君の痴態が忘れられないんだ。   作:雅鳳飛恋

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第84話 課題

 紫苑が実親の自宅に居候することになった日から三日が経った。

 元々泊まることが多かった為か、すぐに新しい生活に慣れて心穏やかに暮らせている。

 

 そして実親はこの日、午前中からバイトがあった紫苑を見送った後、制服に着替えて午後一時頃に外出していた。

 行き先は学校の図書室だ。

 

 何故夏休みなのに学校に来ているのかと言うと、それは友人達の夏休みの課題を見る為であった。なので今は颯真、亮、千歳、慧、唯莉の五人と共に過ごしている。

 六人は三人ずつ向かい合わせになって一塊になっており、真ん中に座している実親の左に颯真、右に亮がいる。

 同じく真ん中にいて実親と対面する位置にいる慧の左側に唯莉がいて、右側に千歳が陣取っていた。

 

 既に課題が全て終わっていた実親と慧が左右の二人にそれぞれ教えている形だ。

 

「なんか夏休みに学校来るのって不思議な感覚だよなー」

 

 課題と向き合っていた颯真がシャープペンシルを机に置くと、背凭れに体重を預けて(おもむろ)に呟いた。

 

「部活やっていないと夏休みに来ることはないからな」

「帰宅部なのに学校来て真面目に課題やってるのって俺達くらいなのか……?」

 

 実親の言う通り部活をやっていないと休みの日に学校に来ることは中々ないだろう。颯真が閑散としている校内の様子に疑問を(いだ)くのは無理もない。

 

「そもそも今の時期まで課題を終わらせていない奴が真面目な訳ないだろう。それに今日はたまたま他に人がいないだけかもしれないだろ」

「ぐうの音も出ねぇ……」

 

 夏休みは既に終盤に差し掛かっている。

 実親のように夏休みに入る前の時点で課題を全て終わらせている者は少ないかもしれないが、後々(あとあと)になって慌てて取り組む者もそれほど多くはない筈だ。

 

「課題をやるにしてもわざわざ学校に来ることもないからね」

「俺達は集まり易いから学校に来ているだけだしな」

 

 慧の補足に実親が相槌を打つ。

 

 本来課題をやるのに学校に来る必要はない。

 自宅や、どこか落ち着ける場所ならどこでも出来る。

 

 それでも実親達が学校で課題をやっているのは六人が集まり易いからに過ぎない。

 誰かの自宅、行きつけのファミレスや喫茶店、図書館など課題をやれる場所は他にもあるが、地理的に六人が集まるのに適しているのは学校だ。

 

 仮に誰かの自宅に集まるとしたら、遠い人は片道一時間以上の道程(みちのり)になってしまう。それこそ八王子在住の亮と、武蔵小山に自宅がある慧では、互いの家を行き来するのに片道で一時間半くらいは掛かる。

 

 一時間以上掛けて通勤通学している人は多々いるが、誰か一人に負担を()いるくらいなら学校に集まるのが平等で軋轢(あつれき)が生まれなくて済む。

 

 移動時間が長くても教えてもらう立場なら不満はないかもしれない。

 しかし、教える立場の人が休みの日に一時間以上掛けて出向くのは気が進まないだろう。

 不満や申し訳なさを抱えたままでは課題が手に付かなくなってしまうので、学校に集まるのが賢明な判断であった。

 

 こうした配慮を欠かさないからこそ六人は友好な関係を築けているに違いない。気心の知れな仲だからと胡坐(あぐら)を掻いていたら痛い目を見ていた筈だ。

 

「いつもなら毎日毎日学校に来るのは億劫(おっくう)だが、夏休みに来るのはなんか悪くないな」

 

 感慨深げに呟く颯真は完全に手を止めていた。

 

「やることが課題じゃなければ同感だ」

 

 眉間に皺を寄せながら課題と相対していた亮が顔を上げて頷く。

 

「お前は自業自得だろう」

「うぐっ……」

 

 課題を溜め込んでいるのは日頃から取り組んでいなかった所為なので、実親の苦言は正論だ。

 こうなるとわかっていても怠ってしまうのは勉強嫌いの(さが)なのかもしれない。しかし、それで後々(あとあと)苦労することになるのだから完全に身から出た錆である。

 

「颯真は残り少ないから休んでいても構わないが、お前は手を止めるなよ」

「サネせんせが厳しい……!」

 

 日頃から課題に取り組んでいた颯真は既に殆ど終わっているのに対して、亮はほぼ手付かずの状態であった。

 

「サネがプライベートの時間を犠牲にして俺達に付き合ってくれてるんだからちゃんとやれよ」

 

 既に課題が終わっている実親と慧は友人の為に付き合っているに過ぎない。

 颯真にまで正論を叩き付けられた亮は一段と肩身が狭くなった。

 

「それに終わる目処が付かないとお前だけキャンプに行けないからな」

「……わかってるよ」

「もしそうなったら水着ギャルを独り占めしてやるから俺は一向に構わないけどな」

「それはないぜ兄弟」

 

 みんなで課題をするのは当初の予定通りだったが、夏休み最後のイベントとしてキャンプに行くことになっていたので、それまでに心配事を片付けておく必要があったから六人は集まって取り組んでいた。

 

 ナンパする気満々の颯真は水着ギャルを求めて真面目に課題を消化していたので下心の力も捨てたものではない。

 海沿いのキャンプ場なので彼にとっては絶好の狩り場なのかもしれないが、あまり羽目を外し過ぎないように誰かが手綱を引いておかなければならないだろう。

 

「ついて来るのは構わないが、撮影の邪魔はするなよ」

「わかってるって」

 

 実親が注意を促すものの、颯真は本当にわかっているのか不安になる軽い調子で頷いている。

 

「見学するのは良いんだよね?」

 

 男性陣の話を完全にスルーして課題と向き合っていた千歳が顔を上げると、首を傾げながら問い掛けた。

 

「ああ。邪魔をしない限りは問題ない」

 

 そもそもキャンプに行くのは実親だけの予定だった。

 何故なら映画研究部の撮影でビーチに行く必要があり、脚本を担当した実親も同伴してくれと宰に頼まれたので共にキャンプをすることになったのだ。

 

 撮影するだけなら海に行けば済む話だが、そう簡単にいかないのが現実である。

 

 時期的にビーチは混雑している筈だし、すぐに撮影が終わる保証もない。

 故に人目や時間を気にせずに撮影を行えるように、海沿いのキャンプ場に泊まり込むことになった。勿論キャンプ場には撮影の許可を取っている。

 

 そして実親がキャンプに行くと知った颯真が自分も行くと言い出したのが始まりで、今に至るという訳だ。

 

「映画の撮影ってどんな感じなんだろ。楽しみ」

「その為には課題を終わらせないとね」

「だね」

 

 耳を傾けていた唯莉も興味津々のようで期待を膨らませているが、課題の進捗次第ではキャンプに行けないと慧が釘を刺す。

 

「でも水着買っておいて良かった」

「準備が良いな」

 

 抜かりがない唯莉に実親が感心する。

 

「うん。三人で買いに行ったんだー」

「あの時は唯の所為で酷い目にあった……」

「えー、私はちーのおっぱいを揉んだだけだよー?」

 

 遠い目をして溜息を零す千歳に対して、唯莉は唇を尖らせて不満を募らせる。

 

「なん……だと……?」

 

 嫌々課題と睨めっこしていた亮が聞き捨てならない台詞を耳にして衝撃に打ち震えていた。

 

「俺もおっぱいを揉みたいぞ……!!」

 

 恥も外聞もなく本音を吐露する。

 

「最低」

「あんたがそれを言うか……」

「そうだそうだ」

 

 自分のことを棚に上げて軽蔑する視線を亮に向けている唯莉の姿に、慧は呆れ果てて肩を竦めてしまう。そんな慧の苦言に追従する千歳の咎めるような視線が唯莉に突き刺さる。

 

「針の(むしろ)とはこのことか……!?」

「反省してない癖に」

「そんなことないよー」

 

 周囲に非難されても自責の念に駆られていないなら針の(むしろ)とは言えないだろう。

 千歳に図星を突かれてもあっけらかんとしていて反省の色が窺えない唯莉は中々図太い性格をしているのかもしれない。

 

「おっぱい揉めたら課題頑張れるのに」

「彼女に揉ませてもらいなよ」

「彼女いたら今こんなこと言ってねぇんだよ……!!」

 

 千歳の言葉に心を抉られて滂沱(ぼうだ)する亮の姿は同情を誘うことはなく、ただただ滑稽であった。

 

「さねちーになら揉まれても良いけど、あんたは駄目だよ」

「唯……それ本気で言ってる……?」

「うん」

 

 予想だにしない発言に呆気に取られた千歳は思わず正気を疑うような眼差しを向けてしまうが、当の唯莉は意に介さず平然と頷いた。

 

「やっぱりサネだけ例外なのか」

「当たり前じゃん」

「これが良い男と、そうじゃない男との格差ということか……!」

 

 世知辛い現実に直面した亮は打ちひしがれて机に突っ伏してしまう。

 

「課題終わらせたら俺がお前に合いそうな女性を紹介してやるよ」

「持つべきものは頼りになる兄弟だぜ」

 

 女遊びが激しい颯真にとっては女性の胸を揉むことは慣れたものなのかもしれない。だからこそ亮が(みじ)めに映ったのか、救いの手を差し伸べた。

 少なくとも颯真の同情だけは買うことが出来たようなので、滑稽な姿を晒したのは無駄ではなかった。

 

「何よりもお前は無駄口叩いていないでさっさと課題をやれ」

「やっぱりサネせんせは厳しいな……」

 

 手を止めて課題を疎かにしていた亮へ苦言を呈す実親の脳裏には、数日前に揉みしだいた紫苑の豊満な胸の姿形が映し出されており、その感触が手に(よみがえ)ってきていたが素知らぬふりを貫いていた。

 

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