イフリートとの戦闘からずっとシズさんは眠り続けている。
もう1週間は経過しただろう。
「なにか……ないかな……」
「シズさんを苦しめてたイフリートは食ったんだ。ポーションも使ったのにな」
「違う……違うよ……それじゃあダメなんだ、きっと……」
「ウィン、焦るなって。きっと大丈夫だから」
まだリムルは気付いていない。
イフリートと分離してからというもの、シズさんの纏う生力だか魔力だか分からないけど、それが一向に回復していないんだ。
それどころか――。
きっと「大賢者」はシズさん分析で忙しいと思うけど、きっと自分の考えと同じはず。
何で見えるのかは……わからないけど。
1週間の間に色々な事を試してみたけど、自分の力ではどうしても……どうやってもシズさんの魔力が元に戻らない。
色んなカードを生成した。出てくるカードは基本ランダムだけど、自分の幸運値でも高いのか望む形に近いカードが出てきてくれる。その分は余計に魔素を使うけれど、今はそんなことを言っている暇はないんだ。
でも、基本的に人に使えるのは魔法カード。トラップカードは何かしらの条件下でしか発動しないから、論外だろう。
「お前はもう休め、寝てないだろう」
「一昨日、寝た」
〈……〉
『はぁ、もう1枚「カード生成」してみてダメなら休むからね』
祈る様にして両手を胸の前で握り、魔素を集める様に集中する。
強く光りながらカードの形に変わっていく光を感じる。
ゆっくり、瞼を開いてカードを見ると、最初に見えた色は緑色だった。
「魔法カード……」
『……それは、「死者蘇生」ね』
「おぉ! 良いカードじゃんか⁉ 俺でも知ってるぞ!」
〈……告。そのカードでは個体名、シズエ・イザワへの使用は不可能と推察します〉
「なん、で……」
「シズさんはまだ死んでないだろう」
「でも、いざって時には」
何かあった時に使えば良いと思ったが、ふとライナの顔を見ると何とも言えない表情で目を瞑り、首を横に振っている。
『よくそのカードを見なさい……、今までのカードみたいに強い魔力を感じるかしら?』
〈個体名、ウィン=テンペストの魔素量不足により、そのカードには特別な力は存在しません。使用可能な――〉
「ごめん……もういいよ、大賢者さん」
「なんでそんなに焦ってんだよ。また明日にでも――」
〈告。イフリートとの同化が彼女を延命させていたようです〉
「なっ……⁉」
ついに、大賢者さんの分析が終わったのか……しっかりとした声で残酷な運命が突きつけられる。リムルに知られる前に、なんとか解決できれば良かったんだけど……。
――結局は何の力にもなれなかった。
リムルが此方を見た後に、シズさんの方に視線を戻す。
自分は何も言えずに、スカートをギュッと握りしめる事しかできなかった。
「じゃあ俺のやったことは……」
〈彼女の気力は激しく消耗していました〉
『イフリートを浄化しなければ、彼女は自我を失ってたんじゃないの? だから、誰にも迷惑の掛からない場所にでも行こうとしてたのかもしれないわね。最後を迎えるために』
〈自我を失い暴れる事は、シズエ・イザワの望みではないと思われます〉
だからあの時に最後だと言っていたんだろう。イフリートの制御はもう殆ど出来なくなっていたというのなら……理解できる。
「……スライムさん」
何も言えずにいた時に、ふとか細い声が聞こえた。
「シズさん⁉ 気がついたのか」
「ふふ、ウィンちゃんも……ずっと傍にいてくれたの……?」
力はないけれど、なにかスッキリした様子で蕩ける様に笑いかけてくれる。
「あ、ああ……よかった。もう目を覚まさないんじゃないかと思った」
「待ってろ、いま水を――」
リムルがぽよんと寝台から降りて、水を取りに行こうとした。
「スライムさん。いいよ……、必要ないから」
「え……」
「そ、そんな事を言わないで。楽しい事はこれから――」
「もう何十年も前に、こっちに来て、辛いことも沢山あったけど、良い人たちにも沢山出会えて。最後はこんな奇跡みたいな出会いがあった」
シズさんはゆっくりと寝返りして、リムルの頭を撫でる。
「心残りが無い訳じゃないけど、私はもう十分生きたから」
「シズさん……」
何かを言いたいけど、言葉は出てこない。必死に泣かない様に我慢しているのに、目の端に涙が零れだしていく。
「ダメよウィンちゃん、せっかくの可愛い顔が傷ついちゃう。笑顔笑顔」
弱々しい手で、無意識に噛んでいた下唇を撫でて口角を押し上げてくれる。
「……俺たちに何かできることはないか? 心残りがあるなら言ってくれ」
「頼めないよ……君の人生の重荷になってしまうもの」
「俺があんたの力になりたんだ、言ってくれ」
「思いを紡ぐことで、生まれる出会いもありますよ? それとライナ――」
★☆★☆ ★☆★☆
あの後すぐにエレン達を呼んで、最後のお別れだけはして欲しいと頼んだ。
ライナの力で少しだけなら、喋る時間も作れる。
……でも、自分は最後の瞬間には立ち会う事はしなかった。
最後のお別れを笑顔で迎える自信もなかったし、あの場に留まっていると我儘を言ってシズさんを困らせていただろう。
もっと色んなことを話したかったし、リムルの運命の人だって揶揄ってどんな反応をするのか知りたかったし。シズさんと遊んだ時にどんな顔をして負けた時に悔しがるのかとか色々と見てみたかった。
『ウィン……ここに居たの? みんな心配してる』
「アウス……」
この1週間で生成したカード。時間を見つけては「コレクト」で町の外で被害を出していた魔物のカード。これだけ用意したのに結局は無意味に終わってしまった。
『ボクはここに居るからさ。大丈夫だよ』
「……うん」
シズさんの思いを繋ぐ為にもしっかりと前を向こう。それに、リムルと一緒に約束したんだ、シズさんの心残りである思いを継いでいこうって。
イフリートのカードを取り出して、この1週間で生成したカードも取り出す。そして最後にカードホルスターから{憑依装着ーヒータ}を取り出す。
「自分の覚悟を刻む為に、強く生きたシズさんの思いを繋ぐ未来に、紡いだ明日を楽しく明るく照らせるように。共に道を照らしていこうヒータ‼」
アウスが咄嗟に地面を盛り上げて、森に火が行かない様にガードしてくれる。
自分の足元から一気に火柱と共に炎が走り出して魔法陣を作り出してく。
手に持っていたイフリートと1週間分のカードが燃える様にして魔法陣の方に吸い込まれていったのを確認してから、憑依装着ーヒータのカードを目の前に浮かせて、優しく杖の先に翳す。
赤いく燃えるような髪色に毛先は少し跳ねた感じのくせっ毛、釣り目で気の強そうな感じだ。へそ出しの健康そうで動きやすい夏服のワンピースにタイトなミニスカート。
『へっ、オレを呼ぶ時にしけた顔はゆるさねぇぜ。ウィン』
「あうっ!」
軽く自分の頭にチョップをいれてきた。
『もうちょっと静かにできない?』
『なに言ってんだアウス。召喚時に厳かになんて面白くねぇだろうが。登場シーンってのはド派手に印象強くってのが基本だぜ』
ヒータ一人が加わっただけなのに、急に騒がしくなったな。
「えっと、これから、よろしく?」
『はっ、たくよ。あの女も言ってたろうが、ウィンはもうちょっと笑顔の練習だな』
「え、いや……今はそんな気分じゃないっていうか……」
『どアホ。どんな時も余裕もって笑っとけ。まぁ、笑えねぇってんならオレが隣で一緒に笑ってやるからよ。進むって決めたんだろうパートナー』
ヒータは自分の心を見つめる様に、真っすぐに目を見ながら真剣な表情になってトンと胸元に軽く拳を当てられた。
「……うん」
『オレを使いこなせるのは、熱い魂を持ってるヤツだけだかんな。忘れんなよ』
『そんなこと言って、さっさと呼ばれなかったのが悔しいだけだと思うよ』
『んなっ! ちげぇってアウス。なにを適当な事を言ってやがる⁉』
『ボクの方が先輩だから、よろしく』
『おいウィン! なんでこんな根暗を最初に召喚したんだよ⁉ オレの方が頼りになるだろうが! しかも一番とかくだらねぇ』
『根暗とは言ってくれるね』
眼鏡を光らせながらクイっと持ち上げてヒータに詰め寄るアウスに、上等だと立ち向かっていくヒータの間に慌てて割って入る。
「お、落ち着いて二人とも」
『たく、ウィンに免じて今日は許してやるか』
『それはこっちのセリフだね』
なんでいきなり仲が悪いんだよ。
まったく、感傷に浸る暇もなさそうだ。
『まぁそれよか、さっさとリムルってスライムの所に戻るぞ』
「え……あ、うん?」
『どんな状態だろうと。しっかり別れの挨拶はしてやれよ。今はオレが傍に居てやるんだから大丈夫だろ?』
『ボクの事をしれっと排除しないでよ。でもまぁヒータの案には賛成かな』
ギュッと自分を元気づけてくれようと、ヒータとアウスが両腕に抱き付いてきた。
『拒否しても、無理やり連れていくんだがな』
『強引過ぎない?』
『お前も同じ案だろう。しっかり反対側の腕に抱き付いて何言ってんだ?』
『ボクはウィンに無理させないようにしてるだけ』
『どうだかね。ほれほれ、さっさと行くぞ』
サバサバとした性格と言うか、終始明るく力強い存在感だな。
くよくよと考えている事が馬鹿らしくなるくらいに、ヒータは本当に明るい性格でしっかりと気遣いながらも、自分の腕を引いてくれている。
★☆★☆ ★☆★☆
シズさんが寝ていたテント前にくると、何やら中から声がしていた。
一瞬だが足が止まってしまう。それを見越したようにヒータが小さく「大丈夫だ」と言いながら引っ張ってくれる。
「シズさんは最後の旅でお前達と仲間になれて楽しかったって言ってたよ」
『ちょっと危なっかしいとも、言ってたわよ』
「あ――ね……」
ギドがワザとらしくカバルの方を見る。
「おいコラ、なにこっち見てんだお前らっ!」
「だってねぇ」
「お前だってこの前に落とし穴にハマってたじゃねーか。シーフのくせに! シズさん呆れてたぞ!」
「あ、あれは姉さんが急に押すからでやす!」
「ちょっとぉ、私のせいにしないでよぅ。あの時は突然、蜘蛛が落ちてきて……」
しんみりするよりも、こういう雰囲気が好きだったんだろうな。
「ふ、ふふ」
「ウィン……もう、大丈夫だな」
「うん。もう大丈夫だよ」
「そいつは?」
「彼女はヒータ。火霊使いの子だよ」
『よろしくなリムルのダンナ!』
バッと手を伸ばしてリムルと握手をしている。
『流石はスライムだな。触り心地が良いぜ』
「はは、ありがとよ」
「あの時シズさんがクモとってくれたのよねぇ」
「あれ以来シズさんが罠探し手伝ってくれやして……」
「ホレみろ! 俺だけじゃねいじゃん!」
【頼られるのも、嬉しかったのかな?】
【いやいや、シズさんに頼り過ぎだぞコイツ等は……心配になるレベルだ】
『世話を焼くのが好きそうだったものね』
言い合いをしている3人を見ながら、リムルを抱き上げる。
【ねぇリムル……後でさ、擬態できるかな?】
【……あぁ、出来るぞ】
【ありがとう、しっかりお別れは言えなかったけど。自分なりのケジメでさ、その、お願いして良いかな。お別れの挨拶をしたいんだ……】
【あぁ、任せろ】
【ごめんね……本当に、ありがとう】
【気にすんな】