ガッターロボを抱えたデプ・ロッガーは、広大な滑走路を滑り着陸した。
巨大な格納庫がいくつも立ち並び、その中にはセイバーフィッシュや61式戦車が数多く格納されている。
「このバカでかさで秘密基地なのか…地球てのはつくづくデカいんだな…」
そこはかつてのアメリカとカナダの国境近くにある連邦軍アラスカ方面隊の本拠地、シャード・スノー基地である。
コロニー内ならば、滑走路の先が湾曲して上空に伸びていくほどに広い。
デプ・ロッガーとガッターロボはひと際巨大な格納庫に収容された。
ゴウたちはガッターのコクピットから降り、肉眼で巨大なデプ・ロッガーを見上げた。
ハッチが開き、ヘルメットとパイロットスーツに身を包んだ大柄な男が二人降りてゴウたちのもとに近づいてくる。
二人はゴウたちの前でヘルメットを脱いだ。
手前の男は身長は180センチくらいか、金髪に彫りの深い貌の白人だ。
冷酷な目つきの奥に狂気を秘めている。
そういう人間でなくてはこの戦争で戦うことはできないことを、ミチルダはすでに痛感していた。
「あんたがランパート中尉か。迷惑かけたな」
ゴウが握手を求めながら声を掛けた。
「俺に近づくな、宇宙のサルがー!」
男はゴウの手を乱暴に払いのけ怒鳴った。
「俺は連邦、ジオンどっちであろうと宇宙のゴミ野郎が大嫌いなんだ! 俺の半径一メートル以内に近づいたらぶち殺す!」
ゴウは男の剣幕に唖然としながら、もう一度デプ・ロッガーを見上げた。
「こいつは空軍のモビルスーツか。凄い火力だな…」
男はいきなり重いストレートパンチをゴウに見舞った。
吹っ飛ばされたゴウは格納庫の床を2,3回転した。
「モビルスーツなんてくだらねえ名前でデプ・ロッガーを呼ぶんじゃねえー! 連邦空軍が誇る重爆撃機デプ・ロッグが、ただちょっと人型っぽい形に変わるだけだ!」
「…その人型っぽいのをモビルスーツって言うんじゃないのか?」
男の台詞にガイが戸惑いながら答えると、男は今度はガイに殴りかかろうとした。
「やめんか、シュワルツ!」
後ろのもう一人の男が一喝した。
シュワルツと呼ばれた白人の男より、さらに大きくがっしりした体格の中年の男だ。
褐色の肌で髭を生やし、やや広い額には大きな傷跡があった。
見た目は狂暴な野獣のようだが、冷静な人格者と思わせる男だ。
「私がランパート中尉だ。シュワルツが済まなかったな」
ランパート中尉は鼻血を拭きながら立ち上がったゴウに握手を求めた。
「奴の両親と妹はコロニー落としの災厄で亡くなってな。今の地球ではよくある話だが、その怒りをジオンだけでなくふがいない連邦宇宙軍にも向けているんだ」
「…これからおれたちはどうなるんだ?」
「君たちの仲間が来ているよ」
ゴウの問いにランパート中尉は答えた。
「ジャブローからこのシャード・スノー基地にミデア隊の補給があったんだ。その時、ルナツーから地球に降りてきていた君たちの仲間がどうしてもと言って同乗してきたらしい。ついでに言うなら君たちが我々の負傷者を助けて回っていると言う情報が入ってね、それで私たちが君たちの救援に駆けつけたという訳だ」
「ガイ、ミチルダ中尉!」
格納庫の出入口から、懐かしい見慣れた顔の一団が駆け込んできた。
NASARの整備士…ソノバ・シノグ技師長たちだ。
「おまえらー! みんな地球に降りてきてたのか!」
ゴウは懐かしさと安堵の念で思わず叫んだ。
「会いたかったですよ、ガイさん、ミチルダさん!」
「生きててくれて嬉しいッす、ミチルダ中尉、ガイ少尉!」
「ああー、おまえらガッターをこんなにボロボロにしやがって…! 何処のバカがやりやがった!」
整備士の面々は悪戯っぽい笑みを浮かべながらゴウを見つめる。
「なんだおまえら、おれだけ無視しといてその扱いかー!」
ゴウたちは仲間との久々の再会に賑やかにじゃれ合った。
★
『どうした、顔色が冴えないな』
モニターの中のハヤトがミチルダに語り掛けた。
これは南米ジャブローとの極秘通信である。
ハヤトはゴウたちを追うかのように地球へと降下していた。
ソノバ技師長たちはハヤトについて地球にやってきていたのだ。
「…最悪です』
ミチルダがため息をこらえながら短く答えた。
「ガッターの修理は全然進みませんし、連邦地上軍との空気は悪くなる一方です。
…正式に派遣されたわけでもなく勝手に飛び込んできた私たちが迷惑というのもわからないでもないのですが…コロニー落としを成功させてしまった宇宙軍に対する感情は憎しみと言ってもいいくらいです。
ジン大佐、あなたの力で地上軍の方たちに協力をうながしてくれませんか。このままでは埒が明きません」
『バカ言うな、こっちはこっちで手一杯よ。世界中に降下した『マンジュウ』対策で大わらわだ。極東のニホンにも降下しているしな。そっちで目いっぱい暴れて敵を引きつけろ』
「引きつけろと言われても、まわり中敵だらけで元気なのはゴウだけです」
『元気を出せ。おまえたちにはいい勉強になる筈だ。そっちに面白いものを送った。それでおまえたちもガッターも元気になる筈だ』
「ミチルダ中尉!」
通信室にナント・カースル整備士が駆け込んできた。
「喧嘩だ。ゴウとガイが地上軍のやつらとやりあってる」
「いつものことでしょう…」
ミチルダはしみじみとため息をつきながら答えた。
「いや、今度は本気だ。ガイもデカい兵隊とやりあってる」
「…まったく、あの二人は…」
ミチルダはハヤトとの通信を切り上げ、傍らの杖を掴むとガッターの格納庫へと向かった。
二階部分のキャットウォークから一階を除くと、NASARの整備士たちと地上軍の兵士たちが対峙していた。
その間では、ゴウとシュワルツ少尉が殴りあっていた。
体格で勝るシュワルツの鉄の塊のようなパンチを顔面に喰らいながら、研ぎ澄まされたゴウの拳もシュワルツの頬骨を打ちのめす。
その隣では、ガイが2メートル近くあるだろうプロレスラーのような兵士と、巻き込まれれば死にかねない殺し合いの肉弾戦を繰り広げていた。
ミチルダは整備士たちの後ろに小さな輪ができているのに気がついた。
「何があったんです?」
「ネコタとイヌサキが陸軍のジャンクパーツを漁ってたんだ。それが見つかって、リンチにかけられたんだよ」
ナント・カースル整備士の答えを聞くとミチルダはキャットウォークの柵を乗り越え、積まれていたコンテナの上を順に跳んで一階に降りた。
小さな輪を作っている整備士たちを押しのけその中を覗き、ミチルダは息を呑んだ。
体格に恵まれず軍人でもない整備士のネコタとイヌサキの二人が、ぼろ雑巾のようになって横たわっていた。
「…」
ミチルダは仕込杖の柄を握り、少しだけ刃を抜いた。
刀身が鈍い光を反射した。
人として普通に階段を下りてきたナント整備士は、ミチルダに声を掛けようとしてぎょっとした。
「…ミチルダ中尉? おい、ちょっと落ち着いて…あんたまでキレたら収集つかなくなる…」
「大丈夫です、ナントさん。私はキレていません。キレていません…今のところは」
ミチルダが顔だけでにっこり笑ったその時、格納庫の建物が大きく揺れた。
重い爆音と振動がいくつも足元から伝わってくる。
「なんだ?!」
ナント整備士が叫ぶ。
格納庫内に非常警報が鳴り響いた。
「敵襲だ! ジオンが空爆を仕掛けてきた!」
キャットウォークからランパート中尉が叫んだ。
眼下で殴りあっていた二組の男たちに気づく。
「貴様ら、こんな時まで何をやっている!」
ミチルダ同様に一階まで降りてきたランパートはシュワルツ中尉を殴り飛ばした。
「貴様がどんなにバカでも、今デプ・ロッガーを乗りこなせるのは俺とおまえしかいないんだ! とっとと格納庫へ来い!」
「…チッ。宇宙のバカザル、決着はこの後だ。首を洗って待っていやがれ」
「それはこっちの台詞だ!」
ひときわ大きな爆音が響いた。
この格納庫に爆弾が直撃したのだ。
崩れ落ちてくる天井から逃れたゴウたちだったが、わずかに逃げ遅れたシュワルツは脚に巨大な破片を受けて倒れ伏した。
そこへ、破壊された鉄製の支柱の骨組みがシュワルツに襲い掛かった。
下敷きになれば間違いなく圧死する。
シュワルツは思わず目を閉じた。
「!」
シュワルツの前に仕込杖を握ったミチルダが立ちふさがった。
ミチルダの手が、仕込杖にかかる。
金属が金属を打つ高く硬い音が2度響いた。
シュワルツが目を開けると、切断された鉄骨を背中で受け止めたミチルダが自分を見つめていた。
シュワルツの頭の先と、ミチルダの向こうにも大きな鉄骨が転がっている。
シュワルツは察した。
ミチルダは鉄骨の自分とシュワルツに当たる個所だけを斬り出し、その百キロ近いだろう鉄の塊を自らの背で受け止めたのだ。
緊張から解かれたミチルダは深いため息をつき、背中の鉄骨を傍らに落した。
「…ミチルダ、おまえ…何をやったんだ?」
シュワルツは恐る恐る、ミチルダに尋ねた。
「鉄骨を斬りました。…習い覚えた剣術もさることながら、ルナツーの仲間たちがくれたこのルナ・チタニウムZ製の仕込刀のおかげです」
ミチルダは頼もし気に仕込刀を見つめた。
シュワルツは何の言葉も出せずにミチルダを見上げていた。
「ミチルダ、大丈夫か!?」
ゴウの叫び声が聞こえた。
「ええ。シュワルツ少尉も無事です」
「早くこっちへ来い。ランパートがやられた!」
「なんだと?」
だが、脚を負傷したシュワルツは動けない。
ミチルダはシュワルツを担ぎ上げ、ゴウの声のする方へ走った。
ランパートは血まみれになってゴウに担がれていた。
屋根がなくなった分、空爆の様子がダイレクトに伝わってくる。
ガッターの整備士チームも連邦地上軍の兵士たちも、生き残ったのは運がいい者だけだ。
とにかくここを離れなくてはならない。
「…すまないが36番格納庫へ連れて行ってくれ。デプ・ロッガーを発進させる」
「行けるか、ランパート?」
シュワルツが尋ねた。
「デプ・ロッガーは俺たちしか動かせんと言った筈だ…頼む、ガッターチームの諸君」
「しょうがねえな。ガイ、おまえはここでガッターを何とかしろ!」
言い捨てるとゴウはランパートを担いだまま全力で走りだし、ミチルダも後を追った。
「おい、俺を下ろせ!」
「その脚で走れるのですか?」
「宇宙の役立たずどもなんぞジオンと同じだ。地球人は宇宙人の世話になんぞならねえ!」
「私はアースノイドです」
ミチルダは走りながら息も乱さず答えた。
「父の教育方針で10歳の時に宇宙に上がりました。ですから地球も宇宙も知っているつもりです。経済格差や人の傲慢さ、差別意識…いろいろな問題はありますが、結局のところはどちらも同じ人間です。愚かなところも、素晴らしいところも。私たちが討たねばならないのは人に選民意識を植え込み、それを利用して私欲のためにいたずらに戦禍を広げる輩です。地球と宇宙の確執はその後で何とかしませんか?」
ミチルダの言葉にシュワルツは思わず呆然とした。
4人はデブ・ロッガーの格納庫に駆けこんだ。
飛行形態…デブ・ロッグの姿を取った重爆撃機に取りついていた整備兵たちが、発進準備は整っていることを告げる。
「よし、宇宙のサル、ご苦労だった。あとは俺たちがやる。大人しく隅で震えてろ」
床に降りたシュワルツはゴウに吐き捨てた。
「なんだと、おれたちはお払い箱ってか?」
「地上での戦いは誇り高き連邦地上軍がやる」
シュワルツはデブ・ロッグの操縦席に向かったが、振り返りミチルダを見た。
デブ・ロッグのジェットエンジンがうなりを上げて、格納庫から発進した。
短距離で強引に離陸し、爆弾を投下し続けるガウ攻撃空母の群れに突入していく。
「行けぇランパート、ぶちかませ!」
操縦室のシュワルツは火器管制コクピットにいるランパートに怒鳴った。
シュワルツの隣の副操縦士席にはミチルダが座っている。
ミチルダが訝しんだ。
デブ・ロッグが誇る底なしに積み込まれたミサイルは何故か放たれなかったのだ。
「どうしたランパート!」
通信モニターのスイッチを入れ再び怒鳴ったシュワルツの眼に、ゴウの顔が映った。
「てめえ、なぜそこにいる!」
『うるせえ、しょうがねえだろ、ランパートがのびちまったんだ!』
「デプ・ロッガーの火器管制は全部そっちにあるんだぞ!」
『黙ってろ、このおれが何とかしてやる!』
ゴウはコンソールパネルを睨みつけながら怒鳴り返した。
四方を映すべく分割されたモニターにはあらゆる画面に無数のジオンの戦力が表示されている。
「なんて数だ、ジオンの腐れ兵ども!」
ゴウは思わず叫ぶ。
飛び出しては来たものの何の攻撃もしてこない連邦の重爆撃機に、ジオンのドップ戦闘機の編隊が襲い掛かってきた。
「ゴウ、なんでもいい、スイッチを入れろー!」
シュワルツが怒鳴り、ゴウがコンソールのスイッチを片っ端から叩いた。
デブ・ロッグの機体のあらゆる部位からミサイルが放たれ、接近してくるドップ戦闘機はおろか、近くを飛ぶ三機のガウ攻撃空母を撃墜した。
『どうだシュワルツ、さすがおれだ!』
「バカ野郎、それだけミサイルぶっ放せばどんなバカだって当たるんだ!」
「シュワルツ少尉」
ミチルダが固い声でシュワルツを呼んだ。
「…あれらのパイロットも、サイボーグゾンビなのですか?」
ミチルダの声音にシュワルツの顔がわずかに硬くなった。
「そうだ。連邦宇宙軍がサルの群れなら奴らは悪魔に囚われた地獄の使者だ…。…!」
デプ・ロッガーはジオンに囲まれていた。
両側面から新たなドップ戦闘機の編隊が、上面からはガウ攻撃空母が体当たりとしか思えぬ特攻をかけてきていた。
「ゴウ、なんでもいい、もう一度ぶっ放せ!」
シュワルツの怒鳴り声に、ゴウは冷静にコンソールのスイッチを叩いた。
デプ・ロッグの両側面のミサイル発射口から八発ずつ、上面の発射口から24発のミサイルが放たれた。
それは接近してくる敵機を撃破するのに最適な火力だ。
デプロッグの周囲を爆発が囲んだ。
一面に広がった爆炎を破って、更なる無数のミサイルが飛んだ。
生き残っていたジオンの空爆部隊は一瞬にして一機残らず爆散した。
「…おまえ、まさかさっきの一回の発射で攻撃パターンをマスターしたのか…?」
『フン。おれの才能はアムロ・レイの100倍と言ったろうが!』
「…誰だ、アムロ・レイってのは…?」
シュワルツが戸惑っている間に、モニターが切り替わり基地司令官の顔が投影された。
『シュワルツ少尉。敵の地上部隊がダグ・スネーク渓谷に集結してこちらに向かっている。この機にあわせて我々連邦地上軍も総攻撃を開始する』
「総攻撃をかけるとはどういう意味です? こちらにまだ戦力があると言うのですか?」
ミチルダがシュワルツに尋ねた。
「奴らの軍団をこのシャード・スノー基地に引きつけるのは最初からの作だ。この戦いに負ければ地球は奴らの手に落ちる! 地上最大の作戦の開始だ!」
『地上最大の作戦?!』
デブ・ロッガーは大空へと舞い上がり、ダグ・スネーク渓谷へと飛んだ。