侍は迷宮を歩く   作:DRたぬき

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第百二話:長き因縁の終焉

 

「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 二体のAztoTHが叫ぶ。

 先ほどまでのAztoTHなら、斬られて血を流しても余裕の態度を崩さなかった。

 しかし今度は、本当にAztoTHに手傷を与えられている。

 背後に居た方のAztoTHが光へと変化し、前の方に立っているAztoTHに融合し一つとなる。

 融合してもなお、胸に刻まれた傷は治っておらず暗紫色の血を流している。

 傷の奥にはわずかに光るものがあり、それは規則正しく拍動している。

 臓腑が光っているのだろうか。

 まあ、触手や体表が光るし光線も出るからには、内臓が光るのもまたおかしくはない。

 よく考えてみればホタルとて発光するし、電気鰻は発電器官をもっている。

 上位者と言っても生物であるからには、俺たちと変わらない部分があるはずだ。

 斬れるとしても倒せるのかという一抹の不安があった。

 今こそ俺は真の確信を得ている。

 

 斬れるのなら、殺せる。

 

 単純ながらこれ以上ない真理である。

 本当に相手の命に届く刃がこの手にある。

 先ほどまでは霧の中に居る影に向けて刃を振るっていたが、今や快晴の海の砂浜に立って相手と対峙している心持ちだ。

 自然と口角が上がっている事に、舌なめずりをして気づいた。

 

 しかし悠長にしているわけにはいかない。

 霊気錬成の型・刹那は霊気の巡りを良くし、更に自らの潜在能力を引き出す代わりに必ず反動がもたらされる。

 体が鉛の如く疲労に押しつぶされ、筋肉と骨は軋み痛みが体中を襲う。

 

 AztoTHが斬られ一つに戻った瞬間、白かった部屋は武骨な機械が並ぶ部屋に変わった。

 いや、悟りを得て見た本当の風景に戻ったというべきだろう。

 エンジンルームなる広大な区画。

 俺には未知の技術で作られた、船を動かす為の剥き出しの機械が動力を生み出す部屋。

 その中に場違いな代物として、金属生命体の球と台座がある。

 今や結界の障壁も存在せず、触れる事も出来る。

 

 AztoTHは動かない。

 動けないのか。

 俺も思った以上に足取りが重い。

 涅槃寂静・実相はこれほどまでに体から活力を奪い去るのか。

 悟りに至れば全てが観える。

 恐るべき集中をもたらし、時が遅くなるとすら感じ、未来すら見える。

 更には高次元の相手すらも捉えられる。

 故に、恐ろしい程の消耗を伴うのだろう。

 仏陀の如く真の涅槃へ至った者であれば、悟った状態が平時となるのであろうが、残念ながら俺はまだ修業が足りない。

 この状態を維持し続けられるのはあとわずか。

 

 次の歩を進めたその時、AztoTHが虚空に漆黒の立方体(ダークキューブ)を呼び出した。

 あれは観測者も持っていた物だ。

 そこから何を呼び出すつもりなのか。

 

「遺憾だが、一旦引かねばなるまい。君に手痛い一撃をもらうとは思わなかった。見識を改めなければ」

 

 漆黒の立方体(ダークキューブ)から呼び出されたものは、やはり寄生体だった。

 大量の、エンジンルームを埋め尽くさんばかりの数が。

 

 時間稼ぎか。

 

 思わず舌打ちをせずには居られない。

 この数には俺一人で対応出来ない。

 咄嗟にアーダルとノエルの近くまで行き、上半身を抱えて起こす。

 

「克!」

 

 強烈な霊気の奔流を二人に流し込む。

 霊気は巡り、二人を夢うつつの状態から強制的に覚醒させる。

 

「はっ」

「一体何が」

 

 二人は周囲を見回し、次いで俺とAztoTHを見て、最後に周囲の様子を確認し全てを理解した様子だった。

 すぐさま二人は最適な行動をとるべく動き出す。

 

 アーダルは跳躍し、まず広範囲に油を撒いていく。

 

「火遁の術!」

 

 印を結び、両手を寄生体に向けて構えると火炎の鞭が迸り、油が掛かった寄生体へと蛇のように絡みついていく。

 元々火に弱い上に油まで掛かっているのだから、寄生体にとってはたまったものではない。

 豚に似た叫び声を上げながら身もだえし、黒煙を立ち上らせて倒れていく。

 

――竜魂憑依(ポゼッション)炎竜(フレイムドラゴン)――

 

 ノエルは首飾りに加工した竜涙石を掴み念じると、翡翠に似た輝きを持った宝石は意思に応えて光りはじめた。

 炎を纏った竜の魂が天から降りてきて、ノエルに憑依する。

 炎の竜の力を得たノエルは、赤い色の霊気が体から立ち上り、髪と瞳の色が朱色に変化している。

 一呼吸大きく息を吸い、ぴたりと息を止める。

 

 轟。

 

 轟音と共に炎を帯びた竜の吐息が寄生体へと襲い掛かる。

 竜の息というものは恐ろしいもので、例えば氷竜(アイスドラゴン)吐息(ブレス)であれば瞬く間に全ての生き物が立ちながらにして凍り付き、砕け散る。

 竜に挑む冒険者たちは竜の爪や噛みつき、尻尾の薙ぎ払いも当然恐れるが、何よりも恐れるのが吐息(ブレス)攻撃だ。

 広範囲にばら撒かれる吐息(ブレス)は前衛のみならず、後衛にまで襲い掛かり一撃で全滅の危険性もある。運よく一撃に耐えられたとしても二回吐かれたら全滅は必至だ。

 

 いわんや、炎の竜の吐息(ブレス)ともなれば全てを瞬く間に消し炭にするだろう。

 灰すらも残らないかもしれない。

 そのような竜の吐息(ブレス)が寄生体に襲い掛かる。

 燃え盛り、悲鳴を上げる間もなくうねりながら燃え尽きる寄生体。

 二人とも非常に頼りになる。

 

 それでも数が多すぎた。

 一体いくらの寄生体をあれから呼び出したんだ。

 後から後から這い出てきて始末に負えない。

 

 その間にも、AztoTHは虚空を両断したかと思えば、空いた七色に煌めく空間の中に逃げ込もうとしていた。

 追いすがろうにも寄生体が邪魔すぎる。

 寄生体を倒す余力はない。

 全てをAztoTHに向けねばならぬというのに。

 

「今しばらく、我が並行次元空間に逃げ込ませてもらう。傷が治った暁には、もう君たちを侮らぬ」

「くそっ!」

 

 言い残してAztoTHは虚空の中に消えてしまった。

 如何に悟りに目覚めたと言え、この世界における高次元、低次元へ逃げるなら捉える事は可能だが、完全に異なる並行世界へと逃げ込まれてしまったら手の打ちようがない。

 刃が届けば何とかなるというのに。

 

 俺は上位者でなく、只の人間に過ぎない。

 並行世界へ移動する為の魔術も未来の技術も無い。

 

 ぎりりと歯噛みしていると、唐突にエンジンルームの扉が開いた。

 何者か。

 問い掛ける前に、それは詠唱を既に終えている。

 

「ニュークリアブラスト」

 

 光り輝く球体が発生し、寄生体の集団のそこかしこで炸裂する。

 熱線と爆風が寄生体に叩き込まれ、爆発四散して焦げた肉片が飛び散っていく。

 魔術師を志すものなら誰もが会得したいと願う最高位の魔術を使いこなす者を、今この場所では一人しか知らない。

 だが記憶している姿とは全く違う者がそこには立っていた。

 

「シュルヴィ、何故ここに来た」

 

 言うと、異形になりかけの少女は不敵に笑った。

 

「遅くなってすまない、宗一郎。しかし驚いたよ。まさか君だけでAztoTHを撤退に追い込むほどの傷を与えるとはね」

 

 その口振りにはピンとくるものがあった。

 

「まさか、お主は観測者か」

「如何にも」

「でもあなた、ブリッジで偽物の上位者と一緒に死んだはずじゃ?」

 

 ノエルが問うと、シュルヴィこと観測者は微笑みを作って答える。

 

「爆発の瞬間、リーンハルトの肉体から精神体を切り離し、隔離空間から脱出したのだ。そして君達を助ける為にシュルヴィの体を借りている」

「精神体? そうか、だからリーンハルトさんの体を借りていたわけですか」

 

 アーダルの問いに、観測者は頷いた。

 

「その通り。例え爆発から脱出できずに巻き込まれたとしても、精神体が消滅するだけで我が本体の魂が死ぬわけではない。しかし、再びこちらに現れるまでは年月を必要とするようになる。そうなれば君達を助けられなかっただろうな」

 

 しかし思いの外、シュルヴィの体は馴染むと観測者は言う。

 

「リーンハルトの体は如何に馴染ませたとはいえ元が人間だ。どうしても波長が違う部分が出るが、シュルヴィは眷属だ。こちら側に近くなっているぶん、馴染み方が違う。ニュークリアブラストがこの体なら何度でも撃てるだろう」

「シュルヴィは無事なのか」

「ああ。上位者に近くなっているからか、ちゃんと我と共存出来ている。無論、この戦いにケリを付けたら彼女にちゃんと返す」 

 

 とはいえ、上位者の精神体と言えども爆風を直に受けて流石に無事ではなかったらしい。

 爆発の受けた精神体は意思を保つのが精いっぱいだったが、シュルヴィからの安否を気遣う念話が届き、彼女の体に一時的に精神体を退避させ、ある程度の修復を待ってから助けに戻って来たとのことだ。

 

「もう少し早く来てもらえれば、奴を逃さずに済んだのだがな」

「済まない。しかし、奴は逃げるのに精一杯で空間に痕跡を残してしまっている」

「わかるのか?」

 

 俺の問いに、シュルヴィこと観測者は指を振った。

 

「たかが二万年程度生きている上位者と比べてもらっては困る。我は星々が何度も生まれ死ぬのを見てきている。空間の痕跡を辿る事自体お手の物だ」

 

 そう言って観測者は辺りを見回り、虚空のどこかに当たりをつけるとそこを凝視し始めた。

 俺たちには見えない痕跡が、そうやらそこにはあるようだ。

 やがて指で指揮者が指揮棒を振るかの如く、軌道を描き始めた。

 すると虚空に描かれた軌道はやがてこの世界の現実に形を成し、動力を得たかのように回転運動を始める。

 金剛石(ダイヤモンド)を美しく切り出した形のようなそれは、時折虹色の光を中から放ちながら煌めいている。

 

「奴の並行次元空間へ行く為のアクセスポイントだ。これに触れれば、AztoTHの所まで辿り着ける」

「俺たちが行っても大丈夫なのか?」

「基本的なものはこの三次元空間と何ら変わらない。空気があれば地面もある。全員で行こう。それが冒険者パーティというもののはずだ」

 

 観測者の言葉に頷いた俺たちは、アクセスポイントなる物に触れる。

 すると、空間転移に似たような気持ち悪さを感じながら、周りの風景が変わっていく。

 何処をどう移動しているのかすら見当もつかない。

 いつの間にか気づけば、白い灰が積もった地面と、漆黒の空の中に点々と浮かぶ光の粒が浮かぶ世界へと到着していた。

 それ以外にめぼしいものはなにも見当たらない。

 

 これがAztoTHの空間なのか。

 

 殺風景で何もない世界。

 一体AztoTHは何を思ってこの空間を作り出したのだろう。

 

 何処にAztoTHが居るのかと探してみると、灰の中でしゃがみ込んで体を腕で抱えている状態で奴は居た。

 体を治す為、巣穴でじっとしている野生生物を想起させる。

 俺たちの気配に気づくや否や、ばっと立ち上がり目を見開いている。

 

「馬鹿な、何故ここに貴様らが!? 下等生物が此処に来れるはずなどないというのに!」

 

 そして俺たちの影に隠れるように立っていた一つの存在を感じるや否や、頭の触手が逆立ってうねりを上げていた。

 

「おのれ、観測者。何故生きている」

「何故生きているのか、種明かしをしてやろう。今の我は精神体だ。故に、例えこの我を滅した所で本当の我は自らの並行次元空間に居る。我を完全に滅したいのであれば、このように我の居る場所まで君が出向いてこい。さすれば相手をしてやろう」

 

 観測者の言葉を受けると、AztoTHは体全体を赤く変色させ、次に体を変化させ始めた。

 人の体を模していた胴体は、やがて肥大化しはじめた頭部に飲み込まれ、真の異形へと変貌する。

 それは一言で言えば、触手の化け物と形容していいだろう。

 膨張と収縮を繰り返し、所々に赤黒い光を放つ瞳がぎょろりとこちらを睨みつけている。

 

「URRRRRRRRRRRRRRR……」

 

 変貌したAztoTHの姿を見て、観測者は愚かなと呟いた。

 そして此方に振り返り、疲れた笑みを浮かべる。

 

「我の身勝手の為に彼は苦しんだ。君達にも迷惑をかけてしまった。後の始末は我につけさせてくれ」

「GUOOOOOOOOOOOOOOOO!」

 

 AztoTHは不規則に触手を伸ばし振るいながら、地面の白い灰を巻き上げ、空間を切り裂いていく。

 

 観測者は前に出ると、手首を爪で切り裂いて血液を空間に振りまいた。

 空間が血液によって更に切り裂かれたかと思うと、その血液の中から渦巻く炎が噴き出し始める。

 魔術や物の燃焼によって生み出された炎ではなかった。

 さながらあれは、鬼が使う地獄の業火に似ている。

 深紅と橙と朱など、あらゆる赤に近い色がうねりを作り、渦を巻いて生き物のように蠢いている。

 

 全ての根源、はじまりの炎。

 

「混沌の中に還れ」

 

 観測者が言うと、途端に強力な引力が発生したかの如くAztoTHは炎の渦に吸い寄せられていく。

 如何に触手を地面に突き立て抵抗しようとも、炎の引力はAztoTHを掴み取って引きずり込んでいく。

 

「GUUUUUUUUUUUUUUEEGAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 やがて混沌の炎に触れると、瞬く間にAztoTHは渦のうねりに巻き込まれ飲み込まれていく。

 抵抗は最早無意味だった。

 

「混沌は何物をも呑み込み、一つに還る。いずれ我も還る。その時にまた会おう」

 

 炎の中にAztoTHの全てが吸い込まれると、やがて炎は徐々に勢いを小さくしていき、虚空の中に消えていった。

 後に残るのは、漆黒の空と白い灰の地面のみ。

 観測者はしばらく吸い込まれて消えたAztoTHの居た空間を見つめていた。

 

「……終わったか」

「ようやく、けじめをつけられたよ」

 

 誰が言うでもなく、戻ろうかという声が聞こえた。

 

 漆黒の空に一筋の光が流れ、ひときわ煌めきが大きくなったかと思うと消えていった。

 ようやく終わったのだ。

 

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