ハーベストハーベスター~踏み台型ラスボス少女と呼ばれた推しを、今世では幸せにしたい!~   作:夏目八尋

173 / 226
いつも応援ありがとうございます。

感想・評価いただくたびに、やったぜと喜んでいます。
楽しんでもらえてるんだなと実感が沸きます。
誤字報告も助かっています。本当にありがとうございます。

こんな世界、だからこそ。


第173話 推しへと向ける、本当の気持ち

 

 保健衛生管理室。

 我が愛、我が夢、我が希望たる永遠のマイヒロイン黒川めばえちゃんの城。

 

「なんてこった……」

 

 そこから今。

 瘴気と見紛うほどのピンク色の(もや)――“紫の思慕(パープル・ロマンシア)”が溢れていた。

 

 

「……くそっ!」

 

 異界成分が起こした、まさしく常識外れの現象に、俺の心は怒りに燃える。

 

(テレパスセンスで確認したが、この中に……間違いなくめばえちゃんはいる!)

 

 トンチキが多い天2隊員の中でも常識的なめばえちゃんは、言われたことを素直に守って、ここでずっと待機してくれていたに違いない!

 けれどもそのせいで彼女は今、未知の危険に曝されている!

 

 

「今行くぞ、めぇばぁえぇ~~~~~~~!!!」

 

 吸魔の壺を起動しながら、俺は勢いよくドアを開け、中へと突撃する。

 

「ウッ!」

 

 入った瞬間から感じる、超絶に甘ったるい気配。

 部屋のエアコンが機能停止しているのか、夏のうだるような暑さの中でも極上の、ねばっこく気怠い熱に口元を覆う。

 

「めばえちゃん! 返事をしてくれ! めばえちゃんっ!」

 

 視界がピンクだ。

 吸魔の壺は起動しているのに、部屋に満ちる靄の濃度が濃ゆすぎて、吸っても吸っても薄まらない!

 

 頭がクラクラしてくる……!

 

 

「誰か……いる、の……?」

「! めばえちゃん!」

 

 声は部屋の奥の方!

 

「めばえちゃん! 俺だ! 終夜だ!」

「しゅう、や……? くろき、しゅうや……?」

 

 呼びかけながら、部屋の奥へと突き進む。

 知らぬ間に後ろでドアが閉じたが、そんな些末なことにかかずらってはいられない。

 

 そう、そんなことが些末なことだと思えるくらい――。

 

 

「ぁ……」

「い゛っ!?!?」

 

 

 ――目の前の光景は、俺にとって一大事だった。

 

 

      ※      ※      ※

 

 

 呼吸が止まる。

 だってのに心臓はバクバクと超活動して全身に血を巡らせる。

 

 途端に息苦しくなっていくにもかかわらず、息を吸うことができない。

 

「く、ろ……」

「ぁ……」

 

 目の前に推しがいた。

 前世を含めば20年以上推し続けてる推しがいた。

 

 そこにはこれまで推し続けて初めて見る推しの姿があった。

 

 

「はぁー……はぁー……」

 

 めばえちゃんが息を荒げていた。

 ピンクの靄は、彼女を取り囲むように集まり濃くなっていた。

 

「ぁ、は……」

 

 椅子から転げ落ちたのだろう、フロアタイルに座り込み、流し台に背を預けた格好で、ウェービーな髪をだらしなく広げ、いつもは薄ぼんやりとしか開かない目をめいっぱいに開けている。

 制服にまとった白衣は転んだ時にそうなったのかハダケたままで、座り方も雑なせいでスカートも少し捲れており、チラリと細っこい太ももがハイソックスの上に覗いている。

 病を疑うくらいに白い肌は色味を増して赤く染まり、それがよくわかる表情は蕩けて、口は常に半開きで呼吸するたびふるりと揺れる。

 

 って、よく見たら口元のアレ……よだ――。

 

 

「ふんにゃあああああ!!!」

「!?!?!?」

 

 ドゴォッ!

 

 自分の腹に全力パンチ、ダメージ1200!

 

「おごっ、ごふっ!!」

 

 今しばらく、腹を抱えてダメージに耐える。

 

 っていうか、いってぇ! 超いてぇ!!

 なんか拳が緑に輝いてなかった?! ヨシノさん? ヨシノさん!?

 あ、精霊羽織りか!

 

 燐光をまとう。

 頭にかかった靄が晴れる気配はないが、それでもなんとか理性を取り戻す。

 

「ぜひゅー……ぜひゅー……」

 

 悶えながらも改めて、俺はめばえちゃんを見る。

 さっきからずっと“吸魔の壺”はフル稼働だが、まだまだ時間が掛かりそうだった。

 

 

「は……はっ……」

(目は開かれてても、瞳孔に異常はなし。荒い呼吸は熱を持ったことによる体内からの排熱行動の意味合いが強いか? 上気する胸の動きから察するに肺が焼けついてたりなどはしていないだろうから、今すぐ医療行為が必要って感じでは……ない)

 

 観察した限り、極度の興奮に体がついて行ってない、そんな印象を受ける。

 俺の知らない“紫の思慕”の作用で何か悪さをしている……という線はなさそうで、ひとまず胸を撫で下ろした。

 

(だったらあとは伝えることを伝えて、壺を置いて部屋を出れば大丈夫だな)

 

 恐らくここに集まった“紫の思慕”は、めばえちゃんに憑いている。

 下手に彼女を連れ出すよりも、このままここで収束するのを待った方が被害は少ないはず。

 

(正直言って一緒に居たい。傍に居て力になりたい……が、二人きり、何が起こるかわからない)

 

 だから、やるべきことをやる。

 黒木終夜はクールに去るのみ、だ。

 

 

「めばえちゃん」

「ぁ……?」

「とりあえずそのまま落ち着くまで、なるべく呼吸をゆっくりに、一回一回、意識してみてくれ。そうしたら次第に熱も引いていくから、それで大丈夫」

「は……」

 

 目の焦点はあってない様子だが、それでも聞こえているらしい。

 俺の言葉にめばえちゃんは、小さく首を縦に振る。

 

「そもそも今回の件、俺のせいだ。その上、対応が遅れたせいでそんな状態にさせちまった。本当にごめん」

 

 これは今、言わなくてもいいことだったが、言わずにはいられなくて。

 自然と頭を下げて、めばえちゃんに謝罪する。

 

 

「………」

「最推しとか言ってるくせにまた迷惑かけちゃって、本当にごめん。それじゃ、また。事態が収拾したら改めてあやま」

 

 言葉の途中で立ち上がろうとした、そのとき。

 

 キュッ。

 

「!? なっ!? えっ!?」

「………」

 

 俺の制服の裾を、めばえちゃんの細い指が掴んだ。

 影を縫われたように動けなくなった俺に、上目遣いのめばえちゃんが口を開く。

 

 

「……い」

「い?」

「い、か……ない、で……」

「……っ!?」

 

 縋るような、視線。

 掴まる手の、確かな強さ。

 

「な、ぁ……?」

「い……かない、で……?」

 

 再度の願いを口にされてしまえば。

 

「「………」」

 

 俺に、それを断る力なんてありはしなかった。

 

 

      ※      ※      ※

 

 

「………」

「んっ……」

 

 温かい。

 粘っこい暑さの中にいるはずなのに、そんな感想しか出てこない。

 

 

(どどどどどどどどどどどど……どうしてこうなった!?!?)

 

 今。

 俺の横に、めばえちゃんがいる。

 

「んぅ……」

 

 腰を下ろした俺の右腕にガッチリと抱き着いて、引っ付いている。

 

 っていうかときどきスリスリ頬ずりとかしてくるんですけどぉーーーーーーーー!!?

 

 

「あばばばばばば……」

 

 めばえちゃんあったけぇ。やわらけぇ。女の子してるぅ……!

 なんかもう存在からして俺とは何もかもが違う。香りもなんかこう、すごい、いい!

 ふぁっ!? 髪の毛擦れた、やっば! フローラル。世界がフローラル!!

 

(めばえちゃんがめばえちゃん過ぎて語彙消えそう消えたハイ今消えました!)

 

 これ絶対“紫の思慕”の強制ロマンス状態だよな!? な!?

 じゃないとめばえちゃんが俺にこんなダダ甘えモードするとか絶対ないだろ!!!

 

 こんなこと、絶対にあるはずが――!!

 

 

「……っ」

 

 ぎゅっ。

 

「………………あ」

 

 

 ――あったわ。理由。

 

   ・

 

   ・

 

   ・

 

 黒川めばえは、普通の女の子である。

 再三俺がこう語るのは、彼女の設定が、生い立ちが、超人たり得ない道を示しているからである。

 

 不幸な家庭に生まれることは、ままある。

 親の虐待も、事件に発展してからの隔離、そして養護施設へ捨てられる形での委託も、あるところにはあるといった程度の不幸だ。

 強いて言えば呪いの才能だが、それすらレベル4に至るわけでもない、あるところにはあり、人が習得できる範囲での才能である。

 

 最初から国を動かす存在として教育されるエリートオブエリートだとか、クローン技術と神秘を混ぜた人造人間だとか、初めから兵器として開発される子供だとかに比べたら、彼女の歩んできた人生はまだ……常人のそれだ。

 

 だが。

 そんな人生に対してその心が耐えられるかどうかは、別である。

 

 

 めばえちゃんは、元来優しい女の子だった。

 その気質は穏やかで、愛を受け止めれば愛を返すような、そんな純粋な子だった。

 

 しかし、そんな彼女の本質を磨くには、彼女を育んだ環境は劣悪だった。

 

 めばえちゃんはコミュニティの中にあって孤独だった。

 両親から必要十分な愛を受け取ることができず、施設時代もその器を満たすには至らなかった。部屋の片隅で童話(メルヘン)不思議(オカルト)に浸るのを慰めとして、彼女は現実を生き抜いた。

 

 ハーベストによる社会不安は誰の心からもじわじわと余裕を削り、神子島戦線での戦いが本格化する頃には、明確な脅威として日ノ本国民に恐怖は十分植え付けられていた。

 ただでさえ気を揉む環境である養護施設では、その反応も顕著だった。

 

 そんな暗闇の中で、彼女は独り、生きるために戦っていたのだ。

 

   ・

 

   ・

 

   ・

 

(……そう、そうだよな。黒川めばえだもんな?)

 

 俺はそっと、右隣の彼女に体重をかけ、触れ合う面積を増やす。

 それを嫌がることもなく、彼女は受け入れ、むしろもっとと望むように圧を増した。

 

 それで十分、確信した。

 

 

(怖かったんだな。寂しかったんだな。不安、だったんだな)

 

 指示を理解し、従った。

 けれどそれがいつまで続けなければいけないかなんてわからない。

 

 非常事態に独りだ。

 天2は超人揃いだが、誰も助けに来てはくれない。

 

 時間だけがゆっくりと進む。

 そんなところに気づいたらピンクの靄で部屋が充満していくなんて、どれだけ恐ろしかっただろうか。

 意識だって、体だって、どんどん熱に浮かされて大変だったろうに。

 

(……それでも、めばえちゃんはここに残った。独りでいた)

 

 自分の役割を投げ出さず、恐怖と戦い続けたんだ。

 そこは明確に、俺の知るめばえちゃんとは違う……けれど、めばえちゃんらしいめばえちゃんの姿だった。

 

 

(俺は見てきた。彼女が、こうなるまでの道筋を)

 

 天2に来た時点で、めばえちゃんは俺の知るめばえちゃんとは一味違って強かった。けれど、それでもめばえちゃんはめばえちゃんな、陰キャ女子だった。

 そこから俺たちと交流を重ねて、重ねて、戦場にも赴いて。神子島解放戦なんていう大きな作戦にも参加して、彼女は自分を磨き上げた。

 

(友達もできて、体力・気力も訓練を頑張って、そして今、与えられた役割に強く臨んでいる)

 

 めばえちゃんは、今や立派な天2の保健衛生管理官だ。

 彼女がここを守ってくれているから、俺たちは安心して戦える。

 

 その信頼に、彼女は今日も変わらず応えてくれている。

 

 

(でも、それでも、だ)

 

 今、こうして俺の腕に縋り付いているめばえちゃんも、彼女の本当の姿だ。

 

 弱くて、臆病で、余裕がなくて、未熟で。

 必死で、冷静な判断ができなくて、迷ってしまうと自分の意志を弱めてしまう。

 

 そんな普通の女の子。

 こういうところも全部ひっくるめて、黒川めばえというパーソナルなのである。

 

 

「……大丈夫、大丈夫」

「っ」

 

 左手で、めばえちゃんの頭に優しく触れる。

 フワフワの毛髪の流れにそって、上辺をなぞる程度に撫でて、なだめすかす。

 

 触れた瞬間こそ驚かれたが、すぐに俺の意図を理解して、身を預けてくれた。

 彼女からの信頼が、心地よかった。

 

 

(……あぁ)

 

 自覚する。

 やっぱりそうだったと、心の確認作業が終わる。

 

(俺、めばえちゃんのこと――――恋してるって意味で、好きなんだな)

 

 何年も燻ぶっていた燃え上がるような情念が、胸の内から湧き出てくる。

 今すぐにでも彼女を抱きしめて、全身で彼女を感じ取りたいくらいの想いがここに、ある。

 

 

(はぁー……好きだなぁ)

 

 撫でるのをやめる。

 この手にはもう、邪心が湧いてしまったから。

 

 ちょっと不満げに身じろぎされたけれど、どうか勘弁して欲しい。

 

 今の状態でめばえちゃんに求められでもしたら、いろいろと我慢が利きそうにない。

 

 

「めばえちゃん」

「………」

 

 すっかり甘えん坊モードで、きっと今、それだけで頭がいっぱいになってる彼女に、囁く。

 

「何があっても、俺はめばえちゃんの味方だからな」

「………」

 

 その言葉に、彼女からの返事はなかったけれど。

 

(なんか、スッとしたな)

 

 部屋に満ちていたピンクの靄が薄れた頃には、すっかり俺の思考はクリアになって。

 

「……すぅ、すぅ」

「ありゃりゃ」

 

 興奮状態を抜けリラックスしたのか、コロッと寝入ってしまっためばえちゃんを医療用ベッドに寝かせて、俺は部屋を出た。

 

 

 ……答えは、定まった。

 

 

      ※      ※      ※

 

 

「おー、綺麗な青空」

 

 外に出れば、そこには変わらぬ夏空が広がっていて。

 

「終夜ー!」

「終夜くーん!」

 

 様子を見に来たパイセンと、清白さんが駆け寄ってくるのを見ては。

 

「おう!」

 

 今日一いつも通りの表情で、手を振ることに成功する。

 

 

「そっちはどう? なんとかなった?」

「なった。吸魔の壺はめばえちゃんところに置いてるから、あとで回収してくれ」

「わかったわ」

 

 パイセンと手早くやり取りをしてから、俺は清白さんの方へと向き直る。

 いつも通りノリで付いてきてただけっぽい彼女は、俺との遭遇に緊張しているようで。

 

「清白さん」

「は、はいっ!」

 

 呼びかけると返ってくる、ちょっとだけ裏返った声。

 わかりやすくギクシャクしている清白さんの濃い青の瞳が、俺を見て揺れていた。

 

 

「話がある。寮の屋上まで一緒に来てくれるか?」

「!? は、ひゃい!!」

 

 俺の言葉に彼女の頬が、パッと赤く染まるのを見て。

 

「…………行こう」

 

 静かに俺はこぶしを握り、腹の底へと力を込めた。




青春は確かに、そこにある。

応援、高評価してもらえると更新にますます力が入ります!
ぜひぜひよろしくお願いします!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。