侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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外伝二十一話:ノームの切り札

 

 隠し祭壇のある部屋の温度は今もなおジリジリと上がり続けている。

 宗一郎は果敢にパズズと戦い続けてはいるものの、動きが鈍くなってきている。

 ここに来て手加減などするはずもないのだけども。

 よく見れば、宗一郎が肩で息をしている。

 肌には汗が浮かび、だらだらと流れている。

 鎧の下の服も汗の染みが広がっていた。

 口や肺に直接熱い空気を入れないように、いつの間にか口布を顔に巻いているけど、それで遮ってもなお呼吸は捗らないはず。

 その中で動き回るのはしんどいだろうに。

 

『現世の者どもはどいつもこいつも脆いものだ。少し温度が上がるだけで身を焦がし、命を落とすのだからな』

 

 パズズは口の端に笑みを浮かべながら、持っているナイフを振るい続ける。

 命を刈り取るような急所を穿つ一撃ではなく、皮膚と肉を切り裂いてじわじわとなぶり殺しにするような攻撃だ。

 熱気で動きが鈍っている宗一郎とは対照的に、パズズの動きは軽い。

 元々肉体は借り物だから痛覚に頓着しないし、なによりパズズの周囲を覆っている領域が熱気を遮断している。

 悪魔は現世に受肉した瞬間、この世界の法則の影響を大なり小なり受けるものだけど、不完全復活とはいえやはり魔神と言われるだけはある。

 

「ううっ、くそっ」

 

 ムラクが呻き、何かを詠唱し始めた。

 彼の手からうっすらと霧が生まれ、わたしとムラクの体を包む。

 一瞬だけ冷たい氷を当てられたかのような感覚を覚え、この暑さの中では心地よかったけどもすぐに熱気に馴染んでしまい、霧は消えてしまった。

 

「今のは?」

コールドミスト(冷気の霧)、冷たい微細な氷を含んだ霧を纏わせる錬金術ですが、でもだめだ。この熱気の中じゃ持続しない」

 

 通常の大気中であれば、もっとそれが持続して敵を包み込み、徐々に体に凍傷を負わせたり体力を奪うのだろうけども。

 流石に数百度と思われる大気の中では、微細な氷や冷気なんてあっという間に溶かされてしまうに決まってるわね。

 

 ディバイン(女神の)エンブレイス(抱擁)はあと二、三回くらいしか使えない。

 休憩を取ってマナはいくらか回復したけど、ボスクラスの相手をするとわかっていれば一日休息を取ったのにな。

 今更思っても仕方ないのだけれども。

 力場を何度か張り直しても打開策を見つけなければ、わずかに命が生きながらえるに過ぎない。

 

「不味いわね。このままじゃわたし達はオーブンの中で焼け死ぬようなものよ」

「悪魔のごちそうになるのはごめんですよぉ」

 

 それはわたしだって嫌だ。

 悪魔の生け贄になるくらいなら自ら死んだ方がマシだってものよ。

 

 それにしても、パズズはこちらには目もくれない。

 自分の命を脅かすのは目の前の宗一郎だけ。

 僧侶と錬金術師は大したことはない、後でゆっくりと後で弄ってやればいい。

 そう思っているに違いない。

 

 全くもって腹立たしい。

 わたしのラース(神の)・オブ・ディバイン(憤怒)なら一撃で吹っ飛ばせるかもしれないけど、のこのこと近づいて行って当たってくれるような奴じゃない。

 山羊頭の騎士は油断して近づいてくれたから当たってくれた。

 わたしが自分から近づいたら何かあると絶対に感づいてしまう。

 それに近づいて奇蹟を唱える前に、ナイフで切り刻まれる可能性の方が高い。

 もう一つ、わたしには切り札と言える攻撃奇蹟はあるけども、遠間から発射して果たして当たるかどうかという懸念もある。

 悪魔の持つ呪文抵抗領域にかき消されたら目も当てられない。

 いずれにせよ不安だった。

 

「ねえ、ムラク。あなた何か、とっておきの切り札みたいなのは無いの」

「切り札、ですか」

 

 ムラクは一瞬考え込み、リュックの中から少し大きめのビンを取り出した。

 ビンの中にはゆらゆらときらめく液体が入っている。

 全くの透明ではなく、うっすらと青く色づいている。

 

「落ちこぼれのノームの僕が唯一仲良くできたのが、ウンディーネです。名前くらいは聞いた事があるんじゃないですか?」

 

 ウンディーネ、たしか水の精霊として聞いた覚えはある。

 その形は女性だったり、あるいは水の球体だったりと諸説はあるけどこの場合どっちなのかしら。

 

「彼女の攻撃なら何とかなるかもしれません。でも肝心の水がここにはない」

「どれくらい必要なのかしら」

「コップ一杯とか水筒くらいじゃ話しにならないですよ。最低、お風呂の浴槽一杯ぶんくらいはないと。でも、そんな水の量はここにはない」

 

 嘆き、がっくりとうなだれるムラク。

 

「……いや、わたし達はどうやらまだ運がいいようね」

「えっ? どういうことですか」

 

 わたしは腰に提げてる水筒を取り出した。

 

「この水筒、空間魔術が掛かってて浴槽三つぶんくらいは水が入るようになってるの。それだけあればウンディーネ使えるでしょ?」

「うーん。この温度の中でウンディーネがもつかな……」

「数秒だけなら何とかならない?」

「それなら多分。でも、水を使った攻撃だからこの温度だと相手に届くまで蒸発して本来の威力が発揮できないかも」

「なるほどね。じゃあ減衰しないような距離まで近づかないとか」

「大分難しくないですか? のこのこと近づいたらパズズだって怪しむんじゃないでしょうか」

 

 それはそう。

 まあ、ムラクにはちょっと覚悟決めてもらうしかないか。

 今のままじゃ負けるのは確実だし。

 

「……ムラク。ちょっと荒っぽい事をするけど、大丈夫?」

「え、は、はい」

「わたしが背中を押すから、近づいたらウンディーネを即座に出せるようにしておいて。水筒を渡すわ」

「背中を押すってどういうことですか?」

「まあ、いいから。しっかり倒れないように踏ん張るのよ」

 

 ムラクに水筒を預ける。

 彼は右手にウンディーネのビン、左手にわたしの水筒を持つ形になった。

 そしてわたしはムラクの背後に回り、祈りの姿勢を取る。

 印を結び、奇蹟の名前を唱えた。

 

フォース(衝撃波)!」

「う、わぁっ!」

 

 わたしの手から発された衝撃波がムラクの背中を押し、その猛烈な勢いでパズズの目の前にまで瞬きする間もなく辿り着く。

 いきなり前に出て来たムラクに驚き、宗一郎とパズズの戦いは一瞬止まった。

 

「宗一郎、離れて!」

「応」

 

 わたしの叫びに瞬時に反応し、構えていた野太刀を下げてバックステップで距離を取る。

 ムラクはぎゅっと床を踏み込み、何とか前に転がることなく踏みとどまって右手のビンのフタを開けた。

 ノームは地下生活を送ることもあって、足腰は中々強いとは聞いていたけども本当に粘り強いのね。

 

「ウンディーネ!」

 

 呼びかけに応え、ビンから水色の液体がぬるっと外へと出てくると球体の形を取った。

 人の顔の大きさくらいだろうか。

 外の熱気に悶えるかのように、ウンディーネは球体の表面にさざ波を作る。

 

「それっ」

 

 次いでムラクは預けた水筒のフタを開け、ウンディーネに投げつける。

 ウンディーネは器用に触手のような水の腕を作り出すと、水筒を掴み自分に浴びせるように水を被る。

 見る見るうちに水を吸収し、大きくなっていく。

 吸収し終わると、あっという間にウンディーネは人の二倍か三倍かくらいの大きさになっていた。

 しかしぼこぼこと、気泡が浮かび始めている。

 熱を軽減する領域内に留まっているはずだけども、あまり出していられる時間はないようだ。

 

「ウンディーネ、ウォーターレイ(高圧水流)だ!」

 

 ムラクが叫ぶと、パズズと一人分くらいしか開いていない間合いでウンディーネが吸収した水を噴射する。

 ウォーターレイ、光線になぞらえるようにその水流は凄まじい勢いでパズズの胸から腹の辺りを穿ち、貫く。

 水流の勢いは貫いてもなお衰えず、背後の壁までも貫いて幾分かの深さの穴を作った。

 ぽっかりと胴体に開いた穴は、その先までもが見通せてしまう。

 たかが水。されど水。

 物凄い圧力が掛けられた水は、恐ろしい武器に早変わりする。

 もしウンディーネに遭遇したら絶対に怒らせないようにしないと、自分がいつ穴ぼこだらけになるのかわからないわね。

 怖いわ。

 

 ウンディーネはウォーターレイを放った後、もう人の顔くらいの大きさに戻っていた。

 そして熱さを嫌がるかの如く、ビンの中に帰って自らフタを閉めてしまった。

 ウンディーネの正体は水の中に無数にいる、目に見えない精霊とも聞いている。

 水が全部蒸発してしまったら、居なくなっちゃうのかもしれない。

 

 胴体に大穴を開けたパズズは、両手で体を押さえる。

 無くなった箇所を確かめるように。

 血がとめどなく流れ出し、床に流れると焼けて血の焦げた臭いが立ち上る。

 

『馬鹿な』

 

 パズズが膝を着くと、部屋の四隅に設置された火の玉が消えた。

 大きなダメージを与えたからかな。

 即ち今がチャンス。

 

「ムラク、俺に冷気の霧を掛けてくれ」

「あ、はい!」

 

 宗一郎の言葉に応え、すぐさまムラクはコールドミスト(冷気の霧)をかけた。

 宗一郎は霧を纏いながら、パズズへと近づいていく。

 口布をはぎとり、深く一呼吸すると今まで消えていた体の白い靄が再び浮かび立ち上っていく。

 野太刀にも霊気が帯びて、鈍く発光しているのがわかった。

 

「破!」

 

 掛け声と共に駆け抜け、パズズの右を抜けて下から首を斬り上げて振りぬいた。

 まるで一瞬、通りを強く吹き抜けていく風のような速さ。

 

『かっ』

 

 うめき声をあげ、ずるりとパズズの首と胴は分かたれて地面に倒れる。

 

「三船流奥義・無明」

 

 素早い抜刀術、居合なる技は前にも見た事があったけど、それ以上に速かった。

 宗一郎はいつの間にか更に成長しているみたいだ。

 

 首を落とされたパズズは呻き、こちらを睨みつけている。

 まだ死んでないのか、全く悪魔というのは本当にしぶとい。

 

『まさか此度もこのような辱めを受けるとは。口惜しい事よ』

「貴様の居場所はこの世に非ず。冥府に戻りてしばらく頭を冷やす事だな」

『致し方あるまい。我は油断していた。サムライ、お前さえ倒せばあとはゆっくりとなぶり殺しにするだけだと思っていたが……あの小さき者があのような切り札を持っていたとはな』

 

 パズズの視線の先には、ムラクの姿があった。

 わずかに舌打ちしたパズズは、やがて呻くのを止めて天井を見る。

 

「悪魔どもは徒党を組んだとて、仲間として連携をした事などあるまい。なればこそ、我らは勝ちを引き寄せた」

『肝に銘じておこう。次に現世に来た時こそ、我がこの世界を手中に収める時だ。それまでせいぜい、生を謳歌する事だな。人間ども……』

 

 パズズの体から黒い靄が立ち上ると、顔が浮かび甲高い笑い声をあげた。

 宗一郎が刀で斬り払うと、ゆらりと靄がゆらめいたあとに、ゆっくりと宙に消える。

 残されたガーストカの体はぴくりと動かない。

 じりじりと熱で焦げていき、嫌な臭いが立ち込める。

 

「何とか終わったわね」

「二人の遺体、回収したいけど……」

「それは無理だ。熱が冷めるまでは触らん方がいい」

 

 そう言った途端、ディバイン(女神の)エンブレイス(抱擁)の効果が切れた。

 

「あっちちちちちちちいいいいい!!」

 

 まだオーブンの中同然の温度だ。

 このままではわたし達まで焼け死んでしまう。

 

「さっさとここを出るぞ!」

「アーダルを連れてって宗一郎! まだ倒れてるままだから」

「わかってる!」

 

 泡を食ってわたし達は祭壇の部屋を転げまわりながら飛び出した。

 まったく、戦いの終わりの余韻に浸る暇もない。

 隠し部屋の扉が閉まり、熱気が遮られてようやくわたし達は一息ついた。

 壁にもたれながら座り込んでいる。

 もうみんな、疲れ果てていた。

 

 アーダルの様子はどうだろうと顔を覗き込んでみると、もう苦しそうに喘いでいる様子はない。

 額に手を当てると、熱も引いてきている。

 まあさっきまで暑い部屋の中に居たから、汗はかいてるけども。

 あの疫病はパズズの呪いみたいなものだったのかもしれない。

 

「すいません、ノエルさん。水ぜんぶ使っちゃいました」

 

 ムラクが申し訳なさそうに水筒を返してくれた。

 

「全然かまわないわ。あそこで死ぬよりはマシだからね」

 

 死ぬよりはマシ。全滅するよりかはマシ。その通り。

 でも、汗びっしょりで喉が渇いてめちゃくちゃ気持ち悪いわこれ。

 せめて体を拭いて水を飲まない事には探索できないわ。

 

「宗一郎、ちょっと水もらえないかしら」

「水なら、この城地下には泉があるぞ。どうやら地下水脈から引いてきているものが未だに機能している」

「本当!? やった!」

「俺も汗だくのまま歩き回りたくはない。流石に疲れたし、今日はそこでひと眠りしよう」

 

 わたしもムラクも賛成の声を上げた。

 流石にもう限界。休みたい。

 

 全く、魔神なんて本当にろくでもない。

 地獄で引きこもってればいいのに、なんで現世にまで来ようとするのかしらね。

 

 それとも、人間の底知れない欲が悪魔を呼び寄せてるのかしら。

 ……なんてね。

 

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