君の痴態が忘れられないんだ。   作:雅鳳飛恋

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第98話 問答

 千歳達が大浴場を堪能している頃、実親はトレーラーハウスで仕事をしていた。ソファに座って愛用のポメラで執筆している。

 ちなみに入浴はホテルの大浴場で早々に済ませてしまった。勿論、ホテル泊ではないので利用料を支払っている。

 

 黒のTシャツに、同じく黒の七分丈のズボンを合わせた部屋着で過ごしていて完全にリラックス状態だ。それでも気を抜くことなく執筆に勤しんでいる。

 

 部活動の一環とはいえ、折角キャンプに来ているのだから仕事は一旦忘れても良いのではないか? と思うところだが、執筆することが習慣化している実親にとっては切っても切り離せないことだった。

 

 タイピングとエアコンの音だけが室内を満たす中、実親と向かい合う形で対角線の一人掛けソファに腰掛けて台本と睨めっこしていた宰が、(おもむろ)に口を開いて沈黙を破る。

 

「――そういえば、お前は久世と妹ちゃん、どちらかと何か進展があったりはしないのか?」

「……なんだ唐突に」

 

 不意な問い掛けをされた実親は手を止めると、怪訝な顔を宰に向けた。

 

「いや、久世とは良く家に泊めるくらい仲が良いみたいだし、同い年の妹ちゃんとも上手くやれているんかね、と思っただけだ。それこそ男女の仲的なやつ」

「久世は兎も角、ちーは妹だぞ」

「元から仲良かったんだろ? 兄妹になったとはいえ、少しくらいは女として意識することもあるんじゃないのか?」

「……全くないと言ったら嘘になるが、漫画じゃあるまいし、お前が望んでいるような展開になったりはしないぞ」

 

 実親が呆れたように肩を竦めると、宰は台本をテーブルに置いて真剣な眼差しになる。

 

「いや……別に期待している訳じゃないぞ? ただ心配しているだけだ」

「……お前に心配されるようなことなんてあったか?」

 

 宰の言葉を選んでいるような慎重な言い回しに、実親はより一層怪訝な顔を深めて――

 

「全く心当たりがないんだが……」

 

 と呟いた。

 

「こんなこと言って良いのか正直わからないが、お前は清瀬さんのことがあってから浮いた話の一つもないだろ?」

「そのことか……」

 

 実親は得心がいったように頷いた後、否定的な言葉を口にする。

 

「だが、一つもないってことはないだろ」

「いや、()()は別だ。お前も()()()もまともな精神状態じゃなかっただろ」

「それがノーカンなら、お前の言う通り楓のことがあってからは色恋沙汰を避けているな」

「やっぱりな……」

 

 実親が紫苑のアプローチを何度も(かわ)しているのは、楓の件から立ち直れていないからだ。

 彼は楓を失った当初は、兄のような存在である宰に少しだけ弱音を吐いたことがある。だが、相談は一度たりともしていない。

 

 それは彼なりの虚勢だったのか、心配を掛けまいとする配慮だったのか、はたまた蒸し返されたくないという逃避だったのかは本人にもわからない。

 宰の方も気を遣って無暗(むやみ)に触れるようなことはしなかった。

 

 なので、どうして今このタイミングで楓の話題を持ち出すのか? と思った実親は素直に尋ねることにした。

 

「何故、今そんな話をする?」

 

 実親が無表情で抑揚のない言い回しをした所為か、「やっぱりこの話題はまずかったか?」と思わずにはいられないプレッシャーが宰に()し掛かった。だが、それでも逃げずに視線を合わせながら口を開く。

 

「気に(さわ)ったんなら悪い。ただ、いつまでも前に進めないでいると、清瀬さんが天国で心配しているんじゃないかと思ってな……」

「別に怒ったりはしないが、楓を持ち出すのは卑怯じゃないか?」

 

 実親は楓の名前を出されると、途端に弱くなる。

 本人はそれを自覚しているので、楓の名前を出して話を進めようとしてくる宰に恨みがましい視線を向けてしまう。

 

「お前にとってあまり触れられたくない話題だということは俺も重々承知しているが、こうでもしないと話を進められないだろ」

「……」

 

 宰の言う通りなので言い返すことが出来ない実親は思わず頭を掻く。

 

「そろそろ次に踏み出しでも良いんじゃないか?」

「それは彼女を作るという意味か?」

「ああ」

「それで久世かちーのどちらかと付き合ってみたらどうだ? と言いたかったのかお前は」

 

 実親は最初、半同棲している紫苑との関係――宰は紫苑が実親の自宅の合鍵を持っていて入り浸っていることを知らない――と、家族になった千歳との関係を、宰が揶揄(からか)おうとしているのかと思った。

 いくらでも冗談を言い合える仲だからこそ、そう邪推(じゃすい)してしまったのだ。

 

 だが、心配していると言ったり、楓の話を持ち出したりするので、宰がただ揶揄(からか)おうとしている訳ではないと察した。

 だからこそ余計に疑問を深めていたのだが、たった今、宰の真意がわかって喉につっかえていた小骨が取れたような気分になった。

 

「妹ちゃんは家族だから難しいにしても、久世ならアリなんじゃないか?」

「本人の意思を無視して何言ってんだ……」

「久世は少なからずお前に好意があるように見える。だから完全に無視している訳ではないぞ」

 

 好意の形がどうであれ、紫苑が実親に(なつ)いているのは間違いない。

 正直、実親が迫れば彼女は受け入れてくれるだろう。それは実親もわかっている。

 

 しかし――

 

「気乗りしないな……」

 

 実親の気持ちが恋愛事に傾くかは別問題だ。

 

「とりあえず付き合ってみればその気になるかもしれないだろ?」

「それは否定しないが……」

「思い切って一歩踏み出してみたらどうだ?」

 

 背中を押すような優しさの籠った宰の言葉を受けても、実親の表情は(かんば)しくない。

 

「久世のことを利用するようで悪いと思っているなら、そんなに気にする必要はないと思うぞ」

 

 実親は亡くなった恋人のことが忘れられずに過去に囚われている。

 そのことを理解している宰は、立ち直る為に付き合おうとするのは相手に失礼だろ、と実親が考えているのではないか? と思った。

 

「付き合ってから始まる恋愛もあるし、寧ろ久世は喜ぶと思うけどな」

 

 何も初めから両想いの段階で付き合うカップルが全てではない。

 結婚を前提に交際するのなら別かもしれないが、そうじゃないのならとりあえず付き合ってみる、という軽い気持ちでカップルになった者達も数多くいる筈だ。

 誠意を持って交際するのであれば、きっかけなんてなんでも良い。

 大事なのは付き合ってから如何にして愛を育んだかである。

 

「考えておく……」

 

 結局、実親は曖昧な返事で答えを(にご)し――

 

「そういうお前はどうなんだ?」

 

 と華麗に話題を逸らした。

 

「俺のことは良いんだよ!」

 

 実親が話題を逸らそうとしていると察した宰は咄嗟に声を荒らげるが――

 

「お前も浮いた話の一つくらいないのか?」

「ねぇよ!」

「真帆ちゃん先輩と仲良いだろ?」

「俺とあの人はそういう関係じゃねぇ!」

「満更でもないんじゃないか?」

「幼児体型は好みじゃねぇよ!」

「息ぴったりだと思うけどな」

「あんな手間の掛かる人は御免被(ごめんこうむ)る!」

「お前は面倒見が良いし、なんだかんだで上手くいくと思うぞ」

「物事には限度がある!!」

 

 完全に実親のペースに乗せられてしまい、話が有耶無耶(うやむや)になってしまうのであった。

 

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