侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第九十五話:日記

 さて、パスコードと鍵解除を出来る目を持つ者を探すにあたり、どこを探せばよいのかと言う話になる。

 

「パスコードを知っていそうな奴と言えば、心当たりは船長たるAztoTHしか居らんだろう。他の連中は名前も姿形も俺たちはわからぬからな」

「妥当な考え方だ。我とて他の眷属たちの存在がどれくらいかを把握しているわけではない」

「じゃあまずは船長室とやらに向かいましょう」

 

 船長室の位置を確認すると、幸いな事にブリッジ及び操舵室なる部屋のすぐ隣にあるではないか。

 これは手間が省けた。

 少し歩いてすぐに船長室に着いた。

 しかしここでもやはりと言うべきか、扉の上には赤い灯火が点灯している。

 

「まあ、船長室に誰もが入れるわけはないですもんね」

 

 アーダルが肩を落とした。

 鍵を開けるとなれば彼女の仕事なのだが、この船内に限っては今まで培ってきた鍵開けの技術がまるで役に立っていない。

 

「引け目を感じる事はない。この船は明らかに俺たちの世界の物じゃないんだ。鍵が物理的にも魔術的にも手の出しようがない以上、仕方ない」

「それはそうですけど……」

 

 慰めにもならないだろうが、それでも俺は一言かけてやりたかった。

 そして見る限り、ここの鍵はパスコードなるものを入力する方式でも無いようだった。

 扉の横に何か細長い穴と言うか、隙間に何かを通すことで鍵を解除するのだろう。

 そこにも小さな赤い灯火が点灯していた。

 何を通すのかは全く想像もできない。

 

「仕方あるまい。船長室の鍵を解除する方法を考えなければ」

「でも宗一郎。これ以上鍵を開けられるような方法なんてあるのかしら」

「ある」

 

 ノエルの疑問に対して、力強く断言するリーンハルト。

 

「電算室だ。そこに手がかりがあるはず」

「何だ、その電算室とか言うのは」

 

 この船の中は俺たちにはわからないものだらけだ。

 だからこうやっていちいち聞く羽目になる。

 とはいえ、分からない事は聞いて把握していかない事には、いざ何かあった時に困る。

 

「船の電子的な制御を司る所だな。鍵の開閉の管理や人員の記録、その他情報の管理を行っている場所だ」

 

 人員の記録か。

 俺たちが求めている物がそこにあるという訳だな。

 

「ならば行こう。鍵を解除できる目を持つ奴の情報もあるのだろう」

 

 と言うわけで、リフレッシュルームに隣接している電算室なる部屋に向かう。

 幸いな事に電算室に鍵は掛かっていなかった。

 

 中に入ると、やはり俺たちにはなじみのない物がずらりと並んでいた。

 部屋の壁沿いに所狭しと設置されているのは天井にまで届きそうかというくらいに高く大きな黒い箱。

 その箱は所々が七色に輝いている。

 また箱からは黒い紐のようなものが伸びて箱同士が繋がっているようだ。

 黒い箱から紐によって繋がっているのは、透明な板だ。箱ではない。

 黒い箱と透明な板以外には何も無い、殺風景な部屋。

 

 そして部屋の真ん中には眷属が倒れている。

 恐らく死んでいる。

 刀で足を刺してみても反応が無かった。

 眷属は今まで見た者とは異なり、白い服を着ていた。

 膝まで伸びる丈の服は、俺たちの世界では見た事の無い意匠だった。

 外套のように見えるがそれにしては生地が薄く、また何かを入れる衣嚢(ポケット)がやたらとついていた。

 

「で、ここからどうするつもりだ?」

「眷属の近くの透明な板があるだろう。それに触れる」

 

 リーンハルトが板に手を触れると、途端に光が発されて虚像が浮かび上がる。

 透明な板から発された光は、見た事も無い文字らしきものがずらりと浮かんでいた。

 

「さっぱり読めんな。リーンハルトは読めるか?」

「問題ない」

 

 リーンハルトはそれらの文字列を読み取ると、すぐさま文字列の一つに触れる。

 するとまた違う文字列が表示され、何か図柄のようなものが表示される。

 

「この画面が船全体の鍵の制御を司るようだ。それで、こうすると……」

 

 文字列を弄り、さらに何か光の虚像を呼び出す。

 その像には文字が一つ一つ浮かび上がっており、素早い手捌きで文字を入力していく。

 すると、ピコンという奇怪な音とともに声が響いた。

 

『船内の鍵を解除しました。ただし、特別な権限が必要な扉の鍵は解除できません』

「おお!?」

 

 これは船長室の鍵は解除されたという事で良いのだろうか。

 

「では行こうか」

「いや待て。まだ目の鍵を解除できる者を探さねばならない」

 

 そうしてリーンハルトは文字列を操作し、選択するとまた虚像が何体も投影されはじめた。

 それらは眷属たちの姿であり、中央にはひときわ奇怪な姿をしている者が立っている。

 

「中央の……こいつは何といえば良いのだろうな」

 

 確かに人型ではあるのだが、明らかに異形であった。

 頭部の触手が頭全体を覆っており、放射状に伸びている。

 恐らくこれがAztoTHなる上位存在なのだろう。

 頭部が蛸のような観測者と雰囲気は似ているといえば似ているかもしれない。

 

「彼こそがAztoTHに間違いない。だが彼の目は得られぬだろう」

「故に、他の眷属から探すしかない、が」

 

 困った事に、俺たちには眷属はどれも同じような見た目にしか見えなかった。

 子どもと大人ならまだ大きさの違いで区別は付くが、それ以外全くわからない。

 

「リーンハルトは見分けがつくか? 俺たちは駄目だ」

「実は我も彼らの見た目は区別がつかぬ。と言うより、君達の事も見た目だけではあまり区別は付いていない」

「なんだと? ではどこで見分けているんだ」

「声や着けている物、大きさ等だな」

「そんなものなのか」

「例えは悪いが、犬猫はまだ君達にも区別はつくだろう。だが虫はよほど特徴が際立っていない限り個体差を感じられないのではないかね」

 

 その説明は何となくわかる。虫扱いは気に食わないが。

 

 名前と姿が紐づけされて表示されているのは良いのだが、リーンハルトですら区別が付かぬのはどうすればいいのやら。

 その時、リーンハルトは額に皺を寄せながら呟いた。

 

「気が進まないが、一つ方法はある」

「それは何だ?」

「後で話す。ひとまずはその虹彩のロックを解除する権限を持つ者の情報を培養槽に送っておく」

 

 培養槽?

 たしか船の下層にある施設だったと思うが、そこで何をするつもりなのか。

 俺たちには皆目見当もつかない。

 

 そしてリーンハルトは何やら色々と操作をしている。

 自分の手のひらを光る透明な板に押し付けたあと、ほうと一息吐いた。

 

「これで全て完了した。では船長室に行こう」

 

 再び船長室に戻る。

 果たして赤を示していた扉の上の灯火は、緑色に変わっていた。

 扉の前に立つと自動で扉が開き、俺たちは中に入る。

 中は何があるのか。

 

「む、これは」

 

 部屋の中は、今までの船内の印象とは全く異なる。

 白を基調とした整然とした部屋とは違い、その人となりが伺える内装になっていた。

 壁には本棚が並んでいる。

 納められている本は装丁がしっかりしており、どれも劣化などしておらず読めるようになっている。勿論内容は俺たちには読み取れない。

 そして木製と思われる、重くがっしりとした机と座り心地の良さそうな、革張りの椅子があった。

 

「AztoTHはかつての文化のものを愛好しているようだ」

「これは俺たちの世界の物と似ているな。サルヴィでも見かける」

 

 壁の所々には、絵と言うには精巧すぎる人物画らしきものが額縁に入って飾られていた。

 何人もが肩を組んで仲が良さそうにしている。

 かつての変貌する前の彼らの姿だったのだろうか。

 その姿形は、あまりにも俺たちとそっくりだった。

 

「引き出しの中を調べてみよう」

 

 懐古趣味の古い机の中を開けてみると、雑然と入れられた硬筆や瓶に入った墨などの他に一冊の赤い革で装丁された本があった。

 それを開くと、何やら文字が並んでいる。

 読めないのでリーンハルトに渡して読み取らせてみる。

 

「……XXXX年X月X日。世界は混乱の極みに陥っていた。あの奇怪な生物が襲来し、誰も彼もを襲い始めている」

 

 リーンハルトの額に、皺が寄った。

 

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