第17話 ニホンへ
「ほう、ドラゴントータスが沈んだか」
ギレン・ザビは、サイド3・ジオン公王庁の執務室で書類を眺めながらセシリアの報告を聞いた。
「ランバ・ラル中佐も艦と運命を共にされたそうです」
「二階級特進だな」
「…よろしいのですか?」
「技術の検証は済んだ。となれば、サイボーグゾンビの軍団などジオン公国の恥だよ」
「ランバ・ラル中佐です」
「うん? すでにシャリア・ブルが親衛隊長として十分に務めている。セシリアも知っているだろう」
さすがのセシリアもギレンの態度に戸惑いを隠せなかった。
そんなセシリアを慮ったのか、ギレンはセシリアに目をやった。
「もうしばらく私の役に立っては欲しかったが、ラル家の棟梁としては悪くない死に様だろう? …ソロモンの進展はどうだ?」
「まだ会戦はしておりません。サスロ様からの増援の要請はございました」
「ドムの20機も送ってやれ。あれはどちらかと言えば文官の才に長けた男だ。その程度はやむを得まい?」
「承知いたしました」
「軍人としてならばドズルの方が向いていたよ。あれは惜しいことをした」
「デギン様が公王になられた直後、ダイクン派のテロ行為からサスロ様をお庇いになられて亡くなられたと伺っております」
「義侠心の強い男であったからな。だが、死んだものは仕方があるまい。…AV54はどうなっている?」
「地球に降下した後それなりの数が爆発、地上に相応のダメージを与えております」
「何故爆発した?」
「初めの頃は連邦の無配慮な爆撃によるものでしたが、大多数の爆発は知覚センサーの感知によるものです」
「連邦め。AV54の無力化を狙っているな」
「どのようにでございますか?」
「AV54は内部に潜入し、特定の部位にある5本の配線を正しい順番で切断すれば完全に無力化できる構造になっている。逆に言えばそれ以外にあれを止める術はない」
「連邦はどのような作戦を実行しているのでしょうか」
「ロシアンルーレット、だな」
「ロシアンルーレット?」
「AV54に兵士を侵入させ、順にコードを切断させる…そうやって正しい切断順を探っているのだろう。総当たりだな」
「それは…あまりにも犠牲が…」
「ジン・ハヤトとはそういう男だよ」
「あの男がAV54の対策を…」
「他にはおるまい?」
ギレンは飄々とそう言った。
セシリアはジン・ハヤトという男と、その手の内を看破する目の前の男に畏怖を覚えた。
「ああ、キシリアだがな」
思い出したかのようなギレンの一言がセシリアの目を覚ました。
「お命じになられたとおり、遊軍としてグラナダにおられます。オデッサの敗戦を痛く気にされていらっしゃるようです」
「向こう10年は戦える資源を宇宙へ打ち上げたのだろう? 当座は十分すぎると言うものだろう。気に病むなと伝えておけ。それよりもあれに任せた作戦の展開を急がせておけ。グラナダの戦力で足りぬと言うなら増援を送ると伝えよ。…この戦争を終わらせる本命の作戦はあちらだ。ソロモンの戦い…状況次第ではア・バオア・クーも囮にすぎんのだからな」
「…あのような作戦を、もう一度行ってよろしいのでしょうか?」
「出過ぎたことを言うな、セシリア」
「申し訳ありません。ですが」
「歴史は勝者が作るものだ。何の問題もあるまい?」
ギレンは何事もなかったように書類に目を戻した。
セシリアは稀に、ギレンは人ならざる者なのではないかと思うことがある。
人間にこのような者がいるのか、と。
★
ケイ・ラトキエという女性士官がいる。
ジオンとの戦争以前に士官学校へ入学し、トップの成績で卒業した優秀な中尉だ。
今はジン・ハヤト大佐の補佐官を務めている。
実家は地球のベルファストにあり、3人の弟妹がいるらしい。
笑顔の似合う愛らしい容貌で、性格はポジティブで明るく、勇気と使命感があり、適度に天然だ。
そんな彼女は今、ゴウ・ジュウモンジ少尉とともに、ゆっくりとニホンのアサマヤマに向かって進む一機のAV54…『マンジュウ』の内部に侵入し、這いずりながら目的の場所へと向かっている。
『マンジュウ』は微速ながらも移動する機能を持っている。
戦略上、最も効果的と思われる場所を定めると周囲に極細のワイヤーを数多く発射し、本体を固定する。
ワイヤーに触れれば『マンジュウ』は爆発する仕様となっていて、その破壊力は半径20キロメートルを瞬時に消滅させるほどのものだ。
「ゴウ少尉、気をつけて。その辺にうっかり触れるだけでもこの『マンジュウ』は爆発するのよ。ここに来るまで何人が犠牲になったか…」
『ケイ中尉。切断するコードの場所まであとどのくらいだ』
通信機からハヤトの声が届く。
「あと10メートルもありません。大丈夫です」
『気をつけて進め。こいつがここで爆発したら人類は終わる』
「はっ、随分大げさなこと言うぜ、ジンさん」
そんなことを呟くゴウをケイ中尉は睨みつけた。
「大佐がそうおっしゃるならそのとおりなんです。あたしの足を引っ張らないようについてきなさい!」
「へいへい」
何処か緊迫感を感じさせない二人のやり取りに、普段ならば心強さを感じるハヤトだが今ばかりは焦りと不安を拭えなかった。
この『マンジュウ』がここで爆発すれば、あそこも間違いなく消し飛ぶこととなる。
いや、消し飛ぶならまだいい。
恐らくもっとひどいことが起こる。
それを承知しているハヤトは自ら『マンジュウ』の内部に潜入するつもりだった。
しかし、ガイ少尉が操縦しているヘリからゴウが一足先に『マンジュウ』へと飛び降り、ゴウだけでは頼りないとケイ中尉が後を追って飛び降りた。
残された自分は残された使命を全うするほかはない。
「ジン大佐、つきました。パネルをはずしてコードの切断を開始します」
『よし。油断するな』
ハヤトの声を受けて、ケイは仰向けになり上面のパネルをはずした。
送電盤が露出する。
赤が2本、黒と黄色、青。
五本のコードのうち一本があたりだ。
しかも、正しい順番で切断しなくてはならない。
その順番がわかるまで、何人の命と都市が消えたことか。
ケイは赤のコートにニッパーを当てた。
「おい、手が震えてるぞ、大丈夫かよ」
今まさにニッパーに力を込めようとした瞬間、ゴウが声をかけてきた。
「大丈夫よ! 三本目までは切る順番までわかってるの! 驚かさないでよ!」
あまりにのほほんとしたゴウの口調にケイは泣きそうになりながらキレた。
「…へいへい」
ゴウは大人しく引き下がる。
ケイは一本目の赤と黄色のコードを切った。
「大佐。次、黒を切ります」
『そこまでは判明している。落ち着いて行け』
ケイは三本目のコードを切断した。
残るはあと一本。
ここから先は、どちらを切ればよいのかハヤトにもわからない。
「…大佐。どちらを切るか決めてください。私には決められません」
ケイは震える声でそう言った。
ハヤトの額を汗が流れる。
ハヤトはこれまで、幾人もの同志たちに切る色を命じてきた。
それがハヤトなりの優しさだった。
だが。
「自分で決めろ」
ゴウが力強く言った。
「人に決めてもらって吹っ飛んじまったらどちらも後味悪いだろうが。自分で決めろ」
これだ、とハヤトは思う。
ゴウや、かつてともに戦ったあの男にはあって自分にはないもの。
それがこれなのだ。
ゴウに言われるまま、ケイは震える手でコードにニッパーを当てた。
「…駄目。できない…」
士官学校主席の女傑は震えながら涙を流した。
「しょうがねえな」
どっこらしょ、とばかりにゴウがケイの上に覆いかぶさるように乗った。
「ちょっと何するのよ、イヤらしい!」
「こんな状況で何言ってんだよ。手が震えてるから手伝ってやろうってんじゃねえか」
ゴウはうつ伏せのまま背中に手を回し、ニッパーを握るケイの手に自分の手を重ねた。
ゴウの掌のたくましい暖かさに、ケイ中尉に少しだけ強気が戻ってくる。
「わたしがどっちを切ると思っているの?」
「そんなの構わねえよ、ばっさりやってくれ」
ゴウは平然と答えてケイの顔をじっくりと眺めた。
「よく見るとアンタ、なかなか可愛いな。無事に助かったらデートしてくれよ」
「悪いわね、あたしはこう見えても面食いなの」
「奇遇だな、おれもだよ。…さて、そろそろ時間もねえな。まずは地獄のデートを楽しむか」
「待って待って、まだ言いたいことが…!」
「よっ!!」
ゴウの手に力がこもり、パチン、とニッパーがコードを切断した。
『マンジュウ』の動きが止まった。
アサマヤマに静寂が訪れる。
ヘリから『マンジュウ』を見下ろすハヤトとガイの眼下に、ケイを担いだゴウが現れた。
「大丈夫だ。こいつはもうただの饅頭みたいなもんだ。…ったく、大口叩いてた割にゃ気を失っちまうとは可愛い兵隊さんだぜ。それにしても…あそこに一体何があるってんだ?」
ゴウはもう一キロメートルも離れていない山腹の廃墟を睨みながら呟いた。
太く背の高い円筒状の建物の側面には戦闘機用のカタパルトと思しき発進口が縦に3段に並び、円筒の頭部についた茸のカサの上には鋭角で戦意の込められた花弁が開いている。
それはかつて、五月女研究所と言われていた建物だ。