帰還した三人はパイロットスーツのまま、処刑場へ向かうような足取りで指令官室に出頭した。
首元を着崩した連邦軍の士官服姿のハヤトは三人に背を向け微動だにしない。
部屋の片隅にはテムが、気の毒そうな顔で静かに立っていた。
無重力の筈の室内の空気は異様に重い。
「…ひえええ、どうするんだゴウ」
「ガイ、おまえ代表して死刑になってこい」
小声で責任を擦り付け合うゴウとガイを尻目に、ミチルダが一歩前に出た。
「ジン大佐」
声を震わせながらも凛としたミチルダの呼び掛けにゴウとガイ、テムがミチルダを見た。
「バカが三人そろいました。これでガンダーは実戦投入できます」
まっすぐに自分を見つめているだろうミチルダの意志に、ハヤトはゆっくりと振り返った。
「…訓練の後、ガンダーの格納庫の掃除だ。全て終わるまで続けるんだ」
「了解しました」
「…?」
ゴウたちが訳が分からないなか、ミチルダが美しい敬礼を返した。
そして一週間がたった。
激しい訓練の後、ゴウたちは毎晩ガンダー格納庫の清掃に励んでいた。
損傷の激しかった三機のコアファイターも、ソノバ技師長たちの昼夜問わずの奮闘で元の姿を取り戻していた。
薄暗くがらんとしたドック内で、三機のマシンは静かに出動の時を待ち眠っている。
「ダァーッ、もうやってられっか、こんなこと!」
パイロットスーツの上半身をはだけ、ランニングシャツ姿のゴウが叫びながらデッキブラシを床に叩きつけた。
跳ね返ってきたブラシの柄がゴウの顎を直撃し、ゴウは悶絶する。
「何やってんだおまえは…」
こちらはモップを手にしたガイが呆れながら言った。
顎を押さえながらゴウが叫ぶ。
「こんなだだっ広いところを人力で掃除しろってどういう拷問だよ。アタマおかしくなっちまうぜ!」
「まったくだ…あのハードな訓練の後に毎晩毎晩…もう限界だ…。だが、まぁ…こんなことで済んだのはラッキーなんじゃねえか、ゴウ」
「まぁな…ジンさんのことだからな、冗談抜きで銃殺刑になるかと思ってたぜ」
ゴウは心底安堵した顔で言葉を返した。
そこへ、自分だけはちゃっかりとドラム缶のようなクリーナーマシンを操りながら、ミチルダがやってくる。
「どうかしましたか?」
「なんでもねえよ…」
「手早く進めないといつまでたっても終わりませんよ」
「…ったく、ズルいくせに真面目ちゃんだな…ああ、ところでミチルダ」
「なんです?」
「ちょっと気になることがあるんだが」
ゴウが悪戯心を隠せない下衆な顔でミチルダを見た。
「あの時ジンさんに言ったバカが三人そろったって言うのはどういう意味かな? まさかその勘定におれも入ってるわけじゃないだろうなぁ?」
「貴方が筆頭です」
ミチルダが答えた。
「バカ言え、ガイはともかくこのおれのどこがバカなんだ!」
「ハープーンミサイルをはずしました」
「う…」
「それから格闘戦形態のガンダー・ダムでチベ級に突っ込もうとしました。冷静かつ的確な戦況判断ができているとは言えません」
「アンタ…キャラ変わりやがったな」
ぐうの音も出ない。
ゴウが歯噛みした。
「ハハ…おまえの負けだよ、ゴウ」
「ガイ…貴方に聞きたいことがあるのですが」
「ああ、なんだ?」
「立ち入ったことを聞きますが…貴方はどうしてガンダーに乗ることにしたのですか? もう少し言えば…祖国と戦う決意をした理由です」
ガイの顔がわずかに曇り、ゴウとミチルダの顔を見つめて呟くように言った。
「そうだな…オレもおまえたちの過去を聞いたんだ。答えなけりゃ不公平ってもんだろうな」
ガイは軽く天を仰ぎながら短髪の頭をガリガリ掻くと、覚悟を決めるように息を吐いた。
「実はオレは…ジオンの軍人なんだ」
「知ってるよ、それは!」
ずっこけたゴウが叫んだ。
ガイは無視して淡々と言葉を続ける。
「オレが軍に入隊したのはおまえぐらいの時だよ。連邦とジオンの間がどんどん険悪になってきてな…連邦が武力行使してくるんじゃないかってジオン国内じゃ声高に言われるようになってきたんだ。
オレもジオンを守りたいと思って軍に入隊した。しばらくはガトル爆撃機のパイロット訓練をやってたんだが、まぁオレ、センスがあったんだよな。開発中の新兵器のテストパイロットに選任された」
「モビルスーツのパイロット…と言うことですね」
ガイは頷いた。
「オレはあっという間にモビルスーツが好きになった…こんなに面白いメカは他にないだろ? だが世の中はどんどん不穏になってきた」
「…で、戦争か」
「ああ。だがな、オレはこの戦争が許せなかった。住民を毒殺してコロニーごと地球に落とすなんざ、おかしいだろう? 人間がやることじゃない。そこにどんな正義がある? こんなことをやって、ジオンに…スペースノイドにどんな正義があるっていうんだ?
オレはこんな戦争にかかわりたくなくて軍を辞めようとした。
だが開戦直後にそんなことができるわけもなくてな、それどころか敵前逃亡罪だと軍の刑務所に監禁された。つい最近まで放り込まれていたんだ…だがテストパイロット時代の上官がたまたまオレを見つけて救い出してくれた。おまけにその人が艦長を務める補給艦でオレは働けることになった。
…その艦はこのまえのルナツー沖の戦闘で轟沈したよ。オレの恩師の上官もガンダムにやられて戦死した。仲間もみんな死んだよ。オレだけが一人だけ救命艇に乗り込めて…ずっと宇宙を流されてた。
ジオンに裏切られて、恩師も仲間もみんななくして、オレは捨て鉢になってたよ。もう死んでもいいと思っていた。でも…きっと本心はそうじゃなかったんだな。オレは無意識に救命艇の進路をグリーンノア1に向けてた。…で、ジン大佐とテム博士の救難信号をキャッチしたんだ」
「でも、グリーンノア1に上陸するまで随分長く救命艇で過ごしたと聞きました」
ガイは少し俯いた。
「まだ…迷ってたんだ。生きるべきか、死ぬべきかってな」
「けっ。気取った返事だな。だが、グリーンノア1の近くに友軍がいることは気づいてたんだろう? なんでそっちに行かなかったんだ」
「ミチルダが墜としたチベ級な…本隊に戻ったらまた戦争に駆り出されるってのが一つと…なんか、怪しいって予感がしたんだよ」
ガイの顔つきが、過去を語る辛そうなものから冷静に現在を語る硬い表情に変わった。
「予感、ですか」
「ああ。ジオンにゃ今、ろくな戦力がない。なのに、いくらⅤ作戦の実態を掴んだからって、チベ級なんて大仰な艦船を送り込んでくるか?っていう違和感だな…」
「…わかるような気がします」
ミチルダが考えながら答えた。
「もう一つ」
ガイはゴウとミチルダの顔を見つめた。
「例の…モビルビースト、だよ」
「おまえ…アレのこと、なんか知ってたのか?」
ゴウが尋ねた。
「いや。ただな、補給部隊なんてのにいると、ある程度軍の内情を察せるとこがある。実はここ最近、なんだかおかしな部隊が増えてるって実感があったんだよ。なんて言うのかな…ジオンじゃない奴らがジオンに入り込んできているような不快感、だな」
「…なんだ、そりゃ」
「オレにもわからん」
三人は互いに顔を見合わせ、ゴウが呟く。
「…ジンの旦那がおれたちに何か隠してるのは確かだしな」
ガイが同感だと力強く頷く。
「俺がどうかしたのか?」
ハヤトの声がゴウたちの耳朶を打った。
テム博士を伴ったハヤトが出待ちしていたようなタイミングで現れる。
ゴウたちはパニクった。
「い、いや、なんでもないっす…なぁ、ゴウ」
「そうです。さぁガイ、ミチルダ、ぼくたちは掃除をしっかりやってしまおう」
「あの…ジン大佐」
ミチルダはゴウを無視した。
「なんだ」
「私たちに隠していることがおありですか?」
ミチルダがド直球な質問をハヤトにぶつけた。
「フッ、どうだろうな」
クールな笑みでごまかすハヤトの後ろでは、テム博士が今は静かに眠る三機のコアファイターを見上げていた。
「どうにか修理も終わったようだな…おい、君たち。私のガンダーをもう乱暴に乗り回して壊すのではないぞ」
「あー、それな。それだよ!」
ゴウがこれ幸いとばかりに素っ頓狂な声を上げた。
「なあ、テムのおっさん。
ガイが操縦するガンダーって『ガンダー・タンク』だよな。ミチルダのが『ガンダー・フォートレス』。で、なんでおれが操縦するガンダーの名前、『ガンダー・ダム』なんだよ! そもそもダムってなんだ、ダムって!」
「ふくらはぎのことじゃないですか」
ミチルダが大真面目に答えた。
「いや、オレの3号機にふくらはぎなんかないぞ?」
ガイも大真面目に答える。
「えーい、おまえら、ふくらはぎなんざどうでもいいんだよ! わかった。おれが自分でもっとカッコイイ名前を付ける!」
「いいんですか、テム博士」
ガイがテムに尋ねた。
「フン、私は名前なぞどうでもいい。ジン君はどうかね」
「構わんでしょう」
「よし! では、本日たった今から、おれが操縦するガンダーの名前はガンダー・ゴウ…『ガンダー號』だ」
「ガンダー號? 自分の名前つけるのか?」
「悪いか?」
「いや、悪くないな。よし、オレのも『ガンダー・タンク』改め『ガンダー凱』とする!」
「なんだよ、ノリがいいな?」
「イヤ、オレもな…運用方法は全然戦車じゃないのにタンクはどうかって気になってたんだ。そもそもなんで宇宙で戦車なんだ?」
ガイはテストパイロット時代に見た、ザクレロという機体を思い出した。
確かモビルアーマーと言ったか…特定下の運用に特化したメカだ。
高速で敵群に接近し、拡散ビームで多数の敵に一気にダメージを与え、動きの鈍くなったところに接近し鎌でとどめを刺す、という運用が想定されていた機体である。
拡散ビームをミサイル、鎌をハンマーに置き換えればガンダー・タンクは同じ運用方法だ。
戦い方自体はそれでいい。だが、この戦い方のどこが戦車だと言うのだ?
「よし、決まった! 今日からおれたちの乗るマシンは『ガンダー號』! 『ガンダー凱』! そしてガンダー…あ…」
ゴウが言い淀んだ。
「ええと…ガンダーミチルダ、はなんか…ちょっと語呂が悪い…かな?」
ゴウがミチルダに目を向けると、ミチルダは目をうるませてうつむいている。
ゴウは慌てた。
「…ガンダーSHOW」
ミチルダは決意を秘めて顔を上げ、ゴウたちに言った。
「みなさん、これからの私を見ていてくれますか。いえ、私はこれから自分の生き様を死なせた仲間たちに…貴方たちに見せつけます。だから、私の機体は」
ゴウがにやりと笑った。
「よし、あんたの機体は今日から『ガッター翔』だ。ニホンのカンジに翔ぶって書いてショウと読む文字がある。『ガッター翔』。ちょうどいいじゃねえか、ミチルダ!」
「ちょっと待てゴウ、ガッター?」
ガイのツッコミにゴウは少しぽかんとした顔をした。
「ガッター…? おれ、今ガッターって言ったか? …ガッター…おお、悪くねえな。そもそもガンダーってイマイチかっこいい響きじゃねえなと思ってたんだ。よし、おまえたち。おれたちのマシンは今日から『ガッターロボ』だ!」
「いや、だからゴウ、今度はそのロボってなんだ、ロボって?」
「うるせえ、なんとなくだ!」
「なんとなくでつけるな、このバカ!」
「カッコいいからいいんだ!」
やりあうゴウとガイに呆れたため息をついたミチルダだったが、ふと目を向けたハヤトの異常に気付き息を呑んだ。
ハヤトは仁王のような憤怒の表情で立ち尽くしていた。
握りしめた拳は五指が食い込み、わずかに震えてさえいるようだ。
ミチルダはハヤトが今、こみ上げてくる驚愕と恐怖を必死でねじ伏せんとしていることを知らない。
「フン、ガッターロボか。私はペットネームなぞ好きにつけてくれて構わんが、ジン君はどうかね?」
無駄に自己肯定感の高い奴らだなと半ば呆れながら、テムはハヤトの背中に声を掛けた。
「…構わんでしょう。これも何かの運命だ」
ハヤトは低い声で短く答えた。
それ以上は何も言わず、ハヤトは静かに眠るガッターマシンを見上げた。