最強魔法師の壁内生活   作:雅鳳飛恋

53 / 131
第53話

 ◇ ◇ ◇

 

 レイチェルはヴァルタンの本拠地に正面から堂々と踏み入る。

 先程、空間探知(エア・マップ)で探知した情報を頼りに進んで行く。

 

(人の気配が感じられない)

 

 建物内の様子を窺う。

 

(やはり、いるのは一人だけのようね)

 

 空間探知(エア・マップ)で探知して得た情報に誤りはないと確信する。

 戦場での経験が豊富な者には気配や雰囲気である程度感知できる。その点、レイチェルには確かな経験値があった。

 彼女の経験則に照らし合わせると確証はある。だが、絶対ではない。なので、レイチェルは注意深く辺りを警戒しながら歩を進めていく。

 

『――レイチェル様!』

 

 扉が開いている部屋に差し掛かり様子を窺おうとした時、裏口へ回ったアビーから念話(テレパシー)が飛んできた。

 

『どうしましたか?』

『標的と接敵します!』

 

 どうらや建物に唯一残っていた人物は裏口へ回っていたようだ。

 アビーが存在を察知しているのがその証拠である。

 

『逃げの一手ですか。判断が早いですね』

 

 標的が逃走を決断するのはレイチェルが思っていたよりも早かった。

 

『すぐに向かいます。深追いはせずに引き止めておいてください』

『了解です』

 

 アビーには時間稼ぎを命じる。そこで念話(テレパシー)が切れた。

 自分の身の安全を第一にする方針は揺るがない。しつこいようだが、レイチェルは深追いしないようにと再三伝える。

 

(少し肩に力が入りすぎているきらいがあるものね。何度注意してもしすぎということはないわ)

 

 アビーはレイチェルと行動を共にすることで肩に余計な力が入っていた。

 レイチェルにいいところを見せたいのか、尊敬する上級魔法師といることで緊張しているのかはわからないが、絶対に空回りしないという保証はない。

 何度も注意するに越したことはないだろう。

 

(少し急ぎましょうか)

 

 レイチェルは左手の中指に嵌めている汎用型の指輪型MACに魔力を送る。

 そして指輪型のMACが一瞬光ると、魔法が発動した。

 

 行使した魔法は身体強化(フィジカル・ブースト)だ。

 

 身体強化(フィジカル・ブースト)で向上した身体能力を駆使して裏口へと駆け出した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――止まりなさい!」

 

 裏口で待ち構えていたアビーが、姿を現したエックスへ静止を促す声を上げた。いつでも魔法を行使できる態勢で迎え撃つ。二人の間には二十メートルから三十メートルほどの距離がある。

 エックスが逃走する為には、裏口を塞いでいるアビーを排除しなくてはならない。

 

「止まれと言われて素直に立ち止まる者がいるとでも?」

 

 そう言うと、エックスはアビーへ向けて右手を(かざ)す。

 

闇の裁き(ダークネス・ジャッジメント)

 

 エックスの右手首にある腕輪型をMACが一瞬光ると、魔法が発動された。

 

「くっ」

 

 すると、対面にいるアビーが突然苦悶に耐えるような表情に変わった。

 

 ――『闇の裁き(ダークネス・ジャッジメント)』は闇属性の第三位階魔法であり、対象に闇を纏わり付かせている間、身体能力を低下させつつ、精神にダメージを与え続ける妨害魔法だ。

 ダメージは傷などの目に見える形で現れないので、傍目にはダメージのほどは窺えない。

 

 手を(かざ)しているとはいえ、目に見えるように飛んでくるタイプの魔法ではなく、突然自分に闇が纏わり付くので塞ぐのが難しい。

 

 聖属性の第四位階魔法である常態異常解除(リカバー)を行使すれば、闇の裁き(ダークネス・ジャッジメント)を打ち消すことはできる。

 だが、残念ながらアビーは聖属性の適正を有していない。自力で解除するのは不可能だ。

 エックスが魔法を解除するか、行使し続ける魔力が枯渇しない限りは身体能力を低下させられ、ダメージを与え続けられることになる。

 

風の息吹(ウインド・ブレス)!」

 

 アビーもただやられているだけではない。

 裏口に近づけさせない為に魔法を放つ。右手の中指に嵌めている指輪型のMACが一瞬光輝いた。

 

 指輪型MACを起点に風が発生すると、エックス目掛けて勢いよく向かっていく。

 

鉄壁(アイアン・ウォール)

 

 エックスは魔法を行使して自身の眼前に鉄の壁を出現させた。

 

 鉄壁(アイアン・ウォール)風の息吹(ウインド・ブレス)が直撃すると、鉄の壁を幾重にも切り裂く。

 

 ――『風の息吹(ウインド・ブレス)』は風属性の第三位階魔法であり、裂傷能力を持った風を飛ばして対象を吹き飛ばす攻撃魔法だ。

 

 対して――『鉄壁(アイアン・ウォール)』は鉄属性の第二位階魔法で、任意の場所に鉄の壁を生成する防御魔法である。

 

 風の息吹(ウインド・ブレス)が鉄の壁を切り裂き風圧で倒壊させるが、壁の陰には既にエックスの姿はなかった。

 

雷道(エレクトロ・ロード)

 

 鉄の壁から横に逸れて射線を確保したエックスが魔法を放つ。

 エックスの右手を起点に稲光が発生し、アビー目掛けて一直線に雷光が飛んでいく。

 

氷壁(アイス・ウォール)!」

 

 雷撃から身を守るように自身の眼前に氷の壁を生成したアビーの判断は迅速だった。

 

 ――『雷道(エレクトロ・ロード)』は雷属性の第四位階魔法であり、対象を自動追尾する雷撃を放つ攻撃魔法だ。

 

 避けても追尾してくるので回避は意味を為さない。

 実体に衝突するか、迎え撃つかしない限りは防ぐことが不可能な魔法だ。

 

 そして雷道(エレクトロ・ロード)は氷の壁に直撃したが、雷撃の威力が勝り壁を貫通してしまう。

 アビーは油断していたわけではないが、魔法に込めた魔力量が甘かったようだ。雷道(エレクトロ・ロード)の威力に耐えられずに貫通を許してしまった。

 

「――くっ」

 

 貫通した雷撃をアビーは瞬時に右側にステップを踏んで回避し直撃は免れたが、左腕を焼かれてしまう。

 アビーは焼かれた左腕に一瞬視線を向ける。

 

(……駄目ね。もう左腕は使い物にならないわ)

 

 彼女の左腕は既に感覚がなかった。全く力が入らず動かすことすらできない。

 その事実を瞬時に受け入れたアビーはエックスに視線を戻す。

 

 すると眼前には煙が発生しており、辺りを埋め尽くすように広がっていく。

 

(煙……? まずい!)

 

 エックスがいた場所を起点に周囲へ広がっていく煙を見たアビーは焦りを浮かべる。

 

煙幕(スモーク・スクリーン)っ!)

 

 アビーはエックスが行使した魔法を一瞬で判断し内心で舌打ちする。

 彼女の判断は正しかった。

 

 エックスは雷道(エレクトロ・ロード)を放った後に間髪入れず別の魔法を行使していた。

 

 その魔法が無属性の第三位階魔法――『煙幕(スモーク・スクリーン)』であり、煙幕を発生させる妨害魔法だ。

 

 アビーは煙が辺りを包み視覚を確保できない状況の中で、エックスを逃がすまいと裏口を背にして陣取り、神経を研ぎ澄まして周囲を窺う。

 

(どこから来る? 次は何をしてくる?)

 

 思考を止めずにエックスの行動を予測する。

 

(――!?)

 

 すると、突如アビーの身体が重力を無視したかの如く側面の壁に吸い寄せられていく。

 

(これは……)

 

 そのまま吸い寄せられると、壁に(はりつけ)にされてしまった。

 

(……しまった!!)

 

 自分の置かれている現状を理解したアビーは一層焦りを深める。

 エックスが行使した魔法が何かを把握した彼女は、懸命に身動ぎするがビクともしない。

 

 そして煙が辺りを包む中、アビーの目には予測していた通りの光景が広がっていた。

 

(……ここまでね)

 

 その光景を目の当たりにしたアビーは諦念(ていねん)に至り抵抗を諦めてしまう。

 

(レイチェル様、申し訳ありません)

 

 アビーは脳内にレイチェルの姿を思い浮かべると、力になれなかったことを謝罪する。

 

(隊長もすみません。みんなもごめんね)

 

 次にアウグスティンソン隊の隊長であるマイルズと、隊員たちの姿を思い浮かべた。

 アウグスティンソン隊の代表として上級魔法師であるレイチェルの力になれなかったことと、先に逝くことを詫びる。

 

(ビルもごめんなさい。先に()()()で待っているわ)

 

 最後に相棒のビルの姿を思い浮かべて謝罪すると、瞳を閉じた。

 

 そして、壁に(はりつけ)にされている背面を除いた全方位からアビーに向かって雷撃が降り注ぐ。

 

 その時――

 

風裂断(ウインド・デス・ティアリング)

 

 呟くように発せられた言葉と共に、アビーの眼前で衝撃が起こった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。