君の痴態が忘れられないんだ。   作:雅鳳飛恋

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第73話 最後

 二年前の夏。

 実親は楓と地元の夏祭りでデートをした。

 今でもはっきりと当時のことを思い出せる。

 

 正午を過ぎた辺りの時間帯で、気温は三十度を超えて蒸し暑い日だった。

 

 実親はいつも通りパンク風の服装に身を包み、楓は青い浴衣を着て艶のある綺麗な黒髪をポニーテールにしており、うなじには(うっす)らと汗が浮かんでいる。

 

 本当なら気温が下がった夕方以降に来たかったところだが、実親は中学生だったので夜遅くまで外出することは出来なかった。

 高校生の楓は二十二時まで外出出来るとはいえ、中学生の彼氏をそんな時間まで連れ歩く訳にはいかない。実親の父親の信用を裏切りたくはないし、中学生と交際している以上は受け入れなければならないことだった。

 それに彼女は実親と一緒にいられれば時間も暑いのも全く気にならない。なので不満など微塵もなかった。

 

 時間帯的に家族連れや中学生以下の子供達の姿が多かったので、腕を組んで仲睦まじく歩く二人は周囲から少し浮いていた。

 勿論他にもカップルはいたが、実親と楓の場合はイケメンと美少女の組み合わせだったので余所より目立っていたのだ。

 

 時折クラスメイトを始め、同じ中学の生徒に遭遇すると凄い羨ましがられた。

 男子中学生にとっては、高校生のお姉さんとお付き合いすることに憧れを(いだ)くものなのかもしれない。

 しかも相手は学校のマドンナ的存在だった楓である。思春期真っ只中の中学生男子が嫉妬と羨望の眼差しを向けてしまうのは無理もないだろう。

 恋に恋するお年頃の女子生徒からしても、祭りで恋人とデートをするのは憧れのシチュエーションなのか、羨ましそうに見つめる姿が散見されていた。

 

 一通り祭りを見て回った二人は、日陰に避難してベンチに腰掛ける。

 やはりまだ熱中症になってしまう心配があるほど日差しが強くて暑かったのだ。

 

 暑さから逃れるように買っておいたかき氷を味わう楓の表情が次第に緩んでいく。

 

「かき氷甘くて美味しいよ」

 

 楓はシロップで青く染まった舌をぺろっと出して微笑む。

 彼女が笑うと実親も自然と表情が柔らかくなる。

 

「チカも食べれば良いのに……って思うけど、あまり甘い物食べないもんね」

 

 実親の好みを把握している楓は残念そうに呟く。

 

「たまに食べたくなるけどな」

「なら一口食べる?」

 

 楓はスプーンストローでかき氷を一口分掬って実親の口元に運ぶ。

 それを実親は素直に受け入れる。口内がひんやりとして甘味が広がっていく。

 

これふぇおふぉろひらね(これでお揃いだね)

 

 舌を出しながら喋るので言葉になっていない。

 しかし実親にはちゃんと意味が通じていた。

 

「一口食べたくらいじゃ変わらんぞ」

 

 そう言って実親も舌を出す。

 楓の期待も虚しく、実親の舌は殆ど変化がない。

 

 自分と同じように舌が青く染まっていると思った楓は少しだけ残念そうに眉を下げたが、すぐに期待の眼差しを取り戻して「ならもう一口」、と言いながら再び一口分掬って実親の口元に差し出した。

 

 嫌がることも面倒臭がることもなく迎え入れる実親の表情は、優しさと温かみに満満ち溢れている。

 かき氷を口に含むとすぐに溶けてしまうが、そんなことが気にならないくらい甘みが広がっていく。

 

「青くなったか?」

 

 実親は楓に見せつけるように舌をを出す。

 

「んー……少しだけ」

「案外変わらないもんだな」

 

 唇を尖らせて拗ねる楓の姿に実親は苦笑する。

 

「油断していると溶けてしまうぞ」

 

 いくら日陰にいるとはいえ気温は高いままだ。

 既に氷が溶け始めているので、のんびりしているとブルーハワイ味の水になってしまう。

 

「それはそれでかき氷の醍醐味だと思うけど」

 

 溶けて水になってしまったものを最後に飲み干す、というのも恒例かもしれない。

 とはいえ折角なら溶けない内に氷を食べてしまいたいので、楓は一先ず食べることに集中することにした。

 

 はしたなくならないように丁寧な所作で食べる姿を、実親は無言で見守る。

 ただかき氷を食べているだけだが、ずっと見ていられる光景だった。

 

 暫く無言の状態が続くも全く苦にならない。寧ろ二人にとっては居心地が良いくらいだ。

 静寂に包まれても気まずくなったり退屈に感じたりすることがない。二人でいられるだけで満足であり、これ以上の幸福は存在しなかった。

 

「この後はどうする?」

 

 かき氷を食べ終えて、空になった器をゴミ箱に捨てて戻って来た楓が首を傾げながら呟く。

 

「そうだな……もう帰って家でのんびり過ごすか」

「そうだねー。汗かいたからシャワー浴びたいし」

 

 祭りの雰囲気に身を置いておくのも悪くないが、このままこの場にいても暑いだけだ。

 夜なら兎も角、今はまだ夕刻すら迎えていない。気温が下がるのを待っていても、その前に身体が参ってしまう。

 

 もう祭りは堪能したので思い残すことはない。

 なので冷房の効いた部屋で過ごすことには楓も賛成だった。

 

「それじゃ帰るか」

「うん」

 

 実親が立ち上がった後に楓も立ち上がるが――

 

「きゃっ!?」

 

 ブチッ! と音が鳴り、楓が履いている下駄の鼻緒が切れてしまう。

 突然のことに重心が乗っていた前方に転びそうになる。

 

「大丈夫か?」

 

 幸いにもすぐさま実親が楓の腰に腕を回して支えたので転ぶことはなかった。

 

「う、うん。ありがとう。私は大丈夫だけど……」

 

 楓は困ったように下駄へ視線を向ける。

 

「とりあえず一旦座れ」

 

 実親に促されるまま楓はベンチに腰を下ろす。

 そして楓の前で屈んだ実親は、優しく下駄を脱がせて手に取り、鼻緒の状態を確認する。

 

「これは……完全に切れているな……」

 

 応急処置すれば使えないこともないが、残念ながら今は何も持ち合わせがない。

 

「どうしよっか……?」

 

 楓は思わず途方に暮れてしまう。

 しかし実親は平静を保っており、困っているようには見受けられなかった。

 

「家までそんなに遠くないし大丈夫だろ」

 

 そう言うと実親は下駄を楓に手渡すと立ち上がる。

 

「?」

 

 実親のやろうとしていることの意図がわからなかった楓は、とりあえず下駄を受け取るも、首を傾げてしまう。

 しかし、実親はその疑問を無視して楓の膝裏と腰に腕を回して抱え上げた。

 

「ええ!?」

 

 突然のお姫様抱っこに楓は驚きで目を瞬かせる。

 

「それじゃ今度こそ帰るか」

 

 宝物を扱うかのように楓のことを大事に抱えている実親は、表情を変えることなく歩き出した。

 

「さ、流石にここでは恥ずかしいんだけど……」

 

 お姫様抱っこ自体は初めてではない。

 しかし多くの人がいる前でされたことはないので、楓は恥ずかしそうにほんのりと頬を赤く染めていた。

 対して実親は全く表情が変わらない。

 

 お姫様抱っこされている楓のことを羨ましそうに見つめる女性や、嫉妬の炎に燃えている男性、温かく見守る老夫婦に、興味津々に指を指す子供など、多くの視線を釘付けにしている。

 

 徐々に周囲の視線に慣れていった楓は素直に今の状況を甘受することにし、実親の自宅まで談笑しながら帰路に着いた。

 

 その後、帰宅した後は二人仲良く風呂に入って汗を流す。

 仲睦まじい年頃の恋人が一緒に風呂に入るとどうなるか。

 当然肌を重ねて愛し合うに決まっている。

 

 若い二人は激しく求め合い、折角流した汗をまたかいてしまう。

 興奮して上気した肌に触れ、快感に喘ぐ吐息を響かせながら飽きることなく数時間行為に及ぶ。

 

 二人が満足した頃には既に湯が(ぬる)くなっていた。

 微温湯(ぬるまゆ)に浸かりながらピロートークを楽しみ、(のぼ)せる前に浴室を後にする。

 

 水分補給して一服した後に、実親がもう一回浴衣姿を見せてくれ、と楓に頼むと、嫌な顔一つせずに望みを叶えてくれた。

 

 浴衣姿の楓のことを食い入るように見つめていた実親は、再び情欲を掻き立てられてしまう。

 ずっと見つめられていた楓もすっかりその気になっていた。

 

 そして見つめ合ったまま無言で歩み寄った二人は、唇を重ね合わせた後に行為に及んだ。

 浴衣姿のまま行われる行為にいつも以上に興奮した実親と、雰囲気に飲まれていた楓の行為は激しさを増し、気付いた頃には既に日が沈んでいた。

 

 結局その日は夜を共にすることになり、若くて元気が有り余っている二人は日を跨いでも激しく求め合い続けた。

 

 最終的には興奮冷めやらぬ中一緒に就寝し、幸せそうに眠る楓の顔を眺めながら実親も眠りにつく。

 

 幸せの絶頂にいた二人は、いつまでもこのような幸福な日々が続くと思っていた。

 しかし、まさかこの日一緒に行った祭りが、二人で行く最後の夏祭りになるなど、この時は思いもしなかったのである。

 

 楽しくて幸福な思い出としか振り返ることが出来なくなるとは、なんとも虚しくて残酷な現実であった。

 

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