君の痴態が忘れられないんだ。   作:雅鳳飛恋

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第55話 決勝

 十五時を過ぎて気温が少しずつ下がっていき、風が吹けば過ごし易い環境の中、女子高跳びの決勝が行われていた。

 スタンドで見守る観客の声援を背に、フィールドで戦う選手達は一つでも上の順位を目指して競い合っている。

 

 日中よりは気温が下がったとはいえ、集中している選手らは汗を掻く。

 自分が跳ぶ番を待っている間にタオルで汗を拭き、スポーツドリンクで水分補給をし、ストレッチをして身体を解す。そしてバーを跳び越える自分の姿を思い描く。

 選手それぞれのルーティンを行い、万全の準備を整えている。

 

 例に漏れず伊吹もストレッチをしており、その姿をスタンドから見守っている実親と紫苑は自分のことのように緊張していた。

 決勝だけあり予選とはレベルが違い、実力の高さが素人目にもわかってしまうのだ。

 

「伊吹凄いね。今のところ一回もミスしてないよ」

 

 バーを落とす者もいる中、伊吹は未だ一度も失敗することなくバーを跳び越えていた。

 感嘆の声を漏らす紫苑の反応が凄さを物語っている。

 

「既に脱落してる人もいるのに」

 

 現在のバーの高さは一メートル七十一センチだ。

 決勝に進んでいたのは十三人。その中の二人は既に脱落していた。伊吹以外に残っていた唯一の一年生も含まれている。なので残っている一年生は伊吹だけになってしまった。

 

「椎葉は日本一の一年生ということだな」

「だね!」

 

 実親の言う通り今の時点でも大健闘だ。

 少なくとも同学年では一番なのだから。

 

「でも、後はどれだけ上級生達に食らい付いていけるかだね」

「そうだな」

 

 残っている実力者の二、三年生ともなると、インターハイ決勝の舞台を過去に経験している者も多い。

 経験している人は決勝の雰囲気に慣れており、自分のリズムを崩すことなく臨むことが出来る。

 逆に経験のない者は雰囲気に飲まれ易い。一度飲まれてしまうと平静を取り戻すのは至難の業だ。自分の本来の力を発揮することなく、気が付いたら大会が終わっていた、なんてこともある。

 それだけ経験の差は大きいのだ。中には経験の差など関係ないとばかりにとんでもない結果を残す天才もいるが。

 

「あ! また一人脱落した……」

 

 紫苑の視線の先には黒髪をシニヨンにしている選手がいた。

 どうやら尻がバーに接触して落ちてしまったようだ。

 

 高跳びは各高さ毎に認められている試技数は三回だ。

 三回失敗してしまうと、その時点で記録がストップし、次の高さには進めない。

 つまり、先程の選手は一メートル七十一センチの高さを三回失敗してしまったのだ。

 悔しそうに歯を食いしばりながら結んでいた髪を解いている。

 

 これで一メートル七十一センチの試技は全員終了した。

 この時点で三人脱落しているので、伊吹のライバルとなるのは残りの九人だ。

 

 その後、バーの高さを上げると次々と選手が跳んでいく。

 高さが上がる度に脱落者が増えていくので観客は一喜一憂していた。

 

 同じ学校の部員は仲間が失敗すると心配し、成功すると歓声を上げる。

 保護者や友人は成功すると自分のことのように誇らしい気持ちになり、失敗すると励ましの言葉を呟く。

 大きな声で投げ掛けないのは、試技する人の集中力を乱さないようにする観戦のマナーだ。

 

「凄い……! 伊吹まだ一回もミスしないよ!」

 

 既にバーの高さは一メートル七十五センチになっており、残っているのは四人だけだった。

 四人中二人は数回失敗しているが、伊吹ともう一人の三年生だけ一度も失敗することなくバーを跳び越えている。

 

「二人だけ実力が抜きん出ているのかもな」

 

 素人目にもわかる。

 数回失敗している二人は一生懸命さが伝わってくる程いっぱいいっぱいだった。

 対して伊吹ともう一人の三年生は余裕がある。無理している感じが全く伝わってこない。

 それだけ二人の実力が突出しているのだろう。 

 紫苑と実親が目を見張るのは無理もない。

 

 同じような反応をしている者が多いのか、場内も俄かに騒然としていた。

 観客の中には、「あの一年生は何者!?」という驚きの声を漏ら者や、中学時代の伊吹のことを知っているのか「流石椎葉だな」、と呟いて納得している他校の部員などがいる。

 

「ああ! また一人脱落した!」

 

 紫苑が悲鳴にも似た声を上げる。

 

 結局一人は一メートル七十五センチを跳び越えることが出来なかった。

 足がバーに接触してしまったのだ。

 

 跳んだ選手がマットに仰向けになって頭を抱えており、悔しがっている彼女の気持ちがスタンドまで伝わって来る。

 その気持ちが観客に伝染したのか、悔し気に拳を握り締めている者や、涙を流している者などが散見していた。

 

「一応これで三位以内は確定したな」

「あー、確かにそうだね……」

 

 伊吹が三位以内に入ることが確定したのは嬉しいが、予選からずっと見てきた紫苑は脱落した選手にも感情移入してしまい、素直に喜ぶことが出来ずに歯切れ悪い返答をしてしまう。

 

「やっぱり一生懸命頑張ってる人を見ると応援したくなっちゃうよね。みんな伊吹のライバルなのに」

「そうだな」

 

 本当は他の人は二の次で、伊吹の応援に集中したい。

 だが、どうしても頑張っている人を目にすると感情が引き摺られてしまい、応援せずにはいられなくなる。

 

「誰でも分け隔てなく応援出来る美しい気持ちを持っているってことだから気にすることはないだろ。ひねくれている奴よりは何倍も良い」

「性格美人の巨乳美少女メイドとか最強じゃん私」

「……」

 

 得意気に胸を張る紫苑の切り替えの早さに、実親は肩を竦めるだけでツッコミを入れることはなかった。

 

「ツッコんでくれないと私が自己肯定感増し増しの痛い人みたいになるじゃん!」

 

 紫苑は実親の左腕にしがみついて苦言を呈する。

 

「ボケ殺しが過ぎるよー」

「ボケと言っておきながら半分くらいは本気で言っていただろ?」

「……何故バレた」

「普段の自分の行いを思い出せ」

 

 呆れて冷めた目を向ける実親に対し、紫苑は「その視線癖になる……!」と言いながら身悶えていた。

 

「次始まるから戻って来い」

 

 妄想の世界に入って悦に浸っている紫苑の肩を揺すって現実世界に引き戻す。

 

 フィールドではバーの高さを上げ終えて、残りの三人が競い合おうとしているところだった。

 

「頑張れ伊吹……!」

 

 現世に舞い戻った紫苑は祈るように両手を握り合わせる。

 

 バーの高さは一メートル七十六センチ。

 多くの観客が固唾を飲んで見守る中、女子高跳びの高校生チャンピオンを決める争いが繰り広げられようとしていた。

 

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