君の痴態が忘れられないんだ。   作:雅鳳飛恋

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第16話 胃袋

 紫苑がシャワーを浴びている間に実親は夕食の支度をしていた。

 アイランドキッチンに併設されているカウンターテーブルには作り置きしておいたポテトサラダが置かれている。

 そして今は完成した生姜焼きを二人分に分けて器に移していた。フライパンから器に移し終えると、カウンターに置く。

 

 すると浴室の方から微かにドライヤーの音が聞こえて来た。

 

 そろそろ紫苑が脱衣所から出て来るとわかったので、炊飯器から白米を茶碗によそい、小鍋から味噌汁を汁椀によそう。

 それぞれカウンターテーブルに置くと夕食の準備は完了だ。

 

 ついでに先程各々が使ったグラスをテーブルに並べ、冷蔵庫からはお茶を取り出していつでも飲めるようにしておく。

 

 ドライヤーの音が止んだ。

 丁度良いタイミングだ。料理を冷めないうちに味わうことが出来る。

 

 脱衣所の扉が開く。

 

「暑いー」

 

 ワイシャツ一枚着ただけの紫苑が脱衣所から出て来た。

 

 シャワーを浴びたばかりの上にドライヤーの熱風を浴びていたので体温が高くなっている。その上、浴室の換気扇を回していても脱衣所には熱気が籠るので暑くて当然だ。

 脱衣所から出るとエアコンの冷気が身体を冷やしてくれて清々しさを感じる。

 

 シャワーを浴びた後の火照った身体と太股から先を露出した姿が非常に色っぽい。

 胸元をはだけさせているので彼女の豊満な胸の谷間がはっきりと見える。胸がワイシャツを押し上げピンと張り、胸元にある二つの突起が浮かんでいて目が離せない。

 彼女の全てが実親の性欲を刺激して来るので厄介極まりなかった。

 

「良い匂いする」

 

 二階一帯には生姜焼きの匂いが充満していた。

 食欲をそそる匂いに嗅覚が敏感に反応している。

 

「飯出来てるぞ」

 

 カウンターチェアに腰掛けている実親が視線で料理を指し示す。

 

「生姜焼きだー」

 

 カウンターテーブルまで移動した紫苑は並べられている料理を見て喜色を浮かべる。

 カウンターチェアに腰を下ろし、お茶をグラスに注いで一気に飲み干す。

 グラスをテーブルに置くと無意識に呟いてしまう。

 

「私生姜焼きもポテサラも好きだから最高なんだけど」

「それは良かったな」

 

 偶然にも紫苑の好物が食卓に並んでいた。そのお陰かご満悦のようだ。

 思わず呟いてしまうのも理解出来る。

 

「食べよ食べよ」

「そうだな」

 

 紫苑はあくまで客人の自分が勝手に食事を始める訳にはいかないと遠慮していたが、待ち切れずに実親を促す。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 紫苑は実親が口にした言葉を復唱して料理を食す。

 まずは汁椀を手にし、味噌汁を啜る。

 

「はぁー、身体に染み渡る」

 

 味噌汁を啜った紫苑は吐息を吐く。

 一日の疲れが吹き飛ぶような錯覚を与えてくれる。

 

 味噌汁には長葱(ながねぎ)、豆腐、若布(わかめ)、なめ茸が入っていた。

 

 次は生姜焼きに箸を向ける。

 肉を一枚取り、口に運ぶ。

 

「うまっ」

 

 咀嚼する度に味が口内に広がって行く。

 

「完璧な味付けじゃん」

 

 どうやら紫苑の味覚に刺さったようだ。

 白米との相性も抜群で箸が止まらない。生姜は食欲を増進する効果があるので尚更だ。

 

「ポテサラも美味しいし、手が止まらないんだけど……」

 

 ポテトサラダには酢が入っているのでさっぱりしている。そのお陰で口直しになり、脂身のある生姜焼きも重たくならない。

 

 食事を楽しんでいた紫苑は突然箸を置くと神妙な面持ちになり、徐に口を開く。

 

「黛……私と結婚しない? 胃袋を鷲摑みにされてしまったから責任取って」

「寝言は寝て言え」

「ひどーい」

 

 辛辣な言葉が返って来て紫苑は唇を尖らせた。

 

「割と本気だったのにー」

 

 テーブルに肘を乗せて頬杖をつき、上目遣い気味に実親を見詰める。

 故意に上目遣いしている訳ではなく、二人の間には身長差があるので必然的に上目遣いになっていた。

 

「本気ならお前が俺の胃袋を奪うことだな」

 

 実親も男なので胃袋を掴む側よりは掴まれる側の方が嬉しい。それが男心というものだろう。

 

「なら次来た時は私が作るよ」

「また来る気なのか……」

 

 また泊りに来る気満々な紫苑に実親は溜息を吐く。

 当の紫苑からは料理を振舞うのを楽しみにしているのが犇々(ひしひし)と伝わって来る。

 

「駄目?」

 

 紫苑は手に顎を乗せたまま器用に首を傾げる。

 

「行く当てがないなら構わないが」

「良かった」

 

 実親も鬼ではない。困っている同級生に手を差し伸べたりはする。

 しかも既に関わりを持ってしまっている相手だ。見て見ぬ振りは出来ない。

 

 食事を再開する紫苑は拒絶されないとわかり、心なしか安心しているかのように見受けられた。

 

「それよりも泊めてもらう為とはいえ、俺に家庭の事情を話しても良かったのか?」

 

 話の流れ的に丁度良いと思い、実親はずっと気になっていたことを尋ねた。

 

 確かに殆ど交流のない同級生に家庭環境について話すのは気が引けるだろう。

 話すとしたら信用出来る友人や教師などが思い浮かぶ。

 

「別に良いよ」

 

 だが当の本人はあっけらかんとしていた。

 本当に全く気にしていないようだ。

 

「なんか黛になら別に話しても良いかなーって思ったんだよね」

 

 実親に話すことに躊躇いはなかった。

 昼休みの時に実親の姿を見掛けた際は悩む間もなく自然と話していた程だ。

 

「まあ、黛には一番恥ずかしいところを見られているし、あまり気にならなかったのかも?」

 

 口に含んだポテトサラダを咀嚼しながら考えていた。

 そして首を傾げながら導いた結論を口にする。

 

「それはそうだな……」

 

 一番恥ずかしいところというのは部室で自慰に耽っていた件だ。

 ただ自慰に耽っている姿を見られただけではなく、胸や秘部まではっきりと目撃されている。

 確かに例の件以上に恥ずかしいと感じる場面はないかもしれない。

 一番恥ずかしいところを目撃されてしまったから家庭の事情についても気にせず話せたのだろう。

 

 思い出したように実親の脳内では紫苑の痴態が再生されていた。

 脳内に焼き付いた情景は中々忘れられない。

 

 紫苑に目を向け、彼女の今の姿を確認する。

 上気した肌、吐息を含んだ声、露出を多い格好、しなやかな仕草、どこに目を向けても非常に色っぽい。

 脳内で再生されている痴態との挟撃により、不本意ながら実親の下半身には熱が籠っていく。

 節操がない自分の下半身に呆れて溜息を吐きたくなった。

 

「そもそも何故学校であんなことをしていたんだ?」

 

 学校で自慰に耽っていた理由を尋ねることで気を紛らわせる。

 確かに学校ですることではないだろう。疑問に思うのは当然だ。

 

「んー。ストレス解消……?」

「何故疑問形なんだ……?」

「まあ……魔が差したってやつだよ」

 

 紫苑は顎に手を当てて考え込むと、苦笑しながら応えた。

 

 母の所為で日頃からストレスが溜まっており、学校で自慰に耽ることで快楽と背徳感を得てストレスを発散していたそうだ。

 

「別にいつもやってる訳じゃないよ?」

「そうか」

 

 勘違いされないように補足はしておく。

 決して日頃から自慰を行っている訳ではない。

 あの日は偶々(たまたま)色々なことが重なって悶々とした気持ちが心身を蝕んでいた。

 なので本当に魔が差しただけである。

 

「だから黛ならもう恥ずかしいのとかあんまり気にならないかな。今もノーメイクだし」

 

 紫苑はシャワーを浴びた後はノーメイクで過ごしていた。

 元々化粧は濃くないが、それでもいつも確りと化粧をしている。だが今はノーメイクのままだ。

 一番恥ずかしいところを見られている以上、化粧していない素顔を晒しても問題ないと割り切っていた。

 

「充分綺麗だと思うぞ」

「ふふ、ありがと」

 

 実親は本音を口にした。

 実際に化粧していない紫苑は誰が見ても綺麗だと思うだろう。

 流石学園の美少女の一人に数えられているだけのことはある。

 

「それに黛といるとなんか安心するんだよね」

「そうなのか?」

「うん。黛は余裕があって落ち着いているからかな?」

 

 紫苑は安心出来るからこそ家庭の事情について話せた面もあると思った。

 

 実親は性欲を刺激されている現状に、「今は余裕ないけどな」と内心で呟く。

 だが、それでも安心すると言われるのは男として嬉しく思う。

 自分といて女性が安心出来ると言うのは男冥利に尽きるからだ。

 

 普段学校で見掛ける紫苑は表情の変化が乏しく、どこかミステリアスな印象がある。

 それが今は表情が豊かになっている。決してわかり易く変化がある訳ではないが、普段の無表情具合に比べたら幾分か豊かだ。

 実親と一緒にいることで安心出来、心に余裕が生まれたからこそ感情が顔に表れるようになったのだろう。

 

 実親はせめて自分といる時くらいは紫苑が穏やかに過ごせるようにしてやろうと思った。

 

「まあ、お前が気にしてないならそれで良い」

「うん。気にしてくれてありがと」

 

 本人が気にしていないなら問題ない。

 実親が気にすると逆に紫苑が引け目を感じてしまうだろう。

 故に、この話は切り上げることにした。

 

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