侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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外伝二十八話:魂の安息を得て竜は昇天す

 逆鱗を深々と突き刺されたドラゴンゾンビ。

 痛みを感じないと言われるゾンビではあるが、それでも生前の弱点を突かれて良い思いをするはずがない。

 雄叫びを上げて上体を起こし、こちらを息を荒げて見下ろしている。

 

 こうやって改めて目の当たりにしてみると、流石に大きい。

 

 天井に開いた穴から太陽の光が差し込んでいるのだけど、ドラゴンゾンビが完全に光を遮ってわたし達に影を落としている。

 

 わたしもドラゴンと戦った経験が無いわけではないけど、それらはカテゴリーとしては「亜竜」と呼ばれる物に入る。

 ワイバーンやガスドラゴンのような飛竜や、或いは竜に例えられるほど大きいか、形が似ている魔物が亜竜と呼ばれる。

 ケイブドラゴンという洞窟に住む「竜」の話を聞いた時は少し笑ってしまった。

 ミミズが竜なんて、ちょっと面白すぎるでしょ。

 似ても似つかないわ、あれは。

 でもそれだけ恐るべき魔物だったのだろう。

 宗一郎の話を聞く限りでは。

 

 そして亜竜は初級を乗り越えた冒険者の壁の一つとなって立ちはだかる。

 亜竜は大抵、徒党を組んで現れブレスを息つく暇もなく吐いてパーティを削り、運が悪いと全滅もありうる恐ろしい魔物でもある。

 

 宗一郎は亜竜などではなく、真の竜と戦って生還した経験があるから彼の事は心配していない。

 問題はわたし含めたそれ以外の面々だ。

 

 アーダルは、震えているけど顔に笑みが浮かんでいる。

 恐怖と武者震い半々って所かな。

 ムラクは明らかに怯え竦んでいた。

 ドラゴンを見たいとは言っても戦う事までは考えてなかったのかもしれない。

 でもここまで来た以上、やるしかない。

 

 そしてルードはと言うと、表情が読めなくて良くわからないが息遣いは明らかに激しくなっていて興奮しているように見える。

 宗一郎が一旦下がった後、ルードはフランベルジュに炎を付与し、燃え盛る剣を作り出した。

 

「行くぞドラゴン、我が剣を受けてみよ」

 

 両手にフランベルジュを握り込み、猛然と突っ込む。

 怒った竜は向かってくるルードを振り払おうと、前脚を横に薙ぎ払う。

 ルードは横薙ぎを素早く察知し、前に飛び込んで薙ぎ払いをかいくぐって足元に入りこむ。

 

「つあっ!」

 

 フランベルジュを下から斬り上げ、逆の前脚を切り裂く。

 炎が描く軌跡と共に、竜の鱗に炎の傷跡が刻まれる。

 ドラゴンゾンビの鱗は光沢を失い、肉も腐っているがそれでも生半可な武器は通さない。

 しかしフランベルジュの刃は炎の助けを得る事で鱗を焼き、肉を切り裂いて焦がしていく。

 

「GAAAAAAAAAAAA!」

 

 ドラゴンゾンビはたまらずに上体を起こし、朽ちた羽を動かして体を浮かせようとする。

 だけど悲しいかな、羽は至る箇所が破れて穴が開いており、風を巻き起こす以外には役に立たない。

 

「いけるな」

 

 手ごたえを感じたルードは、続けざまに前脚に剣を振り下ろそうと上段に構えた。

 しかしドラゴンゾンビは、上半身を逸らし、胸を張って息を吸い始めた。

 

「むっ、不味い」

 

 すぐにルードはバックステップで距離を取り、ドラゴンゾンビから離れる。

 ルードがステップを取って離れた直後に、ドラゴンゾンビは足元にブレスを吐いた。

 黄土色から黄緑色が混ざったその息は、鼻腔を貫くような酷い臭いを放っていた。

 ブレスが広がり、範囲内に入った円卓や石造りの床を黒く変色させ、ぶすぶすと黒い泡を立てて溶かしている。

 

「怖ぁ……」

 

 アーダルがぼそりと呟く。

 

「ボクの酸よりも溶ける速度が速いかも」

 

 ムラクがアルケミストらしい観点から言う。

 

「アシッドバレットより強いの?」

「ええ。金属として安定してる金をも溶かす、王の水という物があるらしいのですが、もしかしたらそれかも」

 

 王の水だなんて仰々しい名前だけど、それだけの威力はあるという訳か。

 尚更注意しないと。

 

 ドラゴンゾンビは前脚薙ぎ払いの後、続けて体を回転させて尻尾での薙ぎ払いを仕掛けて来た。

 流石にわたしとムラクは離れているから当たらないけど、前衛の面々は近づいていた為に全員尻尾を食らい、壁や柱に吹き飛ばされる。

 

「ぐおっ」

「ぐうっ」

「うわっ!」

 

 ルードとアーダルはまともに尻尾を喰らって勢いよく壁に激突し、強かに背中を打ち付けてしばらくもんどりうっている。

 宗一郎は途中の柱に激突するかと思ったけど、上手く足を柱に着けて逆に反動を利用し、柱を蹴りつけて飛び立った。

 

「奥義・四の太刀、兜割!」

 

 高く跳躍し、力の限り野太刀を落下する勢いのまま振り下ろす。

 勢いが良すぎたのか、竜の頭を狙ったつもりが飛び越えて背中の朽ちた羽の片側を生え際から斬り落とす結果となった。

 ドラゴンゾンビは叫び声を上げて身じろぎし、宗一郎を睨みつけてブレスを吐く。

 

「むうっ」

 

 すぐさま宗一郎は駆け抜けて離れるが、それでも一瞬鎧に掠ったのか、鎧の一部があっという間にブレスに浸食されて朽ちて崩れ、さらに皮膚を焼いて火傷のような怪我を負わせる。

 更にドラゴンゾンビは追い打ちを掛けるようにブレスを吐き、宗一郎を追い詰めるが、彼は呼吸を整え始めた。

 深く息を吸って、吐いて、を繰り返し、徐々に体に存在する霊気なるものを活性化させはじめ、体中に循環させていく。

 白い靄が宗一郎の体から立ち上る。

 靄の勢いが激しくなってくると、宗一郎は野太刀を握り体をぎりぎりと捻じり込んだ。

 

「奥義・五の太刀、旋風(つむじかぜ)!」

 

 捻じり込んだ体を捻り上げて力を解放し、目にも止まらぬ勢いで刀を振るうと凄まじい竜巻が発生して上昇気流を作り出す。

 ブレスは瞬く間に巻き上げられ、天井に開いた穴から気流と共に抜けていき、ブレスで澱んだ空気を洗い流す。

 

「す、凄い……」

「ムラク、領主の間の扉を開け放してくれ。より空気が通るようにしなければ効果が半減する」

「は、はい!」

 

 慌ててムラクが中途半端にしか開いてなかった扉を開け放つと、更に風が吹き込んで空気の流れる道が作られ、空気が勢いよく巡り始めた。

 

「成程な。あのような技があれば腐食ブレスもおそるるに足らずか」

 

 背中をさすりながらもルードは立ち上がり、戻って来た。

 

「頑丈ね」

「人とは作りが異なるからな。あれくらい何の事はない。それよりもアーダルは重傷そうだから見てやってくれ」

 

 様子を見に行くと、アーダルは痛みに悶えてまだ呻いている。

 どうも壁に激突して背骨を折ったようで、冷や汗が酷く流れていた。

 グレートヒールを掛けることでようやく復帰し、立ち上がる。

 

「くそ、油断した」

「気を付けないと一撃で致命傷だぞ」

「わかってますよ」

「よし、皆で総攻撃をかけるぞ」

 

 宗一郎が号令を掛けた矢先に、ドラゴンゾンビはまたもブレスを撒き散らし始める。

 酸の瘴気が蔓延し、中々近寄れない。

 その度に宗一郎が旋風(つむじかぜ)を使って巻き上げるのだが、その度にブレスを吐くものだから戦いは膠着しつつあった。

 ムラクのアシッドバレットやルードの炎魔術でも攻撃を仕掛けてはいるのだが、やはりドラゴンの巨体相手には中々致命傷にはなりえない。

 強力な剣士の一撃を直接叩き込むか、あるいは熟練の魔術師による大魔術を使わなければ厳しいものがある。

 時間を掛ければそれでも倒せるかもしれないが、その前にこちらの体力やマナが尽きる可能性の方が高い。

 

「これでは近づけぬな……」

「ドラゴンゾンビもこちらが手強い事を認識しているのだろう。知能は生前と変わらぬと見てよいな」

「どうします?」

 

 前衛の面々が悩んでいたが、ならばここは方法は一つしかない。

 

「わたしがディスペルを試みるわ」

「確かに、不死ならば例え相手がドラゴンであれども有効だが……」

 

 ルードはその先を濁した。

 確かに不死の魔物はディスペルがとても有効だが、不死として格が高くなるほどに祈りに対しての抵抗力は上がっていく。

 いや、呪いの力が強いとでも言うべきか。

 わたしも僧侶としての経験は積んでいるという自負はあるが、それがドラゴンゾンビにまで通じるかはやってみなければわからなかった。

 

「通じるまで祈り通す。それしかないでしょう」

「その間、我々が奴の気を引こう」

「祈っている間はノエルさんのサポートはありません。死なないように回避重視で立ち回ります」

 

 作戦が決まると、各々がドラゴンゾンビの気を引くべく動き始めた。

 わたしは下がり、ひざまずいて両手を組み、祈りの文言を捧げる。

 

――主よ。憐れな迷える竜の子を御救い下さい。不死となりてなお現世を彷徨う魂をその御手によって導き、天への道を指し示してください――

 

 文言を唱えると、天上から柔らかな光が差し込まれてドラゴンゾンビを包み込む。

 一瞬、戸惑いを見せるドラゴンゾンビ。

 不死の呪いに囚われていた肉体は一瞬、生前の姿を取り戻すかのように見えたが、しかし体からぶすぶすと黒い煙が発されてその姿を隠し、すぐに腐った体に戻ってしまった。

 煙は光を遮り、光はそのまま失せ去ってしまう。

 

「失敗!? くそっ」 

「GAAAAAAAAA!」

 

 ドラゴンゾンビは前をうろつく人間どもをうっとおしがり、上体を起こして両前脚を床に勢いよく叩きつけはじめた。

 

「な、なんだ!?」

 

 戸惑っている間に、床がひび割れていくのが見えた。

 

「みんな、距離を取って!」

 

 叫ぶと同時に両前脚を再度床に打ち付けられると、ついに衝撃に耐えきれなかった床が崩れて崩落し始める。

 

「なっ!」

 

 前衛の三人は崩落に巻き込まれ、あわや下の階に落下するかのように思えた。

 

「くそっ」

 

 しかし、アーダルは腰に着けていた鉤縄を咄嗟に投げつけ、柱にひっかけて難を逃れる。

 だけども宗一郎とルードは崩落した床のふちに手を掛けて落ちるのを防ぐのがやっとだった。

 

「ミフネさん、ルードさん! 今助けます!」

 

 アーダルが縄の残りを投げつけ、二人はその縄を腕に絡めてなんとか上ろうとするけど、今度は掴んでいた床が崩落して二人は宙づりになってしまう。

 

「むうううううっ」

 

 ドラゴンゾンビは苦境に陥った二人を見てほくそ笑むかのように口角を上げた。

 すぐさま息を吸い込み、胸を膨らませてブレスを吐こうとしている。

 

「ノエルさん!」

 

 ムラクの叫びが響き渡る。

 同時にアシッドバレットを飛ばすが、ドラゴンの皮膚と肉が酸で少し焦げたくらいで意に介していない。

 ダークネスヘイズで視界を塞ごうと指示しようかとも考えたけど、ブレスを吐くなら見えなくとも関係がない。

 だったら、やはりここで出来るのは文字通り神頼みしかないわよね。

 わたしは再度、ひざまずいて祈りを捧げる。

 

――主よ。憐れな迷える竜の子をその御手によって御救い下さい。不死の呪いを受けなお現世を彷徨う魂を、何卒慈悲を以て天への道を御示し下さい――

 

 祈りの文言と同時に、ブレスを吐こうと竜の口が開かれる。

 その時、竜の体から再度黒い煙が立ち上った。

 しかしその煙は先ほどとは違い、虚ろな骸骨の形を取ると、笑い顔から苦痛に顔を歪ませて呻きながら霧散していった……。

 

 呪いが解けたんだわ!

 

 そして天上から二度、光が差し込まれて竜の体を包み込み、生前の姿へと戻っていく。

 美しい、目が覚めるようなエメラルドにも似たような光沢を放つ緑の体。

 あれこそが生きていた時の、竜の姿だったのだ。

 竜の体から青白い魂が抜け、光の方へと向かい昇天していく。

 その時、竜はわたしの方を見て、ゆっくりと頷いたのだ。

 

(――もはや不死のまま彷徨うばかりかと思っていたが、まだ生き残りが居てくれて良かった。此度は我を救ってくれて感謝する。其方に神なる竜の御加護が有らんことを――)

 

 巫女よ。

 

 確かに竜は告げ、魂は虚空へと消えていった。

 そして竜の肉体は灰となって風に舞い散り、骨だけが残される。

 竜の骨までは朽ちずに残るという事なんだろうか。

 なんせドラゴンゾンビのディスペルなんて始めてやったから前例がない。

 ともかく、解呪に成功した。

 はじめてわたしは背中に冷や汗をぐっしょりとかいている事に気づいた。

 

「やったな、エルフの娘よ」

 

 ロープを伝ってようやく上がって来たルードがわたしの肩を叩いた。

 他の面々も集って笑っている。

 

「これで依頼は達成したわね。どっと疲れたぁ」

「まだ気を抜くのは早い。マクダリナを探さねばならぬが、何処へ行ったのやら」

「あら、私をお探しかしら」

 

 唐突に、マクダリナの声が聞こえた。

 

「まさか本当にドラゴンゾンビを倒すとは思わなかったけど、有難うね。これで私の願いも叶うわ」

 

 何処に居るのかを皆で探すと、マクダリナはどうやら崩落しなかった天井の一部分に触手を使って張り付いていた。

 着地したマクダリナは瞬く間にドラゴンゾンビの頭へと近づき、まずは牙を折って体に突き刺し、取り込む。

 続けて更に、角をも強力な触手の腕力で折って細かく砕いたかと思うと、彼女は角を飲み下してしまった。

 瞬間、マクダリナの体に膨大なマナが満ち溢れ、体から青白いオーラが迸る。

 凄まじい圧力を感じ、いつの間にかわたし達は一歩、二歩と下がってしまう。

 

「ずっと待ち望んでいたわ。魔術師垂涎の品、ドラゴンの角が手に入るなんてもう夢のよう。牙も、非力な魔術師には弱点を補助するうってつけのアイテムだわ」

「まさか、それが狙いだったわけ、貴方は」

「今更気づいたの? 鈍いわね」

 

 高笑いを上げるマクダリナ。

 ドラゴンの牙は体力と腕力、そして持久力を大幅に底上げする。

 そして角は莫大なマナを内包し、取り込んだ者のマナの器を更に大きくしてくれる。

 最上級の魔術ですらも気軽に何十、何百と使えるようになるらしい。

 

「そして角を取り込んだおかげで、わたしと星の子の力は更に引き出された。もはや貴方達が敵う筈もないわ!」

「そんなもの、やってみなければわからぬだろう」

 

 宗一郎の言葉に、マクダリナは不敵に笑う。

 

「減らないお口ね、お侍さん。だったら一度、その身にわからせてあげないといけないわね」

 

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