機動戦士 ガッターロボ號   作:しんしー

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〇 プロローグ

 正面上方の大型モニターに、サイド7ただ一つのコロニー「グリーン・ノア1」が最大望遠で投影された。

 小型とはいえサイド間の航行が可能なこの巡航連絡艇『イッテル』なら、もう一時間と掛からず宙港に接岸できるだろう。

 ルナツーから2日近くをかけた航海ももうすぐ終わる。

 軽トラックを10倍ほども大きくしたようなフォルムをした『イッテル』は、船尾からワイヤーを伸ばし一体の白いモビルスーツを牽引している。

 それは『ガンダム』と呼ばれる機体だ。

 

「…なぁ、カブキチョー、行ったことあるかぁ」

 

 操縦席に座るヤルキ・ナイナー曹長が呟くように言った。

 宇宙服は来ているもののヘルメットは被っていない。痩せて、枯れた白髪の小男だ。

 

「重力ブロックの色街だろ。もう半年もここにおるんだから、行ったことぐらいあるさぁ」

 

 副操縦席のドーデ・モイーヤ軍曹が、一応コンソールパネルを眺めながら答える。

 どっぷりとした体格の、こちらも初老で頭髪がほぼ後退しきった男だ。

 

「スターダストって店のママ、知ってっか」

「知らん。いい女か」

「40代って言ってるがありゃ60近いな。でもいい女だ。ここにいる間に何とか落としてえと思っててよぉ」

「戦争に来てっからなぁ、星の一つくらいは落として帰りてえやなぁ」

 

 そう言って嗤う二人の部下の後ろに位置する艇長席で、ミチルダ・アジャン少尉は心の中で大きくため息をついた。

 『イッテル』の操縦室は意外に広く、前席の二人と自分の艇長席にはけっこうな距離がある。

 それは二人の部下と自分の心の距離感のようだ。

 二人の軽口に、上官であり艇長である自分が何も言わないわけにはいかない。

 

「…宇宙港に接岸間際です。もう少し緊張感を持ってください」

 

 前の二人から、露骨に白けた空気が伝わってきた。

 

「こちとら30年以上も宇宙艇のパイロットやってきたんだ。接岸くらい目ェつぶってたってできますから、安心しててくださいよ、少尉殿」

「そうそう。少尉殿が生まれる前からのベテランだ。任しておいてくださいでありますよ」

 

 へへへ、と嗤う二人の部下の後ろ姿に、ミチルダは自身への嫌悪感につまされる。

 ミチルダは地球で勤務している姉に思いをはせた。

 父親よりも年長の部下を扱うのは楽ではないことだ…とは思うが、これが自分ではなく姉であれば、こうも露骨に見くびられることはないだろう。

 同じ言葉であっても、凛とした姉の一言は、戦争を知らずに退役していた老兵から見事なまでに畏怖の念と反省と緊張感を呼び起こすはずだ。

 眼下のモニターに反射している自身の顔が目に入った。

 ヘルメットの下では姉同様オレンジがかった髪を短くまとめ、ややぽってりとした唇にはこれも姉と同じく赤い口紅を差している。

 自分でも、一卵性姉妹の姉と瓜二つだと思う。だが、姉と自分は決定的に何かが違う。

 

“…自信の差、なんだよな”

 

 それは、これまで幾度となく繰り返してきた自問自答の答えだ。

 同じ目じり、同じまつ毛、そして同じ瞳を持ちながら、すべてにおいて自信に満ちた力強い姉の眼差し。

 それが、自分にはないのだ。

 姉に追いつきたいと自分なりに努力を重ねてきたが、物心ついてからのコンプレックスはあの事件で決定的なものになってしまった。

 10か月前のあの事件。

 ミチルダはまたため息をつきながら、フロントウィンドゥに広がる宇宙に目を向けた。

 

「…2時の方向。何か光りませんでしたか?」

 

 ミチルダの言葉に、ドーデ曹長がコンソールパネルを眺める。

 

「レーダーには何もありませんな。少尉殿の気のせいでしょう」

 

 暢気なセリフを吐くドーデ曹長に、そのレーダーが役に立たないのがこの戦争なのだよ、と心の中で毒づきつつ、ミチルダは艇長席のコンソールを操作し索敵した。

 この宙域には1週間ほど前にサイド7を出港したホワイトベースが戦闘濃度でミノフスキー粒子を散布している。

 だが、それにしても残留濃度が高すぎると思われた。

 グリーン・ノア1に戦略的な価値がなかったのは、ジオンの英雄シャア・アズナブルによってここがⅤ作戦の本拠地であることを知られるまでの話だ。

嫌な予感がする。

 

「なんだぁ、あの光」

 

 ヤルキ曹長が宇宙の一点を見ながら言った。

 遥か彼方ではあるが、閃光がいくつも瞬いている。

 ミチルダ少尉は一瞬で状況を理解した。

 

「戦闘が行われています。第一種戦闘配備を」

 

 ヘルメットのバイザーを閉じながら告げるミチルダを、ヤルキ曹長が苦笑いしながら振り返った。

 

「戦闘ってそんな馬鹿な。だいたい第一種戦闘配備って何するんですかい。民間から徴用したこの船には武装なんてないですぜ」

 

 ヤルキ曹長の言葉は無視して、ミチルダは後部の船室にいるイグニス・ディヒター少尉への通話回線を開いた。

 

『イグニス少尉、前方で戦闘が起こっているようです。ガンダムで待機してください』

「了解した」

 

 イグニスは透き通るような碧眼で文字を追っていたゲーテの詩集を宙に浮かべ、さらりとした金髪をヘルメットに収めた。

 

「艇長、本当に戦闘が起こっているのか?」

『わかりません。ですが、多分間違いないでしょう』

 

 どっちだよ、とこちらも心の中で毒づきつつ、イグニスはエアロックへと向かった。壁面に常備されているランドムーバーを背負う。

 イグニス・ディヒター少尉は20歳。歳は若いが優秀なモビルスーツパイロットである。

 今回の任務は1週間ほど前にホワイトベースが出港したグリーンノア1に生存者がいないかの調査と、Ⅴ作戦の痕跡…ホワイトベースに搭載できなかった連邦製モビルスーツのパーツがすべて廃棄されているかの確認である。

 『イッテル』の荷台に積み込まれているスーパーナパームをガンダムで使用すればいいだけの簡単な任務だ。

 2日間の航海は何の変化もなく、言葉は悪いがいささか退屈していたところだ。

鉄の扉を開き、イグニスは宇宙へ出た。バーニアを吹かし、軽く姿勢制御をしながら愛機のもとへ向かう。

 『RX-78-0』。彼の相棒の形式番号だ。

 『RX-78-0』はルナツーで秘密裏に組み立てられたガンダムの言わば量産機である。

 ガンダムで使用するパーツは厳しい品質管理を求められる。

 そのチェックではねられた規格落ちのパーツで製造された…ガンダムでありながらガンダムとはされない不遇な機体だ。

 同様のコンセプトの機体が地上では20機ほど生産されているらしいが、宇宙戦用としてルナツーで組み立てられたのはイグニスが搭乗する一機のみだ。

 ルナツーのパイロットや整備士たちの間ではもっぱら『ガンダムもどき』などと揶揄されているが、一番長くこの機体に拘っているイグニスには大切な相棒である。

 イグニスは腹部に取りつくと装甲を開き、コクピットに滑り込んだ。

 手早く『ガンダム』を立ち上げる。

 規格落ち部品の集まりとはいえ、その性能は『RX-78-2ガンダム』の90パーセントに匹敵する。

 ジオンのザクなどものともしない。

 『RX-78-2ガンダム』は民間人の素人の操縦ですでにザクを5機も撃墜しているらしい。

 ならば、すでに100時間を超える操縦経験がある自分なら、それを上回る成果を上げるくらいたやすいことだろう…いや、成果を上げられなくては正規パイロットとしての自分の力量が疑われる。

 

『こちらに接近してくる機体があります。ザクの…いえ、ザクだとするなら5倍以上のスピードです』

 

 正面上にある通信用サブモニターにミチルダ少尉の不安そうな顔が映った。

 

「了解した。…大丈夫だよ、少尉。この船は僕とガンダムが必ず守る」

『頼りにしています』

「牽引用のワイヤーをはずす。そちらのバランスが崩れる筈だ。気をつけて」

 

 ガンダムを捕らえていたワイヤーのロックが解除された。

 自由の身となったガンダムはスラスターを吹かし、イッテルの前に出る。

 確かに、異様な高速で接近してくる敵機がいる。イグニスは照準器を引き出し標的を捕捉した。

 ザクとは少し違うような気がするが、それは関係ない。

 戦艦の主砲に匹敵するガンダムのビームライフルの直撃に耐えられる機体など存在しえない。

 

「…ま、油断は禁物なんだけどな」

 

 イグニス少尉は冷静に、ビームライフルのトリガーを引いた。

 

「なにっ」

 

 接近してくる敵機はビームを回避した。

 ほぼ光速で飛ぶメガ粒子を回避するなどありえない。

 だが、敵はビームを回避した。

 

「ちぃッ」

 

 イグニスは間髪を入れずビームライフルを発射する。

 今度は狙い違わず、敵機に直撃した。

 

「…なんだと?!」

 

 敵機は直撃したビームを、弾いた。

 

「まさかIフィールドってやつか?! ビームコーティング?! …消えた! 早い…!」

 

 気がつくと、敵影はガンダムの背後にあった。

 ガンダムを反転させ、頭部バルカンで牽制しつつ距離を取ろうと後退する。

 ザク、と思しき敵機は右肩のシールドでバルカンを弾きながらまっすぐに接近してくる。

 2機は衝突した。

 衝撃でイグニスの身体がパイロットシートの上で大きく弾む。 

 思わず呻きながら、イグニスはガンダムに、背負ったビームサーベルを抜こうとさせる。

 それより早く、機体におかしな衝撃が響いた。

 コクピットにアラートが鳴り響いた。

 

「右脚を持っていかれた?!」

 

 ザクの左手が、ガンダムの右脚を持っていた。

 大腿部ごと、奇麗にもぎ取られていた。

 イグニスは、ガンダムの脚を持つザクの左腕が人のそれを模したものでないことに気づいた。

 蛇腹状の腕は左肩の巨大な貌のようなものから生えている。

 異様な姿のザクはガンダムの右脚を放り捨てた。

 次の瞬間、蛇腹の左腕が長く伸びて、ガンダムの腹を殴った。

 イグニスがパイロットシートで激しく弾むどころか、ガンダムの腹部の装甲を潰し、正面モニターに亀裂が入るほどの一撃だった。

 電気系統が破壊されたのだろう、コクピットは闇に包まれる。

 イグニスは完全に外と遮断された。

 だから、ガンダムの腹部に異形のザクの左腕が巻き付いたこともわからない。

 コクピット全体が嫌な音を立てる。

 ザクの左腕が、ガンダムのボディを締め付けているのだ。

 空いているザクの右腕が、ガンダムの頭部を引き抜いた。

 首のあった場所めがけてザクの右腕が突っ込まれる。

 暗闇のコクピットの中で、イグニスは自分の腹と背が鋼鉄の指のようなもので挟まれる感覚を味わった。

 身体の前後からの圧力が、さらに強まっていく。

 

「…うわっ、ああああああ…!」

 

 ぷちゅり。

 

 異形のモビルスーツの腕がガンダムの内臓を掴みだし、宇宙へ放り投げた。

 その間にも、ガンダムの胴体はギリギリ…と嫌な音を立てて締め上げられていく。

 ついに、ガンダムの胴体は千切れ飛んだ。

 イグニス少尉の断絶魔の悲鳴は誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

「今の爆発は…ガンダムですか?」

 

 目視できた爆光を見たミチルダは思わず声に出した。

 

「何言ってんですか、少尉殿。ガンダムってのは連邦の最新兵器なんでしょ。そんな簡単にやられるわけがないでしょう。なあ、ドーデ軍曹」

「まったく…本当にお嬢さんは心配性でありますな」

 

 二人はわざわざ振り返って笑いながらミチルダに言った。

 その時ミチルダは、曹長の背後のフロントウィンドゥの向こうにジオンのモビルスーツを見た。

 接近してくる淡い緑色の巨人の瞳が光る。

 

「逃げて!」

 

 二人の部下にミチルダの叫びは間に合わず、ジオンのモビルスーツがその手に持ったヒートホークを振るった。

 操船室の広さが運命を分けた。

 外装と内壁を一気に切り裂かれた『イッテル』の操船室は瞬時に半壊し、ヒートホークの刃に一番近かったドーデ軍曹の上半身が瞬時に溶解した。

 だが、彼はまだましだったかもしれない。

 宇宙服を操縦席に固定することすらしていなかったヤルキ曹長は、ヘルメットもないまま宇宙に吸い出されていった。

 死を迎えるまでの十数秒間、彼は絶望を味わうのだろう。

 モビルスーツが『イッテル』の操船室だったスペースを覗き込んだ。

 淡いピンクに発光するモノアイに見据えられ、ミチルダは死を覚悟する。

 だが一方で彼女は、これはこんな時に気にすることかと思う違和感に囚われていた。

 このモビルスーツは『ザク』だろう。

 だが、何かが違う。

 少なくとも、ミチルダが知る『ザク』は、モノアイが上下に二つ並んで装備されたりはしていない筈だ。

 

“…モノアイ、二個装備だと?”

 

 その矛盾した言葉の並びに狂気に駆られたような笑いが込み上げてくる。

 死を目前にして心がおかしくなっていると自覚する。

 矛盾したザクが左腕を振りかぶるのが見えた。

 その腕も、人のそれを模したものではない。

 左肩から先が、『象』の頭部を模しているのだ。

 だが、ミチルダはかつて地球にいたという『ヤセイドウブツ』に造詣は深くない。

 『鼻』であろう蛇腹の先には、そこだけはリアルなまでに人の手の形をしたマニピュレータがついていた。

 異形のザクはあの拳で自分を叩き潰す気だ、とミチルダは理解した。

 ここで死ぬ、と観念する。

 だが、目を閉じかけた瞬間、右手から飛び出してきた別の巨人が体当たりで異形のザクを弾き飛ばした。

 それはジオンのモビルスーツではない、とミチルダは直感した。

 デザインの基本的なコンセプトが、ジオンのモビルスーツとは根本的に異なっている。

 逆三角形のマッシブな上半身は青く染められ、顔は人を模したデュアル・アイ仕様。 

 額にはⅤ字アンテナ…の中央に、天に向けてもう一本のアンテナが猛々しく伸びている。

 

「…連邦軍のモビルスーツ? こんな機体は知らないぞ…?」

 

 操船室を覗き込んだ三本角のモビルスーツは、ミチルダの無事を確認すると踵を返してジオンのモビルスーツを追った。

 ミチルダは艇長席から飛び出し、3本角のモビルスーツの姿を追った。

 上半身にふさわしい、太くたくましい脚部は濃緑に染められている。背面には赤い巨大なバックパック。

 その先端には槍…いや、細身のドリルのような巨大な突起が天を指している。 

 急制動をかけて停止した三色に塗り分けられたモビルスーツは、下腕部に外付けされたハンディマシンガンを斉射した。

 ザクもどき、の異形のモビルスーツが爆散する。

 その一瞬の閃光にミチルダは目を覆った。

 

『…宇宙船のパイロット。生きているか。そちらを戦闘には巻き込む気はない。そのまま待機していろ』

 

 ミチルダの返事を聞くこともなく、モビルスーツはスラスターを全開にして飛び去って行った。

 行き先は多分、先ほど見つけたいくつもの閃光が見えた宙域だろう。

 取り残されたミチルダ少尉は、通信機越しに語りかけてきた声を思い返していた。

 

「…あれは、ジン大佐の声…?」

 

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