第10話 戦場の放浪者
「うわああああああ!」
「助けてくれ! 悪魔だ! 悪魔に殺されちまう!」
「何処へ逃げりゃいいって言うんだ!!」
連邦陸軍の兵士たちはモビルビーストの足元を逃げ惑っていた。
奇怪な鋼鉄の合成獣たちは彼らを踏みつぶし、焼き殺し、無慈悲な虐殺でアラスカの雪を染めていた。
連邦陸軍航空部隊の誇るデプ・ロッグ爆撃機の編隊は、投下した爆弾をものともしないモビルビーストの軍団に片っ端から撃墜された。
61式戦車の戦団も玩具のようにただ蹂躙され、雪をかぶる瓦礫と化した。
「軍曹、しっかりしてください」
「トム…おれはまだ生きているのか?」
小さな岩陰に身を潜めた二人の兵士がいた。
どちらも血塗れである。
軍曹と呼ばれた男は重傷を負っていた。
「爆風で吹っ飛ばされましたが、そのまま雪に身を潜めてやり過ごしました。九死に一生ですよ」
「…なら、おまえだけ逃げろ。俺は足手まといだ」
「ここまで来たら死ぬときは一緒ですよ、軍曹」
笑みを浮かべながらトム二等兵はコニー軍曹を担ぎ上げ、一歩一歩進み始めた。
だが、何処へ向かっているのか、何処へ向かえばいいのか皆目見当もつかない。
二人の眼前に、トラックほどのモビルビーストが現れた。
巨大で凶悪で醜悪な…ウサギだ。
その赤い目が二人の逃亡者を捕らえ、対人レーザーを放とうとする。
死を覚悟して身をすくめるトム二等兵とコニー軍曹は、突然の爆音と爆風に見舞われた。
恐る恐る、目を開く。
三本角と青い上半身の人型兵器が、その拳を振り下ろしウサギのビーストを叩き潰していた。
胸部のハッチが開き、やや小柄なパイロットが現れる。
「大丈夫か」
「…おまえらは? 仲間か…?」
「おれは連邦宇宙軍ルナツー部隊のゴウ・ジュウモンジだ」
「…宇宙軍?」
トム二等兵が問うた。
「ああ。アラスカ戦線がヤバいと聞いて降りてきたんだが…まったく、何処に行っても味方なんかいやしねえ。あんたたちの原隊は何処に…いや、気の毒だがもうなさそうだな」
『ゴウ、敵機が接近しています。北に三キロ。数は最低でも10機』
ミチルダからの通信を聞いて、ゴウは苦虫を噛み潰したような顔でトム二等兵とコニー軍曹を見た。
「あんたたち、もう少しここに隠れていてくれ。敵を蹴散らしたら仲間がいるところに連れて行ってやる」
「仲間…? 生きている奴らが他にもいるのか?」
「ああ、重傷者ばかりの敗残兵だがな。ここからそう遠くないエスキモーの村に避難してる」
『ゴウ、急げ。先手を取らないとこっちもヤバい』
ガイが緊迫した声音でゴウに呼びかけた。
「わかってる」
ゴウは1号機のコクピットへと向かった。
★
「アコースの部隊が消息を絶っただと?」
ランバ・ラル中佐はクランプ中尉の報告に半ば怒鳴るように答えた。
「ヤツに与えたモビルビーストは対人用とは言え10体はあった筈だ。それが…」
「全滅であります」
「…まさか、あのアコースがこうも簡単にやられるとはな。…ジン・ハヤトのモビルスーツめ、降りてきたな」
ランバ・ラルはかつてギレンがジン・ハヤトに襲撃された際、その場に立ち会っている。
それは、ギレン・ザビ親衛隊の隊長を務める男としてはこれ以上はない失態だった。
だが、ギレンは変わらずランバ・ラルを重用し続け、あまつさえジオン地球方面軍最大の移動基地『ドラゴントータス』の司令官という重職を与えている。
かつてザビ家と反目したラル家の現当主にも係わらずここまで取り立てられては、ランバ・ラルはギレンに忠誠を誓わざるを得ない。
ランバ・ラルは地上での運用上増設された艦橋から、曇天下のアラスカの雪原と自らが預かり指揮する巨大な艦の甲板を見下ろした。
ドラゴントータス。
全長1キロメートルを超す超大型の移動基地は、元はドロス級宇宙空母である。
第一次地球降下作戦の際に目立たぬよう北極圏に降下したドロス級3番艦ドロリと4番艦ドロロは縦に積み上げられ、ミノフスキークラフトが可能な限り搭載された。
あまりの巨体ゆえ連邦の木馬のように空を飛ぶことはかなわなかったが、その重量を軽減することには成功した。
そして艦体下面にダブテ陸戦艇をありったけ接続、地表を移動する機動力を得ることに成功したのである。
地上をゆっくりと進むその姿が地球の亀という生物に似ているらしいからと…実際にはカンブリア紀の訳のわからない生物のほうが近いのだが、とにかく『ドラゴントータス』の名を授かった移動基地は、数百機のモビルビーストを積載した動く魔窟と言ってよかった。
ランバ・ラルはギレンの命を受けて、北極圏からアラスカを南下しつつある。
北米へ進攻しようとするアラスカ連邦軍の背後を突き壊滅させ、北米大陸を再び盤石なジオンの国土とする。
それが彼の使命だ。
だがその前に、目障りなあのモビルスーツを排除しなくてはならない。
「クランプ。コズンの部隊にジン・ハヤトのモビルスーツを追わせろ。破壊してかまわん」
「ギレン総帥の命令は鹵獲であったかと」
「現場判断というものだ。ギレン閣下なら理解して下さる」
「了解しました」
髭を撫でながら、ランバ・ラルは敬礼して立ち去るクランプを見送った。
★
「くっ! このままじゃヤバいぜ、ゴウ!」
「もう少しだ。避難民が全員トラックに乗り込むまで堪えろ!」
ガッター號はエスキモーの村の廃屋に避難していた敗残兵たちを庇い、自らを盾としてモビルビースト軍団の砲撃にその身をさらしていた。
超硬合金ルナ・チタニウムZ製のボディもルナツーを出奔して以来、まったく整備ができないまま酷使されダメージが蓄積されている。
特に、大気圏突入時にさらされた高熱のダメージは予想以上に大きい。
ガッターロボは単機での大気圏突入が可能である。
ガッター翔形態でドリルを傘のように展開、そのまま回転させながら内側に冷却剤を放出することで機体全体を冷却する。
下位互換機であるガンダムに搭載されている機能など、装備されていて当然だ。
大気圏突入後は自力で飛行しアラスカへ向かった。
推進剤が尽きる前にアラスカ戦線に到着したものの、ゴウたちは友軍と接触することができぬまま戦場を彷徨した。
連邦地上軍の戦力はすでに壊滅的な打撃を受け、戦線の維持など成されていなかった。
ゴウたちはモビルビーストによる敗残兵狩りを見つけては負傷者を救出するばかりで、ガッターロボ自体の損傷の修理や補給の出来ない状況はゴウたちを追い詰めていた。
そして今、ガッターロボは避難民の脱出が完了するまでの時間稼ぎに傷ついた機体を敵の前にさらしている。
「駄目だ、ゴウ、油圧系に異常が出てる。まともに動けるかもうわからねえぞ」
「もう少しです。今、最後の負傷者がトラックに乗り込みました」
「よぅし、気張れよ、ガッターロボ!」
粉塵と雪煙の下、負傷者を満載したトラックのエンジンが唸り、ついに雪原を走り出した。
「ゴウ、トラックが動きました。行けるわ!」
「おっしゃ、もう少し囮になって、その先でぶっ殺しちゃる!」
デュアルアイに光が灯り、ガッター號が咆哮した。
メインスラスターを全開にして、生物を愚弄した奇っ怪な機械の獣の群に突っ込んでいく。
ガッター號は手持ちのルナ・チタリウム機関銃90ミリを乱射した。
超高額のルナ・チタリウム弾は着弾した敵の体内でさらに炸裂し、その破片で内部から敵の息の根を止める。
「どうだあ、これがガッターの本当の力だ! たまげて死ねえ!」
しかし、ルナ・チタリウム機関銃の弾丸が切れた。
人の脚の上に巨大な蛾がついたモビルビーストがここぞとばかりに襲い掛かる。
「舐めるな!」
ガッター號の左の拳が射出され、巨大蛾の胴体を撃ち抜いた。
しかし一瞬の隙をつかれ、背後からの一撃でガッター號は雪原に倒れる。
モビルビーストの群がここぞと群がってくる。
「ゴウ、ガッター翔にチェンジだ。囮はここまでだ。一気に離脱しよう」
「駄目だ、チェンジレバーが動かねえ!」
ゴウは舌打ちしながらガッター號の体勢を立て直し、仰向けになって下腕部のハンディマシンガンを乱射した。
ダメージをものともせず食らいついてくるビーストを、ガッタートマホークで叩き切る。
だが、10秒を待たずメガ粒子の放出が止まった。
「うおおおおお!」
ゴウは次から次へと覆いかぶさってくるモビルビーストを片っ端からトマホークの柄で殴りつけた。
駄目押しとばかりにハンディマシンガンの弾丸を浴びせる。
ミチルダが2号機のスラスターを全開で噴射させた。
ガッター號は仰向けのまま雪原を滑り、むしゃぶりついてくるモビルビーストの山から脱出した。
しかし、爆雷のスコールにさらされる。
上空にいた鷲の身体にキリンの頭を持つモビルビーストだ。
その爆圧が、ダメージの大きいガッターには致命の攻撃となった。
身動きの取れなくなったガッター號をモビルビーストの群が取り囲む。
「…ここまでのようだな」
ガイが強張った声で言った。
「最後の武器しかないようですね」
「ああ。自爆装置の出番だな」
ゴウは操縦席内の厳重に封印された自爆ボタンのロックを解いた。
「さて…ガッター、最後のひと踏ん張りだ。こいつら全部ぶっ殺してやる!」
全身をきしませながらガッターが立ち上がろうとする。
モビルビーストが跳びかかろうと身を撓ませた。
その時、上空から爆音が響いた。
「なんだ?」
ゴウたちも、モビルビーストの群も空を見上げる。
だが、音の主はすでに飛び去ったようだ。
飛び去った…そう、あれは航空機の飛行音の筈だ。
「いや、レーダーには何も映っちゃいねえぞ、ゴウ」
「ミノフスキー粒子が濃すぎます。当てにはなりません」
上空を見上げていたモビルビーストたちが視線を戻し、ガッターを見た。
ガッターのコクピットで、ゴウもモニターに投影されたモビルビーストを睨み返す。
「来やがれ。全部まとめて吹っ飛ばしてやる!」
ゴウが自爆スイッチに指を置いたその時、再び空から、今度は凄まじい轟音が響いた。
脳まで直撃する爆音が近づいてくる。
爆音の主はガッターとモビルビーストの戦いを舐めるように低空を飛行し威嚇して飛び去って行く。
「ありゃあ…連邦軍のデプ・ロッグか…?」
ガイが言った。
「ええ…ですがデプ・ロッグにしては大きい。なにか違います」
ミチルダも怪訝そうに言葉をつないだ。
デプ・ロッグ。
連邦軍の大型爆撃機だ。
ミノフスキー粒子の効果によりレーダーが使えないこの戦争では主役の座こそモビルスーツに奪われたが、積載された爆弾の圧倒的な量は地上での戦いでは十分な有効打となる。
黒く塗られたひらたい機体は海洋生物の亀を思わせ、前部にはその亀の頭部のようにコクピットブロックがある。
いや、ある筈なのだが、ミチルダの眼にはそこに人の顔があるように見えた。
爆撃機とは思えぬ運動性で旋回して戻ってきたデプ・ロッグは無造作に、豪雨のように爆弾を投下した。
「…こいつ、なんて無茶しやがる!」
ゴウは瀕死のガッターを操り、無差別に降り注ぐ大量の爆弾をかろうじて回避した。
反応の遅れたモビルビーストの四肢や頭部が次々と吹き飛ばされていく。
「…なんて威力だ、普通の爆弾じゃないぞコイツは!」
ガイは思わず叫んだ。
デプ・ロッグは戦陣の乱れたモビルビーストの群に向けて降下し突っ込んで行く。
そして、変形した。
「なにぃー?!」
機体の各部を稼働させ、デプ・ロッグは巨人へと姿を変え雪原に降り立った。
ガッター以上に人の顔を模した頭部を持つデプ・ロッグは、その瞳でモビルビーストを捕らえると携えた大型の機関銃から呆れるほどの弾丸を発射した。
モビルビーストの群は文字どおり、木っ端みじんとなった。
雪原に静寂が訪れる。
戦いを終わらせた人型のデプ・ロッグはガッターロボを見下ろした。
「…なんだコイツは…」
ゴウは黒い巨人を見上げながら呟いた。
かろうじて生きていたモニターが光を灯した。
人影が写ったようだが、ノイズがひどくその顔は判別がつかない。
それでも、音声だけはどうにか通じたようだ。
『ガンダーの諸君、まだ生きていたようだな。しかし酷いものだ。電気系統はほぼやられているようだな』
「なんだ? 貴様らは何者だ?」
『これは失敬した。ジオンのやつらに気取られないため一切の通信を絶っていたのでね。言わばテスト飛行中だったのだよ』
「テスト飛行中…」
ガイが鸚鵡返しに答えた。
そうこうしている間に、黒い人型メカはガッターロボをその腕で抱え上げ空へ跳んだ。
再び変形して飛行形態をとり、ゴウたちの知らぬ方向へと進路を取る。
『私は連邦空軍特殊航空部隊、ジョン・ランパート中尉だ。こいつは特殊重爆撃機デプ・ロッガーα-04』
「…連邦空軍特殊航空部隊? 地上のやつらはこんなものを造っていたのか」
『こんなものとはなんだ、宇宙の役立たず野郎ども!』
別の声が通信に怒鳴り込んできた。
『てめぇーらのおかげでせっかくのテスト飛行が台無しだ! このデプ・ロッガーは秘密裏に開発されてたが姿までさらけ出すことになっちまった! 浮ついて腰の座ってねえ宇宙野郎どもが、地上に降りてくるんじゃねえ!』
「二人乗りか…」
ゴウが呟いた。
『少なくともアラスカの戦争は俺たち連邦地上軍がかたをつける。てめえら宇宙のサルどもの手は借りねえ!』
『もうよさないか、シュワルツチョフ少尉!』
『何言ってやがる、ランパート! これからアラスカ方面部隊が大攻勢をかけようってときに、先鋒を務める筈のデプ・ロッガーを敵に知られちまった! おまけにこのポンコツを担いでるおかげでスピードも出せねえ! このザマは何だ、ランパート!』
『もういいから黙れ、シュワルツ!』
『ランパート! こいつらをここから叩き落せ!』