君の痴態が忘れられないんだ。   作:雅鳳飛恋

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第77話 抵抗

 遡ること数時間前。

 夕食を済ませた紫苑は自宅の自室で読書に興じていた。

 彼女は映画研究部に所属していることからわかる通り、物語の世界に浸るのが好きだ。純粋に作品を楽しんでいるが、現実逃避したいから、という理由が最も大きな比率を占めている。

 

 紺色で上下セットのキャミソールとショートパンツを身に纏ってリラックスしている彼女が読んでいたのは、実親がお薦めした恋愛小説だ。

 紫苑は実親がお薦めしてくれた小説なら喜んで目を通す。プロの作家が推薦してくれた物なら気になって当然だし、共通の話題を得られるのも嬉しい。自分が楽しめる上に話題作りにもなるので一石二鳥だった。

 

 窓の外から微かに聞こえてくる生活音が気にならないほど集中している紫苑は、黙々と本のページを(めく)っていく。

 本の虫である実親ならページを(めく)る際に生じる音と匂いに幸福感を得ているに違いない。しかし紫苑はその境地に達していないので、物語の続きを求めてページを(めく)っている。

 

 物語の世界に浸る紫苑の涙腺が少しずつ緩んできたところで、玄関先から男女の話し声が聞こえてきた。

 その話し声を耳にした紫苑は玄関の方へ視線を向けると眉を顰める。

 読書に集中している紫苑でも気付くことが出来たのは、女性の声が聞き慣れた母のものだったからだ。

 

 母のことを良く思っていない紫苑でも、彼女が帰宅したくらいで眉を顰めたりはしない。問題なのは、母が男を連れて来たということだ。

 これから行われることが手に取るようにわかり、辟易してしまったのである。

 

 母が男とよろしくやり始めてしまうと、折角楽しんでいた読書が台無しになってしまう。誰が好き好んで母の喘ぎ声を聞きたいものか。お金を払ってでもお断りしたいのが本音だ。

 

 こういう時は外出するか、イヤホンで音楽を聴くか、耳栓をするかの三択になる。

 しかし今日は雨が降っているので外出はしたくない。それに今は小説の続きを読みたいので音楽を聴く気分でもない。なので、紫苑は机の引き出しから耳栓を取り出して読書を続けることにした。

 

 

 

 そうして読書を続けること約三十分。

 物語は佳境に入り、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。

 逸る気持ちを抑えて文章を咀嚼する。状況を整理出来たら抑えていた欲求を解放するかのように素早くページを(めく)ろうとするが――

 

 ガチャッ!! と突然自室の扉が開かれた。

 

 読書に集中していても、耳栓をしていても気が付く程の勢いで扉が開かれたので、紫苑は驚いて飛び上がりそうになった。

 驚いて本を手放してしまった紫苑は扉へ視線を向ける。

 

 すると、そこには下着姿の男が突っ立っていた。

 下着で隠れている男の象徴がいきり立っており、どこからどう見ても興奮しているのが明らかだった。

 

「な、なんですか」

 

 身の危険を感じた紫苑は耳栓を外して恐る恐る用件を尋ねる。

 しかし、男は無言のまま部屋に入って紫苑に近付いていく。

 

「母はどうしたんですか」

 

 後退りながら母の所在を尋ねる紫苑の声は恐怖心で上擦っている。

 

「……あの人は急な呼び出しを食らったよ」

 

 逃げるように後退っていた紫苑の背中が壁にぶつかってしまう。

 そんな紫苑のことを見下ろしながら、男は興奮して息も絶え絶えの声で答えた。

 

「ったく、前戯が終わってこれからって時に邪魔が入るとかツイてないわ」

 

 男が紫苑の母に前戯を行っている時にスマホが鳴った。

 折角の楽しみを邪魔されたくなかった二人は無視を決め込んで行為を続けていたのだが、何度も着信があり折角の行為を邪魔されたくなかった母は諦めてスマホに手を伸ばした。

 

 画面に表示されている名前を確認した母は若干焦りながら応答の表示をタップする。電話を掛けて来たのは彼女が勤めているクラブのママだったのだ。

 流石の母もママからの呼び出しを無視する訳にはいかず、不承不承ながら出向くことになった。

 

「仕事だから仕方ないけどさ」

 

 今日は一日オフだったのだが、体調不良で欠勤する者が出た為、急遽出勤することになったのだ。

 仕方ないこととはいえ、いよいよ本番を迎えるというタイミングで呼び出されたことに男は不満を吐き出すように大きく溜息を吐いた。

 

「二、三時間だけ代理で入ってくれってことらしいから帰ってくるのを待つことになったんだけど、これからって時に邪魔されたから収まりがつかないんだよ」

 

 男は紫苑に手を伸ばす。

 

「だから代わりに娘の君に相手してもらおうと思ったんだよね」

 

 訳のわからない理屈を述べて下卑た笑みを浮かべる男の外見はこれといった特徴のない普通の成人男性だ。年齢は二十代から三十代あたりだと思われる。

 チャラついている訳でもオラついている訳でもなく、無理矢理女性に手を出すような輩には思えない本当に極々普通の外見だ。

 

「や、やめて下さい!」

 

 壁際に追い詰められた紫苑は悲鳴染みた声を上げる。

 しかし男は制止の声を無視して紫苑の両肩を掴む。

 

「や、やめてって言ってるじゃないですか!!」

 

 紫苑は触りたくもない男の腹部に両手を押し当てて引き剥がそうとする。

 自分のことを襲おうとする知らない男の素肌を触っていると嫌悪感が襲ってきて鳥肌が立ってしまう。それでも抵抗しないと身に危険が及んでしまうので我慢するしかなかった。

 

「なんで抵抗すんの? 君はあの人の娘なんだからこういうの好きでしょ?」

 

 男は紫苑の母が男遊びの激しい人だということを知っている。

 毎日のようにいろんな男とよろしくやっている女の娘なら、同じように男との行為を楽しんでいる筈だ、と勝手に決めつけている男は心底不思議そうな表情を浮かべた。

 

「あんな人と一緒にしないで下さい!!」

 

 母親と同類扱いされるのだけは許せない紫苑は怒気を多分に含んだ声を浴びせる。

 

「良い子ちゃんぶらなくて良いから素直に楽しもうよ」

 

 聞く耳を持たない男は紫苑を押し倒して覆い被さった。

 

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