旧世紀、ニホンでショーワと呼ばれていた時代。
人類は幾度となく滅亡の危機にさらされていた。
ガッター線に敗れ、三億年もの間地下深いマグマ層で雌伏していたハ虫人類…恐竜帝国の地上侵略。
ハヤトたちは後に『初代』と呼ばれるガッターロボでこれを打ち破り、恐竜帝国を再び地底深くへと追いやることに成功した。
続けて現れた鬼の角を持つ百鬼帝国。
ハヤトたちは新型のガッターロボ・ガッターGの力を以って、鬼の軍団を宇宙へと放逐した。
そして。
未来からの侵略者が五月女研究所を襲った。
昆虫人類とでもいうべき未来の異星人。
彼らはあまりに強大な…核兵器すら石礫にもならない戦力で、ガッター線研究の砦・五月女研究所を消滅させようとした。
ハヤトはともに死線を潜り抜けた仲間たちと昆虫軍団に立ち向かった。
その最中、ガッター線を暴走させ地下に沈んでいたガッターロボGが一時的に目覚めた。
ガッターGは蓄えたガッター線を解放し、敵の超々巨大戦艦も五月女研究所の280名に及ぶ職員も、すべてを消失させ、戦いを終わらせた。
「…この真ガッターに乗り込んでいた俺とリョウマ、ムサシの三人もガッターエネルギーの暴走に巻き込まれ気を失った。そして目を覚ましたのが15年前…宇宙世紀と呼ばれるこの時代だったんだよ」
ゴウ、ケイ、ガイの三人は言葉もなかった。
そんな馬鹿な話が…と笑い飛ばすには、この研究所に立ち入ってからの尋常ではない状況が許さなかったのである。
ゴウが頭を抱えながら口を開いた。
「えーと…ジンさん。そのガッターエネルギーってのの物凄さはわかったことにしよう。で、あんたはこいつで何をしようってこんなところまでやってきたんだ? まさかこいつを動かして戦おうってんじゃあないだろうな?」
「ゴウ。俺とおまえでやる」
「冗談じゃねえよ!」
ゴウは怒鳴った。
「こんな無機物さえ変質させてるような化け物エネルギーで動くモビルスーツ、扱える訳ねえだろう!」
「俺たちにはこれしか残されていないんだ」
ハヤトはすでに決意を固めていた。
「アラスカ、オデッサ。地球上のミリタリーバランスは大きく連邦軍に傾いた。追い詰められたギレン・ザビ…はなにをやってくるかわからん。それを食い止められるのはこの真ガッターロボだけだ」
「でもジン大佐。この巨大モビルスーツを動かすにもスタッフは誰もいないのではありませんか?」
ケイの疑問にハヤトは答えなかった。
「何にしてもおれはやらねえぜ。命は惜しくねえがアンタのオモチャになるのは御免だね」
ゴウはハヤトたちに背を向けて立ち入ってきた扉へ向かった。
これ以上、こんなところにいる義理はない。
ゴウが進む扉の前に何かが立った。
白い影のようなもの…それは明確な人の姿を取った。
「五月女博士!」
ハヤトは思わず叫んだ。
「ジン君。敵だ。敵が来るぞ」
その言葉にゴウたちは反射的に緊張する。
その一瞬に、ハヤトが五月女博士と呼んだ人影は消えていた。
「…オバケだ」
「――敵が来る!」
ゴウが呟き、ハヤトは叫んだ。
五月女研究所の上空に、巨大な怪鳥が雲を裂き現れた。
★
五月女研究所の内部を進む人のようなものがあった。
防護服にターバンとマスクで身体と顔を隠し、重火器を手にしている。
メカ怪鳥の腹部のハッチから飛び降りた10数体ほどの兵士たちは研究所の外壁を爆破し、手荒い手段を講じて侵入してきた。
兵士たちはいくつかのグループに別れ、研究所内を進んだ。
兵士四体のグループが通路を進んでいく。
そのうちの一体が小さな物音に反応した。
天井を走るパイプの上に何かがいる。
兵士たちが銃口を向けた。
しかし一瞬早く、ゴウは四体の兵士の真ん中に飛び降りていた。
「てめぇーら、黙って人のうちに入り込んで何やってやがる」
一体が汚い奇声を発してゴウに襲い掛かった。
「何がアギャーだ!」
ゴウは手にしていた鉄パイプに渾身の力を込めて兵士の額を突いた。
鉄パイプを翻し、遅れて襲い掛かってきた三体の兵士の頭部を打ってなぎ倒す。
三体の兵士が動かなくなったのを確認し、ゴウは倒れていた最初の一体の兵士の喉元に鉄パイプの先端を突きつけた。
「おまえら何者だ? 見たところサイボーグゾンビじゃなさそうだな。答えろ」
「アギャッ!」
「なんだ?!」
兵士の腰から、ゴウの身体を絡めとろうと太く巨大な尻尾が襲い掛かった。
「うわっ!」
尻尾をかわしながら鉄パイプを振るい、兵士の横っ面を殴り飛ばす。
兵士のマスクが吹っ飛んだ。
「え?」
中からハ虫類の顔が現れた。
細く長い舌、無数に生えた尖った歯、感情を感じさせない無機質な眼。
人間でも、サイボーグゾンビでもない。
「うおっ!」
ゴウは襲い掛かってくるハ虫類兵士の口蓋を鉄パイプで刺し貫いた。
後頭部まで串刺しにされながら、その全身は死ぬことなく…明らかに意思を持ってびくびくと動いている。
「…なに、コレ?」
通路の先から別の兵士…ハ虫類たちが現れた。
手榴弾を投げ込んでくる。
ゴウは慌てて反対側へ逃げた。
爆炎を目くらましに、ゴウは通路を折れて走った。
正面の四つ角の横からガイが駆けてきた。
その様は明らかにパニクっている。
「ガイ! 見たか?!」
「2体倒した! なんだありゃ?!」
「ありゃ人間じゃねえ! ハ虫類だ!」
「なんだソレ!」
「トカゲだよ!」
「だからなんだソレ!」
二人は真ガッターの格納庫へ逃げ込んだ。
爆音や銃声を聞いていたケイが心配げに駆け寄ってくる。
「ば、化け物だ」
ガイが息を切らしながら報告する。
「チクショー、ぶっ倒すにも武器もねえ…ジンさんはどうした?」
「あそこよ」
ケイが真ガッターの肩のあたりを指さした。
ハヤトが、操縦席に乗り込もうとしている様子が見て取れた。
「まさか、こいつを動かそうとしてるのか?」
「おまえたち、死にたくなかったらガッターの後ろに回れ」
そう叫んだハヤトの姿は真ガッターロボの中に消えた。
「さて…長いこと眠っていたコイツが動くか…」
呟きながら、ハヤトは幾つかのスイッチを弾き、そして起動レバーを押し込んだ。
ガッター炉心が唸りを上げ、エネルギーの奔流が真ガッターの巨躯を震わせコクピット内をも容赦なく駆け巡った。
鍛え抜かれたハヤトをして衝撃に堪えるのが精一杯だ。
身体を動かすことすらままならない。
「――駄目か!」
あまりのパワーに、ハヤトは真ガッターロボの自爆を覚悟した。
“ジン君。右の赤いスイッチを押せ”
「…五月女博士?」
“赤いスイッチだ”
言われるままに、ハヤトは赤いスイッチを叩いた。
真ガッターロボの全身を駆け巡っていたエネルギーが腹部に集中していく。
ハ虫類の兵士たちが格納庫に侵入してきた。
「――うおっ!」
ハヤトの叫び声とともに、凝縮されたガッターエネルギーが太いビームとなって発射された。
ガッタービームは余波だけでハ虫類兵士を消し飛ばし、五月女研究所のいくつもの内壁を破り、空を裂き、射線軸上のはるか先にあった山を吹き飛ばした。
そのあまりに凄まじい破壊力を見た怪鳥メカは何処かへと引き上げていく。
しかしそんなことを知る由もなく、隠れていた真ガッターの後ろから出てきたゴウたちは、余りの破壊力に呆然とするほかなかった。
「…スゲ」
ゴウがようやく言葉を絞り出し、それから叫んだ。
「スゲーぜ! こんなすげーもの見たのは初めてだ! こいつがあればおれたちは天下無敵だぜ!」
興奮するゴウとは対照的に、ケイとガイは恐怖と戸惑いを隠せずにいた。
「…凄すぎる」
ガイが溶けた研究所の内壁を見つめながら呟いた。
「こんなパワーが動き始めたら…」
ケイも動揺を隠せない顔で不安を口にした。
「こんな力を人間が使いこなせるものなのかしら…もし使い方を誤ったら」
「何を言ってるんだ? 平和のために動かすんだぞ?」
ゴウは二人を振り返った。
「行き過ぎた力は平和をも破壊するわ」
ケイが答えた。
「そんなのは屁理屈だ。扱う人間が正しければ必ず人類の役に立つ!」
「核兵器はどうなの? この戦争の始まりに多くの核が使われたくさんの人が死んだ。コロニーを地球に落とすのにもつかわれた…」
ケイはこの戦争の始まり…地球に落ちたコロニーが起こした凄まじい惨劇をいくつも見ている。
「ゴウ、俺もこんな力を使いこなす自信はない」
ガイもそう呟いた。
「おまえら何を言ってるんだ? いま世界がどうなっていると思ってんだ」
「それと何もわかっていないこんな凄まじい力を私たちが扱うことは別問題だわ」
ケイとゴウは睨みあった。
「おまえらいい加減にしろ」
額から血を流し、疲労痕倍したハヤトが声を掛けた。
「こいつは並の人間には扱えない。ゴウ、ある男を迎えに行って来い。そいつは真ガッターロボを動かせる最後の人間だ」
真ガッターロボを動かす。
ハヤトの意志が揺らぐことはなかった。
★
大敗したアラスカ戦線から脱出したマ・クベ中佐は北米大陸のジオンの占領地域へ入り、キシリアから借り受けていたザンジバル級『イスカンダル』に乗船し宇宙へ上がった。
そして今、ジオン本国との極秘回線を使用している。
『失態だな、マ・クベ。オデッサ、アラスカ…地上の資源は少しでも押さえておきたいところだ。そのためにおまえを地上に配置したのだが…。私の見込み違いだったな』
硬い女の声が宇宙を渡りマ・クベの耳に刺さった。
「面目ございません。しかし、ジン・ハヤトのモビルスーツを大破させました。ギレンには十分面目が立ちます」
『おまえはあれが本物のガッターロボだと思っていたのか?』
「は? 今なんと?」
『よい。すぐにグラナダへ向かい、ギレンのあの作戦を阻止するための指揮を執れ。ギレンが企むあの作戦は我々のためにならぬ。この戦争は宇宙で終わらせねばならん。わかっているな?』
「承知しております。全力で食い止めて御覧に入れます」
「それでよい。スペースコロニーなどという脆弱な大地をうち滅ぼすのは我らハ虫人類の科学力をもってすれば造作もない」
モニターの中の雌トカゲは首元にたゆませていたジオン軍服のアンダーウェアの首元を上げ、口元を隠すマスクとした。
敬礼するマ・クベの顔は、人間ではなかった。
おぞましいハ虫人類のそれ、だった。