サインによって光に包まれた一同が、祭壇に戻る。
「……なんとか、してきましたよ。皆さんのおかげですけど」
その言葉に、先生は頷いた。そう、まだ儀式は終わっていない。
「私は!」
先生が高らかに、王の戴冠によって世界に広まる『律』を告げる。
「今ここに、遍く生きとし生ける生徒らに絶望なき青春を齎す律を望む!」
言葉を受け、アミは王の、先生の前に歩む。そして、高らかに発声。
「私の王よ。王の願う『律』は示された。王の巫女として、この世界に『律』を広めん……」
アミの目の前に、ふわりと浮かび上がるエルデンリング。欠けた輪の最後のひと部分が、アミの言葉により補填され、3重の輪を構成し、アミが語り口を述べ出す。
「落ちた葉が、伝えるでしょう。ある人が、王になった。ひとつの世界、我らの誇り、このキヴォトスで」
かつかつ、と音を響かせて、一際高い祭壇に登るアミ。胸元に光る3重の輪を、世界に広まれとばかり解き放ち。
「その王の治世は、呼ばれるでしょう」
天空に広がる、巨大な3重の輪がキヴォトス中に観測される。それは、新たな王の律の始まり。誰もがそれを呆然として見ていた。
「そう、『青春の時代』と……!」
高らかに、澄み渡る青空の元そう告げたアミは、先生に向き直る。
「改めて、おつかれさまでした。先生。これにて、律は広まりました……ワクチンとロケートが同時に整いましたね!」
「……王、といったけどなにもしなくていいんだよね?」
「えぇ。というか別に何もできないですよ。なんというか、キヴォトスという世界に一瞬意味不明な概念ねじ込んでるだけなので、この律だって先生が御老公になって死ぬまでくらいしか持ちません」
十分じゃねぇかなあ、という思いをその場の全員が持っていたが、アミは向けられた視線に一切無視を決め込んだ。
そうして、アミが軽く説明をした後に解散となるので儀式場を後片付けしましょう、ということになり、様々なものの撤去が始まった。
「この像ってどうするのかしら?」
「『擬似崩れかけのマリカ像』に関してはもう神性があのリングに持ってかれてるので撤去して聖遺物扱いですね」
「細かくは私でよろしいですか?」
「お願いしますね、サクラコさん」
像が撤去されると、トントン拍子に解体は進む。学園祭のライブステージか何かの資材にしよう、とナギサが残りの資材の使い道も決定したことで、運び込む場所が明確になった作業が加速を始める。
その脇で、話し込むミカと先生の姿があった。
「ミカ、手伝ってくれたんだね」
「当たり前じゃんね。私のしたことはきっと、こんなことじゃ少しも罪滅ぼしにならないけど……さすがに、あの教祖にまで噂で庇われて……何も思わないくらい、ぐずなつもりはないからさ」
ミカは、パテル派の代表である。未だ、代表であるのだ。故にこそ、彼女にはパテル派のネットワークにアクセスする権限があった。彼女には何ら罰は与えられることがなかった。
ミカの『裏切り』は、アミへの大多数の危機感と結びついた『正義』になった。そういう噂が流れ、事実はねじ曲がり、真実は囁かれすらせず、正しさはそういうことになった。
しかし、ミカは一切を慎んだ。己自身の意思で、己が己に罰を与えることにした。そうして、自罰による自縛に痛みを覚える中で、目の前に現れた金色のサイン。
ミカはそれから響き渡る、助けを求める意思に躊躇いなく答えた。理由など、後からつけたものに過ぎなかった。言語化したいとも思わなかった。
ただ、償いを。それだけを思っていたのである。
それに、先生はあえて首を振った。
「……え?」
「違うよ。ミカ。確かに、ミカは悪いことをしたのかもしれない。でも、償いも罰も、自分で決めてやることじゃないよ。誰も望んでないような、そんなことは。償いでも罰でもなくて、きっとエゴでしかない」
じゃあ、とミカの声がうっすらと悲しみと怒りを帯びる。
「じゃあ、どうしろって言うの……? 誰も、誰も私を悪いと言わない! 私は悪いのに! 魔女……そう、物語の悪い魔女みたいな、そんなことをしたのに! 誰も私を……」
それを、ミカ、と一声呼びかけて止める先生は、続けた。
「ミカが悪いことをしたと思っても、誰もミカが悪いと思わないこともある。そういう時、ミカが自分で自分を罰したくなるような、そんな気持ちはよくわかるよ。でも、ミカを庇った誰かたちは、そんなことを望んでないからミカを庇った……きっとそうさ。だから、ミカ。君が気にするのならやることはひとつだよ」
ミカはどうすれば、いいの? と。そう口にしようとしてしなかった。ミカにはわからなかったのだ。もはや、なにをすればいいか。
「ミカは誰に守られたか、もう分かってる?」
「うん……ナギちゃんに、教祖に……セイアちゃん」
「その人たちは、きっと今のミカにはこう言いたがってる。私も言いたいよ。『ミカは魔女じゃないよ』って……だから、ミカ。会ってくるといいよ……今がチャンスだ」
ミカは頷いた。不安げに揺れる瞳を、けれど強い意志で覆って。
「分かったよ、先生」
それを影から見守っていたひとりの女は、大慌てで足元の血に飛び込んで会う支度をしなくてはと動き出し。
ミカの背後にいた関係で先生の目には常に映っていたその動きはやけにコミカルで、先生は笑いをこらえなくてはならなかった。
そうして、ミカはまず、アミと話そうと思い立ち、アミを探し出して声をかけた。アミは司祭服ではなく、制服を着ていた。黒がよく映えて、白の中で逆に浮いており、見つけるのは至極容易だった。
「朝君さん……だよね?」
「おや、聖園さん! 探していたのです、それにお会いしたかった! 祈祷の際はお話も一切なく祈祷して帰られてしまいましたからね」
「それは本当にごめんなさい……ちょっと、ね」
「ええまあ、お気持ちは分かりますよ。私と話すの、複雑な気持ちでしょうし」
アミは先程の話を全て聞いていたので、本当に白々しいもいいところな女であるが、とにかく話は進む。
「朝君さんは……なんで、あんな噂を?」
「聖園さん……面倒ですねぇ。アミさんでもちゃんでも好きに呼んでくださいよ。私はミカさんって呼んでも?」
「え? ……あ、うん。それで、いいの? アミちゃ……さん」
「ええ、なんならちゃん付けしてくださいな。あんまりいないんですよ、私をちゃん付けしてくれる人」
和やかに彼女はそう告げて、噂という重苦しい話をする前に空気を暖かくした。ちゃん付けされるようになったアミは、どこか楽しげに笑ってから。
「じゃあ仕切り直して……なんでアミちゃんは、私を……?」
「んー? まあ色々ありますけど。細かいことはないですよ。ただ私は、私なら貴女を守れると。そう思っただけですから。嫌われ者が全部引き受ければ、新しい嫌われ者は生まれませんよね」
「それって……苦しくないの?」
「いいですか? ミカさん。苦しさっていうのは、気の持ちようからしか生まれません」
アミはそう語り出す。彼女特有の思想は、しかしよく今のミカを捉えていた。
「今のミカさんみたいに、ミカさんだけが今のことを気にしているようなことって割とあるんですよ。今回のことは事の幅が大きいですからミカさん、とっても気にしてますよねきっと」
「うん、そうだよ。私が罰されることもなく、アリウスの子たちやアミちゃんがそれぞれに罪を被ってさ。そんなの……ないじゃん? 悪いのは私なのにさ」
「そうです。確かに、悪かったかもしれません。で、結果はどうなりました?」
ミカが押し黙ると、アミは畳み掛けていく。次から次に、言葉の濁流をたたきつけるようにして。
「結果を享受するべきです。罪に対する償いというのは、自由を許しません。償うことすら許さないのが、今のあなたにおける最大の戒めであり、罰なのだと。私はそう思います」
「それは……違う。間違ってると私は思う……」
「少なくとも!」
アミは声を大にした。ミカが1歩後ずさる。その分を踏み込んで、アミが声を出す。
「こうすれば、あなたを縛れると思って私はこうしたんです。あなたは悪い事をしたと思っているようですが、残念でしたねぇ。私の方があなたよりずっとろくでもない! 罪の意識を持たせ、贖わせもせず幸せを享受させることが最も次の悪事を防げると思って行動した大悪党、それが私です! だから、そうですね。ミカさん。『あなたは魔女ではない』とだけ言っておきますよ」
「はは……とんでもない、悪者じゃんね。全く……もうさあ。そんなこと言われたら、何も言えないじゃん。ズルいよ」
アミはあはは、とからころと笑った。そうして、ズルい、などと宣った世間知らずのお姫様に告げる。
「このトリニティで、相手にズルいって言いますか?」
「あ……そうだった、そうだったや! あはははは……!」
散々に笑い転げる二人。立ち話にしては異様に深い内容を話していたことまで込で、どうも面白くなってしまったふたりは復帰するのに少しの時間を要した。
「あ、そういえば『苦しくないの?』って話ですけど、私自身は何言われても『神様を見たこともないやつが何言ってもなあ』くらいの気持ちでいます。ミカさんもやってみます? 『でも、この人音速で動けないしなあ』って」
「あは、なにそれ? とんでもない無茶ぶりするじゃんね」
「まあこの考えに至ってたら私とこんな話しませんからね!」
「間違いないや……」
「「あっはははは!!」」
どうも疲れもあるようで、明らかにテンションがバグってきた二人。特にミカは、自分を縛ってきた鎖をアミが外した反動もあるのだろう。だが、アミはそれでもアミであった。
「じゃ、まあ。準備できたみたいなので、行きましょうか」
「え?」
「会いたいでしょ? あの二人に」
「準備って……え? もしかして……」
アミは、ミカの手を引き、歩んで、近くの聖堂に入っていった。そして、聖堂に珍しくない、裏庭までミカを連れ歩んでいく。誰もいない聖堂の、さらに裏庭ともなればもはや人の気配を察する方が難しい。されど、ミカは気付いた。愛しき幼馴染と、憎らしい、だけど大切なあの子の気配。
裏庭に一歩踏み出して、アミがミカを振り向いて笑った。
「さあ、ティーパーティーの始まりですよ」
紅茶をカップに置き直し、座っていた女が立ち上がる。ゆっくりとした歩調は、慣れ親しんだ人のそれ。
「ミカさん」
「ナギちゃん……」
「ずっと、お待ちしていました。もう一度、私たちと席を囲んでください」
こぼれでそうな涙を懸命に抑えるミカに、もうひとりが声をかけた。
「全く君は本当に浅慮がすぎる。だがね、君ももっと相談してくれればよかった……私だって、君を大切に想う者の一人であることには相違ない。だから、その……もっと、頼ってくれ。ミカ」
「セイア、ちゃん……ごめんなさいっ、セイアちゃん、ナギちゃん、私、わたしは……」
「許すよ。そしてミカ。どうか私を許して欲しい……ある意味において、一番誰にも相談していなかったのは私だからね。君を信じられなかった、というわけじゃない。ナギサにももう謝ったよ」
「私も、許します。私たちは、運良くもう一度やっていける……これから待ち受けている、最大の難事も。三人で、ティーパーティーが開けるなら。多くの方と手を取り合えるなら、きっとなんとかなります」
三人の再会と、ティーパーティーの正式な再会を見届けたアミは、微笑んだ。
そして、その場に何事か書き付けた紙を残して、アミは立ち去ったのである。
再会が果たされた、その頃。
「感じる」
オッドアイの女が、密やかに世界に降り立っていた。
辺りを見回しても、時折吹く熱を持った風は砂漠を感じさせること、狭間の地より格段に進んでいるだろう文明の建築した家らしきものが立ち並んでいることしか女には分からなかった。
しかし、世界に降り立った瞬間から、その身を焼くように感じ取れるそれを女は何よりも信頼していた。
「王の、影を。狂い火の、熱を。いや……これは、王と狂い火が別? あの王とは別の王が、私を呼んでいる……その王が、狂い火を倒すことを望んでいる」
そして、指笛を鳴らし、馬を呼び出す。
「トレント……この世界でも、あなたが頼り」
次の瞬間、響き渡る声。
「動くな!」
「……冷静に、話せる相手だと嬉しい。もし平和的に会話可能なら、名乗って欲しい」
「私は、アビドス高校、3年生『小鳥遊ホシノ』だ。そちらは?」
さぁっ、と風が吹き抜ける。トレントと呼ばれた馬が乗られることなく掻き消える。
「私は、メリナ。導きの巫女……この世界にいるであろう、『狂い火の王』に運命の死を与えるため、異なる世界からやってきた。向かいたい場所と知りたいことがあって、現地の人に協力者を求めている」
その言葉に、ホシノは一言。
「外の世界からの客人、かぁ。面倒なことになったね……」
砂塵の中に、世界を変える邂逅が果たされていた。
【朗報】アビドス組、ようやく登場の兆し