「……」
じっとする。じっと見る。ただ見る。
「……」
今だろうか。今だろうか。今だろうか。
待って、待って、じっと狙って。
今に、今に来る、その時が。
今か今かと待ちわびる。
――嗚呼。朝焼けを追い越す空だ……。
美しいと思った。
心が震えた。
誰かを愛したいと思えた。
誰を?
僕を?
己自身を愛せとそれは詠う。
ああ、愛してよいのだと分からせられる。
自らを愛し、自らを産んだ世界を愛し、また自らが生み出す命を愛する。
そんな命の理を垣間見て、刹那――。
『歌姫』リリアナ・マスカレードによる『伝心の加護』の開花を打ち破り――俺は思考を『殺意』で上書きする。
――
『歌姫』を破り、『太陽姫』を超え、その先で水路に落ちようとしていた『憤怒』を、斬る。
「……」
「何を言ってるのか、わっかんないなぁ」
不思議なことに、首を斬った後でも口はパクパクと動くらしい。『憤怒』は、
「……」
静かだ。制御塔を包み込む炎が消え、いつの間にか『歌姫』の歌声は聞こえない。塔を囲っていた民衆も力なく地面に倒れている。こんな状況で、俺にキツイ双眸をくれるのは……天上天下唯我独尊を地でいく世界の花形――プリシラ・バーリエルその人だ。
「あるいはプリスカ・ベネディクトとでも呼んだ方がいいのかな?」
「痴れ者が知ったような口を聞くでない。己を真に示すのは名ではなくその振る舞いよ、妾の獲物を奪った痴れ者である貴様に一度だけ機会をやる。――名乗れ」
……殺す気なんてなかったくせに。
随分と険呑な目を寄こしてくれる。その眼差しですら美しく見えるのだから、やはり『原作』における表現に一切の間違いはないのだろう。
名乗りとは、この世界における戦う者の流儀だ。
『原作』においても有数の強者とされるプリシラによる名乗りの強制。
それはすなわち、死の宣告だ。
己の死が確定しているのなら、最後くらい言いたいことを言おう。
「俺、一つだけ言いたいことがあったんだよね。――何もかも、自分に都合よくいくなんて思っちゃだめだよ。ムカつくから――さ」
「ッ!!」
「――嗚呼、ダメダメ首なんか狙っちゃ。俺が避けなかったら酷いことになってたよ?」
刹那、首をかばった俺の手首がはじけ飛んだ。
と同時に、俺を斬ったプリシラの利き手がはじけ飛んだ。
主を失った『陽剣』が宙を舞い、無情に地に伏せる。
「俺は君の都合のいい人間になんてなってあげない。君に都合のいい世界に……俺はいないんだから」
「何をッ」
「……あぁ、うだうだしてたら風来坊な騎士様が来ちゃう。……勇猛果敢に敵を倒すのもいいけど、たまにはお姫様らしく騎士様に守ってもらいなよね。そうしたら……もう少しだけ、長生きできるかも知れないからさ」
好き勝手に言葉を放つ男の手首はみるみる再生し、言い終える頃には完全に元に戻っていた。だが、プリシラの手首が治ることはない。
男は言いたいことを言いきった。
きっともう会うことはないだろう。
少なくとも
――また遭おうね。次はきっと■■■・■■■として。
『自己愛』を捨てた『色欲』は『赤色の殺意』を取り込んだ。
五章。まず、ひとつ