話し合いは全体的に恙無く進んだ。
ゲヘナ関連しか今のところ脅威はなく、内々の脅威は補習授業部の設立によって回避するとナギサが明言。四人を犠牲にするのかとアミが問い、致し方ないこととナギサが頷く。
「まあですが、後詰めは用意しておくべきでしょう。退学処分、というのはいささか大仰にすぎます。退学後復学措置の取れるようにご準備を。本物の裏切り者があるならば、恐らく行動はその前に起きる……補習授業部はいわば重点的に監視できる箱、という認識にしてしまいましょう。どうですか、お二方」
アミの問に対して、それが丸いか、と頷くティーパーティーの二人を見てよかった、と笑う。気がつけば、セイアのような極論を検討する生徒の枠にアミが自然に入り込んでいた、という事実に今の今気がついたミカの背は鳥肌で埋めつくされていた。
(意味がわからないよ、人に良い感情を与えるように動くのが上手すぎる……! 疑ってかかってなお、ここまで絆される? それにナギちゃんも最初ほど尖ってない……これが噂の『カリスマ教祖様』ってこと!?)
ナギサがミカにアミの排除を持ちかけた時ほど尖っていないのは単純にその前に会っていたからなのだが、無論ミカはそれを知らないので今のこの半刻で絆されたものと誤認する。そして、それ故に目の前の彼女をより恐ろしく思うのだった。
「ねーえ? 貴女ほど人付き合いが上手いんだったら『こっち』に来る道もあったと思うの。なんで来なかったのかなー? 家柄も確か十二分だよね、朝君家って言ったら宝石商で一山作って百貨店までやってる大きなお家だし」
ミカが考えを練りながら、それを秘めて問うたのはアミが宗教に走ったワケ。1年次シスターフッドに所属した理由である。
「政治とかそういうの、苦手ですからねぇ。人付き合いだけは得意ですが……それ以外はどうも。おふたりに比べればよほど下です」
「いえ、少なくともミカさんよりはイケるかと……」
「ナギちゃん!?」
アミはどうしても、自分が宗教に入った理由を述べたくないようだった。のらりくらりとかわしにかわして、時折血の教えについて話したりなどしようとしては止められを繰り返した。
「むう、そんなに言えないこと?」
「言えないこと、と言いますか秘密、です。ずっと隠しておきますよ、これは。墓まで持っていくつもりです」
「そっか……ざーんねん」
「あまり人の秘密を詮索することはしないように、ですよミカさん」
「ナギちゃんも興味津々の癖に!」
「そんなことはありませんよ」
軽口の叩き合いを楽しそうに、アミは目を細めて眺めていた。
「さて。今日はここでお開きとしましょう……」
「えぇ。それでは、失礼しますね」
「今日は楽しかったよー、また話そうね?」
三者三様の別れ際、立ち上がって慇懃に礼をし外に向かうアミを見送る。
「それでは、ミカさん。事前の話通り、お願いしますね」
「うん、任せて☆」
「(もしこれで、本人の言う通り『アミさんがミカさんとやり合える』ようなら土台は大きく変動する……さて、どうなることでしょうか)」
その背をミカが追って行くのを、ナギサはどこか緊迫した様子で送り出すと、儀仗兵に何事か指示して、送り出した。戻ってきた兵がカメラを握り締めているのを確認して、送り出す。
「『神は信じずとも良い。私を信じなさい』……でしたか? 大言壮語ではないとひとつ、見せてもらいましょうか」
それは、唐突に。黒の制服の彼女は、人気のない郊外、彼女の家の近くの、大通り……と言っても、人がいないそれを大通りと呼ぶかはさておき……にて夕闇に踊る白の制服を見て、瞬間的に思考を切り替えた。
「聖園ミカ」
「そうだよ、覚えてくれた?」
「当然……で、何の用です?」
二人の間に、鈍い殺気を有した特有の空気が広がる。戦の前の、僅かな平穏と、争いの気配を併せ持つ奇妙な気配が。
「分かってるでしょ? 私は考えを変えてない。貴女が1番危険だと思う。だから、あなたをここで引きずって連れてって……縛るね?」
「……はは、なんとも面白い冗談です。が、冗談じゃないみたいですね……いいでしょう! 受けて立ちます。悪いですが……本気で行きますよ!」
ミカが指を弾くと、パテルの兵たちが現れる。初手から包囲された状態で、アミは……。
「『大いなる血よ、喚起せよ、歓喜せよ、汝を満たすは魔血、呼び出されるは蝿たちよ』」
空中にいくつもの紋章が浮かぶ。血炎教団の掲げる『神』の紋章。それが炎となり燃え上がり、炎から飛び出してくる大量の蝿が一斉にパテルの兵たちに襲いかかっていく。
「……なんだこれは!?」「きっっしょっ!!?」
「わーお……とんでもないことするじゃん? でもこれで言い逃れできないね! アミちゃん!」
「正当防衛で処理させてもらいますからね……!」
いつの間にやら、アミの手には一丁の大きな拳銃。アミが走り出すのと、ミカが走り出すのは同時。浴びせるようにミカが弾丸を撃ち込み、アミがそれを拒否するように射線から身を外しながら蝿集るパテル兵たちのただ中に飛び込んだ。
「厄介……ウサギもびっくりの逃げ足って!?」
「わざわざ盾を置いてくれて助かりますよ全く!」
人群れを飛び出すと、ミカの前に飛び出し、肉弾戦を開始するアミ。
咄嗟の左腕から放たれる豪腕を受け止め……た瞬間、これはまずいといなしに変更。即座にカウンターとして脚を薙ごうとして……
「かたっ……!」
「効かないよ☆」
「大概面倒ですねぇ! フィジカル全振りってやつですか!」
そのまま脚を絡め、勢いのままにミカの右脚を軸に滑り込み大回転。曲芸のような挙動で背後を取るも、ターンした左脚が命を狙う一撃として迫る。
「っ!」
「よく避けるねその状況から!?」
身体を地面とピッタリ寝そべらせて蹴り上げになっていた左脚を回避、跳ね起きて銃撃、銃撃、銃撃。
サブマシンガンで弾き、身を交わして避けて、3発目は右腕でガード。着弾したはずの3発目がその場に落ちるのを見て思わず一言。
「かったいですねぇ!?」
「言ってる場合かなっ☆」
アクロバティックにムーブしていたアミは、ここで一旦距離を離すことを選択。そして、はー、とため息をついた。
「息切れかな? もう限界?」
ミカの煽りに、アミはいいえ? と首を軽く振ってから、自分の手首をいつの間にか出したナイフで切りつけた。
「っ! 血が……!」
血が落ちる。大地に、僅かな血が。広まる、血が。1滴だけ落ちたはずの彼女の血が、その場を血の海に変える。蝿たちが戻ってきて、その身を血へと潜らせる。
「ここからですね」
先程まで地面だったはずの血の海に、アミの体が『沈む』。
ミカはおぞましさに堪えきれず、サブマシンガンのトリガーを解き放った。
その瞬間、『血が大地から伸びあがって受け止めた』……まるで、意思ある生き物が如く。
蝿が去った事で様子を見ていたパテルの兵たちも絶句した。地面から血が伸びて、弾を受け止める……そんな『神の御業』が起こり得るのかと。
そして、再び血から這いずり出した彼女は、ショットガンを握り締めていた。その光景を、遥か彼方から、儀仗兵に撮影させていたナギサと、ミカの言葉が合致する。
「「ツルギ……?」」
そう、右手にショットガンを握りしめたその様は、正しくツルギのそれ。二丁もショットガンはない。狂った笑いも、狂気じみた表情もない。だが、それがツルギだと直感で感じ取った二人は、ぞっとした。
「行きます!」
血を蹴りつけて、飛び込んだアミの道を、パテルの兵が塞ごうとする。瞬間、左手に紋章。
「神の奇跡をご覧あれ!!」
ぐるり、と。左から右に薙ぎ払うように手を回し一回転。
空中に赤の爪痕が残り……
「「ぐわぁ!?」」
爆発した。祈祷の名を『血炎の爪痕』……戦闘用の祈祷として、最も扱いが簡単かつ強力なものであり、爪痕を空中に残し、それを爆発させる御業である。
また、神を信ずるものが使うことによって……
「くっ!? な、なんで血が……」「早く止血っ!」
強制的に出血を強いることが出来るという特徴も有していた。
血とはすなわち、命のリソース。出血とは、リソースを削り続けるアドバンテージだ。一度に吹き上げれば命に繋がり、長らく流し続けても命に繋がる。いつか命を奪う出血という脅威を、アミは自在に扱いこなす。
それこそが、血の教祖たるものの成すことであった。
「道は開けた!」
「……すごいなあほんと! なら私も、やっちゃおうかなぁ!!」
瞬間、飛来したのは……
「はは……冗談もいいとこですねぇほんと!!」
隕石。隕石であった。聖園ミカは隕石を呼べる……信者たちの間でそんな都市伝説があったなあなどと今更のように思い出しながら、回避。
どうもこの噂が事実なようだと、『蒼森ミネは翼を使わず脚力で空を飛ぶ』もあながち嘘では無いのかもしれない、いや嘘だろうさすがに、などとどうでもいいことをアミは一瞬だけ考えた。真実は諸氏の知るところである。
ともかく、その一瞬をミカは逃さない。踏み込み、ねじりこみ、豪快にアッパーを放ち……
「対人仕草がなってないですねぇ!」
アミの操った血が硬質化して、顎をカバーリング。即座にヤクザキックで吹き飛ばした。その後隙を隕石が狙い、下から伸びた血の腕が後頭部もカバーした。
「なかなかなんというか……本の中みたいな戦い方するじゃんね……?」
「神秘的でしょう? これが神の力です」
「余計、脅威に見えてきたかな……そろそろ真面目にやろっかなってね!」
二人がもう一度構え直す。瞬間、パタバタとなる足音にミカは咄嗟に後ろを確認した。それは等しくアミも同じで、そしてミカの顔に焦燥、アミの顔に喜びと困惑の混ざった色が浮かぶ。
「教祖様をお守りしろ!」
「ティーパーティーの犬めらが! 帰れ!!」
「まさか……『血炎教団』の信徒!?」
「なんで信徒の皆様がここに!? 危険です! 速やかに撤退を!!」
信徒らが、敬愛する教祖の言葉に一斉に首を振る。
「ここで教祖様の身をお守りできぬことこそが最もなる罪だと思います!」
「教祖様のお身体の方が余程大事です! 我らよりも、なお!」
「教祖様こそ退避を!!」
その言葉に、アミは感涙に噎せそうになった。教祖として、いざと言う時に救われることになるとはあまり考えていなかったのだ。戦力的にはあまり役には立たぬやもしれないが……と考えた矢先。
「一斉に祈祷構え、数え!」
「「「トレース、ドゥオ、ウーヌス……」」」
「放て!!」
「「「大いなる神よ! 血より炎の飛沫あれ!!」」」
瞬間、虚空に浮かび上がった、頭数と同じだけの紋章が、空中に燃える血を解き放つ。
「「「……ッ!!?」」」
「嘘でしょ!? アレアミちゃんだけができるとかそういうもんじゃないの!!?」
パテルの兵たちが浮き足立ち、ミカが絶句し、アミは……
「素晴らしい、素晴らしい! 素晴らしい祈祷です、奇跡です! 私以外でも出来る、この光景を待ちわびていましたよ!!」
狂っていた。壊れていた。アミはイカれた笑みを解き放ち、高らかに前線に踊り出し、その手に何ら祝詞を唱えることなく紋章を産み、解き放たれた血炎の飛沫と同じソレを撒くか捨てるがごとく散らしながら、凄まじいスピードで飛び出していく。
「あぁもう! これはヤバいって! 恨むよナギちゃん!?」
「信徒たちよ! 真の信仰をその眼に焼き付けるが良い! 降り来たれ! 血炎の雨よ!!」
虚空を掴む、引き裂く、血が噴き出る。無作為に選ばれているのだろうか、数人の上に血の雨を降らせ、そのままに突撃を敢行するアミをもはや誰も止められない。ミカすらも隕石を降らせながら懸命に応戦するが足止めともならず。
「信徒たち! 敵集団の中央を突破して離脱します! 続きなさい!!」
「そんな馬鹿な逃げ方あるぅーっ!?」
「成功したらそれが正義です!!」
アミが戦列をぐちゃぐちゃに引き回し、作り上げた道を白い面をつけ顔を隠した信徒たちが突破していく。最後に殿として撤収するアミが信徒たちの援護射撃により完全に撤退していくのを見送らざるを得ないまでに追い込まれたパテル兵とミカはただただ困惑の中にあった。
「戦えないんじゃなくて、戦う必要がなかった……そんなことあるんだね、ほんとに」
つくづくとんでもないなあ、とミカは思わされた。『真面目』にやりはしたが『全力』では無いとか、そもそも真面目に戦ったのは学園対抗戦ぶりくらいで、あまり戦う身にないとか。
言い訳だけは思いつくが、何にせよむちゃくちゃに振り回されたのは事実で。
「追撃戦やっとく?……やれる?」
「かなり厳しいかと……あの火の飛沫に当たった者が身体の火傷跡などから出血をしています。恐らくあの者らの……」
「出血……ほんとめんどくさいなぁ! 怪我人ばっかり増やすってあたり対軍性能に特化してる……やっぱ放置できない、何とかしないとね……」
出血を強いるとは、怪我人を増やすことに繋がる。故に、同規模の軍隊戦など行おうものならどう戦ってもタダでは済まないのだ。傷病人が増えた軍隊は、死亡者の増えた軍隊よりも厄介である、ということは周知の事実であろう。
後に聖園ミカと朝君アミの間で幾度か行われる戦闘の、記念すべき一度目こそがこの邂逅戦であった。
後にこの邂逅戦での撤退は『血炎の退路』として語り継がれ、『無茶を通せば道理が引っ込む』とほぼ同義の故事成語としても用いられるようになったが、もちろんそれを知ることはこの時を生きる生徒たちには誰にもできないのであった。
・『血炎の退路』
ようは島津の退き口なのだが、正面から大将が先陣を切り、殿を務める、という全くもって将というものの意味を欠片も理解していないが大駒の使い方として極めて正しい奇天烈な用兵から、後世の学徒たちに「さすがに冗談もいいところだろう」と言われながらも伝えられている。
モーグ様みなさん好きすぎません?赤ゲージを早速いただいております。誠にありがとうございます。続きを読みたいぜ!早く書いてくれ!と思う方々は是非感想でも評価でもください。モチベになります。
なお、本更新が予定上は土日分となります。週末は忙しいので……申し訳ないです。