君の痴態が忘れられないんだ。   作:雅鳳飛恋

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第63話 誤解

 結局梅木は一メートル八十七センチのバーを跳び越えることが出来ず、自分の直感が正しかったことを証明することになってしまった。

 

「おつかれ、梅ちゃん」

 

 今帰仁がタオルとスポーツドリンクを手渡しながら出迎えると、梅木は可愛い妹分を安心させるような温かみのある笑みを向ける。

 

「自己記録を四センチも伸ばせたのだから上出来よね」

「そうだよ」

 

 町野に勝つことが出来なかったのは勿論悔しい。

 それでも梅木の胸中は満足感の方が上回っており、清々しい気持ちになっていた。

 

「後は二人を見守りましょう」

「うん」

 

 タオルで汗を(ぬぐ)った梅木は地面に腰を下ろし、町野と伊吹へ視線を向ける。

 

「ブッキーは跳べるかな……?」

「跳んだ時の高さは問題ないからミスさえしなければ大丈夫じゃないかしら」

 

 今帰仁は梅木の隣に腰を下ろし、ピッタリとくっついて寄り掛かる。

 

「そんなことしなくても私はいなくなったりしないわよ」

「私がこうしたいの」

「そう……甘えん坊ね」

 

 大好きな梅ちゃんがまた高跳びを辞めようとしてしまうのではないか、という不安が今帰仁の中から消えた訳ではない。

 だからなのか、自分の腕を梅木の腕に絡めて逃げられないようにしている。

 

 その行為の意図を察した梅木は安心させようとして苦笑しながら声を掛けたが、今帰仁は首を左右に振ると、よりくっついて腕をホールドした。

 

 今帰仁なりに元気付けようとしてくれているのだと思った梅木はされるがままになり、慈愛の籠った微笑みを向ける。こんなことで可愛い妹分が安心してくれるのなら安いものだと思いながら。

 

 梅木も今帰仁が温もりをくれているお陰で心の平穏を保つことが出来ていたので、胸中で「ありがとう」と呟いて頭を傾ける。

 二人の頭が体重を預け合うように重なると、梅木を労うように穏やかな風が吹いて運動後の火照った身体を包み込むのであった。

 

◇ ◇ ◇

 

 伊吹が一メートル八十七センチのバーを見事跳び越えてみせた後、残った二人は競い合うように記録を伸ばしていった。

 

 そして現在は一メートル九十センチまで到達している。

 既に町野も自己記録を更新しており、二人揃って高校記録に挑戦する権利を獲得していた。

 

 高校記録は更新不可能と言われていた程の記録だ。

 町野という天才が現れたことで記録を塗り替える日が訪れるのではないかと囁かれることはあった。実際に期待している人も数多く存在する。

 しかし、まさか今日この日に二人も高校記録に挑戦することになるとは誰も思っていなかった。

 

 しかも一人はまだ高校一年生だ。

 ついこの間まで中学生だった少女が、絶対王者の町野と並び立っている。

 その事実に会場の雰囲気は興奮冷めやらぬものとなっていた。

 

 流石の町野でも一回目の試技は跳躍の高さが足りずに失敗に終わってしまう。

 残念ながら続く伊吹も尻がバーに接触してしまい跳び越えることは叶わなかった。

 

 相変わらず町野は無表情を貫いているが、伊吹は首を傾げながらイメージの補完をしている。

 

「マチ、跳べそう?」

 

 目の前を通り掛かった町野に梅木が声を掛けた。

 梅木は地面に座っているので、立っている町野を見上げている。

 

「うん」

 

 足を止めた町野は逡巡することなく頷く。

 

「そう……余計な心配だったわね」

「別に余計ではないよ」

 

 要らぬ心配だったことに梅木は肩を竦めるが、町野は無表情のまま小さく首を左右に振った。

 

「な、何……?」

 

 腕を組んでピッタリとくっついてる梅木と今帰仁の姿を町野はじーっと眺めていた。

 突き刺さる視線に気が付いた梅木は若干たじろぎながら意図を問う。

 

 すると町野は何も言わずに梅木の前で片膝を着き、流麗な仕草で右手を伸ばした。

 そして右手を梅木の頬に添えると、ゆったりとした口調で告げる。

 

「ウメが見ている前で私がバーを跳び越えられないことはないよ」

 

 頬から手を離した後、梅木の髪を慈しむように撫でる。

 

「ウメの前では常にかっこいいマチだからね」

「な、何言ってんの……!」

 

 町野はマニッシュショートヘアの高身長モデル体型であり、切れ長の目と高い鼻を備えている中性的な容姿のイケメン女子だ。

 宝塚の男役が似合うような外見と言えばわかり易いだろうか。

 

 そんな彼女に至近距離で見つめられながら甘い言葉を囁かれると、王子様に口説かれるお姫様の気分を味わっているかのような感覚になってしまい、町野に慣れている梅木でも流石に照れてしまう。

 

「うん。今日もウメは可愛いね」

 

 頬を赤らめて視線を逸らす梅木の姿に町野が微笑む。

 

「むーっ! 梅ちゃんは私の梅ちゃんだよっ!!」

 

 二人がイチャつく姿を間近で見せつけられる羽目になった今帰仁が頬をぷっくりと膨らませて不満そうにしていた。

 そして、誰にも渡さないよ! と主張するかのように梅木のことを両腕で抱き締めて威嚇するように鋭い視線を向ける。

 

「マッチは間女だよ!」

「ふふ。なっちゃんは今日も元気で可愛いね」

 

 邪険にされても全く意に介さない町野は微笑まし気に今帰仁の頭を撫でる。

 

「えへへ」

「なんで誤魔化されているのよ……」

 

 簡単に手玉に取られてしまう単純な今帰仁に梅木が溜息を吐く。

 

「兎に角、ウメは安心して見ててよ」

「そうさせてもらうわ」

「ウメが見守ってくれていたら私はどこまでだって跳べるからね」

「それは大袈裟よ。人間なんだから」

「そういう気概ってことだよ」

 

 口元に手を当ててクスッと笑みを零す梅木と、そんな彼女のことを愛おしそうに見つめる町野。

 

「それじゃ行ってくるね」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 去り際に梅木の頬を慈しむように撫でた町野は、二回目の試技を行いにいった。

 

「モテモテですね……」

 

 三人のやり取りを横目で見ていた伊吹が呟く。

 

「二股ですか……?」

「ちょっ……!? 人聞きの悪いことを言わないでよ!!」

 

 まるで梅木が今帰仁と町野に二股を掛けていて、その二人が想い人を取り合っているかのような光景だった。

 故に伊吹は思わず詰問してしまったのだ。

 

「この子は兎も角、マチは普段あんなことしないのよ!!」

「そうなんですね……」

「その目は信じていないわよね!?」

「そんなことありませんよ」

 

 伊吹の抑揚のない相槌に、梅木が「誤解よ!」と目線で訴え掛ける。

 

「普段のマチはポンコツなの! 競技中だけ人が変わったようにスイッチが入るのよ!!」

 

 必死に弁明するが、普段の町野のことを知らない伊吹には全く通じなかった。

 

「あんたも何か言いなさいよ!」

 

 困った梅木は今帰仁に助けを求める。

 

「ほえ?」

 

 しかし間女がいなくなったことに嬉々とし、チャンスとばかりに梅木に抱き着いて幸せそうにしていた今帰仁は状況を把握しておらず、間抜け面を晒してしまう。

 

「駄目だこの子……」

 

 深々と溜息を吐いた梅木は力なく肩を落とす。

 

 結局誤解を解くことが出来なかった梅木は、「百合の上に二股」という本人にとっては大変不名誉な印象を伊吹に植え付けることになってしまった。

 

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