ガッターエネルギーは光に近い速さで宇宙を駆けていた。
ゴウはガッターエネルギーの奔流の中ですべての命と一つになっていた。
ガイも、ケイもそこにいた。
サイド6で破壊されたコロニーから吸い出されて死んだ何千万人の命もいた。
白髪で白衣を着たいかつい男がゴウに微笑みかけていた。
五月女博士だ。
ムサシ、帝王ゴール、ブライ大帝。
ジャテーゴ、マ・クベ、キシリア・ザビ、ランバ・ラル。
ゴウがゴウだけであった頃には知る由もなかったいくつもの生命と、ゴウは一つになっていた。
しかし。
ゴウは、一つとなった命の奔流の中にいながら、清流にただ一つ混じった小石のように溶け込まない何か、に気づいた。
ゴウは近寄ってみる。
“…やっぱりあんたか、リョウマさん”
竜馬の意志は閉じていた目を開き、ゴウの意志を静かに見据えた。
“リョウマさん。なぜ…ガッターと一つになることを拒んでいる?”
“拒んじゃいない。拒んでいるのはガッター線の方だ”
“…どういうことだ?”
“ここは俺のいるべき場所ではないからだ”
竜馬が答えた。
ゴウは、すべてを共有する一つの命の中にいるにもかかわらず、竜馬を理解することができない。
竜馬はわずかに笑みを浮かべながら答えた。
“ゴウ。…俺は、この世界の人間じゃねえんだよ”
竜馬はそう言った。
ゴウは、竜馬の言っていることの意味はわからなくとも、それが嘘ではないことはわかる。
“…アンタ、まさか並行世界とか別の時間線とか異世界から転生してきた…とか、そんなこと言うんじゃないだろうな”
竜馬は失笑した。
“そんな都合のいい話があるか。この世界にそんなもんは存在しねえ…だが、言い方が悪かった。…俺は、この星の人間じゃねえんだよ”
“…は?”
ゴウの口から、我ながら間抜けな声がこぼれた。
“…ヤロウ、間違えやがった”
“…は?”
竜馬の言葉に、ゴウはまた間抜けな声で答えた。
そんなゴウを笑うでもなく、竜馬は両眼を閉じて言葉を紡いだ。
“ゲッター線のヤツが、俺を送り返す先を間違えたんだよ”
ゴウの思考が停止した。
しばしの沈黙ののちに、ゴウは頭を抱えながら竜馬を見た。
“…リョウマさん。何処からツッコんだらいいのかわからねえ…わからねえが、とりあえず順番にツッコむぜ。…まず、アンタが時々いうゲッター線ってヤツは、なんだ?”
“同じだよ。ガッター線だ”
“頼む。わかるように言ってくれ”
“ゲッター線ってのはつまりガッター線だ。俺の星ではガッター線をゲッター線と言い、おまえたちの地球ではゲッター線をガッター線という…それだけのことだ”
ゴウはあらためて頭を抱えた。
竜馬が真実を言っていることがわかるだけに、理解しあぐねる。
“なあ…本当にアンタ、別の地球から来た…のか? そんなものが、本当にあるのか?”
“ああ。こっちの地球から何千億光年離れているのか…そして何百億年過去か未来か、まったくわからねえがな”
“なぜ…地球が二つもあるんだ?”
ゴウが尋ねた。
“さぁな…この宇宙はとてつもなく広くて永い…たまたま同じような地球が存在しても不思議じゃねえだろう”
竜馬は少し顔を緩めてにやりと笑った。
その目が、今のは冗談だと言っている。
そして、竜馬は核心の答えを口にした。
“ゲッター線は、人類の進化に保険を掛けたんだ”
“保険?”
ゴウが尋ねた。
“ああ。…俺は初めてガッター線と一つになった時に少しだけ未来を見た。人類はゲッター線に守られながら宇宙を侵略する。他の惑星で進化してきた異種生命体を殲滅して宇宙を支配していく。その旗艦はひたすら巨大化を続けて、いつかこの宇宙と同じ大きさにまでなる…そしてその時ゲッターは初めて、この宇宙の外にいる真の敵に出会うんだ。…だが、まぁそれはいい、また別の話だ。要はゲッター線は自身が宇宙を喰らうために人類が必要で、だから人類を庇護している。…だが、もしも人類が宇宙への侵略に失敗したらどうする?”
“…え?”
“戦った相手に滅ぼされるのでも勝手に自滅するのでも、そんなことはどうでもいい。何億年もかけて進化させてきた人類が、万が一にも途中で絶滅したらどうする?”
ようやくゴウは合点がいった。
“…哺乳類が進化し人類となり宇宙に進出する星を…あらかじめ、いくつも創っていたってことか”
“宇宙は広いからな…その数も数千数万じゃきかねえかもしれん。…なぜこっちの地球が俺の生きてた地球とそこそこ似ていて…同じような出来事が起きているのかはわからんがな”
ゴウは天啓を受けたように閃いた。
“そうか…歴史が収斂したんだ”
“なんだ?”
“同じような進化をした星では、同じような歴史が紡がれたんだ。おれたちの地球の人類の歴史、リョウマさんの地球の人類の歴史…どっちがオリジナルとかそういうことじゃない。似たような星は似たような歴史を歩むために、どちらともなく互いに歩み寄ったんだ”
“…どういうことだ?”
“俺の地球とあんたの地球で…同じような事件が起き、同じような役柄を演じたヤツがいるってことだ。二つの地球の同じようなシチュエーションで、同じような名前の同じような人物が、同じような台詞をしゃべり同じような行動をする…ま、全く同じということはないんだろうがな」
竜馬は武蔵のことを思い出した。
竜馬のいた地球では、武蔵は恐竜帝国の大群相手に初代ゲッターロボを暴走させ自爆して果てた。
そして、こちらの地球のムサシは十五年前、突如現れた恐竜帝国の軍団を生命と引き換えに全滅させた。
その時、ムサシは言った。
自分が死ぬことが、あるべき歴史の姿なのだと。
十五年前の恐竜帝国の大軍団は、『武蔵が死ぬ』と言う竜馬の地球の歴史の出来事に、ゴウの地球の歴史を収斂させるためだけに現れたのだ。
おかげで竜馬は、武蔵とムサシ、二人の壮絶な死を見る破目になった。
やはり竜馬は、ゲッター線を許すことができない。
ゴウは、ふとあたりを見回した。
ゴウが取り込まれた時、あれだけ語り掛けてきたガッター線が今は何も語りかけてこない。
“…ったくガッター線の野郎、都合の悪い話にはだんまりを決め込んでやがる”
ゴウの呟きに竜馬は小さく笑いながら同感した。
“さて…俺はそろそろ行かなきゃならねえようだ”
竜馬は彼方を見据えながら言った。
“ガッター線にとっちゃ俺は都合の悪い異物だ。とっとと追い出したいらしい。この地球でガッター線が選んだのはゴウ、おまえだからな”
“おれは遠い未来、ガッター線の意志となって空間を支配…宇宙を喰らい続けていく”
“ああ、俺もそうなる。…ついでに言やあ、俺はこの地球での15年間はきれいさっぱり忘れさせられるだろうがな”
“神のごときガッター線…ゲッター線の汚点だからな。そして、おれもあんたと会った記憶は封じられるようだな”
二人は小さく笑った。
“なぁ、竜馬さん。おれたちはいつか…また会うことになるのか?”
“…さぁな”
竜馬は重い顔つきで短く答えた。
ゲッター線でありガッター線であるものの望みは、人類がこの宇宙すべてを支配することだ。
だが、もし人類が宇宙を支配していく中で、別の地球から巣立った別の人類と出会ったらどうなるか。
或いはこの宇宙にいる生物があらゆる地球から巣立った人類だけになった時、ゲッターの意志は異なる星から生まれた人類たちに何をさせるか。
竜馬にもゴウにも、その答えはすでにわかっていた。
“ゴウ。俺は…俺がこの宇宙の半分まで大きくなって…もう半分がおまえになるまで、おまえには会いたくねえ”
竜馬の言葉に、烏竜館での出会いを思い出したゴウはにやりと笑った。
“その時は、あの時のケンカのケリをつけるか?”
“フン…悪くねえ”
今度は竜馬がにやりと笑った。
竜馬の意志は先刻から、ガッター線が己の中から自身を強引に引きちぎろうとする力に抗っている。
竜馬がもう一度、ゴウを見つめた。
“さて…さらばだ、友よ。永劫の未来でまた会おう”
“あ、ちょっと待て、リョウマさん”
格好よく別れを決めようとした竜馬は、少しずっこけた。
“なんだ?”
“アンタさ、こっちの地球で15年も生きてたんだ。少しは情も湧いているだろ?”
“…まぁな”
“この星にはいちゃあいけねえ命がある。おれはそいつも連れていく”
ゴウの言いたいことを、竜馬は理解した。
“…ヤツか”
“――ヤツだ”
“いいだろう。付き合おう。俺とおまえ、最後の共闘だ”
宇宙を飛ぶガッター線の塊は停止し、赤い、真ガッターロボの姿を取り戻した。
真ガッターロボはすでに見ることのできない遠くの地球を振り返った。
その肩から、身の丈ほどにも伸びる杖を取り出す。
杖は変態し一振りの死神の大鎌…ガッターサイスとなった。
竜馬は真ガッターロボを操り、巨大な鎌を振りかぶった。
“フン!”
竜馬はゲッターサイスをまっすぐに振り下ろした。
エネルギー波が地球圏へと飛ぶ。
“うぉりゃああ!”
間髪を入れず、ゴウが、空間を一直線に薙いだ。
生み出されたもう一つのエネルギー波も地球を目指す。
二つのエネルギーは重なりあった。
光よりも早く飛ぶ十文字のエネルギーが、ア・バオア・クーを襲った。
★
ア・バオア・クーの総合作戦指令室で兵士たちからの状況報告を聞きながら、ギレン・ザビはコーヒーの香りを楽しんでいた。
連邦のニュータイプ部隊の旗艦・木馬が沈んだとの報告があったのは数分前のことだ。
「フフ…我が軍の勝利は確定したな」
ギレンは静かに独りごちた。
ブルーマウンテンの香りが鼻腔をくすぐる。
ギレンがコーヒーカップに唇を重ねようとした瞬間、宇宙要塞ア・バオア・クーは真ガッターのエネルギー斬を受けた。
ア・バオア・クーは、一瞬で4つの岩塊へと斬り裂かれた。
「なに?」
その中心部にいたギレン・ザビもまた、光の中でア・バオア・クー同様に斬り裂かれた。
ギレンは4つの肉塊となり、瞬時に蒸発し、そしてガッター線と一つになった。
★
宇宙要塞が瞬時に崩壊したことに混乱する人類を一瞥し、真ガッターロボは再びエネルギーの塊へと姿を変えた。
ガッター線は、太陽系第5番惑星・火星を目指して再び飛んだ。
そこから、一筋のエネルギーの塊が別れて深宇宙へと飛んだ。
〇 エピローグ
「――心臓停止!」
「リョウに電気ショックを!」
竜馬の身体をモニタリングしていた所員の報告に、神隼人は怒鳴った。
成層圏を暴走する真ゲッターロボの操縦席に流れた2000ボルトの電撃が、流竜馬の心臓を撃った。
「――リョウさんの意識が戻りました。ゲッターのスピードももとに戻ります」
所員の報告が管制室に安堵の空気をもたらした。
「リョウ、大丈夫か!」
回復したモニター越しに竜馬を見ながら隼人は声を掛けた。
もっとも、重装備の頑強な強化服に身を包んだ竜馬本人の顔や姿は見ることもできない。
ただ、小さく竜馬の呻き声が聞こえてきた。
隼人はようやく安堵した。
「…まったく心配かけやがって。おまえは今、死んだんだよ!」
『――死んだ?!』
「ああ、一瞬な。電気ショックですぐ生き返った」
『一瞬だと? どのくらいの長さだった?!』
「ん? 長くて1、2秒かな」
『…そんなバカな』
超高度に浮かぶ真ゲッターロボの操縦席で、竜馬の身体は震えていた。
“俺は夢を見ていたと言うのか”
“夢にしてはリアルすぎる…すべての感触がまだ体の中に残ってるぜ”
“ゲッター…おまえは”
流竜馬はゲッターに問いかけていた。
ゲッターロボ。
ゲッター線。
それはいったい何なのか。
今の竜馬にはわからない。
真ゲッターロボも答えない。
『リョウ。早く戻ってこい。ゲッターを点検する』
隼人の声は聞こえてはいたが、竜馬の全身はまだ震えている。
“ゲッター…おまえはいったい…”
地球の向こうから、太陽が昇ってきた。
その光を受けながら、真ゲッターロボは静かに宇宙に佇んでいた。
終
機動戦士ゲッターロボ號、完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました。