空が落ちてきていた。
宇宙でも巨大に見える数千万の人間が住むシリンダーは、地球の尺度で見ればさらに、とてつもなく大きい。
今ミチルダとシュワルツが操る超巨大貨物機ガルダ級ダンドリは全長・全幅すべて500メートルを超す空の要塞だ。
だが、地球に落着しようとするスペースコロニー…アイランド・イーズの前では紙飛行機よりも頼りないちっぽけな存在だった。
ダンドリの操縦室では、操縦桿を握るミチルダがコロニーに向けてダンドリを接近させようとしていた。
「ミチルダ、おまえ何を考えている!」
シュワルツが叫ぶ。
「ダンドリでコロニーを押すんです!」
ミチルダは迷うことなくそう叫んだ。
アイランド・イーズが北米大陸への落着コースに乗っていることを知ったミチルダたちは、落下地点付近の住民を避難させるためにダンドリで現地へと向かっていた。
しかし、それは明らかに手遅れだった。
住民の避難はおろか、ダンドリも早くこの空域から離脱しなければ、間違いなく、コロニー落着の地球規模の災厄に巻き込まれ消失する。
そして、ミチルダの言うダンドリでアイランド・イーズを押し返すなどできるわけのない愚策だった。
だが。
シュワルツは、ミチルダのスロットルを握りしめている手に自分の手を重ねた。
「シュワルツ」
「おまえと一緒なら、やるだけやって燃え尽きるのも悪くねえ」
「…シュワルツ」
ミチルダは穏やかな顔で自分を見つめるシュワルツを見つめ返した。
『おまえらァー、こんな時にイチャイチャやってんじゃねえぇー!』
ダンドリの上空を、真ガッターロボが駆け抜けていった。
「なんだと!」
「…ゴウ、ですか?!」
『おお、助けに来たぜ!』
「…助けにって…やめてください、無駄死にです!」
『おまえらがやるよりはましだ! ガッターを信じろ!』
真ガッターロボは、アイランド・イーズ落着ポイントの地上数千メートルの位置で停止した。
視界一杯に、コロニーの外壁のつなぎ目が見えるほどに両者の位置は近く、コロニーは圧倒的に大きかった。
『さて…間に合いはしたが、どうするつもりだ、ゴウ?』
3号機のコクピットで竜馬が言った。
「どうもこうもねえ、ガッターを信じるだけだ!」
『無茶です、ゴウ!』
ミチルダが止めるのも聞かず、真ガッターロボはアイランド・イーズを受け止めるとばかりに身構えた。
コロニーの先端が、真ガッターの腹部に触れる。
「――来やがれ!」
ゴウの雄叫びとともに、真ガッターロボが光を放った。
同時に、ゴウの意識の中に、真ガッターロボの…世界のすべてが流れ込んでいた。
宇宙が開闢し、銀河が生まれ、星が生まれ太陽が生まれ地球が生まれた。
生命が現れ、滅亡の危機に瀕し、乗り越え、やがて生命は生物となった。
食い、食われ、戦い、生物は進化する。
恐竜が生まれ滅び、哺乳類が進化し、人が生まれる。
石器を使い始めた人類は進化の歩みを速め、火を操り、風を生み、海と大地を汚す。
新しい命の誕生に人は喜び、その死を悲しみ、同時に人を殺す。
幾万の世代の繰り返しの後、人類は宇宙に辿り着いた。
人工の大地を作り、再びその数を増やし始める。
そして、そこでも戦うことをやめない。
それは、ヒトの本能だ。
“…なんてこった…すべてがわかったぞ…命は…決して滅びず…消滅することはない…。すべては同じところから生まれたエネルギーなのか…”
「なんだと…そんなバカな!」
全てを見ていたシュワルツは叫んだ。
真ガッターロボは、光の中でコロニーを喰らっていた。
直径6キロメートル、全長30キロメートルを超す人類最大の構築物を、真ガッターロボは吸収…いや、喰らっていた。
『さあ、ゴウさん、旅立ちの時だ!』
2号機に乗るタイールの、興奮した少年の顔がモニターに映った。
「さあ、最後の戦いです!」
「ずいぶんはしゃいでいるな」
世界のすべてを飲み込んだゴウは静かに答えた。
「神の子…なんてものがいるとしたら、おまえのことを言うのか?」
『さあ? 人間に自分の運命…やるべきことがコンピュータのようにインプットされているとしたら、ぼくは今日この日の自分の使命を最初から知っていたんです』
「そいつは…つまらない人生だったな」
それはゴウの、人の部分の感傷である。
『いえ、胸が躍っていましたよ。この瞬間が来ることはわかっていたのですから』
『…無駄口はその辺にしておけ…最後の敵が来るぜ』
「リョウマさん。あんたもあれを…ガッターのエネルギーを見たのか」
『ガッターを操縦した時、おまえと同じものを見た』
「それでわかったぜ。あれほどガッターを動かすことに反対していたあんたがガッターに乗った理由がな」
竜馬は何も答えなかった。
三号機の操縦席に他の誰かがともに乗っていたのなら、竜馬が何処となく寂しげであることに気づいただろう。
ゴウはアイランド・イーズが消滅した空の向こうを見上げた。
★
「…アイランド・イーズが消滅しただと! バカなことを言うな!」
無駄に装飾された玉座のような艦長席から立ち上がったエギーユ・デラーズ大佐は、事象を報告したアナベル・ガトー大尉に吠えた。
ガトー大尉は軽く頭を下げ傅きながら静かに答えた。
「正真正銘、正直正路、天地神明に誓って。アイランド・イーズは地表への衝突寸前に消失しました」
デラーズ大佐は握りしめた拳を振るわせ唸りながら知略を巡らせた。
だが、下した結論は知略とは程遠い。
「マシーンランドの進路を地球に向けよ! 偉大なる総帥ギレン・ザビ閣下の御ため、我らはその大願に殉じるために地球へと落着する!」
★
マシーンランド。
直径数キロはあろう巨大な岩塊…イボのような突起をいくつも生やしたそれは、マグマ層の中で三億年を生きた恐竜帝国の住処であり基地でもあった。
ジャテーゴが母艦としていたそれを裏をかいて占拠していたギレンは、アイランド・イーズの護衛のため、自身を妄信しているエギーユ・デラーズに与えていたのである。
マグマ層の中を泳ぐマシーンランドに、大気圏突入の高熱など問題ではない。
「冗談ではないですよ、テム博士! あんなものが地球に落ちたらどうなるんですか!」
ナント・カースル整備士が叫んだ。
サイド6のジャンク屋の奥の部屋。
そこはテム・レイ博士のためにあつらえられた、宇宙世紀0079で最高峰と言ってよい通信電子システムが鎮座している。
ミノフスキー粒子さえものともしないそのマシンが、地球に数十キロまで迫るマシーンランドをライブ映像でとらえていた。
テム博士と、ソノバ技師長、ナント整備士の三人はモニターが映し出す映像にただ見入るほかはなかった。
「これを見ろ。マシーンランドのデータだ」
テムは睨んでいた報告資料の紙束をソノバ技師長に無造作に突き出した。
「落下で加速したマシーンランドの質量、強度、内包するエネルギー量…計算すると北米大陸の地殻を砕きマグマ層に達し…溶けることなく地球の核まで達するに十分な数値だ。マグニチュード10を軽く超える地震、数百メートルの津波、そして世界中から噴出するマグマで地表は破壊されつくす…いや、かなりの確率で地球が砕け散るだろう」
「…私たちは、地球の最期を見届けることになると?」
ソノバ技師長の言葉にテムは頷き静かに答えた。
「そしてその後、すべてのスペースノイドも地球の崩壊に巻き込まれる。無論、我々もな」
★
ゴウはアイランド・イーズが消滅した空の向こうを見上げた。
大気圏突入の高温をものともせず地表を目指すマシーンランドが小さく目視できた。
その視界を遮るように、真ガッターロボをはるかに凌ぐ巨大な武装恐竜…モビルザウルスの群れが出現した。
「うおおっ!」
ゴウの雄叫びとともに、真ガッターが突き出した右拳から迸ったエネルギー波がモビルザウルスたちを一網打尽に打ち砕いた。
しかし、攻撃を回避した一体のモビルザウルスが真ガッターロボの背後を取り、その長い首の先の鋭い牙をはやした顎で真ガッターロボを加え込んだ。
巨大なパワーが真ガッターをかみ砕く。
「――ナニ?!」
モビルザウルスを操る恐竜兵士が異常に気付いた。
モビルザウルスの頭部が、真ガッターロボにめり込んでいく。
真ガッターロボはモビルザウルスを吸収していた。
そして、真ガッターロボの胸部から別の姿が生えるように現れてくる。
尖った頭部に無表情な瞳を宿した真ガッターロボの異なる形態。
RX-76ガンダーに例えるならガッター翔を思わせるその姿は、それまでの真ガッターロボを逆に吸収し、変態と言える変形を完了した。
右腕の巨大なドリルが唸り、すでに頭部を吸収したモビルザウルスの長い首を引き裂いていく。
そして、胴体に突入した。
「うお! ――どうなってやがる! ゴウたちが出てこねえ!」
ダンドリの操縦席でシュワルツが叫んだ。
「シュワルツ、見てください! モビルザウルスの姿が…!」
モビルザウルスの姿が、ドリルを装備した真ガッターに変化していた。
数百メートルの巨躯を得たドリルの真ガッターの瞳がぎろりと動き、真ガッターロボはマシーンランドの大気圏突入が起こす豪風を破壊しながら上昇していった。
巨大なドリルが、マシーンランドの頑強な外殻を突き破った。
その胎内で、再び赤い姿に戻った真ガッターは周囲のメカと融合しつつあった。
真ガッターロボはマシーンランドを内部から吸収していく。
“宇宙のすべてはここにある”
“そしてここから始まる”
“時間も空間も、命も…いくつものエネルギーが宇宙を飛ぶ。すべては同じエネルギーから発生し、みんなここにいる”
“有機物も無機物も、天国も地獄も、破壊も創造も…すべてここにある。そして進化が始まるのだ”
“旅立ちの時だ。種子が次の大地を求めてゆくように、我々も次の世界へと進む!”
「何だこの声は!」
「恍恍惚惚、不得要領、意味不明―!」
ガッターの声を聞きながら、エギーユ・デラーズ大佐とアナベル・ガトー大尉もガッターと一体となった。
そして、真ガッターロボはマシーンランドのすべてを吸収し、自らの姿へと変えた。
三つのコクピットでは、ゴウ、竜馬、タイールが、増殖する真ガッターのメカに呑み込まれつつあった。
三人は静かに、されるがままに真ガッターと一体化をし始めていた。
『リョウマ! ゴウ!』
かろうじて生きている通信用モニターに、ハヤトの顔が映った。
『おまえたち――いったい何が起こっている? これから何が起こるんだ?!』
「素晴らしいこと、だよ」
竜馬が答えた。
コクピットの中でゴウたち三人を捕らえ包んでいくのはもはやメカではなく、ガッターエネルギーそのものになりつつあった。
すべてが一つになっていく。
それは、命だ。
巨大な、膨大なエネルギーの奔流が真ガッターの姿の塊となった。
ガッターエネルギーは地表を一瞥し、宇宙へと飛んだ。
…。
★
「テム博士! …一体、何が起こっているんです!」
モニターの映像を見ていたソノバ技師長が耐え切れずに叫んだ。
「わからん! 今はまだ何もわからん!」
テムは歯噛みしながら頭を掻きむしった。
「だが…仮に、だ。山火事の中、燃え尽きようとしている木々が自らの命を小さな種子に託して飛ばすように…人類も今、新たな命を宇宙に広げようとしているのかもしれん…」
「テム博士。あのエネルギーの塊は何処へ向かっているのです…?」
テムはキーボードを叩き、シミュレートされた画面を見て答えた。
「火星だ」
「火星…? 太陽系第5番惑星…」
ソノバ技師長が尋ねる。
「ガッター線は新しい命の園を…あの赤い星に求めたのだ」
テムが、見えることのない火星に視線を送りながら静かに答えた。
「…持ってっちまった…何もかも持って行っちまった…」
ダンドリの操縦室で、シュワルツは眼前で繰り広げられた光景に震えながら笑っていた。
戦いの中でさえ漏らすことのなかった小便すら垂れ流しているだろう。
操縦レバーを握るシュワルツの手に、ミチルダは静かに自分の掌を重ねた。
「いえ…私たちがいます。私たちを…ガッターは残してくれた」
ミチルダはガッターの消えた天を見上げた。
巨大なマシーンランドが消え、雲が晴れ、青い空が戻りつつあった。
★
五月女研究所。
主のいなくなった真ガッターの格納庫に、ジン・ハヤトは一人佇んでいた。
「ジン大佐」
一人の部下が、ハヤトに声を掛けた。
ハヤトは静かに振り返った。
「ずっと未来に…人類が火星に辿り着いた時に、我々は何を見るんでしょう?」
何もない空間に、ハヤトは真ガッターの幻を見た。
ハヤトは少し笑って、部下の問いに答えた。
「…きっと、素晴らしいものだよ」