君の痴態が忘れられないんだ。   作:雅鳳飛恋

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第96話 大浴場

 実親達が利用しているキャンプ場には三通りの宿泊パターンがある。

 

 一つ目は、テントサイトに各人が持ち込んだテントを立てて宿泊するスタイル。

 二つ目は、バーベキューや焚き火が楽しめるプライベートガーデンと、寝具や家具、キッチンにトイレ、冷蔵庫まで完備されているトレーラーハウス。

 そして三つ目は、和室と洋室に、大浴場と屋外プールがあるホテル。

 この三種類だ。

 

 今回キャンプに参加している映画研究部と演劇部の面々は、それぞれが希望したスタイルで宿泊している。

 例えば、実親は宰と二人でトレーラーハウスに宿泊するし、紫苑、真帆、理奈の三人はホテルの同じ部屋で寝泊まりする、といった具合だ。

 

 映画研究部と演劇部の面々の宿泊費は、テントサイトを利用する場合に限り部費から支払われているが、料金が高くなるトレーラーハウスやホテルを利用する場合は個人で費用を捻出している。

 

 脚本家として撮影に参加している実親の宿泊費も本来は映画研究部の部費から(まかな)われる筈だった。

 しかし実親はトレーラーハウスを希望したので、料金は宰と折半している。

 

 また、撮影とは無関係で遊びに来ている立場の千歳、慧、唯莉、颯真、亮の五人は自分達でお金を出している。

 なので金銭的に余裕がない颯真と亮は二人で一緒にテント泊することになっており、三人でホテルの一部屋を利用する千歳、慧、唯莉のことを羨ましがっていた。

 

 ちなみに、宿泊料金はトレーラーハウス、ホテル、キャンプサイトの順に高い。

 

 閑話休題。

 

 夕食を終えた一同は、それぞれ自由に過ごしている。

 テントで寝ている者。

 砂浜で夜風に当たっている者。

 翌日の撮影に備えて台本を読み込んでいる者。

 友達と一緒に遊んでいる者など様々だ。

 

 そんな中、千歳、慧、唯莉の三人の姿はホテルの大浴場にあった。

 

 ホテルの大浴場はキャンプ場を利用している人なら誰でも入浴出来る。ホテル泊じゃない人は有料だが。

 

 という訳で、折角ホテルに泊まっているのだからと、千歳、慧、唯莉の三人はありがたく大浴場を利用させてもらっていた。

 

 今は(しお)でベタついた肌を洗い流して清々しい気持ちのまま湯船に浸かり、はしゃいで疲れた身体が癒されていくのを実感しているところだ。

 

「お風呂最高ー」

「だねぇ」

 

 完全に脱力しきってだらしない顔を晒す唯莉の呟きに千歳が頷く。

 

「楽しかったねぇ」

「だねぇ」

「夏休み終わっちゃうねぇ……」

「だねぇ……」

 

 唯莉の呟きには哀愁が漂っており、雰囲気に釣られてしんみりしている千歳は同じ答えを繰り返す。

 

 そんな二人に慧が「まだ数日あるでしょ」と冷静にツッコむ。

 

「あと数日で終わっちゃうじゃん! まだまだやり残してることあるのに!!」

「例えば?」

「デートとか、デートとか、デートとか!」

「一つしかないじゃん」

「何回でもしたいの!」

「彼氏いないのに何言ってるんだか」

「グサッ! け、慧が容赦ない……!!」

 

 図星を突かれて心にダメージを負った唯莉は、助けを求めて千歳の胸に顔を(うず)める。

 突然のことにも(かか)わらず、慣れているのか千歳は動じずに嫌な顔一つしないで唯莉を受け入れた。

 

「か、彼氏出来ないんじゃないもん! 作らないだけだもん!!」

「はいはい」

 

 唯莉は言い訳がましく負け惜しみを口にするが、慧に軽く受け流されてしまう。

 相手にされない唯莉の頭を撫でる千歳は苦笑している。

 

「私のお眼鏡にかなう男がいないのが悪いの!!」

「うわ、生意気なお嬢様だ」

 

 上から目線な発言をする唯莉に、慧は呆れた視線を向ける。

 

「サネちー程とは言わないから、もう少しまともな男はいないものか……」

「サネを基準にしたら駄目だね。どの男も見劣りしてしまうから」

「身近にサネちーという最高の男子がいるから無意識に比べてしまう……!」

「つまり唯が悪いってことじゃん」

「グサッ!」

 

 慧の言葉には、唯莉は自分を棚に上げて男の所為にしている、という意味が込められている。

 その言葉の意味を正確に理解した唯莉は、先程よりも大きなダメージを食らってしまう。千歳の胸に顔を(うず)めるのに飽き足らず、癒しを求めるように抱き着く程だ。

 

「ちーの身体は柔らかくて気持ち良いなー。おっぱいが(たま)らんのー」

「うわ、今度は変態おやじになった」

 

 千歳の胸に顔を(うず)めながら揉みしだくだけでは満足出来ないのか、尻や太股など、ありとあらゆる部位を撫で回して現実逃避している唯莉に、慧は冷ややかな視線を向ける。

 

「――ちょっ、唯!」

 

 唯莉の行き過ぎた行為に、いくら女同士でも流石に看過出来なくなったのか、千歳は唯莉を引き剥がそうとする。

 

「この大きなおっぱいが最高なんじゃー」

「公共の場なんだからいい加減に――」

 

 千歳はそう言いながら両手に力をこめて唯莉の肩を掴むと――

 

「しなさいっ!」

 

 少々強引に引き剥がした。

 しかし、その拍子に水飛沫が上がり慧の顔面に直撃する!

 

「公共の場なら良いってことー?」

「……」

 

 唯莉は慧が予想外の不意打ちを食らってしまったことに全く気付いていない。

 そんな彼女のことをなんとも言えない表情で慧が見つめる。

 いや、能面のような顔で睨みつけていると言った方が適切かもしれない。

 

「――あ、ごめん慧!」

 

 自分の所為で慧が顔面に湯を浴びたことに気が付いた千歳が慌てて謝る。

 千歳は自分が強引に唯莉を引き剥がしたから起こったことだと瞬時に察し、罪悪感を(いだ)いてしまったのだ。

 

「いや、ちーは悪くないから気にしなくて良いけど、唯はちょっと落ち着きというものを学ぼうか」

「ふえぇ?」

 

 慧が手で顔を(ぬぐ)いながらそう言うと、千歳は安堵してほっと胸を撫で下ろし、改めて「ごめんね」と呟く。

 

 しかし元凶の唯莉はなんのことかわかっていないのか、慧の方に顔を向けながら間抜けた声を漏らした。

 その上――

 

「慧、どうかしたの?」

 

 火に油を注ぐような問いを投げ掛ける始末だ。

 コテンと小首を傾げるあざとさが余計に癪に障る。

 相手が男だったら(いか)りを収める効果があったかもしれないが、残念ながら今いる場所は女湯なので同性しかいない。しかも相手にしているのは親友だ。親友には唯莉の小悪魔的な魔性の力は通じない。

 

 尤も、唯莉は自覚なくあざとい仕草をしている。

 なので彼女のことを良く理解している慧はその点に関しては文句を言えなかった。

 

「……なんでもないよ」

 

 唯莉の態度に怒る気力を吸い取られてしまった慧は、怒るのを諦めてしまった。

 肩を竦めながら溜息を吐く姿がやりどころのない彼女の心情を表している。

 

 そんな慧に同情した千歳が代わりに口を開く。

 

「唯がふざけるから水飛沫が慧の顔に掛かったんだよ」

「え? そうだったの……? ごめん! 慧!」

 

 まさか自分の所為で慧が嫌な思いをしているとは思いもしなかった唯莉は、慌てて顔の前で両手を合わせて謝罪する。

 こういう自分の非を素直に認めて謝ることが出来るのは彼女の良いところであり、憎めないところでもある。

 

「相手が慧だったからまだ良かったけど、ここには他の利用者もいるんだから公共の場だということを自覚しないと駄目だよ」

「反省反省」

 

 千歳からありがたい忠告を受けた唯莉は、「えへへ」と笑みを零しながら頭を掻く。

 本当に反省しているのだろうか……?

 

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