機動戦士 ガッターロボ號   作:しんしー

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第5話 怯む者たち

「ゴウ、ガイ、何をやっている! ドッキングサーチャー同調だ!」

「へえへえ」

 

 ヤマグチ中尉の罵声にゴウ・ジュウモンジ少尉はやる気なく答えた。

 この訓練は手動での操作で合体時間を短縮するミッションの筈だ。

 ルナツーの制宙圏内で、ゴウたちはガンダーの習熟訓練を繰り返している。

 今はガンダー第3形態ガンダー・タンクへの合体訓練中だ。

 ゴウは仕方なく、1号機のドッキングサーチャーをヤマグチ中尉の2号機に同調させた。

 ガンダー・タンクは水平を保った2号機の上部に変形した1号機が縦に合体することで胴体となり、その上にガイ・ブレンド少尉の操縦する頭部と胸部、両腕を構成する3号機が合体することで半人型の戦車形態となる。

 ドッキングサーチャーを使用しての合体はほぼ全自動である。

 ゴウに言わせれば合体の醍醐味がない。

 

「! なんだ? 2号機のヤロウ、下からこっちに向かってきやがる!」

 

 2号機が、下面のサブスラスターを吹かして1号機に向かって接近していた。

 

「うおおおおっ」

 

 ゴウは自身の乗る1号機に制動をかけ合体の衝撃を緩めようとした。

 だが、コアファイター1号機のコクピットに激しい振動と轟音が響く。

 

「何やってる、ゴウ!」

 

 ガイの罵声とともにもう一度激しい衝撃がゴウを襲った。

 ガイの乗る3号機が減速しきれず半ば衝突するように1号機と合体したのだ。

 

「ぬおっ!」

 

 合体により機体の制動権を得たガイはガンダー・タンクの巨大な両腕を振り下ろし、その反動で機体を上昇させ被害を最小限に食止めようとした。

 その操作は賢明、かつこの状況下で最善の選択だっただろう。

 だが、ガンダーRⅩ-76の機体ダメージは小さくはない。

 

  * * *

 

 

「大丈夫か、ゴウ」

 

 ブリーフィングルームに入ってきたガイはヘルメットをはずしながら、エナジードリンクを飲み干しているゴウに声を掛けた。

 

「ああ。だがさすがに死ぬかと思ったぜ。サンドイッチなんて冗談じゃねえ」

 

 ゴウは口元を拭い、空きボトルをダストボックスに弾きながら答えた。

 ボトルは無重力下をふらふらと流れてごみ箱に吸い込まれた。

 ここはルナツーにあるガンダー専用の運用施設『NASAR(ネーサー)』である。

 10日ほど前にホワイトベースが着岸した港の反対側にあり、ルナツー内でも一般の士官・兵士は立ち入ることのできない…下手すれば存在すら知らぬ極秘施設である。

 ゴウとガイは、ここでガンダーRX-76のパイロットとしての訓練に明け暮れていた。

 

「来るぜ、2号機のおっさんが」

 

 壁の一面を大きく占める窓から格納庫を覗いていたゴウがガイに言った。

 2号機の操縦席から姿を現したヤマグチ中尉が、怒りとともにこちらに向かってくる。

 自動ドアが開き、ブリーフィングルームへ入ってきたヤマギシ中尉がヘルメットを床に叩きつけた。

 その目はすでに尋常ではなく、まともな精神状態でないことは誰が見ても一目瞭然だった。

 

「ゴウ、どういうつもりだ! おれを道連れに地獄へ行くつもりか!」

「どういうことです?」

 

 ゴウはヤマグチ中尉の神経を無駄に逆なでないよう努めて丁寧に問うた。

 

「とぼけるな! 合体のタイミングが0.024遅れていただろうが!」

「おれのせいだとでも?」

「貴様じゃなかったら誰がいるんだ!」

「ドッキングサーチャーは正常に作動していた。おれの計算じゃ3号機が余計な加速で突っ込んできたんだ」

「なんだと貴様、俺のせいだとでもいうのか!」

 

 ヤマグチ中尉はゴウの胸ぐらを掴んだ。

 

「俺は連邦宇宙軍からここに配属されて4か月だ。ガンダー計画で同僚が何人も死んでいくのを見てきた! ゴウ、テメ―みたいなマヌケがまわりの人間を殺していくんだ!」

 

 ゴウはヤマグチ中尉の手首を掴み強く握り返した。

 

「だったらお互いマヌケをしないよう気をつけようぜ、ヤマグチ中尉殿!」

 

 ゴウはうって変わった野獣の眼差しでヤマグチ中尉を睨みすえた。

 その握力と迫力にヤマグチ中尉が怯む。

 

「ガンダーチームのみなさん。ジン大佐がお呼びです。至急、司令官室へ」

 

 いつの間にか自動ドアが開いて、バインダーを胸に抱いたミチルダ中尉が立っていた。

 

  * * *

 

 モビルビーストを撃破されたジオン公国軍の生き残りの三機のザクは、チベ級高速重巡洋艦へと退却した。

 追撃する気満々だったゴウだが、ハヤトの命令で渋々グリーンノア1へと帰還した。

 

「ジンの旦那、その顔の傷は何だ?」

 

 コアファイター1号機から降りたゴウは、対面したハヤトに思わず問うた。

 

「フフ、気にするな。興奮して古傷が浮かび出ただけだ」

 

 ハヤトが脂汗をかきながら笑みを浮かべて静かに答える。

 回収された『イッテル』から下船したミチルダ少尉とゴウたちは対面し、ミチルダは先程の通信の声の主がやはりジン・ハヤト大佐であることを知った。

 ハヤトの浮かび上がった顔の古傷を見たミチルダ中尉の顔が悲し気に曇った。

 

「お久しぶりです、ジン大佐」

 

 ノーマルスーツのヘルメットをはずし、ミチルダはハヤトに敬礼をした。

 

「元気そうで何よりだ、ミチルダ少尉」

 

 ゴウたちはハヤトたちがここまで乗ってきたジオン…ガイの救命艇にミチルダとテムを乗せ、ガンダー・フォートレスで牽引しながらルナツーへ帰還した。

 それが5日前のことである。

 ゴウはハヤトの権限で現地徴用…破格の少尉待遇で任官した。

 勝手に連邦宇宙軍に入隊させられたことは、ガンダーRX-76に憑りつかれたゴウには些末なことだった。

 同じく、ガイもハヤトの一声でジオンに潜入していたスパイが帰還し連邦軍に復隊したことになり、少尉に任官した。

 そして、二人は2号機の正規パイロットとして選ばれていたヤマグチ中尉とチームを組み、ガンダーの本格運用に備えているという訳だ。

 しかし、ゴウとガイに比べれば人としてまともな神経の持ち主であるヤマグチ中尉の精神は、ガンダーの人間の限界を超えた性能にすでに壊れかけていた。

 

「ジン大佐! 私はこいつらとチームは組むことはできません! ガンダーともども宇宙の藻屑にされてしまいます! 今、敵が来てもとても戦える自信はありません!」

 

 ルナツーの制宙圏ぎりぎりの宙域には、ガンダーを追跡してきたチベ級高速重巡洋艦がいる。

 搭載されているだろうモビルスーツ…通常の三倍の推力を持つザク10数機がモビルビーストと共に攻撃を仕掛けてきたらと考えると、普通に息をしていることすらどうかしていると言えよう。

 

「で? どうしたいのだ、中尉」

 

 ハヤトが静かにヤマグチ中尉に尋ねた。

 

「こんな若僧じゃなくて熟練したパイロットと組ませてください。このままでは私の身が持ちません」

「この二人はわたしが探してきた」

 

 ハヤトは冷静に…冷ややかに事実を述べた。にべもないハヤトの返事に、ヤマグチ中尉はテム技術大尉に向き直った。

 

「テム博士も何か言ってください。あなたはガンダーを開発した人だ。このままではガンダーは破壊されてしまいます」

「私は科学者だ。作戦面はジン大佐にすべて任せてあるのでね、何も言うことはない」

 

 ヤマグチ中尉は歯噛みしながら再びハヤトに向き直る。

 

「…ジン大佐。私はこの計画で幾人もの同僚が死んだり再起不能になったりするのを見てきました。ですから」

「生きてるじゃないか」

 

 ハヤトが言った。

 

「ガンダーRX-76はグリーンノア1での重力下稼働試験が始まるまでルナツーでテストを繰り返してきた。君の言うとおり、多くのパイロットがガンダーを乗りこなすことができなかった。だが、今のチームを組んでから君たちはチベ級が何度か繰り出してきた偵察のザクを撃退して生き残っている。これだけでも今までのやつらよりも優秀だと思うが?」

 

 ヤマグチ中尉は黙るほかはなかった。

 握り占めたその拳がガタガタと震えているのを、ミチルダは同情と共感を持って見つめた。

 

  * * *

 

「大したもんじゃないか、あんた」

 

 ガンダーのシミュレーションマシンから出てくるミチルダにゴウは声を掛けた。

 総合評価はAランク。

 ゴウにはわずかに及ばないものの、ともにミチルダのシミュレーションを見ていたガイの成績を凌ぐ点数を叩き出している。

 

「宇宙戦闘機…セイバーフィッシュのパイロット資格を持っているの。あと、戦闘用に改造されたスペースポッドのテストパイロットもやっていたから」

「生身の白兵戦となりゃ重火器の扱いは慣れてるし剣術までこなす…かなり優秀な軍人じゃねえか。そんな女傑がなんで巡航連絡艇の艇長なんて閑職についてたんだ?」

「…私なんか、そんなに大したものじゃないわ」

「こんな成績出しておいて大したもんじゃないはないだろ。ミチルダ中尉殿」

 

 グリーンノア1から帰還し、彼女もまたハヤトの権限により中尉へと昇進した。

 今はハヤトの補佐官としてこの『NASAR』で働いている。

 ハヤトの眼鏡に叶うと言うだけで類まれな人材であるとゴウは理解しているのだが、この中尉殿の辞書には己惚れるという言葉が欠落している。

 ゴウはそれが不思議でならない。

 ゴウとガイはシミュレーション室を出ていくミチルダを見送った。

 

「…まぁ、人にはいろいろ事情ってもんがある。深く詮索してやるな、ゴウ」

「フン」

 

 ガイのわかったようなセリフにゴウは鼻をならして返した。

 

「しかし実際のところ、格闘訓練でおまえがミチルダに投げ飛ばされるとは思わなかったよ。あの中尉殿は大したもんだ」

「うるせえ、ちょっと油断しただけだ」

「だが、おまえのバカ力も相当なもんだよな。どうやって鍛えたんだ?」

「人の事情ってのは詮索しないもんじゃーねえのか?」

「えーと、そこはおまえ…一蓮托生、ガンダーでともに戦う仲間じゃねえか」

「ケッ。…オレの育ったサイド1のコロニーはおんぼろでな、回転速度がイカレてて通常の3倍の速度で自転してたんだ」

「そりゃ…重力が三倍だったってことか? そんなバカな」

 

 ガイはゴウの戯言を笑い飛ばした。

 

「荒れたコロニーでな、強盗、殺人は日常茶飯事だった。空気や水の生存税を払う奴なんて…いや、戸籍がない奴だってゴロゴロしてた。だからコロニー公社の連中さえオレたちには敵だった。…あそこであんなにオドオドしてちゃ三日と生きてられないぜ」

「そんなところで育ったおまえが、どうしてグリーンノア1にいたんだ?」

「ネットで見たフツーの生活ってヤツに憧れてな。この戦争のどさくさで戸籍を手に入れて、サイド7に移民したんだ。アパートの隣に住んでたオッサンオバサンと親子ってことにしてな」

「そのオッサンオバサンはどうしちまったんだ?」

「さぁな。今頃ホワイトベースで地球に降りたか、グリーンノア1でおっ死んだか…」

 

 ガイは失言に気づいた。

 

「気にするな。家族の方が移民の承認がおりやすかったってだけで、向こうとオレの利害が一致しただけの話だ。このコロニーに来るまで碌に話もしたことなかったよ」

 

 ゴウはどこか寂し気に、中空を見つめながら呟いた。

 

「何を無駄口をたたいている。訓練は終わったのか?」

 

 シミュレーション室に、白衣をまとったテム技術大尉が入ってきた。

 

「おお、テム博士。ちょうどいいや、知ってたら教えてくれよ」

 

 自分より上位の階級であるテムに、ゴウはフランクに声を掛けた。

 

「…何をだ」

 

 ゴウを正そうとしても無駄だと悟っているテムは不機嫌な声で答えた。

 

「ミチルダだよ。あの中尉殿、シミュレーターでガイよりすげえスコア叩きだしやがった。そんなヤツがなんであんなにオドオドして後方任務に就いてるんだ?」

 

 テムは白衣のポケットに両手を突っ込み、しばし逡巡した。

 

「…人にはいろいろ事情ってものがあるものだ。深く詮索してやるな、ゴウ」

「…さしあたり、アンタは事情を知ってるってことみたいだな」

 

 ゴウの眼差しにテムは溜息をついた。

 

「…おまえたち、『ジオンに兵なし』の演説は知っているな」

「ああ。ジオンに捕まったナントカって連邦の将軍が生きて帰ってやった演説だよな」

「バカ。ゴウ、ナントカじゃない、レビル将軍だ」

 

 ガイのツッコミを無視して、ゴウはテムに先をうながした。

 テムは腹をくくって言葉を紡いだ。

 

  * * *

 

 地球から最も遠い、月の裏側に位置するサイド3・ジオン公国。

 その第一バンチ内にあるジオン公王庁内の執務室で、ギレン・ザビ総帥は豪奢な執務机に向かい、心地よい女性の美声に耳を傾けていた。

容姿端麗にして理知的な容姿と女性の肉感を軍服に包んだセシリア・アイリーン秘書官が読み上げる、あちこちから届けられた報告を聞いているのだ。

 ひとしきりの報告を終えたセシリアは、抱えていたタブレット端末を閉じてギレン総帥に向き直った。

 

「…以上、ご報告しましたとおり、地球侵攻作戦は北アメリカ、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、いずれの地域でも予定より大幅な遅れが出ております」

 

 セシリアは、やや硬い声音で報告を締めくくった。

 

「フン。予定どおりだ。何の問題もないよ、セシリア」

「そうなのですか?」

「この程度の計画の遅れは織り込み済みだ。…アラスカ戦線はどうなっている?」

「こちらも停滞しております。…ただ、現地指揮官からはこれより本格的な侵攻を開始して南下する旨の報告が上がっております」

「よろしい。この戦争の趨勢はアラスカ戦線で決まる。レビルはオデッサごときを攻略だのと吠えているようだが…所詮、その程度の男ということだ」

「ですが、ギレン総帥」

 

 セシリアが瞳を上げてギレンを見た。

 なんだ、とギレンもセシリアに視線を返す。

 

「確かに、アラスカ地方にはオデッサに負けないほどの様々な資源が眠っております。しかし…アラスカはそれほど重要な拠点となりうるでしょうか? あの地域の気候は資源採掘には適さないかと思われますが」

 

 セシリアの疑問にギレンはくくく…と冷淡な、しかし楽し気な笑みをこぼした。

 

「アラスカの戦略的な価値以上に、あの地で戦おうとしている者たちに意味があるのだ。あの者たちの戦果によっては、我がジオンはさらなる力を手に入れたことが証明される」

「そうなの…ですか?」

「見ているがいい。レビルの泣きっ面を拝ませてやろう」

「閣下」

「なんだ」

 

 セシリアは流石に言いよどみながらギレンに尋ねた。

 

「…レビル将軍に公国を脱出されたことは想定外だった…のですか」

「そうだな。だが、問題はレビルがジオンから逃げ延びたことではない。ジオンから逃げ延びさせた男がいると言うことだ」

「どういうことです?」

 

 ギレンは机上の端末を叩き、ある男の顔を壁面の大スクリーンに投影した。

 

「この者は?」

「ジン・ハヤト。レビル奪還の計画と実行をした男だよ」

 

  * * *

 

「ジン大佐とミチルダが、レビル将軍をジオン本国から救出したってのか?!」

 

ガイが座っていた椅子を倒して立ち上がった。

 

「それってすごいことなのか?」

 

 ゴウはのほほんとガイに尋ねる。

 

「バカ、戦争真っただ中の敵国の中枢に侵入して、厳重に監視されてる将軍を救出して帰還するなんて人間業じゃねえぞ? ジン大佐…とんでもねえ男だな」

 

 興奮するガイをテムは静かに眺めた。

 

「この件は軍の超極秘事項だからな。詳しく話すわけにはいかんし、私も詳細は知らん」

「はぁん…だが、そうするとますますわからねえな」

 

 ガイが興奮しながら言った。

 

「そんな凄腕の兵士が、どうしてあんなに自信なさげにしょぼくれてるんだ?」

「…さてな。これ以上は私の口から言う訳にはいかん」

「ちょっと待てよテム博士、勿体ぶっておいて肝心なところは何も答えてねえじゃねえか」

「もうやめとけ、ガイ」

 

 大声を上げるガイを、ゴウはいつになく真剣な面持ちで静かに制して呟いた。

 

「…人にはいろいろ事情ってものがある。深く詮索してやるな」

 

 

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