男がカワイイものが好きなことは、隠さなければいけないことなのだろうか?
初めて「カワイイ」に触れたのは、姉がレンタルしてきた魔法少女アニメ。その筋の人々からは性癖ブレイカーだの、インカのめざめならぬロリのめざめだの呼ばれていた。
その子の服が、一話一話ごとになんとバリエーション豊かでカワイイことか!私服からバトルコスチュームまで、なんと強くオレのハートをつかんだことか!
オレは一目でその可憐さにハートを撃ち抜かれ、夢中になった。なけなしの小遣いをはたいて単行本を買い、学校から帰っての自由時間の大半をデッサンにつぎ込んだ。
オレはカワイイものが好きだ。
フリルとレースが好きだ。ドレープのついたスカートが好きだ。リボンが好きだ。オーガンジーが好きだ。ヘッドドレスが好きだ。ケープが好きだ。花が好きだ。もこもこが好きだ。猫が好きだ。犬が好きだ。小さいものが好きだ。
言っておくが、オレの性自認は男だ。女の子になりたい願望があるわけではない。ただ、カワイイものが似合う俺でいたいだけだ。
しかし悲しきかな、神は俺にカワイイ体を与えてはくれなかった。オレは毛深く、逞しく、巨根という男らしさ三拍子の体に生まれてしまった。
・・・いや巨根というのは言い過ぎた。人よりちょっとでかいっていうだけだ。ごめん。
幸いなことに、オレの趣味を知っている人間はごく限られた。
親はオレに無関心な人だったし、唯一事情を知っている姉はオレの味方になってくれた。
姉は優しいやつで、馬鹿にすることも笑うこともせず真摯にオレに向き合ってくれて、男のオレに代わってファッション雑誌を買ってきたり、着せ替え要素に力を入れているゲームを見つけると紹介してくれた。今でも感謝している。
けれど、姉はオレを理解してくれてはいなかった。それはオレの聖人を祝う、二人っきりの飲み会の席で。
『あんたが成人したとき、やーっとまともな趣味を見つけてくれるだろうって安心したのよ』
心臓に杭を打ち込まれたドラキュラというのはああいう感じだったんだろうなと追憶する。死んだ方がマシな苦痛という奴だ。それ以上会話を深堀りすることもしなかったので本意は聞き出せなかったが、とにかく姉はオレの趣味に付き合うことに疲れていたことだけはわかってしまった。
オレはオレの趣味が人に迷惑をかけるのだと思い知り、それ以来誰かに理解してもらおうと考えるのをやめた。
カワイイものを集めることをやめはしなかった。だってカワイイものはオレの酸素だったからだ。それがないと死んでしまう。
成人してからというものはカワイイものを集めるために働き、恋人や家族にプレゼントするという言い訳を作ってコスメや服を収集し、それで着飾り、つかの間かわいいオレに浸り、そして元のオレに戻るというサイクルを繰り返していた。
虚しさは感じなかった。どうあがいてもオレはオレ。変わることはできないし、変える努力もしたくなかった。
好きなもの、カワイイもの全般。
それがオレで、そして、オレは____
「ホワイトバニー!【狼型】が一匹そっちいきました!」
「ほいほい!」
「バニー!こっち来て!」
「あいよぉっ!」
・・・魔法少女になりました。
魔法少年ホワイトバニーは今日もカワイイ
~人間が滅んだポスアポ世界に転生しましたがオレは元気です~
ここでない世界の、日本という国で平穏に暮らしていたリーマンが事故死したら超自然的存在によって魔法少女に転生させられました。
だなんてこと説明したところで信じるやつはどれくらいいるだろう。
オレの生い立ちについてはたっぷり語ったので、今は現状把握に思考を割かせてもらおう。
オレは魔法少女(概念)だ。具体的な説明は省くが、ここにおける魔法少女はCCさくらタイプのきゃろきゃろきゃるーんな変身ヒロインでなく、キカイダーみたいな人造人間だ。つまりは純正の人間じゃない。
耐久力ブルアカ戦闘力サーヴァントといったところだろうか。みんな生まれた時に授けられた固有能力を使い、この滅んだ世界で助け合いながら暮らしている。
この世界は【ブルースター】と呼ばれていて、まあ・・・等級:第三惑星、ジャンル:ポストアポカリプスと呼ぶべきだろう。
そう。滅んでいるのだ。この世界の人類(と呼ぶべき生命体)の生態ヒエラルキーは下から数えた方が早いほうだ。
そのかわり繫栄している生き物がなにかというと、【
むしろ連中は「友好的」なのだ。友好的な敵とはなんじゃらほいって話だが、彼らがそうなったのは極めて初歩的なディスコミュニケーションが関係している。
かつて、強魔がまだオッシャーな名前で呼ばれていたころ。彼らと初めて会話を成功させた科学者チームは、自らのことを『友達』と呼称した。すると向こうからはこう返って来た。
「トモダチハ、ゴチソウ!トモダチハ、(ここに名前を入力してください)ノ、タベモノ!」
つまり人類は選び抜かれた科学者チームが行った笑えるやらかしのせいで実質的な滅亡に追い込まれたのだ。責めてるわけじゃない。コミュニケーションの失敗は誰にでも起こりうる出来事であるし、人類がほぼ滅んだのは、その副産物のようなものだ。
それにしても、ウルトラマンティガ世代のオレとしては実に皮肉な話だ___親愛の念を籠めて食われるなんてね。
しかしそんなことはオレにとってはどうでもいい。とっくに終わってしまったことは、もうどうしようもないことだ。
オレにはそれより重要なことがある。
オレは組成的には男のままだ。だがカワイイ男の子になった。つまりはカワイイ服がバチクソに似合うイケイケ男の娘になったのだ。
そう!!カワイイんだよ!!初戦闘で変身したときは感動したね!!
ミニシルクハットをかぶって、袖がたっぷりした白いエプロンドレスを縦じま入りのフリルが付いた黒いコルセットで締め、肩にはボタン付きのベルト。スノードロップのような清楚なケープというコスチュームを見た時は、オレは不思議の国のアリスを連想した。なんでかって?そりゃあ頭からロップイヤーめいた兎耳が生えていたからだよ。どうしてなのかようわからんが、カワイさの前にはさしたる問題にもならないね。
「バニー?どうしたんです?」
と、ソルヴァリアが考え事をしていたオレの表情をうかがってくる。
相性がいいのでよくオレと組むソルヴァリアもまた、実にカワイコちゃんだ。三つ編みを後頭部でくるんと巻いて薔薇の髪留めをし、瞳の色とお揃いなワインレッドの、裾が膨らんで半透明の三角レースが付いたスリット入りロングドレスを着た姿はまさに赤セイバー。言っておくが尻は露出していない。あっちと違って上品なのだ。
「なんでもないよ、大丈夫」
「・・・バニー、顔色が悪いです。少し休みましょう。
幸いなことにこの辺りの強魔は今ので最後のようです。周囲に敵の気配はありません」
「いやいや、まだいけるって」
「あー!アタシもなー!なんか疲れてきたぞー!
いっしょに休もうなー!なっ?はむっ、もぐもぐ」
「ウギャー!耳を噛むな、耳を!」
「むははは!バニーの耳はソーダの味がするぞお!」
「あっはっは。ほら、キャスパリーグもそう言ってます。
ここいらでお昼休憩にしましょう?」
「・・・わかったよ」
耳べちょべちょだよというオレの文句に、キャスパリーグは何故かんふーとドヤ顔で鼻息を漏らした。なんでだよ。
ムカツクが、キャスパはオレにとっちゃカワイイ妹分だ。黒縞を取ったホワイトタイガーのような白い毛並みによく似合う、明るい黄色の丈が短いハイネックワンピースに動きやすそうなドロワーズ風の半ズボン。ぴっちりした長い袖にはバニーガールが腕に付けてるようなカフスがあって、銀色のボタンがアクセントを加える。
か、かんわ・・・!!閑話休題。
オレたちは戦闘していた旧噴水広場から移動して、ビルの中に入っていく。
前述したように強魔は人類のみを攻撃してきたので建物はそんなにダメージを負っていない。経年劣化もあるが、【監視型】によっていつ襲われてもおかしくない外で食べるよりずっと安全なのだ。
立ち寄ったビルは服飾店だったらしく、やや埃を被った服がそのまま放置されている。
オレたちは協力してスペースを作り、そこでレーションに水というありがたい昼ご飯を食べた。
それからは各々、のんびりと過ごした。キャスパは探検。オレはソルヴァリアの護衛だ。
(あ・・・カワイイなあ、これ)
当時流行りだったらしいボウタイシアーブラウスを手に取る。日光をモロに浴び続けたせいかうっすら黄色くなっているが、漂白すればまだ着れそうだ。白地に黒くて小さなドットがいくつも散っているのがなんともおしゃれだ。
「もらっていきますか?バニー」
「いや・・・あんまり金もないし、やめておくよ」
「あは、どうせお金を受け取る人なんていないのにバニーは律儀ですね」
「でも写真撮っとこ。ハベトロットに新しいコスチューム作ってもらうために」
「本当にバニーはおしゃれが好きなんですね。私だったら、お給料は別のことに使うけどなぁ」
「カワイイはオレの酸素だからな。無いとオレは死んで「フシャアアアアアアッ!!」
オレたちは顔を見合わせると、店の奥へ走った。
いくつもある更衣室の前で、キャスパが上体を沈めて尻尾を箒のように膨張させ、臨戦態勢を取っているのが見える。
「キャスパ!?どうしたんだよいったい」
「強魔がいる!二人ともアタシの後ろに下がってろ!」
とっさに武器を出現させて、更衣室にかかった壊れかけのカーテンを引き毟った。
しかしオレは、その中にあるものを見て拍子抜けする。
「死体じゃねえか」
そこにいたのは、いぐさの棘を集めてヒトガタにしたような強魔と、女の死体。姿勢的に、女は強魔に抱きしめられているように見えた。
死体のあちこち(特に抱きしめられている箇所)からは黒色のクリスタルのような結晶がいくつも伸びている。こうすることで、強魔は人間を『食べやすく』するのだ。
ソルは瞳を発光させてそれらを観察していたが、やがて光を収め「両方とも死んでます」と言った。
「そりゃあ、これで死体の方が実は生きてましたなんておっかないけどもよ。
しかし意外な発掘があったな・・・よくやったぞ~、キャスパ。
お前が探検してくれなかったらこのホトケさんは見つからないままだったろうさ」
「んふふ~、アタシはえらい!」
「はいはい、油断しないでくださいね、二人とも。それじゃあ【結晶】を回収して、このご遺体を___」
一つしかない虚ろな眼窩に、光が灯る。
強魔はバネじみた挙動で跳ね起きると、キャスパの顔面に手刀を突きこんだ。
キャスパはとっさに顔を背けて避けたようとしたが、しかし避けきれなかった一撃を喰らい、そのまま押し倒され___
◆
ソルが、無駄だとわかっていながら手を伸ばしている。
モノクロに染まった世界で、オレは静止した強魔の背後に回り込むと、その眼窩へ逆手に持った淡い空色のダガーを突きつけ、一息に押し込んだ。
ザク、と、まるで折り重ねた薄い木の板へ刃物を刺し入れたような、生き物ではあり得ない感触。
それから、同じく蝋人形のように動かないキャスパから強魔の体を押しのけて、オレは魔法を解いた。
◆
キチキチキチ・・・・・・時計の針が急速に戻されるような音と共に世界へ色彩が戻ってゆき、強魔は糸を切られた人形のようにバタリと倒れ、それっきり動かなくなった。
「キャスパ!キャスパリーグッ!大丈夫ですか!?」
ソルヴァリアはキャスパを助け起こした。キャスパの顔は毛皮を抉られ口元の筋肉と歯が露出していたが、目に見える速度でふさがりだしている。
「ふぁはは、へーきへーき!魔法少女は頑丈だからな、これしき唾をつけりゃ治るぞー!」
「ほんとに唾をつけますよ!?
ああもうそんなニコニコして、下手したら死んでたかもなのに・・・!」
「でもバニーが助けてくれただろっ?ほら、ソルもバニーにお礼だっ」
「ええ、そうですね・・・!バニー、いっつもいっつもありがとうございます・・・!
今のは完全に私のミスです、ああ、誰も死ななくてよかった・・・」
ソルはキャスパを抱き寄せ、今にも泣き出しそうだ。
「そんな泣きそうなツラぁするない、オレだって対処が遅れたんだしよぅ。
それにしても【擬態型】がこの辺にいるなんてシクったぜ。
伏兵がいるかもわからん、ホトケを片付けたらずらかるか」
オレはバタフライナイフを出現させて、女の死体から生えている結晶のうち、手ごろなサイズのものを手に取った。
コリコリと盛り上がった患部を薄く削ぐようにしてナイフを動かし、結晶を一つ採取する。
「【リデル】」
仄かな青の燐光と共にそれは現れた。
オレの握り拳を三つ重ねたようなサイズの、水色と白のギンガムチェックが入ったエプロンドレスを着て、頭に兎耳のカチューシャをはめたデフォルメチックな少女に結晶を預けると、彼女は一つ礼をして再び空中に溶け消えた。
オレは死んだ女の膝に手を回して抱え上げると、ソルとキャスパのほうを向いてうなずいた。
▼
これが日常。
転生先としてはあまりにもハードコアな世界観だと思うよね?オレもそう思う。
倒しても倒しても強魔は減らないし、空はオレたちの事情なんかどうでもよさそうに青いし、毎日毎日死んでもおかしくない事態を生き延びたことを寿がねばならないし、外で出歩くのも神に祈らなきゃならんような環境だけど。
ま・・・カワイイものがいっぱいあるのだから特に文句はないのである。