君の痴態が忘れられないんだ。   作:雅鳳飛恋

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第67話 告白

 普段は気軽に食べることの出来ない焼肉を堪能した女性陣は、食後のデザートに舌鼓を打っていた。

 冷たくて甘いアイスクリームが口内に染み渡り、自然と頬が緩んでいく。

 

 幸せそうに味わっている姿を眺めていた実親の視線に気付いたのか、伊吹が最後の一口をスプーンで掬って口に運んだ後に目線を上げる。

 

「黛君」

「なんだ?」

 

 見つめながら名を呼ぶ伊吹に、実親は見つめ返しながら続きを促す。

 

「黛君に伝えておきたいことがあって」

 

 はにかむ伊吹の姿に、隣にいる紫苑が不思議そうに首を傾げる。

 

「突然なんだけど……私、黛君のことが好き」

 

 まさかの告白に、隣のテーブル席にいる梅木達が吃驚して口に含んだアイスクリームを吹き出してしまいそうになっている。

 梅木ははしたなくならないようにナプキンで口元を抑え、町野は強引に飲み込んで(むせ)てしまい、今帰仁は思いっきり吹き出してしまう。

 

 そして首を傾げていた紫苑は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んで見守るような眼差しを向けた。

 

「それは光栄だな」

「そう思ってもらえるなら嬉しい」

 

 実親の返答に、伊吹は気恥ずかしそうに前髪を弄る。

 

「そりゃ椎葉のような魅力的な女性に好意を寄せてもらえるのは男冥利に尽きるからな」

 

 実親が平然と甘い言葉を口にするので、耐性のない梅木達は自分のことのように恥ずかしくなり悶えそうになる。

 彼がどういった性格の持ち主なのか知らないので無理もない。知っていれば耐性がついていたり、身構えることなり出来たのだが。

 

「でも、今は高跳びに集中したいから返事はしないでくれると助かるかな」

「椎葉がそれで良いなら俺は構わないが……」

 

 結果がどうであろうと、高跳びに集中したい今は恋愛にかまけている暇はなかった。

 仮にイエスでも、恋に現を抜かして高跳びを疎かにしてしまうかもしれない。逆にノーならショックで立ち直れないかもしれない。

 どちらに転んでも経験のない伊吹には自分がどうなるのか見当もつかないことだった。

 

「黛君のことが好きなのを知っておいてほしかっただけなの」

 

 好きと伝えることで相手は意識してくれるようになるかもしれない。

 大多数の男は単純なので勝手に意識し出すものだ。

 勿論伊吹にはそんな思惑は一切なく、純粋に気持ちを知っておいてほしかっただけなのだが、無自覚に駆け引きをしていた。

 

「それだけで私はこれからも頑張れると思うから」

 

 実親のことを想うと力が湧いてくるし、応援してくれているだけでも気合が入る。

 これから辛いことがあっても、恥ずかしくない選手になろうと思えて挫けずに前を向ける。夢中になってもらえる存在であり続ける為にも努力を欠かせない。

 それが高跳び選手としても女性としても成長する源になると伊吹は思っていた。

 

「そうか。だが、これだけは言わせてくれ」

 

 頷いた実親は頬を緩めると、続きの台詞を紡ぐ。

 

「好きになってくれてありがとう。椎葉に好意を寄せてもらえる俺は間違いなく幸せ者だ」

「黛君のことを好きになれた私も幸せ者だよ」

「椎葉の好意に恥じない男でいられるように努めないとな」

「それは私の台詞だと思う」

 

 笑みを浮かべながら見つめ合う二人を起点に、焼肉とは正反対の甘い雰囲気が場に漂う中、告白の邪魔をしないように黙って見守っていた紫苑が口を開く。

 

「頑張ったね伊吹」

「久世さんが隣にいてくれたお陰だよ」

 

 微笑みを向ける紫苑に、伊吹はほっと一息吐いてから答えた。

 平静を装っていたが、やはり緊張していたのだろう。彼女にとっては何もかもが初めての経験なので無理もない。ちゃんと想いを告げることが出来ただけでも立派である。

 

「ぶ、ブッキーが大人だ……!」

 

 呼吸をするのも忘れてしまうほど見入っていた今帰仁が慄きながら呟く。

 

「すみません。この場で言うのはどうかと思ったのですが、今が良いタイミングだったので……」

「気にすることないわよ。確かにちょっと驚きはしたけれど」

 

 みんなで楽しく食事している場で、個人的な告白をしたことに引け目を感じた伊吹は頭を下げる。

 しかし、すぐに梅木が温かみのある笑みを向けてくれた。

 

「それに中々言えることではないもの。椎葉さんのことを尊敬するわ」

「ありがとうございます」

 

 誰だって想いを告げるのは大なり小なり勇気が必要だ。

 うじうじしていつまで経っても告白出来ない人は世の中にたくさんいる。

 その点、自分の気持ちを面と向かって正直に伝えた伊吹のことは尊敬こそすれ、非難する要因など微塵もなかった。

 

「私は言えるよ! 梅ちゃんのことが好きだって!」

「私も言える。ウメのこと好きだから」

 

 伊吹に触発されたのか、梅木の腕に自分の腕を絡める今帰仁と、身を乗り出す町野が立て続けに想いを告げる。

 

「黛と同じで梅木さんも両手に花ですね」

「両手に花というよりは、両手に百合の花って感じだな」

「言い得て妙だね」

「ははは」

 

 紫苑の揶揄いに乗っかった実親は尊い光景に感謝して胸中で拝む。

 そんな二人の様子に伊吹が乾いた笑いを漏らす。

 

「他人事だと思って……!」

 

 二人に迫られている梅木は恨めしげな視線を実親達に向ける。

 

「どうかお二人を幸せにしてあげて下さい」

「ええ……そんなこと言われても……」

 

 紫苑の言葉に梅木の視線が遠退いていく。

 

「私も二人のことは好きだけれど……多分、私の好きとは意味合いが違うでしょうし……」

 

 梅木は今帰仁のことも町野のことも好きだ。

 しかし、それは友人としての好きであり、恋愛的な意味ではない。

 LOVEではなくLIKEなのだ。

 

「私は友達としても恋愛的な意味でも好きだよ!」

「私も」

 

 今帰仁と町野は梅木のことを逃がす気はないようで、より一層迫っていく。

 

 その様子に「おお!」と瞳を輝かせる紫苑と、興味津々に趨勢を見守る伊吹。

 唯一の男である実親は、ただただ尊い光景に創作意欲を搔き立てられていた。

 

「わ、わかったから少し考えさせて……! 真剣に考えるから!」

 

 二人の気迫に気圧された梅木は問題を先送りにするだけで精一杯だった。

 

 二人の好意は嬉しいし、気持ちに応えたいという想いもある。

 しかし相手は同性だ。そんな簡単に決められることではない。

 それにどちらかの想いに応えると、二股になってしまうのでもう片方の想いに応えることは出来なくなる。

 だからといって二人の想いに応えないのも気が引けてしまう。

 二人のことが好きだからこそ気持ちを無下にはしたくなかった。

 

「梅ちゃんを困らせるつもりはないから今はそれで良いよ」

「焦りは禁物」

 

 どうにか二人が納得してくれたので、梅木はほっと胸を撫で下ろす。

 

 そして逃げるように手を打ち鳴らして立ち上がる。

 

「さ、今日はこの辺でお開きにしましょうか!」

「そうですね。そろそろ戻らないとコーチと部長が心配してしまいますし」

 

 追従してくれた伊吹に梅木は目線で感謝を示す。

 

「そうしましょうか」

 

 伝票を持って立ち上がった実親は、梅木達のテーブルにある伝票も手にする。

 

「え、自分達で払うから良いわよ」

 

 梅木は一瞬目を点にしたが、すぐに意図を察し、今日会ったばかりの人に奢らせる訳にはいかないと慌ててしまう。

 しかも相手は年下なので気が引けるし、年上としての面子(めんつ)もある。

 

「いえ、今日一日良いものを見せて頂いたお礼ですよ」

 

 お礼と言えば奢られた方が最悪感を(いだ)かずに済むだろう、と建前を口にした実親は返事も聞かずにレジへと向かってしまう。

 

 高跳び然り、先程の百合然り、目の保養になる光景を堪能出来た実親はとても充実した一日を過ごせていたので奢るくらい安いものだった。尤も、初めから奢るつもりでいたが。

 

 止める間もなかった梅木がポツリと呟く。

 

「彼がモテる理由がわかったわ……」

「黛はあれを素でやってますからね」

「あれは女性が駄目になってしまうわ」

「だからこそ感謝を忘れずに伝えないといけないです」

「そうね。一方的に甘えてしまいたくなるもの……」

 

 実親の背を遠い目で追う梅木に、紫苑は訳知り顔で相槌を打つ。

 

「椎葉さんはライバルがいっぱいいそうだけど頑張ってね」

「私は当分今のままの関係が良いんですけどね」

「そうだったわね」

 

 苦笑する伊吹の表情に、先程の告白シーンを思い出した梅木は肩を竦める。

 

 その後女性陣が実親の後を追うと、既に会計が済んでいた。

 店を出たところで梅木達は奢ってもらった感謝と別れを告げて去っていく。

 

 実親と紫苑は伊吹を陸上部が利用しているホテルまで送り届けた後、ラブホテルへ向かった。

 昨日一泊したラブホテルとは別の場所だ。連日同じ場所を利用すると怪しまれて年齢確認されてしまうかもしれないからだ。

 

 ちなみに二人がラブホテルを利用していることを伊吹は知っている。事前に紫苑が伝えていた。

 好きな男が友人とラブホテルに泊まっているのにも(かか)わらず、笑っていられる彼女は肝が据わっているのかもしれない。

 

 そうして何事もなく一泊した二人は鳴門市を後にしたのであった。

 

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