「滅亡、ね」
先生が噛み締めるように反復する。
アミの言葉はおおまか真実として皆に受け入れられることとなる……その最たる要因は、アミの供出したふたつの資料。
ひとつは、アミの家より直接持ち出された文書……『狂い火』についてが古い言葉で示され、それをアミが現代語に訳したもの。
そしてもうひとつは、古書館の魔女に無理を言って出させたという、『狭間の地』というひとつの世界の、混沌による幕引きが示された文書。
そのいずれもが淡々と、ただただ滅び行く世界を示していた。焼け、滅び、果てていく世界の終わりが記されていた。
「……この、『王』とやらが敵対している……それが真実なら、語りとして、多少の補正があったとしても相当な……いえ、絶望的な難敵のように思いますが」
「違いないだろうな……」
ハスミとツルギは淡々と、推察される『狂い火の王』の力を測り、そして結論を導く。……トリニティの戦力ですら手に余りすぎるという結論、その結論に頷いてみせるアミ。
「その通りです。通常のように、銃で解決できるのならともかく。そうは行かないのが『狂い火』であり、またその王たる褪せ人なのです」
何よりもこの場の雰囲気を重苦しくしているのは、『狂い火』の特性。
「……なにより、です。『狂い火』とやらが、感染するとは真実ですか?」
「ミネさん。……その通りです。名を『狂い火の病』……目に狂い火が宿る忌まわしき病。眼窩が燃えるがごとく痛み、悶えるがあまりにその眼球を素手でくり抜く者すらあったとされる、発狂を齎す奇病……まず『狂い火の王』を倒すならば、これを防がなければなりません」
その言葉により重い沈黙が座を満たした。先生ですらも、対策が思いつかない、と言ったように考え込む。
そうして場が固まる、その僅かな間隙に、アミは言葉を差し込んだ。
「しかしまあ……対策は、あります。それは……あなたです、先生。いや、正確なところを言うならば、私と、あなたですね」
「……アミ。なにをするつもりだい?」
「向こうに『狂い火の王』が居る、ということは、確実にとある存在が『王』を追って、近くこの世界を訪れるだろうと思います。……その存在を、ロケートによって我々側に誘導しなくてはなりません」
その存在の名を、アミは続けて座に告げた。
「名を『遺された導き、メリナ』……王が誤った道を行かねば、確実に死ぬはずだった褪せ人の巫女。狂い火に道を委ねた狂った王に、運命の死を齎さんとする者です」
メリナ、という存在をこちらに導くのが最低の条件である、ということを座が理解すると、彼女は全体を見回して頷いた。
「なんだか分からずとも、必須であることはご理解いただけたようでなによりです。みなさんに出来ることは多くはありませんが……まあ、単刀直入に申し上げると私の邪魔を誰にもさせないでいただきたい」
その言葉に、ツルギがまず頷き、そして問う。
「……道理だな。だが、なにをするかを聞かなきゃ何も出来ない、その辺考えは?」
アミは軽く何事か書き付けられていた紙に目を通し。
「まず、物資面に関してはティーパーティーの力を借ります。その辺はセイアさんと宜しくやっといてください、ナギサさん。あと、ゲヘナから多少引っ張ってくるものがあるので。護衛戦力込みでそこも相談させてください、空崎……ヒナさん」
「えぇ。望み通り手配させましょう」
「任せて欲しい……あとで、細かく聞かせて欲しいけれど」
あとでまた回しますよ、と苗字呼びしたら少し悲しそうな顔をしたのでヒナさんと呼び直して機嫌を取りつつアミはヒナ、ナギサに物資面の依頼を出す。
「次に、トリニティの特定のエリアをロケートとします。正義実現委員会、およその範囲は後に転送しますがその範囲にそれとなく人を回していただけますか? お願いします」
「承知しました。ツルギもそれで良さげなので、我々もサポートさせていただきます」
そして、2つの部分を動かして、次に目を向けるのはシスターフッドのサクラコ。
「サクラコさん、『祈祷』が使える人材を回してくれますか? 信仰にかけてはこちらの教団の信徒も負けてはいませんが、数が足りません」
「えぇ、もちろんです。『聖なる護り』を最低ラインとして祈祷を用いるシスターたちを選んでおきます」
「……その一つ下……『回復』とかあたりでも大丈夫なはずです。質は問題なく、祈祷を用いれるかが重要と思ってください」
サクラコがその言葉に頷いたのを見てから、次はミネへ。
「ミネさん。あなたには、変わらずセイアさんの守りを依頼します。救護騎士団全体として、百合園セイアの秘密を隠匿し、そして守り抜いてください……まだ、脅威は去っていません」
「分かりました。この蒼森ミネ、救護を誠心誠意実行いたします」
「どうか、私の大切な人を守ってください。私の代わりに」
ミネもまた、頷きを返したことで、いよいよ話は先生に向かう。
「先生……お願いがあるのです。先生には、私とある儀式をしていただきたいのです」
「……儀式? 神にでもなるとか?」
「んん、惜しいです。厳密には王になってもらいます」
アミは先生の予想を笑い、それでも不正解には遠いかな、と首を傾げつつも説明を開始した。
「先生。貴方はこの世界の『王』へと一時的になる。私が持つ『律の原型』に、あなたの願いを込めます。世界に一時的に別の狂い火でない『律』を世界に広め、神なる律でもって狂える火の侵食を止める。あとは『律』の広まり始める始点がそのままロケートに……彼女の目に映る導きになるはずです」
情報量を叩きつけるような言葉に、されど先生は頷いた。つまりは、どういうことなのか、という部分を彼は要約した。
「つまり、私自身がやるべきことは王になること、か。……それは、私に出来ることなの?」
「えぇ。とにかく、戴冠すればあとはなんとでもなるのです……世界に呼びかけるためには、もちろん特定の手法は必要ではありますが。儀式の方策は我が家に伝来のこと、万事お任せいただければと」
先生は少し考えて、アミに問うことにした。
「アミ……君は、君自身はそれをやって平気なの? 『律の原型』……いわゆる、人の身には余るものだって、そう聞こえるものを君は扱うと言う。取り返しのつかないことに君がなってしまうのは、私は容認できない」
「……ふふ。カンの鋭い方です。ですが、大丈夫と言わせていただきましょう。過去、二度朝君の歴史ではこの儀式が執り行われ、二人の巫女がその命を捧げたそうです。ですが……それは弱さ故」
立ち上がったアミは、中庭まで歩み、その翼を悠然と広げた。その手もまた、広げて、天を見た。曇り空、垂れ込めた雲がサッと割れ、中庭の彼女に光を当てた。それはヤコブの梯子とも呼ばれる現象である。奇跡が起きているのを誰もが見ていた。
「私は、朝君アミ。血の君主。生死ひとつに拘泥しないとはいえ……君主の示すべきモノで倒れるなど、有り得ぬ話。愛しき人よ、心配は無用です。そこに理由はないですが、それでも私は朝君アミですから……これでは不足ですか?」
先生はそれでも心配そうな顔を崩さない。しょうがないな、とアミはふわりと先生のそばまで歩み寄る。
「如何なることがあろうとも、先生のおそばに置いていただけると。そうおっしゃってくださるのなら、この朝君アミ、例え何があろうとも貴方のところへ生きて戻りますよ?」
その言葉に、先生は若干言葉を詰まらせた。いつもの冗談じみた求愛がここで繰り出されるとも思わなかったのだろうか。
だが、それでも先生は先生のまま。
「君がそこまで言うのなら、任せよう。私だけじゃないよ。君を信じてるみんなの所へ君は生きて戻らなきゃね」
その言葉にアミは心底残念そうな顔をして、一言。
「結局、あなたの寵愛は得られぬままですねぇ」
準備はトントン拍子に進んだ。いっそ不気味な程にトントン拍子だった。
朝君アミが主体となって行った準備。
『祭壇』……奇妙な、崩れかけの人のような……というには体のあちこちが欠損しているように見える、そんなオブジェクトが真ん中に置かれた儀式の場。
この場を製作するために、トリニティ、ゲヘナ両校からそれなりの資材が運び込まれていた。その資材の最たるものは、『神聖なるもの』である。
結局のところ、神や律を呼ぶために最も重要な要素は『神性』である。オカルトかもしれないが、しかし彼女は知っている。神は実在することを。強い神性の存在を。それがわずかでも宿ったものを、彼女は掻き集めた。
「大変だったわ……」
「シスターフッドの皆さん、モーグウィン派のみなさんのおかげです。まったくもって私たちでは目利きが効きませんでしたね」
ヒナとナギサがそうこぼす通り、資材集めには通常の目利きは無用であり、むしろ神に触れたことのあるモーグウィン派の面々や、最も信心深いシスターフッドの生徒らが極めて有用なセンサーとなって寝食を惜しんで働いた。
そのため、途中からヒナやナギサは諦めて別のことをしつつ、作業の効率を上げるためのサポートや運び出しの護衛を回したり、自身が護衛に(これはヒナのみだが)つくなどしていたそうだ。
「……にしても、だいぶ素早い組み上がりでしたね?」
「そう、ですね。噂によると、凄まじい祈祷を用いる人物が協力してくれた、とのことですが……奉仕活動とか」
「あぁ……なるほど。それは……なんというか、心強い」
上述、ミネとハスミの会話である。お察しの通りだろうが、協力したのは他でもない聖園ミカであり、初めはアミも戦力としてカウントしていなかった駒が自発的に協力を始めたことにアミは大変驚いたとか。
そのため、本来シスターフッドの半分とモーグウィン派の精鋭によって行われる予定だった『崩れかけ』への祈祷は、ミカとアミのふたりにより至極あっさりと行われ、バラバラの神性がただひとつの『聖なるモノ』へと単一化したのをアミが確認し、終了したのである。
「……概要を説明します」
ここまで組み上げて、アミはようやく説明を始めるようだった。
「この儀式は、律を広めるため、一時的に世界に『王』と誤認させる業です。今、この世界に律と王はありません。ですから、褪せ人の王の戴冠の過程を再現し、結果として王の座を得ることを世界に承諾させます」
「それで、私か」
「そうです。私があなたの巫女であり、あなたが褪せ人として、崩れかけの輪を取り戻す。エルデンリングを成立させる……それが、この儀式の肝要な点です」
アミは先生の手を握りしめた。暖かな感触。それをこれからも感じ得るかは、自分の強さにかかっている。
「エルデンリングを作る、ということは。伴って、逆説的にある存在が『居たことになる』……それには、私が当たらなくてはなりません」
「……それで、過去の巫女は死んでしまったんだね」
「巫女には、それを道連れにできる技がありますから。ですが……私に死ぬ気はありません。本気で当たります……どうか、祈っていてくださいね」
アミは最後に、準備が出来たら、とばかりに先生の前に『首級』を置いた。
「それでは……儀式を始めましょう!」
金髪の、ひびの入った顔面。両手で先生はそれを捧げ持ち、崩れかけのそれへと歩んでいく。
アミはそれを、強い目線で見守っていた。
・儀式
褪せ人のエルデンリング獲得を模倣することで世界に王と律を承認させる、という儀式にして、その実世界に『エルデンリングがあったことにする』という儀式でもある。それ故に、エルデンリングの始まりが、この世界にもあったことになり……『獣』は胎動している。