アミさんがゲヘナのとある女の子に神と同じくらいありがたく思われるけど神は信仰して貰えない話。
「……今日は、何をしに来たの?」
胡乱げな瞳でこちらを見据える風紀委員長、空崎ヒナににこやかに笑いかける、制服姿の少女……朝君アミ。
「なに、って……給食部に用があるんですよ。そうだ、ヒナさんもいかがですか?」
「仕事も多い。あなたには帰ってもらうのが一番楽なのだけれど……めんどくさい……」
「でも給食部への用が済めばきっとあなたの仕事かなり減りますよ?」
「……監視には、行くわ……ほら、さっさと歩く」
「はいはい、行きましょ行きましょ」
そんなこんなでヒナを引き連れアミは楽しげに歩いていく。道中アミがヒナに雑談を振り、適当にヒナがあしらう。見るものがみれば驚いたであろう組み合わせはしかし誰とも出会うことなく、給食部の部室に辿り着いていた。
「ジュリさーん、居ますー? アミですよ」
「あ、アミさん……! よかったー! そろそろまたお願いしようかと思っていた頃なんですけど、ゲヘナとトリニティの交流がまた厳しくなっていまして……!」
「また来たのね……あなたも物好きね。おかげで助かっているから何も言えないけれど……とりあえず、お礼はいつも通りでいい?」
部長のフウカの言葉に頷きで返し、出てきたジュリにこれまたにこやかに笑うアミ。
頷きを見てフウカが奥に引っ込んでいったかと思ったが、すっと顔を出した。
「今日の定食は生姜焼きよ」
「大好物です」
とても嬉しそうに呟いたアミの顔を見たヒナは、宇宙人を見たような目をしていたという。
「はいこれ」
「ありがとうございますー! おかげさまで……ごくっ、ごくっ」
「いやなにそれ!!?」
どうにか正気を取り戻したヒナは、アミになにをするつもりか問おうとして、アミが渡した飲み物を一気飲みするジュリ、という光景を直視することになった。
血のように赤いそれがジュリの身体に全て飲み込まれると、ジュリは楽しげな顔で用意だけしていたパンケーキを焼き始め……
『完全に普通の美味しいパンケーキを焼き上げた』。
ヒナはその光景に絶句した……ジュリの特異体質とでも呼ぶべき、バケモノの生成……通称『物理的クッキングテロ』(ヒナ命名。他人に漏らしたことは無い)は、様々な対処法を先生が試したがダメだった曰く付きの体質のはずなのだが。
「やりましたぁ!」
「今回も成功ですね。いやぁ……まさかまさかです。毒も使いよう、というわけですか」
「全くですねぇ〜」
アミが用意した飲み物の名は、『カースドブラッドオリジン』。アミ自身が手製で配合したエナジードリンクの一種であるカースドブラッドは、普通なら良くキマる飲み物以上の効能を持たない。
しかし、常人では耐えきれぬというアミ自身の血を用いることにより『オリジン』の名を得たそれは、何らかの特殊な効能が発露しているのか『キヴォトスに生きる人々の神秘を弱める毒薬』となるのである。
普通の生徒であれば多少耐久が落ちる、などの毒薬的効能になるのだが、ジュリの神秘というある意味特級の神秘に、このオリジンはこれでもかとばかりその権能を振るった。
なぜか、ジュリ自身の耐久性をほぼ落とすことなく、ジュリの生き物を生成するという部分だけを削ぎ落としていったのである。
はじめて学区外で買い出しに出た給食部に出会い、布教用に配っていたカースドブラッドを渡したあの日、ジュリに渡す分だけ間違ってオリジンを渡してしまったあの日。
ジュリがオリジンを飲んだあとは普通に料理を作れる、という異常事態に気付いた給食部のふたりは以降アミと定期的に会ってオリジンを都合してもらっているのである。
そして、その対価としてアミが要求したもの。それは信仰ではなく……
「はい、生姜焼きご飯大盛り」
「いただきます……!!」
出来たての定食を一番最初にご飯大盛りで貪る権利であった。
アミはフウカの家庭的な定食を初対面で振る舞われた際、その味の虜となり、以降礼として求めるようになっていたのである。
なお、初めてご馳走になった定食はほっけの塩焼きであったが、ご飯3杯をおかわりし、凄まじいスピードかつ綺麗な三角食べで掻き込むアミは傍から見てもちょっと怖かったらしい。
「うーん美味しい! たまねぎがいいですね、新玉葱ってやつですか?」
「この時期は旬ですからね〜。私が目利きしたものを美味しいって言ってくれて嬉しいです!」
「さすがおふたりです。完璧な目利き、完璧な調理。うん……うん。ご飯貰えます? 大盛り。ありがとうございます……うん。美味しいなぁほんと……」
アミのエデン条約締結のモチベーションは表向き『信徒増加の下地作り』となっている。
が、ついで程度の感覚ではあるものの、『給食部のふたりに気軽に会いに行けるようになるとそれはそれでいいな』という気持ちもアミにはあったのだ。
この宗教狂いなアミの僅かないっぺんと言えども、心を割かせてみせるフウカの料理の美味さが分かろうというものだ。
アミはその後二十分ほどをかけ、2度のご飯のおかわり、さらに一度の肉追加を経て満足するまで食べ続けることになる。
「おかわり……!」
「私も頼んでしまった……頼んじゃったら仕方ない、わよね?」
さすがに目の前でこうも美味そうに食われては理性の塊とも言える空崎ヒナといえど我慢が出来ない。
仕事中であることを一度忘れ、先生に言われた『時には息抜きも大事』という言葉に甘え、フウカの『もし良かったら』という言葉にも甘え、ヒナもまたアミと同じ定食を食した。
感想としては……
「味付けが絶妙でよく動く身体に染み渡る……うん。出前とかやる気はないかしら、フウカ? 風紀委員で毎日取るわ」
ヒナですらも給食部が全力でリソースを料理に捧げたことによって生まれた料理の美味さに感嘆を述べるほどであった。
ヒナは現在二徹、ご飯もまともに食べていなかったのでなお染み渡るものであったろうが、それにしても絶賛の嵐である。
その言葉たちに照れながらもフウカが本営業の準備を終えて数分後、扉を開けて現れた者があった。
「お邪魔しますわ」
「今なら見逃すわ」
「もぐもぐ、はむっ……あ、漬物美味しい」
「……すぅー……お邪魔しましたわ!!」
彼女は扉を開けて、中を確認して、ヒナがこちらを睨みアミが美味そうに飯を食う様を目撃し、そして顔を引き攣らせ、踵を返して扉を閉めた。
もちろん、美食研究会会長、黒舘ハルナであった。
彼女は今日、手に入れた珍味を調理してもらう心積もりであったが、よりによってフウカを連れ去るとほぼ確実に瞬間移動でもしたのかと言わんばかりのスピードで現れる女と風紀委員長のペアに初手で遭遇するとは思わなかったらしい。
マッハで踵を返した彼女は、その貴重な午後の半日を牢で過ごさずに済んだことを感謝しながら可能な限り早い早歩きで給食部の部室から距離を取るのであった。
まあもちろん、そんなことをアミらが知ることはない。
「なんだったのかしら……」
「ろくなことではありませんよきっと……あ、味噌汁と漬物おかわりとかできます?」
「そうね……私もそう思う。あとおかわりはもう既に出てるわ」
フウカは食いっぷりを見て次アミがおかわりをするものを予想するという謎の技を覚え、アミとヒナはまた食うことに没頭し始める。ふたりの食事はヒナが先に腹八分目で終わりを告げ、アミは腹を満たしきってヒナの数分後に食事を終えた。
「そんなに美味しかった? アミ」
「えぇ……トリニティのゲヘナ嫌いにこれ食わせて2秒で掌返させてやろうと思うくらいの味ですが……まあ、真のゲヘナ嫌いってすごいですから無理でしょうか……いや、フウカさんならあるいは……」
真のゲヘナ嫌いはおぞましい。アミは、さすがに自分が美味いと評価した茶葉がゲヘナ産だからと丸ごと叩き捨てるような人には通用しないな、と考えを改めつつ、問題の根深さに頭を抱える。
「なんてこじらせ方してるんですかこのふたつの学園……」
その呟きは混雑し始めた食堂の中に消えていった。
かくして、トリニティに帰ると告げたアミはトリニティゲヘナ間の検問所へと到着していた。もちろんヒナと共にである。
「本当に何事も無かったわね」
「えぇ。まあ今日は血の教祖としてここに来ていません。1人の朝君アミとして来ていますので……布教とかじゃないので……」
「なるほど、つまりあの服を着てきたらダメってことね」
「心を広く持って欲しいものですね、このゲヘナとかいう学園宗教広まらないじゃないですか……」
ヒナはそのぼやきに苦笑した。血の教えとやらが流行ってたまるか、という思いと、宗教が根付く土壌が荒れ果てているのよね……という切なさたっぷりの現状確認が、その苦笑には混ざっていたようだった。
「では改めて今日はありがとうございました、ヒナさん。エデン条約では調印式でもしかしたらお会いするかもしれませんね」
「あなたがトリニティサイドにお行儀よく座ってる調印式なんてまるで悪い夢ね」
「ははっ……割と有り得なくはない、とだけ言っておきますか……」
「……本当に出れるようなら私はトリニティの正気を疑うわ」
全くもって遠慮のないヒナの言葉に、最近トリニティの正気を失わせている自覚があるアミはあはは……と笑うことしか出来なかった。
実際、もし『血炎教団』が正式なグループとして認められるようなことがあるのなら、相当『ヤバい』ことになるだろうなぁ、とアミは認識しているし、ヒナもその認識があるからこう言っているのである。
「まあ……その時はその時でしょうね」
結局アミの本音はこの一言に尽きる。その時はその時だ。どうせ上手いこと何とかなるのだ。実際行き当たりばったりで流したミカを守るための噂はシスターフッドのサクラコがこちらの目論見を見た上で乗ってくれたようでより過激な内容で広まっている。
サクラコ以下、反血炎教団とでも言うべき派閥ができているようだが、これは逆にサクラコが頭を抑えているのだろうなぁ、とも思う。このまま抑えてくれれば楽だが、抑えられずとも『その時はその時』でなんとかなるものだ。
世界というのは存外に面白い。何もかも行き当たりばったりでも、最後には噛み合って、結末の形が見える……などと余計なところに思考が飛び出したところで、検問の番が回ってくる。
「……朝君アミ……? ま、またゲヘナに行っていたのか!? 私が知らないってことは朝からだな?」
「布教とかは全くしてないですよ。なんなら開幕ヒナさんと合流しましたし」
「そ、そうか……それはそれで気になるところだよもう」
検問官のぼやきはスルーされ、検問を無事突破することが確定してからヒナに向かって軽く手を振ってアミは去っていった。
その背を見送って、ヒナはふと思ったのである。
「割と律儀なのね、アミって」
検問からきっちり許可を取って出入りしたりなど、不良的な校則違反行為などが一切見られない、模範生なのだなと気付く。
「……あれで、宗教さえなければ……」
全トリニティ上層部が一度ならず呟いたセリフを、ヒナは今初めて口にする。もちろんそれがトリニティ上層部で幾度もボヤかれる言葉であるとは知らぬままに。
どうやら、エデン条約が締結された後、上層部同士が仲良くするための土壌はこんなところに出来ていたようである。
なお、血の教えが蔓延る土壌はヒナ含めゲヘナ生にはどこにもないようであった。給食部でさえ、『宗教はなし』というスタンスなのだから、諦めた方が懸命であろう……。
「布教の土壌作り頑張るぞ……そのためにエデン条約を……あぁ、あの美味しいご飯食べに行きやすく……じゃない、布教……」
時折漏れ出る食欲。それでも布教を諦めない心に対して、どうか諦めてほしい。アミ、さすがにそれは無理筋だろうから。そうアミをいさめられるはずの狐さんは現在潜伏中だった。
・カースドブラッド
『あなたに最高のひとときをお送りするモーニングロード社のエナジードリンク、カースドブラッド好評発売中!』という触れ込みでキヴォトスではアミのレシピを元に実際に発売されている。
缶には血の教えに関するひと言などが添えられている。気になって検索するとアミの信徒たちが頑張って作った教団のホームページにたどり着く、というわけ。何気にアミの実家の会社の名前がここで初出し……
なお、熱心なフォロワーがミレニアムにいるようで、血の教えに対する造詣が深くなっているとか、いないとか。時折ミレニアムのヴェリタスなる集団の手によって教団ホームページがダウンさせられるのは、彼女のためなのだろうか……?