君の痴態が忘れられないんだ。   作:雅鳳飛恋

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第93話 調理

 これといったトラブルもなく撮影を終えた一同は、キャンプサイトに移動して夕食の支度に取り掛かっていた。

 

 既に空は暗くなり始めており、夕陽が(かす)かに顔を覗かせている。

 宰、颯真、亮の三人と、演劇部の男性部員が藤堂の監督下のもとバーベキューコンロを用意して火を起こしていた。少しづつ火力を増していく炭火が照明代わりになっている。

 

 女性でも力仕事が好きだったり、野外活動に慣れている子は男性陣に交ざって作業している。棗のように。

 

 炊事場では女性陣が麗に見守られながら食材の用意をしている。

 中には料理が得意な男子もおり、女性陣と共に腕を振るっていた。

 

 千歳、慧、唯莉の三人は一つの作業台に固まって仲良く食材を切り分けている。

 彼女達の左隣の作業台を使っているのが実親で、その更に左隣の作業台を並んで二つ使用しているのが演劇部の面々だ。

 そして演劇部の面々より奥の作業台を紫苑、真帆、理奈の三人が利用していた。

 

 紫苑と理奈を従えている真帆は、「我、両手に華なり!」と(のたま)って大変ご満悦のようだが、物の見事に全員からスルーされている。

 

「もしかして、サネちーって料理上手?」

 

 女性陣に交ざって作業している男の一人である実親の包丁捌きを目撃した唯莉が、驚き気味に問い掛けた。

 

「飯に困らないくらいは出来るな」

「へえー」

 

 実親は控え目に言っているが、本当はかなり上手い。

 シングルファーザーの家庭で育った為、小学校高学年の頃から料理をすることが日常になっていた。故に主婦にも引けを取らない腕前を持っている。

 

「寧ろ私達より上手かったり?」

「そ、それはある得るかも……」

 

 隣にいる慧の言葉に焦りを浮かべる唯莉。

 

「女としてのプライドがサネちーに負けることを許さない……!」

「それはちーぐらい料理上手になってから言えることだと思う」

「何おう!」

「唯はまだ張り合う土俵にも立てていないということ。まあ、それは私もだけど」

「正論が私の心に突き刺さるぅ! 切れ味の鋭い包丁だ……!!」

 

 バーベキュー用の食材を切り分けていた唯莉は包丁を作業台に置くと、大袈裟に腹部を押さえて(うずく)る仕草をする。

 そんな唯莉に対して、対面にいる千歳が苦笑しながら「手を動かそうよ」と声を掛けた。

 

 慧も唯莉も決して料理が下手という訳ではない。日常的に料理をしている実親と千歳に比べたら劣るだけだ。二人とも人に振舞える料理スキルを充分に持ち合わせている。

 

「でも男子は料理上手の女の子が好きでしょう?」

 

 唯莉は隣の作業台で包丁をふるっている実親に視線を向ける。男性代表としての意見を求めているのだろう。

 その意図を察した実親は一瞬だけ唯莉の顔に目を向けると、すぐに手元のイサキに視線を戻した。

 

「それはどうだろうな。少なくとも俺は自分で飯を作れるから、そこまで重要視はしないな」

 

 鱗を丁寧に落とし、(はらわた)(えら)を取り除いて綺麗に洗う。

 

「確かにサネちーは自分で作った方が美味しそうだもんね」

「だが上手いに越したことはないんじゃないか? 胃袋を掴むっていうのは間違いなくあるだろうしな」

 

 実親は自宅で食事の用意をする紫苑の姿と、出来上がった手料理を脳裏に思い浮かべながらイサキに切り込みを入れると、水分を拭き取って塩と胡椒(こしょう)を振る。

 

「それに男なら誰しも一度くらいは彼女に手料理を振舞ってほしいという願望を(いだ)くんじゃないか?」

 

 仮に恋人や妻が料理を苦手としていたとしても気にしない男は沢山いるだろう。

 逆に料理上手であることを嫌がる男は存在しないに違いない。

 

 奥さんの手料理を早く食べたくて仕事が終わったら寄り道をせず一目散に帰って来る、なんて話も良く耳にする。

 

 そもそも料理上手だと、男にモテる以前に自分が美味しい物を食べられるということでもある。

 料理が苦手で損をすることはあれど、得意で不利益を(こうむ)ることはない筈だ。

 

「まあ、好みは人それぞれだから一概には言えないが」

「なるほど」

「料理に限らず、なんでも出来るに越したことはないと思うけどな。男も女も」

「ハイスペック男子は言うことが違う……!!」

 

 唯莉は両手を胸元で握り締めて「見習わなくては」と呟く。

 

「ところで、サネはさっきから何を作ってるの?」

 

 慧が実親の手元に目を向けながら尋ねる。

 

 イサキを捌き終わった後に玉葱(たまねぎ)を手早く切っていた実親は、「イサキのバターホイル焼き」と答えた。

 

「ついでにこっちは(えび)帆立(ほたて)のバターホイル焼きだ」

 

 実親はイサキよりも先に下処理を済ませておいたエビとホタテを左手で指し示す。

 

「何それ……絶対美味しいやつじゃん!」

 

 出来上がった姿を想像した唯莉はゴクリと唾液を飲み込む。

 

「ホイル焼きとか作ったことないんだけど」

 

 慧の呟きを聞き逃さなかった実親は、事も無げに「簡単だぞ」と口にする。

 

「近くで見ても良い?」

「ああ」

 

 了承を得た慧は実親が調理している作業台に移動し、対面から興味津々に覗き込む。

 

「私も見たいー!」

 

 触発された唯莉が慧の隣に並ぶ。

 

「二人とも手を動かそうよ……」

 

 食材を切り分ける作業を放棄した二人に、千歳は本日二度目の台詞が溜息交じりに零れてしまう。

 

 残念ながら彼女の言葉で二人が作業を再開させることはなく、黙々と実親の手元を注視し始めてしまった。

 

 実親は二人に注目されながら作業台に敷いたアルミホイルの上にイサキを置き、薄切りにした玉葱(たまねぎ)と、石づきを落とした榎茸(えのきたけ)占地茸(しめじたけ)を載せる。そして、その上にバターを載せ、軽く塩と胡椒(こしょう)を振った。

 

「これで後は火を通したら銀杏切(いちょうぎ)りにした檸檬(れもん)を載せて完成だ」

「確かに簡単」

 

 慧は「自分でも作れそうだ」と胸中で呟く。

 

「だね! でも魚を捌けないよ……」

 

 相槌を打つ唯莉は自信なさげに肩を落としてしまう。

 

 確かに魚を捌くのは慣れていないと難しい。苦手意識を持っている者も多いだろう。

 

「それは練習するしかないな」

「だよね……」

 

 実親の正論に唯莉は乾いた笑いを零す。

 

(えび)帆立(ほたて)のバターホイル焼きは檸檬(れもん)を載せないが、代わりに塩胡椒(こしょう)と一緒にタイムを入れる」

 

 そう言いながら、アルミホイルに載せた(えび)帆立(ほたて)の上からタイムを投入する。

 

「火を通すのは向こうでやるから、ホイル焼きは一先ず置いておく」

 

 ホイル焼きに火を通すのはバーベキューコンロの網に載せて行う。

 なので実親は準備している筈の宰達の方へ一瞬だけ視線を向けた後、二種類のホイル焼きを作業台の端に寄せた。

 

「そっちはどうするの?」

 

 慧は未だ手付かずの(あじ)を指差す。

 

(あじ)のなめろうと、さんが焼きを作る」

「さんが焼きって食べたことない」

「さんが焼きはなめろうを焼いた物だ。美味いぞ」

「楽しみ」

 

 二人は肩を落とす唯莉を放置したまま会話を続ける。

 

「両方とも房総半島沿岸部発祥の郷土料理だからちょうど良いだろ?」

「へー。ここら辺の郷土料理なんだ」

 

 訪れた土地の食材を使って郷土料理を作るとは中々洒落たことをする、と思った慧は感心したように頷いた。

 

 ちなみに食材は藤堂が近くスーパーで買ってきた物を使っている。

 また、魚は藤堂と数人の演劇部員が自由時間に釣った物も含まれている。

 

「流石サネちー! 物知りだね!!」

 

 肩を落としつつも確りと二人の会話に耳を傾けていた唯莉が元気を取り戻した。

 

「どれも美味しそうで待ち切れないよ!」

「食いしん坊だな」

「食欲を(そそ)る美味しそうな料理を作るサネちーが悪い!!」

 

 理不尽な物言いである。

 しかし唯莉は文句を口にした訳ではない。彼女なりの褒め言葉だ。

 実親はそれを理解していたから気分を害すことはなく、口元を緩めながら「褒め言葉として受け取っておこう」と返した。

 

「二人ともいい加減戻って来てくれないかな」

 

 棘のある千歳の声が慧と唯莉の鼓膜に突き刺さる。

 

 二人が実親の手元に夢中になっている間、千歳は一人で黙々とバーベキュー用の食材を切り分けていた。なので不満の一つや二つが口から零れてしまっても仕方がないだろう。寧ろ彼女にはその権利がある。

 

「あ、ごめん」

 

 任せっきりになっていたことを失念していた慧は、申し訳なさそうにすぐさま持ち場に戻る。

 彼女は(たしな)める側に回ることが多いので、逆に注意されるのは珍しい光景だ。

 

 いつも確りしている慧に千歳は良く助けられている。なので慧の分も働くことには全く不満を(いだ)かない。

 しかし唯莉は別である。

 何故なら――

 

「あまりにも美味しそうでつい夢中になっちゃった」

 

 このように笑って誤魔化そうとして、反省の色が全く見えないからだ。

 

 千歳は親友の為なら骨を折ることを(いと)わない。

 だが普段から唯莉には振り回されることが多いので、仕返しの意味も込めてつい意地悪をしたくなってしまう。

 

 故に、揶揄うような口調で「働かざる者食うべからず、だよ」と口にした。

 

「それは困る!」

 

 案の定、唯莉の顔から表情が抜け落ちた。

 まるでこの世の終わりとでも言うかのように絶望に打ちひしがれている。

 

 そんな彼女の尻を叩くように「なら働く」と千歳が言うと――

 

「はいぃいいい」

 

 唯莉は我に返って焦ったように持ち場に戻るのであった。

 

 千歳は厳しいことを言っているが、本当はじゃれているだけだ。

 それを理解しているから唯莉は大袈裟なリアクションを取って場を(なご)ませていたのである。

 

 ギャルのじゃれ合いを横目で見守っていた実親は、「仲良き事は美しき哉」と心洗われた気分になっていた。

 

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