊猫”。
「なんと面妖なッ」
有に数十mを越す巨大に、貞綱は飛び下がった。
「オイ! 何処見てんだよジジイッーー」
鹿紫雲の蹴りが、貞綱を吹き飛ばす。
腕に痺れを感じた貞綱は、即座に己の呪力をゆるりと纏う。
「領域展延っ」
呪力操作のみを頼りとした千年前の弱者の牙に、鹿紫雲は拳を構える。
「愉しませろよッーーー」
「浅はかなりッ」
鹿紫雲の動きを読みきり、貞綱は展延で攻撃をいなす。
術式を持たない貞綱が展延によって得るのは術式の中和効果と、自身の肉体の強化。
老老たる筋肉が盛り上がり、鹿紫雲に迫る。強化した肉体は虚仮威しに過ぎない。
「筋肉ダルマがッ!」
真の狙いを鹿紫雲は簡易領域で受けきった。
体内で展開される簡易領域を、同じく簡易領域で防ぐ。
呪力操作を頼みとして来たのは、鹿紫雲も同じだった。そして、鹿紫雲と貞綱の差もそこにある。
貞綱は弱者であり、鹿紫雲は“最強”と成った。
二度見ただけで簡易領域に拮抗効果を付与した鹿紫雲に、貞綱は動揺する。
「なッ」
「焦んなよジジイが」
自身を棚に上げ、鹿紫雲は貞綱の襟首を掴むと、街中へ引き込んだ。
それは秤とパンダへの配慮も含まれる。
(そっちはそっちで楽しみな!)
「逆上せるな若造がッ」
生前の実年齢では変わらなぬ鹿紫雲の手を振りほどくと、同時に無数の簡易領域を貞綱は展開させる。
結界術を応用した即席の障壁が鹿紫雲を弾いた。
展延を続けながら、簡易領域を生み出す技能は、生得術式を持つ者には決して真似る事の出来ない呪術師の姿である。
「死して屍晒すがいい!」
貞綱は簡易領域を足場にして飛び上がる。
上を取るのは戦闘の定石。故に読みやすい。貞綱の狙いに当たりを付けた鹿紫雲の周囲に、簡易領域が展開される。
四方からの結界の圧力を凌ぐため、すかさず鹿紫雲も簡易領域を展開させる。
(コイツの簡易領域の範囲は50m程。その内側なら、どの様な形でも簡易領域を作り出せる)
五方目。上空からの拳を受け止めた鹿紫雲を、貞綱の展延が圧し押し始める。
「展延に簡易領域で勝てる道理は無いッ」
「誰に向かって言ってんだッ!」
「私は弱者では断じて無いのだッ!」
「講釈は頭ァ使ってから喋れやッ !」
鹿紫雲の足元。舗装されたアスファルトを緻密な呪力操作で貫通させ、排水管へと流し込まれた電力が、内部の水を瞬時に沸騰させ水蒸気爆発を引き起こす。
六方目。地下へ鹿紫雲は活路を見出す。
肉体の持ち主の記憶を読み取り、目指した場所へと鹿紫雲は到達する。
戦場は地下鉄。二本のレールに呪力を流した鹿紫雲は、電磁力に導かれ、貞綱の簡易領域の範囲外へと加速した。
『シン・影流簡易領域!!』
暗闇の中で、貞綱の声が地下鉄に反響する。
鹿紫雲からは視認する術は無い。
しかし貞綱は鹿紫雲の強襲に備え、多重の簡易領域と展延での絶対防御の構えを取っていた。
二十四の簡易領域と領域展延……この防御を突破した者はかつて一人しか存在しない。
シン・影流の門弟を殺戮し、貞綱を弱者と嘲笑った呪の王、両面宿儺のみ。
絶対の自信が、貞綱の防御に確信を与える。
勝負は一瞬だった。
気がついた時には、貞綱の右腕と右足は跡形もなく消し飛ばされていた。
「ぁッ、あぁあ〜ッ」
情けなく声を上げ、貞綱は傷口を抑える。
「……レールガンってやつか? ここなら出来る気がしてたが、やれるもんだな」
地下鉄の線路に施した帯電を道標に、同じく帯電させた鉄棒を鹿紫雲は貞綱に向けて撃ち出したのだ。
高速の弾丸は彗星となり、絶対防御を穿いた。
「さて。テメェは羂索のお友達らしいな」
この貞綱が羂索へ点を譲渡した事は、既にコガネから聞き出していた。
「宿儺はどんな奴だ?」
「す、宿儺ぁ……?」
貞綱の顔が恐怖に引きつる。怯え、震え、それは痛みによるものではなく、千年前に与えられた呪の王への畏れからだった。
「知ってどうするっ!」
「あ? やるに決まってんだろ?」
鹿紫雲の無謀に貞綱はニヤリと嗤った。
「…き、貴様ごときが、宿儺と、笑わせるなっ! 呪の王の恐怖を知らぬ貴様がっ! 貴様ごときがァア!」
「うるせぇよ」
貞綱の顔が破裂する。
レールを通じ電力を流し込んだ時点で、帯電は終了していた。
「響くだろうが……クソジジイが」
鹿紫雲は土塊にしか見えない敗者に背を見せた。
鹿紫雲はあんな退場をさせるのは勿体無かっただろ……という思いで筆が乗りました。
筆者としては書いていて楽しかったので、楽しんで頂けたら幸いです。