機動戦士 ガッターロボ號   作:しんしー

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第13話 空飛ぶハコフグ

 アラスカの雪原は、幾度となく血とオイルに塗れた。

 ドラゴントータスのモビルビースト部隊と、連邦地上軍の人型メカたちの死闘が繰り返されたのだ。

 激しい戦闘は容赦ないダメージを双方に与えつつ、しかしこれは決戦の前哨戦に過ぎないことを、マ・クベ大佐とランバ・ラル中佐、そしてゴウたちも理解していた。

 

「おめえーら、目を覚ませぇ! そいつは全部幻覚だ!」

 

 遅れて戦場に参じたゴウは、RB-79改・陸戦型ボールのコクピットから叫んだ。

 キャノンボーラーは亜空間を永遠に落下し続け、ティラミス中尉はジム・ビームのコクピットに湧き上がってきた奇怪な蟲たちに全身を這い廻られ、シュワルツとミチルダの乗るデプ・ロッガーは天地左右がすべて狂い操縦がままならなくなっていた。

 戦場に遅れてきたゴウだけが、モビルビーストの精神攻撃から逃れられていたのだ。

 なんとかできるのはゴウだけだった。

 だが、アイダホの艦長から借りたゴウの乗るRB-79改・陸戦型ボール…通称『スーパーボール』にはろくな武装はない。

 機体下部のマジックハンドの代わりにつけられた鳥脚は山岳地帯用には造られていなかったし、通常のボールなら頭頂部に装備されている低反動キャノンすら割愛されている。

 失敗作…と言うよりどういうコンセプトで造られたのかすら不明だ。

 幻覚攻撃を繰り出しているモビルビーストがゴウに気づいた。

 全体のフォルムはカブトムシだ。

 ただ、角のある部位から蛇腹の長い首が伸び、その先にヒトの頭部がついている。

 巨大な双眼がスーパーボールを捕らえた。

 口がこめかみまで裂ける。

 あそこから、幻覚を見せる何かを発するのだとゴウは察知した。

 

「シュワルツ、他の連中、みんなモニターをしっかり見てろ!」

 

 ゴウはトリガーを引いた。

 スーパーボールの両側面のミサイル発射口が開き、二発の弾頭が上空に向かって飛んだ。

 炸裂すると同時に、あたりは凄まじい光に包まれる。

 ホフナー兄弟やシュワルツたちの幻覚はモニターからの閃光にかき消された。

 

「ゴウ、貴様、なにを撃ったー?!」

 

 シュワルツが叫ぶ。

 ゴウはもう一度トリガーを引いた。

 

「ただの照明弾だよ!」

 

 再び放たれた照明弾はモビルビーストの眼前で炸裂し、その視界を奪った。

 

『グウ…ドコダ、アノチビハ…!』

 

 スーパーボールを探すために、モビルビーストはその長い首を高々と掲げる。

 

「言ってくれるじゃねえか、化け物が! ここだよ!」

 

 ゴウのスーパーボールはモビルビーストの頭の上に取りついていた。

 鳥脚の爪でがっしりと頭部を捕まえている。

 

「喰らえ、怪物ヤロウー!」

 

 スーパーボールの機体下部から独楽の脚のような太い針が伸び、モビルビーストに刺さった。

 同時に、低反動キャノンを廃してまで取り付けられた大型のスラスターが天に向けて炎を吐く。

モビルビーストの頭部はすさまじい勢いで地面に叩きつけられ、スーパーボールの下部から生えた針がとどめとばかりに目打ちした。

 

「…俺としたことが、こんな小細工にやられるとはなぁ!」

 

 空中で体勢を立て直したシュワルツは鬱憤を晴らすがごとく爆雷をぶちまけた。

 幻惑攻撃のモビルビーストは体中を吹き飛ばされ沈静した。

 

「シュワルツ、このバカ野郎―! ついでにおれまで殺す気かぁー!」

『おー、生きてやがったか、こいつは残念だ』

「シュワルツ、てめえ後で殺す!」

 

 ゴウの怒鳴り声がアラスカに響いた。

 

 

 ランバ・ラルとマ・クベの確執も悪化の一途をたどっていた。

 マ・クベ大佐はドラゴントータスの南進を急がせる。

 ランバ・ラルの勘はそれが危険な選択であることを告げていた。

 しかし、それはマ・クベに言わせればモビルビースト軍団の力を理解していない愚か者の戯言であったし、一方のランバ・ラルにしてみればマ・クベの指揮は戦場の空気が読めぬ机上の戦略家の戯言だった。

 しかし、今ドラゴントータスの指揮権はマ・クベにある。

 ランバ・ラルは歯噛みするほかにはなかった。

 

 

「どうした、ミチルダ」

 

 ゴウはミチルダに静かに声を掛けた。

 真夜中、アイダホの格納庫の片隅に、ミチルダが膝を抱えて俯き一人座っていた。彼女が持ってきたのであろう小さなランタンが、闇の中にミチルダの姿を浮かび上がらせていた。

 

「どうした? …腹でも痛いのか?」

 

 声を掛けても、ミチルダは顔を上げようとしない。ゴウは、困った。

 

「…ガイの奴は何やってるかな…ガッター、ちゃんと修理してやがるだろうな」

 

 ミチルダの返事はない。

 ゴウは、さらに困った。

 

「…姉さんが、死んだわ」

 

 ミチルダは顔を上げないまま、呟くようにそう言った。

 それは、ホワイトベースが黒い三連星と戦っていた直後のことだった。

 

「姉さん?」

「マチルダ姉さん。私の一卵性の姉さんよ。…ありがちな話なんだけど、私と姉さんの心は繋がっているの。テレパシーみたいに会話ができるとかそういう訳ではないのだけれど、お互いの…少なくとも私はそこに姉さんがいるみたいに、姉さんのことを感じることができたの」

「ネットで見かけたニュータイプってヤツみたいだな。…その姉さんが、死んだのか?」

 

 ミチルダはうずくまったまま小さく頷いた。

 

「姉さんは私の憧れだった。同じ血を分けたのに私と違って何でもできた。優しい姉さんだった…」

「姉さんも、軍人だったのか?」

「補給部隊に所属していて、レビル将軍の直属の部隊の隊長だった。危険な任務をいくつもこなしていたみたいだった」

「おまえだってそうじゃねえか。そのレビル将軍を助け出した功労者だろ」

 

 口にしてからゴウは失言だったと気がついた。

 ミチルダは抱えた膝にさらに顔をうずめた。

 

「悪かったよ。だが、あんただってすごい奴だってことを言いたかっただけだ。ガッターのパイロットなんて普通の奴には務まらねえってよくわかってるだろ」

「私と姉さんは違う。私なんかとは全然違うすごい人だった」

 

 ゴウはため息をつき、頭をボリボリと掻いて覚悟を決めた。

 

「おい。あんたまたダメダメちゃんに逆戻りか? まさかもう戦えないとか言い出す気じゃねえだろうな?」

 

 ミチルダは返事をしなかった。

 

「おまえの姉さんがどういう風に死んだのかおれは知らねえ。だが、おまえの姉さんなら悔いの残る死に方はしなかったんじゃねえのか? おれたちは軍人だ。死にたいわけじゃねえが死ぬ覚悟はいつでもできてる。おまえの姉さんは自分のやるべきことに命を懸けて、結果死んじまったんだ。そうに違いねえ。後悔はしてねえ筈だ。…そう思わなきゃこっちが生きてられねえだろ」

 

 ミチルダはゴウの言葉を黙って聞いていた。

 何も答えない。

 ゴウは腹が立ってきた。

 ミチルダの髪を掴み、無理矢理に顔を上げさせる。

 

「いい加減にしろ。いいかミチルダ、おれたちは闘犬なんだ。キャンと鳴いたらもう戦えなくなる。それでいいのか? 軍人辞めて普通の生活ってやつを選ぶか?」

「…ゴウ」

 

 ミチルダは虚ろな潤んだ瞳でゴウの眼を見た。

 

「トウケンてなに?」

「…へ?」

「私は知らないわ。トウケンってなに?」

 

 ゴウは、困った。

 

「なにって…戦う犬だよ。旧世紀に世界のあちこちにあった文化の一つで…戦う気概のある選ばれた犬が互いの闘志をぶつけ合うんだ」

「イヌを戦わせる…? まあ、あんなかわいらしい動物を戦わせるなんて…」

「ああ…ちょっと待て、おまえ、犬ってどういうのを想像した?」

「『まるちぃず』とか『ちわわ』とか…イヌってそういう生き物でしょう? あんなかわいらしい生き物を戦い合わせるなんて…」

「いや、犬って言うのにはもっと大きな一抱えもあるような種類がいて、そいつが戦うのはすごい迫力らしくて…ああ、なんか言いたいことが伝わってねえな!」

 

 スペースコロニーで動物を飼うことはまずない。

 ペットは貴重な酸素や水、食料を消費するため相当の税がかかる、選ばれたとても裕福な家だけができる贅沢だ。

 しかも飼うことができるのは『コガタアイガンドウブツ』と呼ばれるか弱い小動物だけで、そしてそもそも、人間以外の生物をまず直に見ることのないスペースノイドにとって『ドーブツ』に興味がある者…いや、知識がある者さえ少ない。

 かく言うゴウとてたまたまコンピュータネットワークの情報で知っているだけで、じかに見たことがあるのは生まれ育ったコロニーでよく見た『ドブネズミ』くらいのものだ。

 ゴウは何だか哀しくなった。

 そんなゴウを見て、ミチルダは少しだけ笑みを浮かべた。

 

「大丈夫よ、ゴウ」

 

 ミチルダはゴウに微笑みかけた。

 

「あなたの言ったとおりです。姉はきっと悔いなく逝きました。ただ私は…姉を悼んでいただけです。大好きだった姉ですから」

 

 ミチルダは立ち上がった。

 

「さあ、ゴウ、もう眠りましょう。ジオンとの決戦はもうすぐです。気力と体力を蓄えておかなくては」

「ああ、そうだな」

 

 ゴウも立ち上がった。

 

「だが…戦うにも機体がな…ガイの奴、ガッターの修理進めてやがるだろうな…」

 

 ゴウは真っ暗な格納庫の天井を見上げながら呟いた。

 この半日前、シャード・スノー基地におかしなミデア輸送機が到着していたことをゴウたちは知る由もなかった。

 

 

 滑走路に着陸したミデア輸送機を見たシャード・スノー基地の兵士たちは訝しんでいた。

 

「…なんだい、このまっ黄色でトゲトゲしたミデアは…」

「って言うか、ジオンのファット・アンクルにそっくりじゃねえか」

「擬装だろ…単機で北米大陸縦断してくるには絞れる知恵は全部絞るぜ」

「…ハコフグみたいだな」

「なんだ、『はこふぐ』って?」

「サカナだ。毒があって食べると死ぬらしい。腹の部分に棘があって、それで外敵から身を守ってるらしいぜ」

「コンテナ部のその棘みたいなのは…増設した対空機銃だよな? 気持ち悪いほどくっつけてるが…あんな程度の武装でよくここまで辿り着いたな…」

「ああ…乗ってる奴ら、ほとんどアホだな…」

 

 そこへどやどやと、ガッターの整備士チームが興奮して駆けてきた。

 

「おお、やっと来たか!」

「これでガッターの修理の目途がつきましたね!」

 

 ソノバ技師長とナント整備士が興奮して叫んでいた。

 

「なんだ、このヘンテコな…ミデアは?」

 

 ガイが至極まっとうな質問をする。

 

「連邦宇宙軍の地上部隊が開発した移動メカニック機『ハコフグ4000-Ⅾ』だ」

「こいつは空を飛びながらでもガッターを修理できる代物だ。ガイ、すぐにガッターをハコフグに収納しろ。ガッターロボの復活だ!」

 

 

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