えっ!?トリニティで血の教えを!?   作:ふぃーあ

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血の君主……あ、人違いです。私血の教祖なので

「おはようございます」

「おはようございまーす!」

「わっぴーっ!」

「え? え、あ、わっぴー!」

 

 大聖堂前は最近宗教組織……シスターフッドというが、彼女らが打ち出した挨拶運動の声がよく響く。まだ朝八時にもならないような時間だが、そこを通って校舎に向かうトリニティ総合学園の生徒は多い。

 

 大聖堂前に並んだシスターフッドの中心、大聖堂の扉の真横に佇む人物に、わっぴーとかいう奇妙な挨拶が投げかけられ、彼女は戸惑いながらもしかし笑顔で返した。

 

 歌住サクラコ……シスターフッドのリーダーである。そして、この挨拶運動の発案者……ではない。この挨拶運動の発案者は、実行者とは主体を別にしている。

 

「おはようございます、サクラコさん」

「えぇ、おはようございますハスミさん」

 

 現れた、身体中の肉付きがこれでもかと良い高身長の女……正義実現委員会副委員長、羽川ハスミ。彼女の最大の友にして、相棒たる委員長こそが、この挨拶運動の発案者……剣先ツルギであった。

 

「シスターフッドにはご迷惑をおかけしていますね」

「いえ。我々も生徒認識の改善になっている部分がありますので……持ちつ持たれつ、と言った所でしょうか」

「そうですか……それはありがたいところです」

 

 そも、こんな挨拶運動になんの意味があるのか、と思うことだろう。仲良しこよし、青春しましょうね、とか。そんなもんはこのトリニティの中では少数思想なのだ。しかし行われているからには、これには明確に意味と意図があってのものであるということ。

 

 その理由は、今に分かろうというものだった。悠然と歩む一人の足音が、やけに大きく聞こえて、ハスミが反射的に振り向いた。

 

「ごきげんよう、お二方」

「……おはようございます、アミさん」

「やはり来ましたか、朝君(あさぎみ)アミ」

 

 赤い腰まであろうかというロングヘア。黒と赤を基調としたゆったりとした衣服……彼女曰く、『司祭服』であるというそれは、どこか神聖さより禍々しさを覚えさせる。

 

 顔立ちは美しくなれど愛らしく、言葉の色は艶やかに乗って、人を狂わせるものと言っても過言では無い。実際、ある程度の生徒を狂わせた魔性である。

 

 ヘイローは、赤黒いリングの中に複雑な紋様が刻まれて、端から液体が滴り落ちるような意匠が多分に含まれたもの。それは、ハスミの相方……剣先ツルギのヘイローの中心に紋様を刻んだものと言っても良かった。

 

「お二方に朝から会えるなんて! 神へ感謝を捧げます……」

 

 彼女の名こそ、『朝君アミ』。嬉しそうにこちらを見据える彼女は、目の前で自分の左腕を右腕でもぎ取った。

 

 それを天に捧げるように恭しく向けて跪くと、もいだ腕に紋章が浮かび上がり、炎を灯し、焚べられて。

 

 その光景に目を奪われることなくサクラコが見つめる先、左肩にやはり紋章が浮かび、至極当然のように腕が生え始め、炎の鎮火と同時に元通りになった。

 

「……何度見ても、冒涜もいい所ですね」

「相変わらず、信じられないものを……」

「神への感謝であるところの『祈祷』とは結果たる『奇跡』を生むものですので。真なる神を信仰すれば即ちかくあらん、というのは当然です!」

 

 彼女はこのトリニティ総合学園において基本的に信仰される神を信仰せず、『真なる神』『万物の母』『血の君』などと称される、存在するか疑わしいモノを信仰し、それを広めようとしている、特級の危険人物である。

 

『祈祷』なる力によって人の身で起こせない奇跡を起こし、真なる神への信仰……異端の道を行くその様は狂気の怪物。彼女の力と魔性に惹かれ、その道を共に行く生徒が現れた辺りから、彼女はティーパーティー、正義実現委員会、シスターフッドの3つの組織から目をつけられるようになった。

 

 しかし、退学になるような素行の不良は認められず、宗教の自由は校則によって認められており、特に攻撃することが出来る要素が何一つないことが、三者三様の組織が抱えた朝君アミという共通の敵に対する悩みであった。

 

 そこで、剣先ツルギがシスターフッドにもちかけたのが挨拶運動、というわけである。

 

「布教、宣教の場所が挨拶運動によって減らされてしまっているのです。私、残念で」

「ですが、我々としても生徒たちから良く思われていないような現状は打破しなくてはなりませんので……ご理解いただけると」

「なるほど! 真なる神を信じぬとはいえ、あなた方も思えば教えを説く者。必然、不信には相応の対処をしなくてはならないですものね! 私たちは神の存在を直接感じられますが、あなた方はそうではないようですし!」

 

 朝君アミは、朝の時間に草の根のようにその勢力を拡大するための布教活動を行っており、その最たる場所がここ……シスターフッド大聖堂前と、正義実現委員会が巡回ルートに含めるようになった大交差点近くだった。

 

 そして、剣先ツルギは自分たちが交差点を潰すから、大聖堂前はシスターフッドが潰せ、とそういう考えをサクラコに伝え、サクラコもそれに頷いた故の挨拶運動であった。

 

「神……ですか。あなたが都度おっしゃるそれ……本当にそれは神なのですか?」

「私は自分より上位の、畏れかしこむべき存在に『神』と名付け、『母』と名付けた、それだけなのです。人は力に従属し、智恵を振るい、なれど及ばぬ遠い上位のことを畏れ敬いかしこみ、それを神として信仰するようになる。実際に神であるかどうかは問題ではありません」

 

 しれっとアミの宗教観を聞くことになった二人は、信心深いとはどうも別の方向に思考が振り切れているようだという認識に至った。ただ、本当に一度垣間見たらしき『なにか』を、彼女は未だに畏れ敬い信じているのだ。

 

「私の真なる神が仮におぞましき化生だったとして、何が問題なのでしょうか? 君臨し、神として振る舞い、我らに奇跡を齎すのであれば……それは、神そのものでしょう?」

 

 その確信を込めた問の投げかけに答えうる言葉を、ハスミとサクラコは持たなかった……いや、サクラコには明確に言葉があった。しかし、答える気にならなかったのだ。それは、サクラコにしては珍しい人間の好き嫌いであった。

 

 サクラコは、人付き合いにおいて苦手はあれど嫌いはないと自認していたはずなのだが、どうもアミとは相容れないようである。

 

 残念そうに立ち去るアミの背が消えてから、ハスミは呟く。

 

「エデン、条約……彼女がいる限り、必ず安穏には終わりません。ティーパーティーは、彼女をどうするつもりなのでしょうか?」

 

 サクラコはその呟きに、今度こそ返す言葉もなく黙してしまった。その答えはさすがの耳聰い彼女でも知らなかったから。

 

 

 

 多少の時間が経った。昼下がりの教室で、制服に着替え直したアミを1人の少女が呼んだ。仲良さげに、教祖様ー、などと呼んでアミが教室の外に出ると、ティーパーティー式の符号でもってこちらを案内する。人気のない庭園の一角にて、少女はやっと、一言言った。

 

「お渡し物になります」

 

 少女は自らをティーパーティーからの使者だと説明し、これは招待状だとも説明した。百合園セイア……現ティーパーティーホスト兼サンクトゥス分派の長たるものからの単独の呼び出しを受けて、アミは夜中という奇妙な時間指定に首を傾げながら指定された座標に辿り着き……

 

「やあ。来てくれたようで何よりだ」

「こんばんは。私に、なんの御用でしょう?」

 

 セイアの自室だという、その部屋に辿り着いて、アミは、セイアと相対し……

 

 次の朝には、百合園セイアは体調を急激に悪化させ、緊急入院することになった報がトリニティという箱庭の中を駆け巡っていた。

 

「聞かなければならないことがあります」

 

 その報の裏までを受け取った、代理ティーパーティーホスト、フィリウス分派の長たる桐藤ナギサは、まず真っ先にそう言った。

 

 畏まった様子の儀仗兵から、報の詳細を摘み取っていく……百合園セイアは、表向き緊急入院したこと。裏としては、何者かに襲撃、ヘイローを破壊……すなわち殺害されたと思われること。遺体は見当たらず何者かが持ち去ったか破壊されただろうこと、セイアのものと思われる血痕が多く残されていたこと。

 

「ミカさん……私は、どうすれば良いのでしょうか? ここから、エデン条約を……?」

「……セイアちゃん……」

 

 ナギサともう一人、ティーパーティーの席を囲む煌びやかな翼持つ少女……パテル分派の長、聖園ミカは、頭を抱えたいような、深刻な空気を持って卓をただふたり囲んでいた。

 

「そうです、エデン条約のためには……不穏分子を少しでも取り除かねばなりません。そのために……シャーレの先生、その権限が必要ですね」

「でも……どうするの?」

「何が、ですか?」

「一番の不穏分子……『血炎教団』は排除できないよ?」

 

 ナギサとミカは改めて大きな溜め息をついた。朝君アミの従える『血炎教団』なる宗教組織は明らかな異端だ。既に生徒間で対立を生んでいる……しかしながら、血炎教団の者たちは己が如何なる目を見たとしても、それは神のみもとに辿り着くための試練だと信じて止まない。

 

 何より、ティーパーティーが彼女達の排除に乗り出せば、面目が立たない……そもいくつかの信仰、思考の差をひとまとめにしたのがトリニティ総合学園という学園の起こりである。

 

 その遍くを受け入れるひとつになった学園、という体裁を維持するために異端の宗教組織と言えどもなんら暴力的行為や素行不良を起こさない彼女らを排斥するわけにはいかなかったのだ。

 

 なにより、彼女らは原則いじめの被害者だ……本人たちがどう思うかはさておき、第三者俯瞰視点では彼女たちはいじめの被害者ということになるのだ。それをさらに攻撃すれば、過激派は正義の大義名分を得たものと錯誤し、取り返しのつかないことをするだろう、という確信もあった。

 

「……仕方ないですか。表向きセイアさんが緊急入院しているように……表向き教団の代表者たる朝君さんにも『緊急入院』していただく……いや、『短期留学』? なんでも構いませんか……あとあと、考えるとしましょう。とにかく、彼女を一度秘密裏に拘束します」

「すっごく暴れられるだろうね……」

「その時は……」

「分かってる。……私が、やるよ」

 

 ティーパーティー2席が決定した結論は、朝君アミの秘密裏排除。そのための先触れ……ティーパーティーへの呼び出しの使者が朝君アミの元へ向かい、そして戻る。

 

「朝君さんはお言いつけ通り明日昼にお越しになられるそうです」

「何か他には言っていませんでしたか?」

「いえ……特にはなにも……そうですね。強いて言うなら、いつにも増してあの異端を布教するのに邁進されているようでしたが」

 

 そういう彼女は、フィリウス分派の内部で用いられるハンドサインを細かに落ち着かない様子で手を組み替えるようなフリをして、ナギサに見せていた。

 

(サンクトゥス、主導者、火災……いえ、炎? 血、知っている、パテル、主導者、不要、以上、推察……)

 

 ナギサが読み取った言葉はそれらであって、そうしてナギサは真意を読み取る。

 

(セイアさんのことについて、血炎教団は何らかの事柄を知っている。そして、それはミカさんには聞かせるべきでは無いと彼女目線からは推察される……いったい、何を知っているのでしょうか?)

 

 ナギサは、紅茶のソーサーを2度コツコツと叩いてから、左手でこめかみを軽く押すような動作をする……それは、フィリウス分派で不定期に変わる、ナギサが秘密のメッセージを確かに受けとったことを示す合図。使者の彼女はそれを確認して、じれ気味なフリからじれきったフリに行動を変更した。

 

「……ナギサ様? お考えのところ申し訳ありませんが、退室してもよろしいでしょうか?」

「あぁ、えぇどうぞ。申し訳ありません。少し没頭してしまいました……ありがとうございます。また追って礼物を送ります」

「ありがとうございます。失礼します!」

 

 退室して行った彼女の評価を3段階ほど上方修正しながら、ナギサはミカに向き直って。

 

「では、明日またアミさんとお会いする前にここに集まりましょうか。また明日、お会いしましょう? ミカさん」

「わかったよ! ナギちゃん遅れないでね、私あの子と話すの苦手だから」

「私だってあまり得意ではありませんよ、もう……」

 

 笑いながら何事も無かったように別れを告げた。

 

 

 

 血と、炎と。暗闇がそれらによって裂かれた、僅かな橙の光照らす細小な世界に、人影ひとつ。

 

「エデン条約、か」

「どうされるおつもりなのですか?」

 

 白面を身につけた者に、行動するのかと言下に問われた彼女は、いや、と笑った。

 

「特に何もするつもりはありません。ゲヘナと仲良くなれれば、布教する先も増える。良いこと尽くしです……あぁ、それと。信徒へ伝えなさい」

「はっ、何を?」

「私が明日以降、戻らずとも。変わらずここを秘匿し、清掃し、私が戻る日を待ちなさい、と。私は必ず戻りますので」

「……それは」

「詳細は聞いてはなりません」

 

 その長い別れとも言わんばかりの言葉に食ってかかる白面をつけた少女は、鼻先を制されて引き下がる。

 

 教祖が言うのだ。敬愛する教祖は、明日からトリニティより姿を消すのだろう。

 

 であるとして、我々のやることになにか代わりはあろうか。いや、ない。ただ、信じて耐えて待つのみの日々に変わりは無い。

 

「我ら、ただ日々を耐え、一心に信仰し、見せていただいた神の姿を忘れず。お待ちしております、教祖アミ様」

「それで良いのです。今のホスト代理は不安定、期間は長めに予想しておいて下さい。なにかあれば、血炎教団はあなたの判断をもって動かしなさい。あなたに『司祭』の座を与えたのも、全てはそのため……やれますね?」

 

 彼女は祭具として用いていた、先端に炎灯る槍をそのまま石突から地に突き立てた。なんら支えを求むことなく槍は自ずから立ち、白面の女は歓喜に震え、畏敬によりその身を平にしながら教祖の言葉に望む答えを返した。

 

「私たちは等しくあなたの四肢、全ては教祖と『神』の御心に従います」

「よろしい。……では、任せます。我らの神にあなた方の祝福を祈ります」

『教祖様に祝福あれ!』

 

 一斉に飛ばされた声に頷いた女……朝君アミは、ゆっくりと快い闇の中で考えに浸りながら、その場を立ち去った。

 

 暗闇の中に白面をつけて控えていた、幾人、幾十人もの『信者』たちは、その背が去り、扉が閉まる音がするまで、微動だにせず頭とその白面を下げ続けていたのだった。

 

 

 




・朝君アミ

血を炎熱とし、神に祈り奇跡を得る『祈祷』によって神なる何者かの存在を証明し、いずれ神なる何者かに見えんとする異端の宗教、血炎教団の教祖たる3年生。

家柄が極めて良く、発言力もまた高い。『血炎派』と揶揄して呼ばれることもあるほど、と言えば良いだろうか。

本人的には『神』が別に実際に神格じゃなかったとしても本物の神の存在が証明されない限りはアレも神と呼べるよね!というなんとも言えない信仰の仕方をしているが、その思考のおかげで思考を囚われることなくトリニティを生き抜いていると言えよう。

王朝+君主+網具(モーグ)……いやなんでもないんですのよ?評価とか普通にモチベになるので何卒宜しくお願いいたします。

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