「増援部隊増加……!」
ハナコは下唇を噛みながらも、盤面を整理する。どうにか罠だらけの体育館へ事前の策通り誘導し、時間稼ぎを開始した補習授業部は、なれど予定の1.5倍を越える時間を稼ぎながらなお本来来るはずの正義実現委員会の未到着という非常事態に悩まされることとなっていた。
アリウスの生徒は数を増し、こちらの人数は変わらずレイと先生を含め6名。
レイも極めてよくよく戦っている……むしろ、最も多くの敵を抑えているのはレイだ。
「囲んで仕留めろッ」
「教祖様に貰った名と命、貴様ら如きが奪えると思うなよ……! 目覚めなさい、『花束』!!」
花束、と呼びかけた瞬間、手元に出現した紋章からレイは武器を引き抜いた。そして、次の瞬間それを振るいながら右手に拳銃を握り締め飛び出す。
拳銃で相手のアサルトライフルの銃口を跳ね上げ、流れるように花束と呼ばれた小型のメイスのようなそれについた突起を突き刺すように振るう。
「ぐぁ……!?」
「『血の徴収』! 寄越せ!!」
「がぁぁぁぁぁっ!!?」
アリウスの生徒に突き刺さったメイスの茨が彼女の血を吸い上げる。流れるように彼女の身体を盾にしながら、銃撃を繰り返し、時に蹴り、時に殴り、時にリロードして、その間も徴収を繰り返す。
傷がやがてレイの身から消えて、そこではじめてレイはアリウスの生徒を手放した。
「……せめて、もう二部隊は……いや、勝つんです! 行きます!!」
そして、さらに酷い道へ、足を踏み込んでいく。はずだった。
「ねぇ、いつまでたった6人に時間をかけてるのかな? 仕方ないなぁ……今ここに、神に祈ります。我らに祝福あれ……『Benedictio』」
光が、降り注ぐ。夜闇の中に君臨する明るい光、それは彼女のヘイローが異常発光することで発生する奇跡。
神に祈りを捧げ、神から恩恵としての『奇跡』を受け取るそれは、紛うことなき『祈祷』の技。
パテル分派の起こり、トリニティの信仰の原初の一端。『信仰によって戦う者たちに捧げられた奇跡』……現れた女、聖園ミカは、旧くはユスティナ聖徒会という組織の用いた『奇跡』の文献から、パテル分派に伝わる『奇跡』を復活させるに至った。
そして、それこそが今聖園ミカを照らす光……聖神祈祷『Benedictio』……トリニティの古くに伝わった言葉において、祝福の名を冠した、使用者を強化する祈祷である。
「ッ!!?」
故に、ミカのふわりと踏み込んだ一歩は風を超え、音に迫る。そうして、そのままレイを貫く見た目に似合わぬ豪腕を振り抜いた先には、立つものはなかったのである。
先生の元まで叩き飛ばされたレイが、血を吐きながら立ち上がるのを、ミカは冷めた目で見ていた。
「まさか……ミカ、君が?」
先生の視界に入ったミカに、先生がそう問い、ミカは答えようとして……
「えぇ、その通りです。本当の裏切り者とは、聖園ミカだったわけですね」
遠くから聞こえる声。それは入口から聞こえる声だ。銃声がぱたりと止んだ戦場で、一斉に銃口がそちらへと向く。だが、彼女はそれを一切気にすらせず、輝くミカと先生の前へ進み出た。
「ああ、反逆者よ。愚かにも野心の火に焼かれ、あなたはこのトリニティの何を求めるのか」
赤黒い装束。既に血に塗れているのは、本来持つべき銃ではなく、大きな大きな槍であった。
「野心の火は、ここで掻き消す」
その肢体をゆらりと巡らせ、槍……『
「私の、血の炎たちで」
それは忌まれる者たちの、忌まれる教えの、その頂点に立つ者。
血炎教団教祖、朝君アミが、悠然と現れたのであった。
「……なるほどね。じゃあ、やってみよっか!!」
判断はミカの中で。即ち、『脅威たる敵は自分で仕留める』! 前回の邂逅戦でミカは一度たりとも出血していない、つまりあの血炎はミカにとって脅威になりえない。ならば、雑魚を数減らししてくる彼女には、己から当たりに行かねばならなかった。
1歩で風を追い抜き、2歩で音を越え、サブマシンガンを一点に叩き込み……
「甘い」
「ッ!?」
全速力の3歩目を、ミカは横っ飛びに切り替えた。
槍が鋭く彼女の移動先に突き出され、薙がれるのをミカは地に這うように低く体勢をとり回避。
「喰らえ!」
「当たらないよ☆」
薙いだ槍をそのまま大上段から振り下ろすが、無論そこにミカの姿はない。反撃として数発の弾丸を受け……
「……ダメージがないように見えるなぁ?」
「……ふふ。秘密です……!」
槍を振るい、さらなる攻勢へ打って出るアミ。『Benedictio』の効果にもさすがに制限時間のあるミカとしても、望むところであったそれ。
虚空に爪痕、爆発をすり抜けてミカが密着距離まで近付いたのを、空中から降らせる血炎の雨で塞ぐ。
「私にそれは効かないよ☆」
「聞いておきますが血通ってる生き物ですよね一応?」
「当たり前のこと聞かないで?」
ミカがその身を血に濡らしながら関係ないと突撃し、珍しく引き攣った顔を見せながらもアミは応戦し続ける。
その間にも、先生ら補習授業部はアリウスと交戦している。アミは分かっていた、ここでミカを打ち倒す必要は無いことくらい。だが、どうしても。彼女の力を借りれば……できるのではないか? と心が囁くのを、止められなかった。故に、『ソレ』が始まる。
「『トレース』」
空中に槍を突き刺し、ぶんっと薙いで血を前方に払う。ミカや、アリウスの生徒の体の周囲に大きなリングが出現していた。
それらは一切の物理的干渉を行わず、そこに浮遊している。
「……なんなのかな? これは……」
「言うと思います?」
「ま、なにかされる前に潰すしかないよね……悪いけど、本気で行くね?」
何度でも音を置き去りにし、彼女の周囲を巡りながら弾を各所に撃ち込む。そして、十秒も経過した後には、身体中の衣装をちぎれさせたアミがそこにいた。
「どう? 降参する気に……」
「『ドゥオ』……ここまで痛めつけられれば、こっちのものですかね」
「……リングが、2重に……まだ足りないのかな? 降伏しろ、って言ってるつもりなんだけど」
「まだまだ、ここからじゃないですか……『血どもよ、起きろ』」
彼女の近くから昇り浮かんだ血。ミカは嘲り笑った。
「効かないって……言ったよね?」
「……なら、受けてみせるといい」
瞬間、それはミカに触れ……ミカの直撃した右腕から、血が噴き上がる。
「……っっっっ!!!?」
思考が染まる、痛みに白く。出血した、それは外傷もなく唐突に自らの肌を食い破って飛び出す血故に猛烈な痛みを伴う。
「うっ、痛ぁコレ……」
「真なる神の血すらも混ざった私の呪血。まともに受けるにはそれこそ血が通っていないものでなければなりませんよ」
アミの血そのものをコストに用いるその呪血は、通常よりも極めて高い出血の状態異常蓄積を誇る。ミカは今までの出血付与攻撃では一度で出血せず、即座にゲージをリセットされていたような形で耐えていた。故に、一度でミカの許容を超えたアミの呪血に出血を許したのだった。
「油断しちゃったなぁ……でもまあ、ここから先は当たらなきゃいい、ってことだ……行くよ?」
「来なさいな……!」
また、綯い交ぜにぶつかり合う。そうして、やはりまた、戦闘中にも関わらず彼女は隙を見せた。
「……『ウーヌス』!」
「それ、隙だらけだよね☆」
翼を大きく広げ、頭上のヘイローを輝かせ、足を止め、集中砲火をミカは叩き込み、リロードをしようとして……
周囲が、赤く染まり出す。
「……リングは、3重。なるほどね……何をするつもり? アミちゃん」
「……あぁ、時は来たれり。数え上げし我が声、我が呪い、我が祈り。誇り高き我らの血よ」
「あ、マズイかも……!」
射撃を即座にリロードを行い、再開させたミカであるが、もう時すでに遅く。
立ち上がった、ズタボロのアミは、槍を天に向けた。
「神よ、我らが信仰に応え、今ここに、原初にして最大の奇跡を齎さんことを希う」
ミカは咄嗟に前に出て、蹴りを叩き込もうとして……レイがその身を盾にしたことで、阻まれた。
「邪魔っ、どいて!!」
「邪魔してるんです! 教祖様に近づかせはしません……!」
レイの献身をその目に焼き付けながら、アミは高らかに。
それは、アミ最大の必殺技にして、アミの奥の手。しかして、アミの終わりを意味せず、それは次なる世界にアミを運ぶ儀式、高位の血を浴びることで自らを一時的に変質させ、周辺の血を集め吸い上げることで自らの身体を回復する祈祷。
『数え上げる呪い』。その最後のキーワードが、彼女の口から放たれる!
「……『ニーヒル』!」
突き上げられる虚空への聖槍、それに貫かれたように血が各所から噴き上がる。アリウスたちも、ミカですらも例外なく、まず腹部から血が噴き出す。
「『ニーヒル』!!」
2度目の突き上げ、噴き上がる血がさらに勢いを増す。口から零れ出るそれは血、腕中から漏れ出るそれも血だ。
先生たちがそのおぞましさに足を止め、見守る中、敬愛する君主の最大の一手にレイだけが目を輝かせていた。
「『ニーヒィィィィィル』ッ!!!」
最後のひとつきとばかり突き上げられた聖槍に伴い、倒れ伏す多くの者たち。ミカは、身体中から流れる血の多さで朦朧とする意識の中、『存在しなかった黒い翼』を悠然と広げ、天に舞うアミを見た。
「あぁ! 神よ!! 私はあなたにこの翼を授けられたのですね!! 初めてです、初めてです! なのに分かる! これは私の空を舞う翼! あは、あはは! あーっはっはっはっ!!!」
ハイになったアミが、地上を睥睨する。もはや膝をつき、今にもくずおれそうなミカに、笑いかける。
「まだやれるでしょう、まだ立てるでしょう? 神の力をお見せしたい、立ってください……あぁそうだ、血を返してあげればいいのですかねぇ?」
「そこまでです。異教の教祖」
瞬間、踏み入ってくる者たち。シスターの礼装、すなわちそれは紛うことなきトリニティにおける『校教』とでも言うべきか。
その答えは、ミカの口から。
「シスター、フッド」
「その通りです……さて、これはどうすれば良いやら……」
「サクラコさん……この状態に介入するつもりですか?」
アミが問いかけると、サクラコは頷いた。
「今のこの状況は見逃せるものではありません。アリウスを招き危機にトリニティを瀕させた聖園さん……それに対応したとはいえ異教の力で多くの者の命を危うくしたあなたも本来であれば法でなく神の名のもとに罰されるべきとはいえ、ひとまずはトリニティ転覆を防ぐため、シスターフッド、参上いたしました」
アミはそれに対して、であれば、とばかり翼を羽ばたかせ地上に降り、槍をしまって、ミカを立ち上がらせた。
「どうして……こうなったかなぁ……」
「ミカさん。ひとつだけ、言っておきましょうかね……」
ふらつくミカの耳元に、彼女はひとつ囁いた。その言葉は、ミカにとって前提を破壊する言葉……『百合園セイアは生きている』という言葉は、ミカの心をへし折った。
今までの苦労、アリウスとのやりとり、全ては無為に。
「あ……」
疲労と、肉体的ダメージとが重なったミカが両膝を着いて、倒れ行くのを、アミはただ酷薄な笑みを浮かべ見ていた。
アミの背に生えた翼が消えていく。ミカの身体の上にも、黒い羽根が乗り、数多散っていく。
「私はここで失礼します……サクラコさん、先生。あとはお願いします」
「待って、アミ……!」「待ちなさい! 教祖アミ!!」
「いいえ。待ちません。先生、次こそは良い夜を過ごしましょう……では。司祭レイ、行きますよ」
「……はっ!」
その後ろにレイを従え、アミは悠然と去っていったのである。
この日起こったことは、噂として囁かれ、そして消えていった。原型をとある者の手によって意図的に歪められ、新たな形の噂として囁かれたそれは、裏切り者は聖園ミカだったという文脈はそのままに。
『異教の教祖たる朝君アミを排除するという大義名分の元行われた、正義の行いであった』ものとなり、ミカを守る盾となった。
シスターフッドは明確に朝君アミを許さないという対立の姿勢を打ち出すことになる。朝君アミと教団はトリニティの主体宗教と明確にその袂を分かつことになったのである。
確保されたアリウスの生徒たちは増血剤などを用いた救護騎士団の治療への尽力により容態を回復。うち7割までがPTSDを発症し、血などに対する恐怖を訴えた。
先生は酷く懊悩していた……朝君アミを、敵として見るか、味方として見るか。どちらにせよ、アミは全てのトリニティに関わるものたちの頭痛の種として、明確に認識されたのであった。
・トリニティの変化
歌住サクラコらなどの異端信仰を不快に思う層がアミと明確に敵対に至る。そのため、ミカを反アミ派に引きずり込みたい考えのサクラコはミカを守りアミを下げる噂を流布した。
そのためか、ミカへの人格攻撃はほぼない。だが一方で、ミカがトリニティを転覆させようとした際トリニティを防衛したのはシスターフッドではなく血炎教団である、という噂も流れており、真実が錯綜している。アミは言葉を黙して語らず、サクラコは噂を流布しているが故に、歪んだ噂が真実になる日も近いと思われる。
所詮は異端の教え。如何にトリニティを救おうとも、救った先に救いなし。
なんかそろそろ5万UAが見えてきました。皆様のおかげです。ありがとうございます。
感想など積極的にお送りくださるとモチベになります。