せっかくなので書きました。
2回行動、2話目。
邂逅から二日。メリナはすっかりアビドスに馴染んだ。
本来は彼女の目指す場所に向かうべきだったのだが、ひとまずは先生に連絡を入れてからにしよう、ということになったのだ。
先生は生憎というか、連絡がやや通りにくい期間であった。
実はこの際、先生は儀式の下準備などのために追われた後、儀式の後片付け関連の書類をティーパーティーの面々+アミと共に捌きまくっており、タブレットに意識が行かないような有様であった。
そんなわけでメリナの行く先が無くなった結果、仕方なしに小鳥遊ホシノは大なる警戒心と理性的かつ誠実なメリナへの僅かな好感をもってアビドスへとメリナを一時的に招き込んだのである。
「改めて、ありがとう。感謝したい」
「ううん、気にしないで〜。おじさんもさ、正直ピリつきすぎたかな〜って思ったからさあ」
ホシノがソファにぐでっととろけるように横になる。かくまでもホシノが心を許したのは、メリナが自身の境遇について語る中で、自らの導いてきた『褪せ人』なる相棒が、『シャブリリ』なる男に騙された話をし、それを憎みに憎んだ復讐者であると己を語ったことに由来した。
言葉が真実か嘘かは分からないにしろ、『シャブリリ』という男……ひいては、『狂い火』なるものへの憎悪と殺意。それだけは真実であるとホシノの魂は理解した。ホシノの中の警戒は、多大な共感に取って代わられた。
他の面々があっさりとメリナを信じたことも、ホシノにとっては大きかったのだが、それ以上に己を『復讐者』だと断言した時の、瞳に宿る狂気をこそホシノは信じていた。
「それにぃ、戦力強化のお手伝いまでしてもらっちゃってさあ。悪いよ〜。……まさか、おじさんにもまだ成長出来る余地があるとは思わなかったよ」
「私にできることはやる、それだけだから。穀潰しになるつもりはない」
メリナがホシノらアビドス高校の生徒たちに施したのは、『ルーンを力に変える巫女の秘術』である。
メリナが僅かに感じとった、アビドスの生徒らに眠るルーン。ひとりの身体から喚起しかきあつめて、やっと褪せ人の一度の強化分に相当するようなそれを使い、メリナはアビドスの生徒たちにわずかながらだと説明しながら強化を行ったのである。
結果から言えば、それはわずかどころではすまなかったのであるが。
「うへ……おじさんつくづく思うんだけどさ。これが僅かなら、その……『褪せ人』っての、ヤバいよねぇ」
「貴女たちに効果が極めて高く出ているだけ? さすがに、1回分強化だから大したことはないと思うのだけれど……」
「だからって『銃弾を視認してから回避か盾が間に合うようになるくらい瞬発力と筋力が上がる』のは予想できないよ〜……」
ホシノだけは、2回分のルーンが身体に蓄積されていたので二度強化が施されており、強化されたのは『筋力』と『技量』だが、それだけのことなのに自身の動きが数段キレるようになった、とホシノが自認するほどにスペックが向上している。
なお、その他アビドスメンツも大概と言えば大概である。
「意味わかんないよおじさん、ノノミちゃんは本人の耐久力がちょっと上がってるし」
「彼女の希望で『生命力』を強めることになった。私もちょっと予想外だった」
「セリカちゃんとシロコちゃんは銃の取り扱いが抜群に良くなったよね?」
「まあ……『技量』が上がればそうもなる、のかなとは思う。銃、という武器が技量に依存した武器なのか、という部分は気になるけれど」
「で、アヤネちゃん。『知力』とかいう曖昧なもの伸ばしたら明らかに判断力と交渉力が上がってるんだけどあれは?」
「本当に分からない。私たちの世界では知力は魔術を使うのに重要なものであって頭が良いことを示すものではない」
二人はそっと、天井を見た。
「……正直、私にも分からないことが多い」
ホシノはメリナのその言葉に、こう返さざるを得なかった。
「世界が変われば、ルールも変わるんだねぇ……」
夜の定期巡回に向かうため立ち上がったホシノの一言。
メリナはその言葉に、深く頷いたのであった。
翌朝。メリナはシロコとサイクリング……いや、トレントに乗って疾走しているのでサイクリングwith馬なのだが、とにかくサイクリングしていた。
「ん、早朝走るのは気持ちがいい……そうだよね?」
「私には分からない。……トレントは喜んでいるようだけど」
「まだ分からない? でも、いつか『楽しい』って思ってくれればいい」
その言葉は、シロコなりの想いである。メリナの過去を聞いて、誰にも手を差し伸べられなかった己とどこかを重ねた彼女は、メリナによく懐いた。最初にルーンによる強化を受けたのも、シロコと話している時にメリナが気がついたからだった。
「じゃ、朝ラーして帰ろう、メリメリ」
「……なんなの、そのあだ名は……?」
「ダメ?」
「……まあ、それが気に入ったなら好きにするといい」
シロコお気に入りの柴関に独特の雰囲気の二人が入る頃には、時間はとうに十時を回っていた。
「シロコ先輩! いらっしゃいませ……と、メリナさんも! また朝サイクリングに付き合わされてたのね!」
「おうらっしゃい!」
「ん、ラーメン大盛り、2杯」
メリナは無言で軽く頭を下げ、シロコに促されるまま着座した。
「最近、ようやく食べ物の味がわかるようになってきたの」
「ん、そっか。良かった……メリメリ、元々人の身体を持ってなかったんだっけ?」
「そう。昔は霊体で動いていて、褪せ人が狂い火の王になった時に身体を取り戻した……だから、ちっとも味とかは分からなかったんだけど……ここに通うようになって、みんなと色んなことをして……体が少しずつ感覚を取り戻していっている」
「メリメリは、苦労人、だったんだね」
その話を聞いていたセリカも外から声をかける。
「メリナさん、うちのラーメンで味覚が戻った、って言うんだったら宣伝してよね!」
「……ふふ。うん、そうさせてもらおうかな。正しい味を思い出させるらあめんだ、とか?」
「笑ったメリメリ、久々。なんで私の前じゃ笑わないの?」
どこか楽しげな二人にもみくちゃにされながら待つことしばし、メリナの前に具の盛られたラーメンが到着し、メリナはそれをズバズバと啜るシロコを後目に、ちゅるりちゅるりと噛み締めるように、失った人間性を取り戻すように食していくのであった。
かくして昼下がり。今のメリナは、ノノミに付き従って物品整理などを行っていた。
「手伝うよ、十六夜さん」
「いいんですか? 助かります!」
「気にしないで……というか、このくらいはさせて。浮くから、という理由もあるとはいえ、着衣の提供まで受けては何もしないのは失礼」
ノノミの普段用いるミニガンによって鍛えられた筋力で一度に多くのものが動くが、メリナもまた負けていない。あの狭間の地で褪せ人と一緒に戦い、時に忌み王すら打ち倒したことのあるメリナである。
「よっ……と。さすがに持てる」
「わあ、外の世界から来た人とは思えませんね! すごいです!」
「十六夜さんたちの平均はこんなものじゃないと思うし……大したものじゃないけど。まあ、手伝いってこういうことしかできないから……」
また、メリナがいることによって新たに出来ることもあった。
「これは……こっちに。あれとそれは神秘依存のものじゃない……これタリスマンだ。掘り出し物だから、とっておいて」
「はーい!」
アビドスの雑多なゴミの中に眠る、お宝。その中でも、神秘的な力を秘めたものや、オーパーツの類は、メリナがある程度鑑定できたのだ。
これら発見された特殊品は売却か、もしくは戦力強化のために用いられ、大いにアビドスの助けとなる。
夕方にもなると肌寒くなり、また暗いがゆえに室内への撤収を余儀なくされ、ノノミと別れたメリナは最後に書類管理に勤しむアヤネに作業しながらの話し相手に選ばれていた。
「ごめんなさい、こんなことにまでお付き合いさせて……」
「構わない。どうせやることもないから……むしろ、私と話すって楽しいの?」
「えぇ。メリナさんはお気づきかどうか分かりませんけど、最近は表情の僅かな違いがわかるようになって、感情が思ったより出る人なんだな、とか思ってますよ」
「……そうなの?」
「ほら、今目が軽く瞬きました。驚くとき、それ癖になってます」
メリナも知らないような自身の癖を指摘されるのはなんだか気恥ずかしかったが、アヤネが楽しいなら特にはとメリナは割り切った。
それはそれとして恥ずかしいので、照れ隠しとばかりに机の上にノノミに「渡しておいてください☆」と渡された健康食を差し出した。
「あ、いいんですか?」
「十六夜さんからの差し入れ。そう言えばと思って」
「なら、メリナさんもおひとつどうぞ!」
「……なら悪いけど、ひとつ」
著しく口の中の水分が持っていかれることに若干ムッとして、腰元に吊るした水筒から水を呷る。
「やはりそうなりますよね、嫌いじゃないんですけどね完全栄養バー……」
「な、なるほど……さすがにこれを常用する気にはならない」
「だからたまの差し入れくらいでいいんです。たまに食べれば美味しいで済むので」
メリナはその言葉に頷いた。そうしてから、アヤネに一言。
「これが終わったら、夜を食べよう。……エルデのご当地グルメと言ってはなんだけど、柴関からエビとカニを譲ってもらった。茹でようと思う」
「茹でエビとカニがご当地グルメなんですか……?」
「……まあ、思えばまともなものを褪せ人が食べていたのを見た事がないから。彼曰く、『食べると硬くなる』らしい」
「……?」
宇宙に旅立ってしまったアヤネを放っておいて、『エビとカニの彼』と褪せ人が言っていた男の見様見真似でエビとカニを茹できったメリナは、それを彼女に渡した。
「……あ、それが茹でエビと茹でカニです?」
「うん。好きなだけ食べて。私もこれは好き……味見したけど、だいぶ良い感じだから」
プリプリとしたエビ、しっかりとした味わいのカニ、どちらも程よく塩味があり、それを食べたアヤネは無言になった。
思わずメリナがアヤネの方を見ると、アヤネが黙々とエビ、カニ、エビ、エビ、カニ、エビ、カニ、カニ……と黙々と食べていく様が目に入った。
思わず胸元から使い方の朧げな、まだ持たされたばかりのスマートフォンを取り出し、写真を不慣れな手つきで1枚。
「……っ! 何撮ったんですか!?」
「いや、特には」
「嘘ですよね!?」
スマホを見ようとするアヤネの前にスマホを閉じて差し出し、パスコードを当てて見せろなどと冗談を言うメリナに、頬を膨らませたアヤネがそのキヴォトス人らしい膂力で飛びかかり、メリナは極めて高い戦闘能力を転用した軽やかなステップで交わしていく。
時おりふわりと空をかけるようなその動きは、見惚れるほど綺麗で。
その実、子供のような悪戯の果てだとは誰も思わないのであった。
とかく、このようにメリナはアビドスにて数日だけの、復讐を忘れた僅かな日常の幸せを得ていたのだった。
この時のメリナさんが一応傍から見た分には1番いいメリナさんのかもしれない。目的を果たすまでの寄り道に過ぎない感じはありますけど。