機動戦士 ガッターロボ號   作:しんしー

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第9話 ショーの始まり

『ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! …』

 

 ズム・シティのジオン公王庁。

 その執務室で寛ぐギレン・ザビは、窓の外のいまだ鳴りやまぬ公国民の雄叫びを聞いていた。

 興奮した数百万人の足踏みの振動が、彼の手の中の珈琲を揺らす。

 ザビ家の末弟、ガルマ・ザビが死んだ。

 その死を弔う国葬で、ギレンは国民へのアジテーションを終えてきたところだ。

 導くべき愚民どもはこれで再び戦争への狂騒に駆り立てられる。

 大勢の国民が死んでいくだろう。

 だが、それは人類がより宇宙に適応し進化するための言わば人柱だ。

 自らの国民を死に扇動することに痛みがないわけではなかった。

 だが、自身の理想の世界を創り出すためには犠牲を求めねばならない。

 ジオン国民は自身が率先して導かねばならぬ存在だ。

 導かれねばならぬ時点で彼らは愚民である。

 しかし、彼らを導こうと行動している時点で、ギレン・ザビは彼らを愛しているのだ。

 

「セシリア」

 

 ギレンは部屋の隅に静かに立っている愛人に声を掛けた。

 セシリア秘書官はギレンに珈琲を差し出したきり、彼の思考を妨げぬよう微動だにしていない。

 

「ランバ・ラルからの報告は?」

「アラスカのドラゴントータスでございますね」

 

 セシリアが手元のコンピュータ端末を叩いた。

 

「ガルマ様が亡くなられたことで北米戦線での連邦軍の蜂起反撃が見込まれます。これを叩くべく本格的な作戦行動を開始する、と」

「AV54はどうなっている?」

「すでに世界の主要都市に一斉降下させられる手配は整っております。あとは閣下のご決断次第かと」

「よろしい。…セシリア。この戦争はもうすぐ終わるよ。私は地べたを這いずるしか能のない地球に生きる下等種族を一掃する」

 

 ギレンは壁一面のスクリーンに、ジオン国営放送が流す国民の熱狂を映写した。

 ジオン本国から地球圏全域へと発信されているガルマの国葬と自らの演説に、地球人どもはどう出るか。

 その映像が、突如として乱れた。

 セシリアが慌ててコンピュータ端末を叩く。

 

「何者かが通信に割り込んでいるようです」

「ほう」

 

 ギレンがスクリーンに目をやると、ノイズの向こうから獰猛にして冷酷な、そして狂気を秘めた男の顔が現れた。

 

「貴様、ジン・ハヤトか」

『お久しぶりです、ギレン・ザビ閣下。貴方のことだ。図に乗った演説の一つもかましてくることかと思っていましたよ』

 

 ギレンは静かに、しかし我と知らず立ち上がり、スクリーンに映る傲岸とも言えるハヤトの顔を凝視した。

 

『ギレン、貴方は自分の手ですべてを統べようと思っているらしいが、世界は広いですよ。貴方のような狂信者が世界を征服しようとしてもすべての人間がそれに従ったりはしない。貴方の行動は地球圏に厄災をまき散らすだけのピエロに過ぎない。滑稽で救いようのない…大罪を犯した許されざる犯罪者だ。このまま世界に宣戦を布告し続けるならば…』

 

 ハヤトはこれ以上はない冷徹さで強く吠えた。

 

『私たちはすべてを投げ打ってでも貴様の野望を打ち砕く!』

 

 ハヤトの不敵な笑みを最後に、映像が途切れた。

 しばしの沈黙ののちに、ギレンは一口、珈琲を啜った。

 

「…セシリア」

「はい」

「今の放送は地球全土に流れていたのか?」

「はい」

「何処から放送されていた?」

「…地球をはさんだ向こう側…ルナツー、かと」

「ルナツー…連邦軍のⅤ作戦の本拠地だな。ならばモビルビーストを打ち破ったと言う連邦のモビルスーツも彼奴のものか…」

 

 ギレンの静かな口調にセシリアは生唾を飲み込んだ。

 ギレン閣下が、怒っている。

 セシリアは、経験的にそれを知っている。

 

「セシリア」

「はい」

「AⅤ54を地球全土に降下させよ。我々は第二次地球制圧作戦を実行する。そして、だ」

「はい」

「ジャブローに向けて勧告しろ。ジン・ハヤトが擁する新型モビルスーツを我々に引き渡せ、とな。ガルマを殺した木馬などどうでもよい。ジン・ハヤト…彼奴の開発したモビルスーツを手に入れるのだ」

 

 

 その日、地球各地に巨大な白い半球状のドームが降下した。

 最底部の直径は100メートルを下らない。

 AⅤ54…ギレンがそう呼ぶ地球侵攻の切り札は、当然のことながらジャブローを近くに見る南米大陸の赤道付近へも降下を始めた。

 連邦空軍セイバーフィッシュ部隊が迎撃に向かう。

 放たれた数発のミサイルが命中すると、AV54はあっけなく爆発した。

 だが、その爆発は半径20キロメートルを一瞬にして焦土と化すほどのものだった。

 核兵器の疑いがもたれたが、放射能は検知されなかった。

 ジャブローの高官たちは激しく動揺した。

 これだけの破壊力を持つ通常兵器の存在。

 それは地球連邦軍にとって明らかに想定外の事態だ。

 ジオンは何故、これだけの破壊力を持った兵器を開発しているのか。

 同時に、アラスカ戦線が激動した。

 地球全土を戦場とした人類史上最大の戦争のなか、比較的静かな膠着状態にあった地域で、戦局が大きく動いたのだ。

 連邦軍アラスカ方面部隊は、北米大陸がジオンの占領下となったことで孤立を余儀なくされていた。

 しかし、ジオンもまたアラスカ方面に戦力を差し向ける余力がなかったために、この地域は小競り合いすら起こることがなかった。

 ガルマ・ザビの戦死を受けて、連邦軍アラスカ方面部隊は北米大陸の南下作戦を開始した。

 しかし、その背後を突くように北極方面からジオン軍が突然、攻撃を仕掛けてきた。

 それは一方的な殺戮となった。

 通常の兵器しか持たぬ連邦軍に対し、ジオンのモビルスーツ・ザクはただでさえ大いなる脅威と言えた。

 しかし、ザクをはるかに凌ぐ凶悪なメカ軍団が、連邦軍アラスカ方面部隊を蹂躙したのである。

 それが、モビルビーストと呼ばれる悪魔の兵器であることを知る者は連邦軍内にはほぼいなかった。

 

 

 

「ガッターをジオンに引き渡せだと!」

 

 ゴウの怒声が『NASAR』の作戦指令室に響いた。

 

「ジャブローにギレンから勧告があったそうよ。ガンダーを引き渡さねば世界中にセットされた『マンジュウ』を爆破させると」

「マンジュウ?」

「ジオンが宇宙から地球の主要都市に降下させてきた爆弾要塞だ」

 

 問いかけるゴウに、テムが答えた。

 

「ゴウ、ヤバい兵器だぜ、こりゃ。攻撃はおろか周囲に伸ばした触覚に触れるだけでもすべてを吹っ飛ばすそうだ」

 

 先に指令室に来ていたミチルダとガイはすでに状況を聞いていたらしい。

 ゴウはハヤトを睨みつける。

 

「ジンさん、あんたまさかガッターを奴らに引き渡したりする気はねえよな」

「俺は今は政府の人間だ」

 

 ハヤトは尊大な態度でゴウを見下すようにそう言った。

 それはゴウの怒りにますます油を注ぐ。

 

「奴らはガッターの戦闘力を恐れてる。奴らはガッターを奪って、ガッターによって地球を制圧しようと企んでいるんだ。それだけじゃねえ。ジオンのやつらは地球制圧で戦力が不足している。奴らが支配している宇宙に俺たちガッターがいたんじゃ気が休まらねえ。だからガッターロボをルナツーから…宇宙から駆逐したいんだ」

 

 ハヤトは静かにゴウの前に立ちふさがった。

 

「そんなことはみんなわかってる。今は喉元に突き付けられたナイフをどうするかだ。俺たちは戦争をしている。だから死んでもいい。だが、死んではいけない人間が大勢いるんだ」

「奴らはもう『マンジュウ』を爆発させねえよ。奴らにとって地球に生きてる人間は大切な人質だ。地球連邦政府を縛れる唯一のものだ。もしこれ以上爆発させてみろ。地球全土がジオンに向けて牙を剥く! それを一番知っているのがギレン・ザビだ!」

「そうだ、あいつはもう爆発させぬかもしれん。いや、地球連邦政府が爆発させんのだよ」

 司令官席の通話機がコールサインを鳴らし、テムがモニターを覗き込んだ。

 

「ジン君。ワッケイン指令からだ」

 

 ハヤトがゆっくりとモニターに回り込む。

 

「ジンの旦那。おれを失望させるなよ」

 

 ゴウの言葉を背中で聞きながら、ハヤトは通話スイッチを入れた。

 40代前後の、金髪を短く整えた神経質そうな男がモニターに映った。

 

「ジン大佐、状況は把握していると思うが、一刻を争う状況だ。上層部の決定は今夜の会議で決まることになっているが、ガンダーRX-76は今よりルナツーの表の司令官である私の管轄下に置く。君らにとって不本意であろうが、連邦市民の暴動や諸問題を考慮してのことだ。今、我が隊がそちらに向かっている。引き渡しはスムースに行ってくれ」

「…わかりました。それは軍の決定とみていいのですね」

「ガンダー一体で多くの命が救われる。悪く思わないでくれ」

 

 モニターの映像は無感情に途絶えた。

 ゴウが力任せにテーブルに怒りの拳を叩きつけた。

 

「ジンの旦那、おれはガッターを軍には渡さねえぞ!」

「なら、どうするゴウ」

「ジオンにガッターを渡すくらいならおれがこの手で爆破してやる! あんたらにそんな度胸はねえだろうからな!」

 

 ハヤトが小さく笑い、怒鳴った。

 

「ケツの青いガキが聞いた風なこと抜かすんじゃねえ! そんな口が利けるのは貴様がまだまともな戦いをしてない証拠よ。血ヘドを吐いてみろ、血の重さがどのくらいのものかわかる!」

「そうかもしれねえ! だがこのまま奴らの言うことを聞いてりゃこっちが一方的に血ヘドを吐かされるだけだ!」

「ならどうするんだ、ええー? いい考えがあれば教えてもらいたいな、俺だけでなく連邦の市民全部にな!」

「…教えてやる」

 

 ゴウは苦い顔で答えた。

 売り言葉に買い言葉だ。

 だが、そう答える以外の選択肢はゴウにはなかった。

 

「今奴らの言いなりになれば、これから永久におれたちはジオンの言いなりになる!」

 

 ゴウはそう吐き捨てると静かに作戦指令室を後にした。

 

「…ジン君」

 

 テムが小さくハヤトに声を掛けた。

 

「これでいいんです。ことがどう転ぼうと責任はすべて私が取ります」

 

 これはハヤトの戦いでもあった。

 

 

「ゴウ、おまえ何をやるつもりだ!」

 

 通路を進むゴウをガイとミチルダは必死で追いかけた。

 

「うるせえ、これからやることはすべておれ一人の責任だ! てめーらはついてくるんじゃねえ!」

「そんなことを言っても、おかしなことをしたらただではすみませんよ」

 

 ゴウの腕をつかんだミチルダを、ゴウは乱暴に振り払った。

 

「反乱分子がひとり出るだけだ。連邦政府に反逆する国賊が一匹出るだけだ!」

「ゴウ、あなたまさか!」

「これからやることは連邦軍もこのNASARも関係ねえ。これならみんな言い訳が立つ!」

「ゴウ、おまえ!」

「いいか、これはおれ一人の問題だ!犯罪者はおれ一人で沢山だ!」

 

 吐き捨てたゴウの姿は通路を曲がって消えた。

 ガイとミチルダは今、それ以上後を追えなかった。

 

 

 私物を満載したバッグを担いで、ゴウはガッターの格納庫へと向かっていた。

 怒りに溢れた凶暴な顔で突き進んでいるが、内心には『…やっちまったなぁ』という一抹の思いがある。

 多少の自覚はあるが、ゴウはノリと勢いとハッタリで生きている。

 できるかどうかではない。

 やるのだ。

 そうしなければ生きてこられなかった環境で、ゴウは生きてきた。

 

“…しかし、なぁ…”

 

 そもそもゴウは、生まれ育ったサイド1の貧民街コロニーを出て平穏な暮らしをするためにグリーン・ノア1へと不法移住したのだ。

 それが、何故こうなった?

 しかし。

 ガッターに魅入られていなくても、この状況は引けるものではなかった。

 

「なんだよ、あんた」

 

 通路の角を折れたゴウは思わずそう口にした。

 そこには、パイロットスーツを着たミチルダが、自分と同じように大荷物を抱えて立っていたのである。

 

「おめーらには関係ねえって言っただろうが」

「国に背くバカが一人増えただけです」

「いや、アンタはやめとけ。ここでジンさんと一緒に戦えばいい」

「今は前線で戦うことを選ぶべき時です」

「何言ってんだアンタ!」

「まあ、そう言うなゴウ。悪いことをやるには仲間が大勢いた方がいい」

「ガイ!」

 後ろから聞こえたガイの声に振り返ると、当たり前のように両手と背中に山のような荷物を抱えたガイが笑っていた。

 

「おまえら何考えてんだよ!」

「おまえと同じことだよ!」

 

 怒鳴りあいながらコアファイターに向かう三人の前に、テム博士とソノバ技師長たちの一団が静かに立ちふさがった。

 

「君たち、これから何をするつもりだね」

 

 テムが静かに問うた。

 

「俺たちはガッターロボを強奪して逃亡する」

 

 ゴウも静かに、しかし力強く答えた。

 

「地球連邦軍はガッターの引き渡しを決めたが、過激な反逆者がガッターを奪って逃亡しちまうんだ。これなら連邦軍としたって言い訳が立つし時間も稼げるんじゃねえか?」

 

 ミチルダもガイも、その目に譲る気はなかった。

 

「テム博士。おれたちを止めても無駄だぜ」

「誰が止めると言った!」

 

 テムは声を荒げて答えた。

 

「ガンダーがジオンに奪われればどうなるか、一番よくわかっているのはこの私だ。ガンダーの技術的ノウハウを奪われ、モビルビーストを凌ぐ機体が量産されるようなことになれば、人類はギレン・ザビの前に跪くほかはなくなる。そんなことが許せるか!」

 

 テムの合図に、数人の整備士がトランクほどもある工具箱をゴウたちの前に並べた。

 

「ミチルダくん。簡単な修理ならこなせる工具がこの中に入っている。このバカ二人には任せられん。頼むぞ」

 

 ゴウ、ガイ、ミチルダは、テムたちの思いも共にあることを知った。

 

「ミチルダじゃねえ、このゴウ様に任せとけ。機械いじりの才能も、モビルスーツの操縦も、おれはあんたの息子の百倍の才能の持ち主だぜ!」

 

 ゴウの啖呵に整備士たちが沸き上がった。

 

「ミチルダ中尉、ガッターにありったけの武器を装備しておきました! 頑張ってください!」

「ガイ、3号機のコクピットに武器と弾薬、入るだけ載せておいたぞ!」

「ミチルダ中尉、特製の宇宙食です。お腹が空いたら食べてください!」

「お守りです! ぜひ持って行ってください!」

「ルナ・チタニウムZで鍛刀した仕込刀です! 護身用に持ち歩いてください!」

「あ、ありがとう…みなさん」

「…コラおめーら、おれの分はどうなってるんだよ、雑草でも食って丸太で戦えってのか!」

 

 ゴウの罵声に一同が沸き立った。

 そこに、拳銃を手にしたハヤトが静かに現れた。

 ゴウとハヤトは狂暴な目つきでにらみ合う。

 

「きさまらの勝手な行動がどれくらいの犠牲を生むか考えてるのか」

「軍のお偉方の決定はまだ下ってねえ。その間にガッターは盗まれちまうんだ」

「そんな言い訳が通じる相手か」

「通じさせてみろよ。たまには命がけで仕事してもいいんじゃねえか?」

 

 ハヤトは初めてにやりと笑った。

 

「俺は今は軍の人間だぞ」

「わかってるよ、ジン大佐」

 

 ハヤトは手の中の拳銃を空に向けて発砲した。

 ハヤトもまた、ゴウたちに自身の意志を委ねたのだ。

 もう一度、ガッターの格納庫は沸き立った。

 ハヤトは手の中の拳銃をゴウのはだけたパイロットスーツの中にねじ込んだ。

 

 「ゴウ、持って行け。ギレンを襲った時の銃だ」

 

 かつてハヤトは、レビル救出のためにズム・シティに潜入した際、レビルを逃がすための囮として単身ギレン・ザビを襲撃した。

 ギレンを急襲したハヤトが放った銃弾は確実にギレンの眉間を狙っていたが、一瞬早く、たまたま首を振ったギレンは奇跡的に弾丸を避けた。

 ハヤトの撃った一撃は、ギレンの両眉を削ぎ落とすにとどまったと言う。

 ハヤトはソノバ技師長たちに向き直ると声を上げた。

 

「おまえたち、俺たちはガッターを国賊の大泥棒どもから守るために必死で戦うぞ!」

 

 整備士たちは戦いの雄叫びを上げた。

 

 

 ワッケイン司令直属の部隊はルナツー内のNASARエリアに踏み込み、ガッター格納庫を完全に包囲した。

 彼らがガッター格納庫に突入を開始しようとした瞬間、格納庫のハッチが宇宙へ向けて解放された。

 異変を感じた部隊長は即座に突入を開始する。

 

「撃て撃てー、ガッターが過激分子に奪われるー!」

「ガンダーRX-76を守るんだー」

 

 格納庫の整備士たち、NASARの兵士、士官たちが、メインスラスターに火を入れたコアファイターに向けて手に持った銃火器を発砲している。

 状況を理解できないワッケイン直属部隊を尻目に、コアファイターは宇宙へと飛んだ。

 

「ゴウ、何処に向かいますか」

「俺たちを迎え入れてくれそうなところだ」

「そりゃ何処だ?」

「宇宙はまだ戦場になっていねえ。地球で今一番不穏な戦場…アラスカだぁー!」

 

 三機のコアファイターが一つになる。

 ガッター翔が、地球へと飛ぶ。

 

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