第1話 取り残されていた男
宇宙世紀0079。
独立を宣言した宇宙都市サイド3と地球連邦軍の間に、人類史上最大の戦争が勃発した。
全長30キロメートルを超えるスペースコロニーの落下により地球は甚大なダメージを受け、コロニーに暮らす宇宙移民者の多くも同胞であるはずのジオンの手により億の単位で毒殺された。
しかし戦いは殲滅戦となることはなく、膠着した長期戦となった。
物語は少し時間を遡る。
宇宙世紀0079.9月24日。
ジオン公国の小型脱出艇がグリーン・ノア1の宙港に接岸した。
1週間ほど前、ルナツー近郊で撃沈されたパプア補給艦からの離脱に成功した脱出艇だ。
脱出艇からグリーン・ノア1の人工の大地を踏んだのは3人の男だった。
連邦軍の標準型宇宙服を装着した2人の男と、ジオンのノーマルスーツを着た巨躯の青年である。
「人口の大地とはいえ、外の風はいいな。あんな狭い脱出艇に5日も閉じ込められていてはたまったものではない」
空気の有無を確認してヘルメットを外したテム・レイ技術大尉は、深呼吸しながらジオンの兵士をちらりと見てそう言った。
「助けてもらっておいてよく言うな、おっさん」
こちらもヘルメットを外しながら、ガイ・ブレンド准尉がぶっきらぼうに言葉を返す。坊主頭と言っていい短髪で体格のいい人のよさそうな日系人だが、どこか陰鬱な影を宿している。
「宇宙で漂流している者を助けるのに敵味方は関係ない。それが宇宙で生きる人間の仁義だろう」
「…仁義、なぁ」
それはそのとおりだ。
だからガイは、生きる気概をなくしもう死んでもいいと思いながら宇宙を漂っていたにもかかわらず、この二人の連邦士官の救難信号に反応した。
「ふむ。きちんと処分されているようだな」
テムは周囲を見回しそうつぶやいた。
三人は焼却された連邦軍製モビルスーツのパーツの残骸の中を歩いていった。移動の足となるエレカを探しているのだが、スーパーナパームの高熱で溶解して使い物にならない物ばかりだ。
ガイは半ば廃墟と化しているグリーン・ノア1の景観を見渡した。
コロニーの中にしては、風が強いことに気づく。それを察したのか、テムが口を開いた。
「ザクが爆発した際の穴からの空気の流出が続いているな。瓦礫がつまって自然にふさがるレベルではないから当然だろう。アムロめ、コロニーの中でモビルスーツを爆発させるなぞ迂闊にもほどがある」
「…初めて動かしたモビルスーツでの戦果の代償としては相応と言うところでしょうな」
三人目の男…ジン・ハヤトが静かに言った。齢の頃は30代半ばだろうか。
それもそうかと思い直し、テムは気分を切り替えた。
「さて、ジン大佐。あそこは宙港から反対側の創造中のエリアだ。急ごう。ジオンもⅤ作戦が何たるかを掴んだわけだが…だとすれば、モビルスーツ開発計画…本物のRX計画があんなものではないことも察している頃だろう」
ハヤトは何も答えず、先を歩いていた。
この男はグリーン・ノア1を目指すホワイトベースに、テムのボディガードとしてルナツーから乗船してきた。
そして、グリーン・ノア1から宇宙に放り出された自分を追って宇宙へ飛び出し、ともに2日間宇宙を漂流した。
その間、絶望しかける自分をモビルスーツ工学の造詣深い談義や、かと思えば他愛のない冗談話で励まし続けてくれた。
モビルスーツのテストパイロットを務めていたこともあり、その力量は他の追随を許さないものだったとも聞いている。
基本的には傲岸なほどに冷徹なのだが、気配りや思いやりはある男なのだ。
ハヤトの力量が、RX計画の要である自分を警護するに十分であることをテムは十分に理解している。
「なんだ? あそこと言うのは」
ガイがテムに尋ねた。
テムはいささか困ったように、しかし冷たい眼差しでガイを見返した。
「ジオンの人間は知らなくていいことだ。…と言うよりどうするかね、ジン大佐。このまま彼をあそこに連れて行くわけにもいくまい?」
「あれを動かすにはパイロットが三人必要です。…ルナツーまで辿り着いたらそこで処分すればいい」
「おい、命の恩人を殺そうっていうんじゃないだろうな」
「可能性がゼロとは言えん。自分の運命を呪うんだな」
慌てたガイにテムがからかうように言った。
「ひでえ話だな、おい…」
ガイは嘆息して空を仰いだ。
一行は港湾区画を抜けて、軍の一般区画のはずれに足を踏み入れた。
そして、焼き尽くされたRX計画の残骸の燻る熱と臭いで気づかなかった、空気に混ざる異臭に気づく。
「なんだ、ひどい臭いがするぞ」
「…死体の臭いだ。ここじゃ軍人民間人を問わず大勢死んだ。1週間もたてば腐臭もするだろうよ」
ハヤトが答えた。
こう言われるとジオンの人間であるガイは、自分が加害者側であるためにいたたまれなくなる。
「ジン君、こっちだ。あれを見ろ」
小高い土手の上からその向こう側を見ていたテムが振り返って二人を呼んだ。
ハヤトとガイがテムのもとへやってきて、土手の向こう側を見下ろす。
そこは住居や施設が建てられる前の平地だった。
景観を考慮してか芝が敷き詰められている。
しかしその芝は掘り返され、土を盛った小さな山が作られ整然と並んでいた。
その数はゆうに百は超えているだろう。
そして山の一つ一つに長い棒のようなものが突き立てられている。
壊れた家屋の廃材だったり水道管だったりと様々ではあるが、すべての小山にそれは施されていた。
「…なんだぁ、こりゃあ」
ガイは呟いた。
ガイにはその光景が異様なものに映っていた。
20数年の人生でこんな景色を見たことはない。
奇異ではあるがどこか厳かで、何とも言えぬ畏怖の念が込み上げてくる。
「てめぇーら、なにもんだ?」
三人の背後から鋭い声がした。
そこには、10代と思しき少年が立っていた。
上半身はランニングシャツ一枚で首元には汚れたタオルをかけ、ゆったりとした耐圧服のようなパンツをはいている。
右手は地面に突き立てたスコップの柄を抑え、左手で廃墟で拾ったのであろうハンドボールほどもある鉄の塊をゴムボールのように弄んでいる。
黒い短髪は逆立ち、理知的ではあるが野獣のような目つきで三人を睨みつけていた。
少年であることに、ガイが安堵して声を掛けた。
「そういう貴様こそ何者だ? ここは今は無人のコロニーだと聞いているぞ」
「うるせえ!」
ガイの言葉を一喝して、少年は10キロはあろう鉄の塊をベースボールのフォームで投げつけた。
鉄塊が剛速球となって、ハヤトの頬をわずかに切り裂いて飛び去った。
ハヤトは微動だにしない。
「アンタに聞いてんだよ。何故ジオンとつるんでやがる? 宇宙服からしてアンタは連邦の軍人だろうが」
「…この男は私の部下だ。長年ジオンにスパイとして潜り込んでいてな。任務を終えてようやく合流したところだ」
「…へええ」
自分を庇うその返答に、ガイは思わずハヤトを振り返った。
そんなガイには目もくれず、少年はハヤトの言葉を一ミリも信じていない目つきでハヤトを値踏みした。
「おまえこそいったい何をやっている? このコロニーはジオンに襲撃されて、生き残った住民はみんな連邦の戦艦で避難したはずだ」
ハヤトも少年を見定めながら静かに声を掛けた。
少年は少し緊張を解いた。
「おれは団体行動ってやつが嫌いでね。静かになった此処でのんびり好きに暮らしてたんだよ。…おまえら、そこどけよ」
少年はスコップを手に取りハヤトたちに近寄り、ともに土手の上から小山の群れを見下ろした。
ガイが少年に声を掛ける。
「これは…おまえが作ったのか? 何をやってるんだ?」
「見りゃあわかるだろ。死体を埋めてんだよ」
少年はタオルで口元を覆い、スコップを担いでそう答えた。ガイはその答えに激昂する。
「なんだと、貴様なんて酷いことを!」
少年に掴みかかろうとするガイをハヤトが制した。
「…ガイ君。これは墓だよ」
テムが眼下の景色を見ながら静かにそう言った。
「ハカ? なんだそれは?」
「…地球では亡くなった人間を地面に埋めて弔ったんだ。埋葬と言うんだ」
「マイソウ…」
ガイはその言葉を反芻した。
コロニーでの遺体の処理は、わずかな頭髪や爪を形見に残して原子炉ですべて焼却される。
過密に人が暮らすスペースコロニーではそれが当たり前だ。
「…顔見知りがバラバラになって死んだ挙句腐っていくんじゃ目も当てられねえからな」
少年は墓の群を見下ろしながら、寂し気な眼差しで呟くように言った。
「…この墓は全部おまえが作ったのか? いくつあるんだ?」
ハヤトは少年に尋ねた。
「200は下らねえと思うぜ。…ったくジオンの奴ら、こんな辺鄙なコロニーで何考えてこんなことをしやがる」
ハヤトはあらためて少年を観察した。
やや小柄で未成熟な10代の体躯ではあるが、濃密な筋肉を全身に搭載している。
グリーン・ノア1がザクに急襲されて、ホワイトベースが使えるモビルスーツを搭載して出港したのが約1週間前だ。
この少年はその1週間の間に、200人分を超える墓穴を掘ったことになる。
ハヤトが知るスペースノイドはアースノイドに比べ総じて体力がない。
宇宙暮らしの弊害だろう。
にも拘らず、先程の鉄塊の投球といい、この少年は規格外の膂力の持ち主と言っていい。
「ジオンが襲撃してきた時、おまえは何をしてたんだ?」
「徹夜でゲームやって、朝方寝たところだったんだ。目が覚めて外に出たらこの始末だったんだよ」
少年は少しばつが悪そうにそう答えた。ガイがわずかにずっこける。
「なんだそりゃ? おまえ、家の外で戦争やってたのに気がついてなかったのか?」
「おれが育ったコロニーは物騒だったからな。そんなの気にしてたら寝てられねえよ。…ところで、おまえらはどうしてここにいるんだ?」
再び冷徹な口調に戻った少年の手にはいつの間にか拳銃が握られ、その銃口はハヤトに向けられていた。
跳びかかってねじ伏せるにはわずかに遠い絶妙な間合いから、狙いを外すことなく確実にダメージを与えられる腹部に狙いを定めている。
自身に向けられた銃口を見下しながら、ハヤトは少年に問うた。
「貴様、名前は?」
「聞いているのはおれの方だ。答えろ。おれは気の長い方じゃあねえぜ」
「…忘れ物を取りに来たのさ」
「忘れ物?」
「ここを脱出するホワイトベースが気付かずに置いていっただろう忘れ物をな、盗人から守りに来たんだよ」
「何を言ってやがる?」
「宙港の反対側だ。おまえもついてこい」
「ちょっと待て、ジン大佐。こんな民間人の少年にあれの存在を教えるつもりか」
テムが慌てて口をはさんだ。
「事態は一刻を争う。テム大尉、場合によったらこいつにも乗ってもらうかもしれません」
「何を言うんだ君は! こんな少年をあれに乗せるなど軍機違反も甚だしいぞ」
「それを言うならあなたの息子さんも銃殺は免れんでしょう。私が許可するだけこいつの方がまだましだ」
「だがこの子は素人だ。…アムロは私のパソコンを盗み見てガンダムの仕組みをある程度理解していたが、この少年は…」
「アムロ? あの機械いじりで有名なくせ毛のガキか?」
少年がテムを見ながら口をはさんだ。
テムが少年を振り返る。
「君は…アムロを知ってるのか?」
「こんなに人の少ねえコロニーだ。みんな顔見知りみたいなもんだろ。あいつ…もしかしてあんたの息子か?」
「…そうだ。あの子は私に似てメカやコンピューターについては相当なものだ」
「フン。まぁ、おれの100分の1の才能でも世間じゃそれなりか」
「なんだと」
息子を虚仮にされたテムが少年に噛みつくのをハヤトが制した。
「おまえ、メカには自信があるようだな」
「親の脛をかじって生きられるほど楽に育ってないんでな。人間、生きていくのに必要なのは体力と知力よ」
その時、宙港の方角で重い爆発音が響いた。振動がコロニーの大地を伝わってくる。
「来ちまったようだな、…ジオンの奴らが。ジンさん」
ガイが決断を仰ぐように呟きハヤトを見た。
緊張が走った3人に対し、少年は変わらず銃口を向けたままハヤトを見据えている。
ハヤトは、強い意志を宿した酷薄な眼差しで少年を正面から見据えた。
「もう一度聞く。おまえ、名前は何という?」
「あ?」
「名前だよ。これから地獄を見てもらうのに名前も知らんのじゃ都合が悪い」
「地獄だと?」
「早くしろ。モビルビーストが侵入してくるぞ」
モビルビースト。
聞き慣れない言葉だ。
それは、少年の好奇心と冒険心をぞわりと大きく滾らせた。
「…ゴウだ。ゴウ・ジュウモンジ。それがおれの名前だ」